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California
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誓って、仕事にやる気がないから手を抜いていたわけでも適当に監視していたわけでもない。もちろんやる気はなかったが、仕事は仕事。己の感情とは分けて考えるべきである。なによりこの仕事は、そういった気の緩みで簡単に命を落とすことになる。己か、はたまた己の大切な人間が。
というわけで、これでも真面目に仕事をしていた。していた、つもりだった。だが、一瞬、ウェイターに声をかけられたほんの一瞬、目の前のレディが躓きそうになったのを見て腕を伸ばしたほんの一瞬で、少女は忽然と姿を消していたのだ。普通に考えて、あり得ない。人間業ではない。そもそも、あの少女には隣を絶対に譲らないという顔をした実業家の男が付いて回っていたはずだ。それは数分前の己の記憶とも合致している。俺は彼がどのような男であるかを知らない。もしかするとかなりの虚弱体質で、数分立っているのがやっとなのかもしれない。だとしても、ほんの0コンマ何秒で、エスコートしている男の脇を潜り抜けて、女だけ攫えるものか。
答えは間違なく、ノーだ。
「damn it !」
思わず口から悪態が漏れる。
会場をもう一度くまなく見渡して、もう一度舌打ちをする。
ああ、つまりそういうことであろう。
少女は、あの男と共に、消え去ったのだ。
おそらく、あの男に、ジョン・グリンと名乗る、年上の婚約者に攫われたのだろう。そこまで遠くには行っていないだろうと、広間を出て、周辺を探す。「何やってんのよ、シュウ!」なんて呆れたような同僚兼恋人の叱咤が脳裏をよぎる。向こうからアプローチされて、断る理由もないどににころか仕事に集中して構ってやれなくても文句の一つすら言わない。それどころかとっとと解決してこい、だなんて尻を蹴とばしてくる利発な女。来るもの拒まずな自分ではあるが、それなりに情が沸いていることも否定はしない。__ああ、これは帰ったら笑われてしまうな、と乾いた笑いが出たあたりで、エントランスの係員に声をかける。会場内の出入り口はここ一つにしかなく、パーティーが始まってから現在までで、帰った者はいないという。
ならどこか別の部屋だろうか、と踵を返してはた、と足を止める。
見失った、とはいえ1秒にも満たないほんの僅かな一瞬だ。
超能力を持った人間が瞬間移動でもしない限り、あの短時間でそこまで移動できるだろうか。
「と、なれば。」
ああ、どうしてこんな単純なことにも気づかなかったのか。
「遅い」
短時間の移動が不可能なら、移動しなければいい。
会場内のどこかに隠れているのでは、と踏んで大広間に戻ってくれば、なぜだかそこは閑散としていて、見覚えのある少女が一人、退屈そうに並んでいる料理を頬張っていた。
「……無事で、よかった」
口ではそう言ったものの、相当間抜けな顔をしていたのだろう。
ローストチキンを頬張った少女が俺の返事を聞くや否や目を見開いたかと思ったら、盛大にむせ返ってしまった。
「あなたもそんな顔することがあるのね」
意外だったわ、と。
なにやら呼吸困難になりかけている少女の傍まで近付いて、背中を何度か撫でてやると、ようやくまともに呼吸し始めた少女がそう言った。
「怪我はないか」
「問題ないわ。それより……」
少女は手に持っていたオレンジジュースのグラスで口の中を潤して、口の中のものを全て飲みこんだ。綺麗に結わえていたはずの髪が乱れている。平気そうな顔をしているが、何者かに攫われた時間があったのは、間違いないのだろう。
「慣れてくれる?こういうの、日常茶飯事だから」
そう言ってそっぽを向く少女の肩が、小さく震えているのを、俺は気づかない振りをした。