それから、季節は巡り、店を始めて３度目の春が訪れようとしていた。

「もう桜の時期なのね」

冬の凍えるような寒さが和らいだと思っていたら、
並木道の桜の蕾が少し膨らんでいることに気付いた。

彼らが私の前から姿を消してからまもなく丸一年が過ぎる。

「どこで何をしているのやら」

今まで何十年も一人で過ごしていたことに比べたら
一年なんて一瞬のはずだ
それなのに、

「ここまで長く感じちゃうのはどうしてかしらね」

なんて、
もう本当はわかっているはずの答えに気づかないフリをして
一人、笑った。

帰ってこないなら、それはそれでありなのかもしれない。

なんだか店を開ける気にもなれなくて
ウェルカムボードを表からそっとしまうと
久しぶりに隣の喫茶店へと足を運んだ。

「こんにちは」

ドアを開けると、チリリンという控えめな鈴の音と共に
コーヒーの香ばしい匂いが鼻をかすめる。
あまりコーヒーは飲まないのだけれど、今日くらいはいいかもしれない
なんて、缶コーヒー片手にたたずむ彼の姿を思い出した。

「いらっしゃいませ」

珍しい、声が聞こえた。
長い勝負になる、そう言って姿を消した秀ちゃんとコナンくん、
二人と同じ時期に”探偵の仕事が厄介で”と言いながら
安室透はポアロから姿を消した
なのに、

「どうして」

安室透が今、ここにいるのか

「おひさしぶりですねゆきさん」

彼は私の記憶の中と変わらない優しい笑みを浮かべながら
何事もなかったかのように私を奥のテーブル席へと案内する

「もう、いいの？」

席に通された私は、困惑の表情を隠さないまま
安室さんにそう尋ねた。

彼は私の顔を見るなり、少し驚いたような顔をしてから
にんまりと笑って

「はい、今日はお別れの挨拶を言いに来たので」

そのうち皆戻ってきますよ、

なんて、脈絡のない言葉をつなぎ合わせた

「…はあ」

意味が分からない、そんな顔をしていたのだろう
安室さんはくつくつと楽しそうに笑うと

「ゆきさんがそんな顔するなんて、一年頑張った甲斐がありましたね
いいですよ聞きたいことがあるなら大体答えます」

「そうね、何から聞けばいいのかもよく分からないけれど……」

「ええ、そうでしょうね」

「とりあえず、あなたのお名前を教えてもらえるかしら？」

そう言うと、これまた驚いたように目を開くと、

「やっぱりあなたには適いませんね」

と降谷さんは今度はふわりと目を細めて笑うのだった。