もう一度
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「いま日本にいるんですよね?」
坊やからそんな電話と共に、お茶に誘われたのは
あのビルの事件の夜のことだった。
暇なら、お話しませんか、なんて女子高生みたいな提案に乗ってしまったのは
一か月の休暇なんていう慣れないものを持て余しているからだろう。
「に、しても」
坊やに指定されたのは毛利探偵事務所のすぐ近くにある
喫茶店ポアロ
まさか佐倉が働いているなんて、入ったときは驚いたが
佐倉からすれば一瞬見たことがあるかどうかの男の顔など
覚えているはずもなく、俺の反応に首を傾けてから
特に何も気にすることなく俺を席に通した。
マスクを付けていないだけでここまで変わるものか、
と自分と佐倉の関係の薄っぺらさを改めて痛感する。
少し遅れて坊やがやってきたのとほぼ同じくらいに
カウンターに現れたエプロン姿の見慣れた男を発見して
俺はもう一度目を見開いた。
「降谷くん?」
彼がここでバイトをしていることは知っていたが……
「まだやっていたのか」
「ああ、安室さんですか?」
俺の言葉に坊やが反応した
「もう辞めてもいいんだけど、周りがやめさせてくれない
って困ってましたよ」
そう言って坊やが笑った。
どうやら彼の人望はそれほどまでに厚いようだ。
「あれ、透さん?もう、」
「薫さん、おはようございます
今日も一日頑張りましょうね!
ところで、今日もかわいいですね」
「ばっ、か何言ってるんですか!」
「思ったことを言ったまでですよ
僕のかわいいかわいい彼女様に、ね」
奥から聞こえてきた歯も浮くようなセリフに
思わず勢いよく振り返る。
そこには顔を真っ赤にして視線をそらす佐倉と
楽しそうに笑う降谷くんの姿があった。
幸せそうなその光景が、心に突き刺さる
「…ん?赤井さんどうしたんですか?顔怖いですよ?」
先ほどまでの話が聞こえていなかったのか
坊やの方を向きなおした俺にそう尋ねてきた。
「……なんでもない」
「?そうですか…あ、すいませーん!」
俺の返事に一瞬腑に落ちないような顔をするも
坊やはすぐに注文をするべく、店員に声をかけた。
「はーい!」
カウンターの奥にいた降谷くんは、坊やの声に反応したかと思うと
彼女の頭を優しく撫でてから、俺たちのテーブルにやってきた。
「ご注文をお伺いします」
「え、っと俺はアイスコーヒで…赤井さんは?」
「……」
「赤井さん?」
あんなひどい別れかたをしたその自覚はあった。
だからここで彼に何かをいう資格なんてあるはずもない
そんなことも分かり切っていたはずなのに
「何を考えているんだ」
俺の口から出たのはそんな滑稽なセリフだった。
「…と、いいますと?」
降谷くんは俺の言葉に、営業スマイルを
スッと消してから、素の意地の悪い笑顔でそう答えた。
「俺は、彼女に危険が及ぶと思ってそばにいることとやめた」
「はあ」
「それなのにどうしてきみがそこにいる?」
「はあ?」
「俺が、わざわざ距離を置いた意味がないじゃないか」
子供のようにそう言うと
降谷くんは心の底から呆れたような顔で俺に返した。
「知りませんよ、そんなこと
僕はどんなことがあっても彼女のそばで守ると決めた
その覚悟もできなかったような人に
とやかく言われる筋合いはありません」
そう言い放った彼を見て、俺は言葉を失った。
「………」
なにも言い返せない
どう考えたって彼の言う通りなのだ。
彼女のためと言いながらも、
俺はこれ以上大切な人を失うのが怖かっただけなのだ。
ただ、彼女から逃げた自分を正当化し続けただけなのだ
「君の言う通りだな」
長い沈黙の後、ようやく発した言葉は
そんなちっぽけなつぶやきだった。
逃げた俺が、今さら何を言ったって遅すぎる
今、彼女が幸せなのならそれ以上のことはない、
そう思った、そのときだった。
「まあ、あなたがその程度の覚悟も持てない人間だというのなら
話はここで終わりますが……」
降谷くんは俺の目をしっかりと見据えながら、
いつもの営業スマイルでも、
呆れかえった上から目線の嘲笑でもなく、
ただひたすらに真剣な表情で
「本当に、それでいいんですか?」
と俺の心に問いただした。