仮面の内側
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ちょっと待っていてください、
レストランから出ると、昴さんはそれだけ私に告げて
どこかに行ってしまった。
車の場所は教えてもらったので、渡された鍵をつかって
車の中で待っていることにした、のだが
「うん?」
昴さんの車には見覚えがある。
というか、乗ったことがある。
はずなのに……
「どこだ?」
指定された場所には見覚えのある車の姿はなく、
高級そうな赤い外車があるだけ。
「この車が昴さんのものだとは思えないんだけど…まさか、ね」
「その車で合っている」
「え、」
伝える場所を間違えたのかな、とも思ったが
それならあんまり下手に動かない方がいいだろうと思い
例の外車の前で待つことにしたとき、
背後から見知らぬ男性の声が聞こえた。
明らかに私に向けられたその声に思わず振り向いた。
「……昴、さん?」
その顔には見覚えがあった。
あのときのレストランで、私に声をかけてくれた人だ
昴さんの面影もないその男性に私がそう声をかけたのは
その男性の服装が、先ほどまでの昴さんのものとうり二つだったから、
瓜一つというか、多分同じものなんだろう。
「よくわかったな」
「服、変わってませんから」
あの話を聞いたうえで
そんな偶然もあるもんだな、なんて思えるほど
私はのんびりとした日常を送れていない。
言うまでもなくあの事件ホイホイ幼馴染のせいだ
「初めまして、FBI捜査官の赤井秀一だ」
そう言って、優しく笑う彼
かすれた低い声が、昴さんのときとは
また違った色気があってくらりとしてしまう。
そのまま赤井秀一と名乗る男のエスコートに任せて
助手席に乗る。
「俺がほんとうに沖矢昴じゃなかったらどうするんだ」
なんて自分で誘ったくせに、そんなことを言って
君は警戒心が足りない、なんて小言を言われる。
「じゃあ、降りた方がいいですか」
なんて聞くと必死に止めてくるものだから、思わず笑ってしまった。
「昴さんの方がスマートですね」
「自分じゃないと分かっているときのほうがやりやすいものさ」
赤井さん(何て呼べばいいか分からないけど)は
そう言ってふい、と窓の外に視線をやった。
その横顔には、やっぱり見覚えがあって、
さっきはあんなに怒っていたのに、
今ではこの助手席に座れていることが
嬉しくて仕方ない自分に少し呆れてしまう。
そのまましばらくお互い無言のまま夜の街を走っていた。
「昴さんのときと違って、あまりしゃべらないんですね?」
私が茶化すようにそう言えば、
視線をそらしたまま彼は
「緊張、しているからな」
とだけ告げた。
ほんとうにこの人はさっきから
わざとなのかなんなのか知らないけど
一言一言の攻撃力がハンパじゃないことを自覚してほしい。
それからもうしばらくして、彼はようやく口を開いた。
「さっきも言ったが俺はFBI捜査官でな、」
「ええ」
「捜査の一環で身分を隠していた」
「なるほど」
私が納得したようにそう言うと。
彼は意外そうな声で
「他に聞きたいことはないのか?」
「と、いいますと?」
「もっと質問攻めになると思っていた」
「聞いたらなんでも答えてくれるんですか?」
「俺が答えられる範囲でなら」
「じゃあ、二つだけ」
私の返事に、彼は恐る恐る、といったふうに
私のほうを向いた。
「まず一つ、なんてお呼びすればいいですか?」
「は、」
私の言葉に彼はまた面くらったように目を見開いた。
「なんですかその顔」
「いや、…そうだな、好きに呼んでくれて構わないが…」
「が?」
「名前で呼んでくれると、嬉しい」
「っ」
そう言ってまた前を向く彼、
「しゅ、秀一、さん?」
「ああ、どうした?薫」
ためらいがちに私がそう呼ぶと、
視線は前に向けたまま、心底嬉しそうに彼がそう返事をした。
ふいに名前で呼ばれるものだから思わずときめいてしまう。
なんなんださっきから、
私でも感じてしまう甘ったるい空気に押しつぶされそうになる。
「も、もう一つ、いいですか」
「なんだ」
この空気に流されまいと、
今度は真剣な声音で秀一さんに尋ねる。
ほんとうに聞きたいのは、この一つだけだから
「昴さんとして私に接してくれていた時間は
秀一さんにとって、幻でしかないですか?」
私の言葉に、秀一さんが息を飲むのが分かる。
「君は、どう思う」
少しの沈黙のあと、秀一さんは小さな声でそう言った。
「私、ですか?
そうですね、どう思うか、というよりは
どうあってほしいか、という希望ですけど」
そう言って、一つ間を空けてから
「また会いたいと思ったから、来てくれたんですよね?」
私がそう言うと、
「正解だ、」
と楽しそうに笑うと、
走っていた車を止めた。