極彩色のシンデレラ
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"じゃあ、来週までにその子見つけてきてよ"
ゆっきーに無理難題を押し付けられて三日目。
いまだに全く進歩はない。
写真の背景がうちの学校のアトリエなことは確かだと思うけど、
一応これでも美大だ。アトリエなんて同じようなものがいくらでもある。その中から彼女がいる場所を探すとなると、かなり難易度は跳ね上がる。
「どうしよっかなあ……」
悩んだ末に足を止めたのは、見慣れた油絵の前。
宮下佳奈と書かれたネームプレートの上半分には「戸惑いと後悔」という文字があった。戸惑いと後悔、この軽快な絵からそれを感じることは自分にはできなかったが、きっとこの絵を描いた宮下さんとやらにしか分からない何かがあるのだろう。
「やっぱり天才は違うなあ」
現実逃避のようにそんなことを考える。
どこにいるんだよ、と小さくつぶやきながらビビちゃんのインステを眺めていると、
「あれ、」
最新の投稿が更新されていた。
"今から放送始めます"
更新されたのは3分前。
急いで投稿文と一緒に張られたアドレスにアクセスすると、
今はやりの生放送配信サービスを利用して、動画を配信しているビビちゃんの姿があった。
「"やほ~!皆みてる?"」
彼女の言葉一つ一つに反応して流れるコメント達。
始めたのは数分前だというのに、すでに閲覧数は10,000を超えていた。圧倒的な数字だ。ビビちゃんを探さなきゃいけないはずなのに、すでに半分諦めに入ってしまっているこの頭は、何も考えずにぼんやりとその配信を眺めていた。
「"まじ課題だるくてやってられないんだけど~!"」
「あれ、」
ふと、彼女の配信を眺めていて、気づいたことがある。
今、この画面の右下の隅にちらっと映ったこの絵。配色と模様に見覚えがある。
「これ、オレの作品じゃね……?」
いくら広い学内とはいえ、自分の作品が飾られている場所くらいは把握している。机の配置、窓の外の景色、床の絵の具の汚れ。何度か入ったこともある慣れ親しんだその部屋は、よくよく見ると、この画面の部屋と酷似していた。
「7号館の、5階、G教室……」
オレはほとんど確信に近い気持ちで、その部屋へと足早に向かった。
「"そう、ほんとにあの場面好きだったんだけどな~!"」
「実写化したら全部カットとかありなえなくない?もう激おこだったんだけど!」
画面越しに聞こえたはずの声が、だんだん廊下に響き渡って聞こえてくる。たしかに、ここは学内でも隅っこの滅多に使われない教室だ。今でも半分倉庫のような扱いを受けている。そこに作品を飾られている身としてはいかがなものかとは思うが、今回ばかりはこの偶然に感謝しかない。
「やっぱり、ここだ」
扉の前で小さく呟く。
すぐに入ってもいいが、彼女の立場もあるだろうから、
配信が終了するまではドアの前で待機することにする。
「じゃ、今日はこれで終わるね~皆来てくれてありがとう!またね~!」
その声が聞こえてすぐに、目の前の画面の配信が途切れたことが確認できた。オレはすぐに勢いよく教室の扉を開けた。
「え、」
「ひゃ、」
そこにいたのは、結んでいた髪をほどいたばかり、
とでもいうような宮下佳奈だった。
「君が、ビビちゃん…?」
予想もしていなかった人物が目の前にいるので、声が震えてしまった。話しかけたことこそなかったが、最初に彼女の作品の虜にされてからというもの、オレは宮下佳奈のファンだった。そんな宮下佳奈が、憧れで、目的のビビちゃんであったなんて、なんという偶然なのだろうか。興奮が抑えきれなくなっているのが分かる。
「な、あなた、何なんですか」
「えっと、ここの学生なんだけど……」
オレがそういうや否や、彼女は座っていた椅子からガタンと大きな音を立ててずり落ちてしまう。
「大丈夫?」
「えっ、あああ、はい、お気遣いなく!!」
オレが急いで近寄って手を差し伸べると、彼女は何やら慌てふためきながらオレの手には触れずに立ち上がった。
「……」
「……」
二人の間に妙な沈黙が流れる。
「あの、」
しばしの沈黙の後、先に声を発したのは宮下佳奈だった。
こういうときに気の利いた言葉が浮かばないところは、中学時代から変わってない。
「なんで、わかったんですか……」
先ほどの明るい声音とは打って変わって、消え入りそうな声で、彼女はそう尋ねた。オレは少しの間を置いてから「あれ、オレの作品なんだよね」と自分の過去の作品を指さして言った。
「いや、そうじゃなくって!」
「ずっとビビちゃんのファンだったから」
そう言えば彼女は面食らったように言葉を失ってしまう。
「あのさ、「お願いです!このことは秘密にしてください!!」…え、っと」
オレの言葉を遮って、彼女がそう叫んだ。
よほど知られたくなかったのだろうか、俯いてしまった彼女の長い前髪の隙間からちらりと覗く頬は、ゆでだこのように真っ赤になっていた。
「誰にも言わないって、約束する」
「本当ですか!?」
勢いよく顔をあげたため、彼女の長い前髪が宙に舞って素顔を垣間見る。画面越しには何度か見たが、生で見るのは初めてなその透き通る白い肌に、思わずごくりとのどを鳴らす。
「その代わりに、お願いがあるんだけど、頼まれてくれる?」
「私にできることなら、なんでもやります!!」
先にこうやって言質をとってしまうあたり、
オレも劇団の性悪が映ってきたのかもしれない。彼女がそう言ったのをしっかりと確認してから
「じゃあ、シンデレラになってください!」
と、オレは彼女にそう言った。