苗字はフローレスで固定
California
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「お茶くらい持ってきてくれない?気が利かないわね」
数日後、"おでかけ"から帰ってきた少女は自室に訪れた俺をちらりと見るなり、呆れたようにそれだけ言って、また手元の資料へ視線を落とした。
「生憎、召使になった覚えはない」
「あ、っそ」
そう言うと少女は目線も変えずにドアの外にいたメイドに声をかける。
「ピアノの先生が来る時間よね、支度はまだ?」
「はい、お嬢様のお手隙の際に、いつでも」
「いいわ、入って来て」
少女の言葉を待ってましたとばかりに扉の奥にいたメイドたちが次々と部屋に入ってくる。きらびやかなドレスに宝石、靴。どのメイドも両手にいっぱいの荷物を抱えているというのに、クッキーでも運んでいるかのように凛とした佇まいだ。
「…………」
「……なんだ」
ひとしきりメイドが部屋に押し寄せ終わると、さっきまで机を埋め尽くす書類の山と睨めっこを続けていた少女はじっと俺の方を見つめる。
「支度をすると言っているでしょう」
「そのようだな」
俺の言葉に少女ははああと大きなため息をつく。
「……出ていってもらえる?」
言わなきゃ分からないなんて気の利かない男ね、と少女はこちらをじとりと睨み付ける。
「断る。君の不要な"おでかけ"を防ぐのも仕事の内だ」
「支度をするっつってんの聞こえないの?」
「その手に乗ってやるほど俺は覚えが悪いつもりはない」
眉間に皺が寄せたまま、少女の顔がぐいと近寄るので、右手で顔を少女の顔を押しのけて答える。そう、このやりとりは初めてではない。この少女はことあるごとに自分を部屋から追い出したかと思うと、いつの間にか部屋から姿を消す。窓から飛び降りたり、使用人の服に身を包んだりとスパイ顔負けの手法で。この前ベットの後ろから隠し通路を見つけた時はもう諦めようかと思ったものだが、警護の任務と言われてしまえばそれも封鎖するしかなかった。
「そもそもお前みたいなガキに興味なんかない」
そう言えば少女は目を丸くして何度か瞬きをしてから、諦めたようにあっそ、と返して支度を始めた。
数日のうちに影で"クソガキ"と呼ぶとこに決めた目の前の少女ことセンナ・フローレンス嬢は、なんだかんだ本当に忙しい日々を過ごしているようだった。
山のような書類を片付けたと思えば、ひっきりなしに訪れる来客をもてなしたと思えばピアノからバイオリンからフルートなど何十種類の楽器の稽古を終えたかと思えばダンスの稽古、それから書類仕事とは別の調べものもしているようだった。ぶっちゃけ、俺としょうもないやり取りをしている暇もなければ、必要のない"おでかけ"をしている暇など本当にない。本当にないからこそ、突然姿を眩まされると、本当に困る。
お付きの侍女がスケジュール管理で発狂しているのを僅か数日のうちに何度見ただろうか。
それは、ある雨の日の事だった。
いつものように少女の部屋を尋ねると、少女は一人静かにソファに腰掛けていた。メイドの姿も見当たらず、少女はなにやらぼんやりと宙を眺めている。
この光景には、見覚えがある。それはよく、見覚えがある。なんなら身に覚えもある。脳が処理できる量より遥かに多いタスクについに体がショートしてしまう。己の職場ではよく見られる光景だった。
日々目まぐるしく過ごす少女もやはり人間である、と当たり前の事を改めで実感していたときだった。
「ああ、いたの」
少女が視線だけをこちらに向けて、小さく笑う。
この位置からだと少女の横顔しか見えないが、眉を下げて力なく笑うその表情は、自分の記憶の中にある"クソガキ"とはかなり印象が異なって見える。
「お疲れのようだな」
「べつに、そんなんじゃないけど」
「そうか」
会話がそこで途切れる。
別に、そこまで話したい話題があるわけでも、和気藹々と話をしなければならない必要性もないだろう。お互いに。
少しして、少女はぐい、と両手を上にあげて、のびをしてから立ち上がって本棚から厚みのある本を一冊抱えて、ベットに倒れ込む。
その、表紙には、見覚えが、ある。
「おい」
「……」
「おい」
「…なに」
ベッドにうつ伏せになりながら読書を始めた少女に思わず声をかける。いつもなら絶対にそんなことしないのに、つい、声をかけてしまったのは、先ほどの少女の様子に親近感が沸いたのか、雨によってかしんと静まったいつもと違う屋敷の雰囲気に影響されたのか、それとも、少女が手に取ったその本が、
「その本、好きなのか?」
自宅の本棚に大切に並べている、そのシリーズに他ならなかったから、なのだろうか。
「別に、読む意味なんて、ないんだけど」
「読書はお嫌いで?」
「一度読んだから、内容は覚えているもの」
あそこの本棚にあるものはぜんぶね、少女はこともなさげにそう呟いた。覚えるまで読んだという割には綺麗なままの背表紙をじっとみつめる。一目見てかなり大切に扱っていることが分かった。
それは、ここ数日忙しなく動き回る少女の印象とはかけ離れているように感じた。