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California
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「赤井くん、ちょっといいかね」
背後から聞こえるボスの声に心の中で小さく舌打ちをする。
自分は仕事人間だ。ジャパニーズの血筋か?なんて何度同僚から詰られたことか。ワーカーホリック、まあ正直その自覚はある。
だからボスがこうして声をかけてくることは珍しくない。というか、よくある。というか、どちらかというと"わざと"自分に仕事を振ってくれている。FBIにはある目的の為に入った。情報はいくらあっても足りない。が、自分にはまだ自分を利己的に動かすだけの力が足りない。
"出来るだけ手柄を上げたい。自信はある"ボスであるジェームス・ブラックの元に配属されてから開口一番そう告げたのはまだ記憶に新しい。
つまり、だ。
いま自分に声をかけてくるボスの判断は正しい。とても正しくて、とても優しい。ああそうだ。彼には何の非もない。
だが今夜は、今夜だけはその声を恨めしく思う。
ああ、聞こえない振りをして帰ってしまおうか。自分の足元にちらりと視線をやる。悲しきかな体は反射的に足を止めている。
しばらく追っていた連続殺人犯の行方が判明したのが昨日。
朝一番にヤツの寝ぐらに乗り込んで、ひと悶着ありながらも無事に確保が完了したのが今日の夕方。国中を右往左往する奴らで、珍しく捜索も手間取った。ああ、この際わかりやすく伝えよう。
一か月ほど、まともに寝ていない。
流石に体が思うように動かないと思っていた矢先、同僚に頼むから休んでくれと懇願され、休暇申請書を書いて提出したのがほんの一時間前のはずだ。一週間ほど休んで、久々にホームズでも読んでゆっくりするか、流石に、そう思っていた。そのはずだった。
だが、一時間前に休暇申請書に認め印を押した上司本人が、今、自分に声をかけている。
「はい、なんでしょうか」
「お疲れのところ済まないが、新たな任務を頼みたくてね」
「…休みの許可は頂いたかと」
目の前の男は流石に気まずそうだ。
一日分の休暇申請書を勝手に一週間分に変えたのは他でもないジェームス・ブラック本人である。何度も言うが、一時間前の出来事である。
「もちろん。来週からで構わないんだが……」
それなら来週言ってくれ。
俺がそう思っているのをすぐに察してか彼は小さく苦笑いをする。
__もちろん、俺も分かっている。
本当に来週からでいいのであれば彼はこんなことをわざわざ今言わない。つまり、
「任務の内容を、伺っても?」
今すぐ向かえ、そういうことなのだろう。
彼の言葉を待たずに、はああと大きなため息が口から洩れる。
分かっている。その状況を望んだのは自分自身だということも、
ボスは別にこの仕事を俺以外の別の人間に振ってしまえば済むところを、わざわざ、この俺に、振っているということも。
彼は知っている、俺が、ある組織を追うために、彼の元へいることを。
「フローレス家のご令嬢の警護だ」
「お断りします」
ジェームスの話を遮りながら、胸ポケットにある煙草をくわえる。
「いやいや、」
「子供のお守りをするために勤めているわけではないので」
「君の言い分も承知はしているけれどね?」
俺の言葉にジェームスは少し慌てたように諭す。
「冗談です。上からの指示ですか?」
「はあ、驚かせないでくれ……依頼主は、なんとびっくり本国だよ」
ジェイムスは安堵のため息をついてから、ウィンクをしてそう言った。
「なるほど?」
ただの要人警護、しかも本人ならまだしもその娘の警護を
会社や個人でもなくわざわざ国が依頼してくるなんて通常ではありえない。
「来週火曜日、10時にここに来てほしい、だそうだ」
ジェームスに小さなメモを渡される。
簡単な住所と地図が書かれているだけでそれ以上の情報はない。
住所を見るだけでわかる高級住宅街だ。
「了解。」
短く上司に返事をして、帰路につく。
とりあえず今日はさっさと帰って寝よう。不幸中の幸いか朝はそこまで早くない。早く帰って、ジントニックでも一杯飲んで、とっとと明日に備えよう。ああ、今なら酒なんて飲む暇もなく寝落ちてしまいそうだけれども。
ふと、住所が書かれた紙を見直して、盛大にため息を付く。
ああ、これはもう本当に来週にしてしまおうか、飛行機で約5時間半。今から寝る間を惜しまず向かったとして目的地であるロサンゼルスにはたどり着けないだろう。連邦捜査局という特性上、このようなことは珍しくはないのだけれども。
とにもかくにも、一旦帰ろう。一旦帰って、考えよう。と思っていたところでボスから今晩発のチケット控えが送られる。帰る時間も与えられていないことを理解して、もう一度大きくため息を付くのであった。
ウェストハリウッドの繁華街を抜けて到着した住所には、ヒルトンもハイアットも顔負けの豪華な建物がそびえ建っていた。
民家というよりはもはや城といっても差し支えはないだろう。
この辺りにはこれと同等の城が乱立している。戦国時代もびっくりだろう。
「ようこそ、お越しくださいました」
厳重に構える門構えには当然のように呼び鈴など存在しておらず、どうしたものかと思考するのも束の間、門の脇から燕尾服を着た初老の男性が声をかけてくる。なるほど、門の上部に監視カメラが仕込まれているらしい。名乗っていないはずなのにつらつらの屋敷の説明をしながら案内をする男に続く。
恐らく、彼の案内の先へこの城の主人が待っているのだろう。
「お足元、お気を付けくださいね」
執事と思われる男は突然足を止めたかと思うと、小さなバギーの運転席に腰かけて、後部座席の方に視線をやる。ここからはこれで移動するようだ。
「あちらの建物は?」
門から見えていた"城"の脇を素通りするので、思わず尋ねる。
どこに向かっているのだろうか。
「ああ、あれは我々の待機スペースです。倉庫も兼ねています。」
執事は柔らかい声音でそう答える。俺の言いたいことが分かっているのだろう。
「旦那様はこの奥の母屋にいらっしゃいます。もうしばらくお待ちください。」
どうやら俺が先ほどまで圧倒されていた建物は倉庫だったようだ。
丁寧に手入れされたバラの庭園を過ぎたあたりでバギーが止まる。どうやらこの建物のようだ。先ほどの"城"の何倍もの大きさがある。執事の案内に従い、重厚なドアをくぐり、埃一つない赤い絨毯の上を進む。きらきらと輝くシャンデリアを横目に、入り口で待ち構えている大階段を進む。柔らかな絨毯が心地良い。
迷路のような建物をしばらく進むと、建物の絢爛な様子とは少し離れたこげ茶色の地味なドアの前で執事が立ち止まり、控えめに扉を叩く。
「旦那様、お連れしました。」
廊下の突き当りにあるこげ茶色の奥で低い声がああ、とだけ答えると執事が扉を開いて俺の入室を促す。どうやらこの目の前の男が"旦那様"のようだ。
「はじめまして、オスカー・フローレンスです」
旦那様と呼ばれたその男が柔らかに微笑んで向かいのソファを指すので、促されるままソファに腰掛けて、返事をする。
「どうも、FBI捜査官赤井秀一です」
「ええ、お噂はかねがね」
小さく背後から音がして、扉が閉まる。
足音がしないことから、執事の男はそのまま扉の向こうで待機しているのであろうと見受けられる。
「わざわざご足労いただきましてありがとうございます」
そう言って握手を求める男の手を取る。
男の手は、ただの実業家とは思えないほどにごつごつとしていた。
思わず、手元から男の方へと視線を上げる。
なるほど、と小さくうなずく。
40~50歳くらいであろう男は、その柔和な表情とは裏腹にかなり恰幅がよく、纏っている上等そうなスーツの上からでも、男の逞しい肉体は隠せていないように思える。
「お嬢さんの、警護と聞きましたが」
「ああ、だがすまない。娘は今日は出かけていてね」
「警護を求めている令嬢が?」
肩眉をあげて尋ねると、男ははははと乾いた笑いを漏らして、じゃじゃ馬でね、と溢す。
「なるほど、"おでかけ"をしていただかないようにするのも任務のうち、ということですか」
「察しがよくて助かるよ」
男は眉の端を下げて少し申し訳なさそうに笑う。
「ところで、わざわざFBIに警護を頼むというと…」
「ああ、そうだね、娘は少し特別なんだ」
「特別、というと?」
わざわざ本人に合わせずに呼び出した要件を尋ねると、男は先ほどまでの柔和な笑みから、悪戯に成功した子供のようににやりと笑って
「彼女は頭がいいんだ、とってもね」
とだけ言い残して、部屋を後にした。