初夏の訪れ
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「いい加減に、ちゃんと考えとけよ」
先生の言葉を背にして職員室を出る。
爽やかな初夏の風も少しずつ湿り気を帯びてきたころ、
未提出を貫き続けていた進路希望調査票の件で放課後担任に呼び出されていた。
「考えろって言ってもなあ」
高校三年の夏、志望校を決めるにしては遅すぎる時期だ。
クラスメイトのほとんどは二年生の内に志望校を固めて、志望校に合わせた受験勉強を始めている。
もちろん私だって考えていないわけではない。
決めることを最優先するのであれば、適当に近場の大学の文学部にでもすればいい話なのである。
将来やりたいことなんて、大学に入ってからでもいくらでも変わるし変えられる。そんなことは、分かっている。分かっているけど。
「私、何がしたいんだろうなあ」
湿度と熱気で少し滑りやすくなっている廊下を歩きながら考える。
「あ、」
「よう」
教室に置いておいたままの荷物を取りに戻るを、
そこにはなぜか部活中のはずの新一が制服を着て私の席に座っていた。
「部活は?」
「雨きつくなってきたから今日は筋トレだけで終わり」
「ふーん」
新一の言葉に、ふと窓の方を見る。
気が付けば雨足は強まっていて、グラウンドには大きな水たまりが出来ている。
たしかに、これでは屋外での練習は難しいだろう。
昼休みに見たときはまだ小雨だった気がしていたけど。
「お前、帰るの?」
「うん」
「あ、そ」
新一はなにやら言いたげだ。
含みのある新一なんて今に始まったことではない。
どうせ私が気にしたところで教えてくれるわけもないので適当に無視して、机の横に引っ掛けたままになっていた鞄に荷物を詰める。
「ん、あれ?」
「どうした?」
一通り帰る準備を終えたとところで、ふと気づく。
あれ、確かに持ってきたと思ったのに。
「傘、忘れた」
どうしよう。外はかなりの大雨だ。
コンビニまで走ってビニール傘でも買うか?
でも、それにしたって遠すぎる。
「…送ってく」
どうしたものかと考えあぐねていた時、
新一がポツリとそう言った。
「え、めっちゃ助かる」
「おう、」
新一は短くそう返事をして、教室を後にした。
「お前、なんで残ってたの」
ごうごうと降り続ける雨の中、
新一と二人、並んで歩く。
時折触れる肩。すぐ隣にある、新一の顔。
「進路のことで、呼び出されて」
「もしかして、また出してなかったのか?」
「よく分かったね」
さっすが名探偵、なんて言えば
誰でもわかるわ、って小突かれる。
「お前ならだいたいどこでも行けるだろ」
「だから困ってるんだよなあ」
ぶっちゃけ、成績はそんなに悪くない。
自分でも贅沢な話だとは思うが、選択肢が多いからこそ悩んでいる。
「自分が何をやりたいのか、よく分かんなくて」
なんて、新一に言っても無駄なんだけど。
「まあ、そのうち見つかるだろ、焦んなよ」
ほら、なりたいものがずっと明確な人はきっとそう言うから。
「そうだねえ」
新一に悪気がないのはよく分かっているし、
そもそも私が悪いんだし。
いつものように適当に返事をする。
「………もし、それでも決まらないなら」
たっぷりと間を空けてから、
新一がなにやら神妙な面持ちのままこちらを見る。
「…なら?」
「俺のところに来ればいい」
「なるほど、いいね」
「っ、」
「名探偵工藤新一の助手かあ、ありだなあ」
「……」
私は推理なんてまったく出来はしないけど、
新一が事件を解決するのを一番近くで見ていられるのは、案外楽しいかもしれない。
「じゃ、ほんとに進路決まらなかったらそうしちゃおっかなあ」
ありがとね、なんて笑って言えば
新一はなにやら諦めたように
好きにしろ、と言ってため息を付いた。