籠の鳥
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「いつもの頂戴。彼にも」
そういって慣れたように彼女はカウンターに腰かけた。
僕が不審な声かけをして徒歩5分ほど
駅前の小さなバーの戸を彼女は軽々しく開け放った。
「あの、ここって」
「マスターのコーヒーがおいしいの」
とりあえず座れば?
こちらに目線もよこさずに、お通しのミックスナッツを口に頬りながら彼女はそう言った。
「僕の目がたしかであれば、バーに見えるんですけど」
「バーでもソフトドリンクぐらい出すでしょ
お兄さん、こういうところは初めて?」
からかうにように片頬を吊り上げて彼女はそう言った。
「いえ、ただバーで飲むコーヒーは初めてですかね」
それか、コーヒーは何かの隠語なのだろうか。
この女は桐堂組の一人娘だ。
何かしらの取引に関わっていてもおかしくはないだろう。
と、そんな緊張の面持ちでカウンターに腰かけていると、
マスターが二人分のコーヒーカップをカウンターから差し出してくる。
「コーヒー、ですね」
「最初からそう言ってるじゃない」
彼女のしなやかな指がカップの取っ手にかかる。
持ちあげられたカップから、香ばしい匂いがこちらまで広がってくる。
「いい香り」
そうつぶやいた彼女は、マスターに差し出された角砂糖をこれでもかと放り投げた。
「糖尿病になりますよ」
もはやコーヒーの黒が覆い隠されるほど大量の角砂糖をのんびりと溶かしている彼女に思わず告げる。
「はあ?飲み方なんて自由でしょ」
僕の言葉を気にも留めない彼女は、溶けきった砂糖の塊をおいしそうに飲んでいる。
見ているだけで胸焼けしそうだ。
「と、いうか。
人の事ばっかりでさっきから全然飲んでなくない?
せっかくのコーヒーが冷めちゃうじゃない」
今日一番の不機嫌さを見せながら彼女はそう言った。
「ああ、いただきます」
呆気にとられて自分の分を忘れていた。
この飲み物に何か薬が入っているのかも、
なんて最初は考えていたはずなのに、なんだかするりと飲んでしまったのは、彼女の機嫌を損ねないためだったのか、目の前の光景にあまりにあっけにとられたからなのか、それとも馨しい香りに負けてしまったからなのかは今ではもう思い出せないが。
「おいしいですね」
「でしょ」
そういって満足げに微笑む彼女の横顔だけは、
今でも頭にこびりついて離れてくれない。