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California
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翌週、デートをするから同行しろと彼女から告げられて、大きな鉄の玄関を通り過ぎればそこには、あの男が柔らかな笑みを浮かべて立っていた。
「やあ、今日は着てくれてどうもありがとう」
豪華な薔薇の花束を少女に差し出しながら跪くその男は、先日見たジョン・グラン本人に他ならない。
「私も、お誘いいただけて嬉しいわ」
なんて、少女は照れ臭そうに微笑みながら、受け取った花束を俺の方に突き出す。少し乱雑な仕草は男には見えていないのだろうか、とも思うが、生憎自分には発言など認められていないので、小さく肩をすぼめて、おとなしく少女の荷物持ちとして同行することにする。
少女の自宅から車で約30分ほど。
男の連れた運転手が運転する車の助手席に乗り込んで、バックミラー越しに後部座席の二人を眺める。
「君がシーフードが好きって聞いたから、今日はサンタモニカのレストランを予約したんだ」
「まあ嬉しい!ディナーが楽しみね」
「君のためを思ってプランを考えたんだ、そう言ってもらえてうれしいな」
うふふ、あはは、と、二人が穏やかに笑いあっていると、賑やかな街の通りで車が停車する。どうやら目的地に到着したようだ、と、ドアを開けて、車を降りる。
彼女の自宅を出て車に揺られること30分、といったところだろうか。ハリウッドの中心部。足元には名の知れたスターたちのサインが刻まれている。
「まあ、素敵な劇場!」
なんて、少女は驚いたように声を上げて、それを見た男が満足そうに微笑んで、少女の手を取り、階段を上がる。
「何があるのかしら、楽しみだわ」
「おや、ここに来るのは初めてかい?」
「ええ、外出といえばいつも家のパーティーばかりだもの」
「そうか、楽しんでもらえると嬉しい
無理がある。
ふざけきった茶番が嫌でも耳に入り、笑いそうになるのをなんとか堪える。考えても見て欲しい。今日ロサンゼルスに来たばかりの外国人であれば感動するだろうが、少女はこの国の、この街に住んでいて、ここは自宅から僅か30分の場所だ。想像してほしい、自宅から30分の繁華街。想像してもらえただろうか。そう。だいたいの場合。思い切り地元である。地元、なのである。男か頑張って考えたらしいデートコースは。友人から適当な電話で起こされて、暇だから遊ぼうぜなんて誘われて、適当な服を来て適当に出かけて適当に時間を潰すような、そういう、慣れしたしんだ街の、慣れ親しんだ観光地なのだ。お互いにそんなこと分かっているだろうに続けられる意味のない茶番が、おかしくて仕方がない。
「君の為に貸し切りにしたんだ」
そう言って男が劇場のドアを開ける。
なんでお前もいるんだ、という視線を向けられるが、仕方ない。もっと開けた場所ならともかく、こんな劇場の密室に二人きりになどできるわけがない。明確に確証があるわけではないが、先週、この男が少女と一緒に行方を眩ましたことは火を見るより明らかなのである。男の視線に気づかないフリをして、同じように劇場に足を踏み入れる。
高い天井と、広々と奥まで敷き詰められた赤いシート。流石に隣に座るわけにもいかないので、ドアの手前あたりで待機する。どうやらオーケストラを引き連れて、生演奏でもしてくれるようだった。大きな楽器を抱えた演奏者たちが小さく会釈をしているのが見える。
「とっても楽しかったわ、どうもありがとう」
すっかり陽も落ちて星が瞬き始めたころ、俺たちはまた大きな鉄の門の前へと戻ってくる。あの後、数時間の生演奏を楽しんだ後、ショッピングに出かけたのはいいのだが、少女は何かから解放されたかのようにご機嫌にあれやこれやと買うものだからいい歳いた男が二人揃って振り回されてしまった。もちろん、荷物持ちは全てこの俺の役目だったが。「その男に全部持たせればいいんですよ」荷物が顔の高さを超えたあたりで、流石に見ていられなくなったのか、みっともないと思ったのか、男も手伝おうと手を差し伸べてくれたのだが、少女の冷たい一言に、なんだか手伝うに手伝えなくなって、結局車に戻る前には、俺は大道芸人のごとく荷物に埋もれてしまった。その後、レストランで食事を済ませて、家までご丁寧に送り届けられたわけである。
少女の買った大量の服やらアクセサリーやら家具やら小物やらは、家付きの使用人たちが運び込んでいる。かなり量が多いことには驚いているが、この光景自体は慣れたものなのか、なかなか手際がいい。
「随分と楽しそうで、なによりだ」
「そう見えたのなら、眼科にでも行って来たら?」
少女の自室に送り届ける道中の会話。
俺としても半分くらい皮肉のつもりであったが、少女がそう返すとは思わなかった。
「どこの世界に、自分を拉致った男とのデートを楽しめる女がいるのわけ」
「やはりそうか」
少女の自室の前に到着し、少女はドアにもたれかかりながらこちらを見て、続ける。
「パーティー中、手渡されたドリンクに薬品の匂いがした。突然拒
むのも怪しいから、そのまま飲んじゃったら、案の定」
やれやれ、と少女は嘆息して首を振る。驚いた。
「そこまで気づいていたのか」
「お父様が決めた婚約者って時点で。」
「……それは、どういう」
「さ?これ以上は、自分で調べてみてもらえるかしら、FBI捜査官の、赤井秀一サン。」
そうして少女は自室の奥へと戻っていく。どうやら今日の仕事は、これで終了のようだ。
「ジョン・グランと、オスカー・フローレンス、か」
少女の言葉だって、どこまで信用できるのか、わかったものではない。だが、どうしてだか不思議と、少女の言葉に嘘があるようには、聞こえなかった。
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