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「脚本家になってみないか」
中野監督との出会いから数か月。
私は監督の提案を受け入れることにした。
自分にそんな才能があるなんて全く思ってはいないけど、
こんな機会絶対ないぞ、なんて天馬が嬉しそうに背中を押すものだから思わず頷いてしまった。
なにより、脚本、というものに興味があった。
お芝居は昔から好きだった。
でも成長すればするほど、自分を表現する機会が少なくなっていくことに少し寂しさを感じていた。
脚本、という形で演劇に関わる道もあるんだと思ったとき、
純粋にやってみたい、という気持ちが沸いてきたのだ。
それからというもの、中野監督は私をよく現場に連れ出すようになった。
元々天馬に連れ出されることが多かったけど、
監督は私を助手という立場でスタジオに入ることを許してくれた。
天馬といるときは、結局楽屋にいるだけだったけど
色んなものを見れるのは純粋に楽しい。
監督は特に私に指示はせず
「邪魔をしないように好きなものを見なさい
入れるようにしておくから」
と、私に関係者用の名札を一つ手渡された。
「こんにちは、はやみちゃん」
「近藤さん」
声をかけてくれたのは今回のドラマの演出の近藤さん。
近藤さんは中野監督とも仲が良く、私に対してもとてもよくしてくれている。
「何か面白いものでも見つけた?」
いくら監督の指示とはいっても、現場に素人の学生が入ってくるのだから、表面上は受け入れてくれても内心よく思ってない人も多い。
だが近藤さんは、見かける度に私に声をかけて、
こうして何気ない質問に答えてくれる。
「あの短い場面に、あんなにいっぱいのカメラを使うんですね」
「そうだね、あとで編集していいカットだけ使うこともあるけど、純粋に狙い通りの画を撮ろうとすると、秒単位で角度が変わってくるからね」
「へえ」
「はやみ!」
近藤さんと話をしていると、誰かに名前を呼ばれた。
中野監督よりもかなり若い声、この声って
「天馬」
声のする方を振り向くと、そこには私の予想通り天馬の姿があった。
「どうしたの、こんなところで」
「俺もこのドラマ出るんだよ!それより、お前こそなんでここにいるんだよ」
「修業。それじゃあ近藤さん、また」
撮影が始まりそうだったので、天馬の隣を通り過ぎてスタジオのすみっこに移動する。
「おい、修業ってなんだよ!おい!」
後ろでなにやら天馬が叫んでるけど、
なんかちょっと疲れたし、隅で休んでようかな。
撮影がはじまったスタジオの隅で見学する。
に、してもこうやってプロのお芝居見れるの楽しいなあ。
一瞬で変わる空気感に鳥肌が立つ。
脚本、か。
そう言われると書いてみたい話も出てくる、かもしれない。
でも結局何を書けばいいんだろう。
ぼんやりと考えていると、いつの間にか撮影が終わったらしく、
天馬がこちらに近付いてくる。
「てんま」
「おう」
「おつかれ」
「おう」
「終わったの?」
「おう、今日の撮影は終わり」
「そっか」
「中野監督にお前のこと頼まれたから、片づけ終わったら送ってく」
「ありがと」
いつものように天馬の楽屋へ足を進めながらのんびりと会話する。
撮影直後、天馬は口数が少なくなることがある。
たまに、というか結構頻繁に。
きっと自分の今日の芝居を反省しているのだろう。
大満足だー!ってご機嫌になることもなくはないけど、
大体の場合はこうしてひとりでどこかを見つめながら難しいことを考えている。
そんな真剣な横顔が、私は結構好きだったりする。
「どうしたはやみ」
「え、なにが」
「いや、ずっとこっち見てたからなんか用あるかなと思って」
「別に」
「ふうん?」
急に天馬がこちらを向くから驚いてしまう。
声、裏返ってなかったかな。
天馬は少し首を傾げてから、黙って楽屋の片づけを始めた。
「まあ、なんか悩んでるなら言えよ」
帰りの社内で、天馬が窓の外を向きながらぽつりとつぶやいた。
「え、」
「えってなんだ」
「天馬のやさしさ生まれて初めて感じたかも」
「……言っとけ」
天馬は窓の外から視線を外さない。
こちらを向いてはくれないが、耳が少し赤くなっている、気がする。
本人がこういう気遣いに照れ臭く感じてるだけで、
それ以上の意味は無い。それは小さい頃から一緒の私がよく理解している。
「脚本、書きたいなって思う」
「いいんじゃねーの」
「でも、何を書けばいいのかわからなくて、」
「書きたいものがないってことか?」
「そう言うわけじゃないんだけど」
「じゃあ好きなように書けばいいんじゃねえの」
「そうかなあ」
天馬はいつのまにか私の方を振り向いて、
真剣に相談に乗ってくれる。
自分が恥ずかしいと思ってたいたこともいつの間にか忘れてるんだろうなあ。
「まあ、自分の伝えたいことを込めろーとはよく聞くけどな」
「伝えたいこと、か」
「そら当然っていえば当然なんだろうけどな」
意外に脚本って難しいかもなー
「そうだね」
そんな話をしていると、車は私の家の前に到着した。
「わざわざありがとうね」
「いつものことだろ、気にすんな」
「うん、ありがとう」
天馬が車の中でひらひらと手を振っている。
車が見えなくなるまで見送ってから、
私は家の玄関の扉を開けるのだった。
「伝えたいこと、かあ」