One step Of Sapphire
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ポアロでの裁縫教室が開催されるようになってから数か月。
そろそろ冬も終わりかけ、すこしずつ暖かさが感じられるようになったころ
チリン、と店のドアが開く鈴の音がした。
「いらっしゃいませ」
手元が離せなかったため、
とっさに声だけかける。
お客さんには失礼な態度だったな、と
申し訳なくおもいつつ、ようやく手を止めて
客人の方を見る。
「こんにちは」
聞き覚えのある声に驚く。
そこに立っていたのは
「秀、ちゃん?」
数か月前に死んだと言われていた
昔なじみの漆黒に身を包んだ男だった。
私がぽかんとした顔をしていると、
彼はイタズラが成功した子供のように笑いながら
お久しぶりです、と言った。
「あらあらあらあら、
秀ちゃんどこに行ってたの?
死んだことにされちゃってるわよ?
それとも幽霊さんなの?」
私は彼につられるように、
くすくすと笑いながらそう言った。
「ええ、まだ半分死んだようなものです」
と言うと、
彼は、途端に真剣な表情で向き直った。
「ゆきさん、今日はあなたにどうしても伝えたいことがあって
地獄から戻ってきました」
彼の真剣な表情が嫌でも視界に入る。
目をそらすことは許さないといった
彼の迫力に、圧倒されてしまう。
「何かしら、申し訳ないけど一緒に地獄へは行けないわよ」
まだまだお客様が待ってるもの、
なんて、逃げるように笑ってそう言った。
彼の真剣な表情は変わらない。
「いえ、違うんです」
ぐい、と顔を近づけられてしまえば
今にも鼻と鼻が触れてしまいそうな距離。
死んだと思っていた人間が目の前にいるだけでも
驚きだというのに、今日の彼はさらに様子がおかしい。
「あの、ゆきさん」
「はい、なんでしょう」
意を決したように、
彼が私の瞳を見つめる。
相手を射抜くような熱い視線。
「あなたが、好きです。
初めて出会った時からずっと。」
彼は戦地に赴く兵士のような顔のまま、
まるで王子様のような愛の言葉をささやくのだった。
「な、にを、言っているの」
私は咄嗟に顔を背けようとした。
いけない、これ以上彼と目を合わせたら___
「ゆきさん」
私の抵抗もむなしく、
彼は私の名前を呼ぶと、まるで逃がさないとでもいうように、
私の顎をつかむと、視線を交わさせた。
「もう、気づかないフリはやめにしませんか。お互いに」
「なんのこと?」
彼の言葉にチクリと胸の痛みを感じつつ、
私は極めて明るい声で、いつも通りの笑顔でそう言った。
いけない。
彼は、彼には、知られてはいけないのだ。
私の取り繕われた笑顔を見て、
彼ははあ、とため息をつくと、
私の顎から手を離し、ようやく距離をとった。
「今から、危ない任務に行ってきます」
「あら、珍しいわね、秀ちゃんが自分で危ないっていうなんて」
覚悟を決めた彼の目が、
それが嘘ではないことを如実に示していた。
死と隣り合わせの任務なのだろう。
「でも、」
とたん、
彼が私の腕を引き寄せて痛いぐらいに抱きしめた。
「これが最後ですきっと帰ってきます」
私の背中に回された彼の指先が少し震えているのが感じた。
「怖いの?」
からかうようにそう言った。
「武者震い、です」
彼は私の言葉に
少し間を置いてから耳元で小さく応えた。
「そっか、」
私はそれ以上何も言わなかった。
「無事に、帰ってきます」
「ええ、紅茶でも淹れて待ってるわね」
「それは楽しみだ」
彼は柔らかく笑った。
「絶対に、帰ってきますから、その時には、
さっきの告白の返事、聞かせてもらえますか?」
彼の右手が私の後頭部に添えられ、
胸板に抑え込まれた私の耳元に、
優しくも、少し怯えたような彼の声が降ってくる。
大きな体をしているのに、
中身は出会った頃の小さな子供のようだ。
私はおかしくなってまたくすりと笑ってから
「帰ってきたら、ね」
と精一杯の笑顔で送り出すのだった。
送り出すのは得意なのだ。
待っているのも得意なのだ。
還らない人を、待ち続けるのは、
誰よりも、得意なのだ。
そろそろ冬も終わりかけ、すこしずつ暖かさが感じられるようになったころ
チリン、と店のドアが開く鈴の音がした。
「いらっしゃいませ」
手元が離せなかったため、
とっさに声だけかける。
お客さんには失礼な態度だったな、と
申し訳なくおもいつつ、ようやく手を止めて
客人の方を見る。
「こんにちは」
聞き覚えのある声に驚く。
そこに立っていたのは
「秀、ちゃん?」
数か月前に死んだと言われていた
昔なじみの漆黒に身を包んだ男だった。
私がぽかんとした顔をしていると、
彼はイタズラが成功した子供のように笑いながら
お久しぶりです、と言った。
「あらあらあらあら、
秀ちゃんどこに行ってたの?
死んだことにされちゃってるわよ?
それとも幽霊さんなの?」
私は彼につられるように、
くすくすと笑いながらそう言った。
「ええ、まだ半分死んだようなものです」
と言うと、
彼は、途端に真剣な表情で向き直った。
「ゆきさん、今日はあなたにどうしても伝えたいことがあって
地獄から戻ってきました」
彼の真剣な表情が嫌でも視界に入る。
目をそらすことは許さないといった
彼の迫力に、圧倒されてしまう。
「何かしら、申し訳ないけど一緒に地獄へは行けないわよ」
まだまだお客様が待ってるもの、
なんて、逃げるように笑ってそう言った。
彼の真剣な表情は変わらない。
「いえ、違うんです」
ぐい、と顔を近づけられてしまえば
今にも鼻と鼻が触れてしまいそうな距離。
死んだと思っていた人間が目の前にいるだけでも
驚きだというのに、今日の彼はさらに様子がおかしい。
「あの、ゆきさん」
「はい、なんでしょう」
意を決したように、
彼が私の瞳を見つめる。
相手を射抜くような熱い視線。
「あなたが、好きです。
初めて出会った時からずっと。」
彼は戦地に赴く兵士のような顔のまま、
まるで王子様のような愛の言葉をささやくのだった。
「な、にを、言っているの」
私は咄嗟に顔を背けようとした。
いけない、これ以上彼と目を合わせたら___
「ゆきさん」
私の抵抗もむなしく、
彼は私の名前を呼ぶと、まるで逃がさないとでもいうように、
私の顎をつかむと、視線を交わさせた。
「もう、気づかないフリはやめにしませんか。お互いに」
「なんのこと?」
彼の言葉にチクリと胸の痛みを感じつつ、
私は極めて明るい声で、いつも通りの笑顔でそう言った。
いけない。
彼は、彼には、知られてはいけないのだ。
私の取り繕われた笑顔を見て、
彼ははあ、とため息をつくと、
私の顎から手を離し、ようやく距離をとった。
「今から、危ない任務に行ってきます」
「あら、珍しいわね、秀ちゃんが自分で危ないっていうなんて」
覚悟を決めた彼の目が、
それが嘘ではないことを如実に示していた。
死と隣り合わせの任務なのだろう。
「でも、」
とたん、
彼が私の腕を引き寄せて痛いぐらいに抱きしめた。
「これが最後ですきっと帰ってきます」
私の背中に回された彼の指先が少し震えているのが感じた。
「怖いの?」
からかうようにそう言った。
「武者震い、です」
彼は私の言葉に
少し間を置いてから耳元で小さく応えた。
「そっか、」
私はそれ以上何も言わなかった。
「無事に、帰ってきます」
「ええ、紅茶でも淹れて待ってるわね」
「それは楽しみだ」
彼は柔らかく笑った。
「絶対に、帰ってきますから、その時には、
さっきの告白の返事、聞かせてもらえますか?」
彼の右手が私の後頭部に添えられ、
胸板に抑え込まれた私の耳元に、
優しくも、少し怯えたような彼の声が降ってくる。
大きな体をしているのに、
中身は出会った頃の小さな子供のようだ。
私はおかしくなってまたくすりと笑ってから
「帰ってきたら、ね」
と精一杯の笑顔で送り出すのだった。
送り出すのは得意なのだ。
待っているのも得意なのだ。
還らない人を、待ち続けるのは、
誰よりも、得意なのだ。