籠の鳥
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「勝負をしようじゃないか、安室くん」
目の前の男、笠村 俊が高らかに宣言するより、
数時間ほど前のこと。
先日の一件以来、俺は初めて組長に呼びたしをされて桐堂邸を訪れている。
「紹介したい男がいkる」
桐堂 龍太郎は僕にそれ以上何も告げることはなく、ただ時間をこの時間を指定してきた。
僕に紹介したい人物。僕"を"ではなく僕"に"である。
家のことを詳しく知らない若造に紹介する必要が果たしてあるのだろうか。今一つ真意がつかめないまま、僕は指定された部屋の前にたどり着く。
「安室です。」
「入れ」
親父の声を確認してから、襖を開けて中に入る。
奥の部屋にいたのは、何人かの護衛とは別に、
眼鏡をかけて柔和に微笑む男の姿があった。
「紹介する。桐堂組若頭の笠村 俊だ。
笠村、安室のことは聞いているな」
若頭、記憶が確かであれば次期組長の立場であるはず。
なるほど、この桐堂 龍太郎という男は、若頭がすでに決まっているにも関わらずに、一人娘の伴侶としてに素性もよく分からない自分を認めたということか。
「ああ、君が牡丹さんの。」
笠村という男にも事情は伝わっているようである。
「初めまして、安室 透と申します」
そういうと目の前の男は表情も変えずににこにこと笑い続ける。
真意が見えない。この男も。この場が設けられたことに関しても。
「真意が分からない、といった顔をしていますね。安室くん」
笠村が片手で眼鏡を上げながら僕にそう言った。
「ええ、笠村さんともあろうお方がわざわざ僕なんかのために時間を割いてくださるなんで、少し驚いています」
「なるほど、お世辞が上手なのも噂通りなようだ」
組長は何も言わずにただ僕たちのやりとりを見つめている。
「何、ちょっとした取引だよ。安室くん」
「取引、ですか」
「二か月後、桐堂組の決算報告会がある、
それまでにどちらが高く利益を出せるか、競争してみないか」
「やだなあ、そんなの僕が笠村さんに敵うわけがないじゃないですか」
僕と勝負がしたい、だと。
そんなことに何の意味があるのか、若頭である笠村が自分と取引をするメリットが一つも思い浮かばない。
「君が勝ったら若頭の座を君に譲るよ。
親父も了承してくれている。
その代わり僕が勝ったら、牡丹さんから手を引いてくれないか」
なるほど、つまり笠村の狙いは、名実ともに桐堂の次期組長の座を確固たるものにすること。
しきたり上で行けば桐堂組の組長は、
一人娘の牡丹の伴侶のものとなるが、
現在の実力としてはこの男が一番。
この目の前の僕を片づけてしまえば都合よく組長の座を手にできるということだ。
「勝負をしようじゃないか、安室くん」
「はあ、わかりました。
僕としても牡丹さんを出されてしまうと黙っていられませんからね。その勝負、引き受けます」
どうせ、拒否権はないのだろうけど。
「君が物分かりのいい男で助かるよ。
それじゃあ二か月後、楽しみにしているね!」
笠村はそういうと、組長に下げて、そそくさとその場から立ち去ってしまった。
「安室」
笠村の足音が消えてから、龍太郎さんがようやく重い口を開いた。
「この勝負は負けろ、そうおっしゃりたいんですよね」
「!、やはりお前、ただのカタギではないな」
「いやだな、ただの元会社員ですよ
といっても、笠村さん相手ならわざとじゃなくても負けてしまう気がしますけどね」
さあどうしましょうか。なんておどけて笑う。
こういうときに重要なのは、目先の結果ではない。
約束の時間までに、どれだけ準備を進めることができるのか、
その一点に尽きる。
これはまたしばらく徹夜が続きそうだ。
心の中で小さくため息を付いてから、
僕も親父の元をあとにするのだった。