夕焼けを刻む時 Ⅰ
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茹でダコみたいな顔をした天馬がスタジオに向かってしまってから30分ほどが経った。
「ううーん、暇だなあ」
スタジオ見学していても構わない、と天馬は言ったが部外者のただの学生がどんな顔して撮影現場に立っていればいいのかもわからずこうして一人楽屋で時間が経過するのをただただ待っていた、その時だった。
《姉ちゃん!》
急に扉が開いたと思えば、そう叫びながら天馬が自分の楽屋に戻ってきた。あれ、天馬ってお姉ちゃんなんかいたっけ。
《ねえ、君、ここに僕の姉ちゃんが来なかった?ずっと探してるんだけどみつからなくって……》
天馬はきょろきょろと部屋を見渡しながら私にそう尋ねてきた。なるほど、そういうことね。
《もしかしてセイラさんのこと?残念だけどもう彼女は戻ってこないわよ》
ぶっきらぼうにそう返すと、天馬は一瞬驚いたように目を見開いてからにやりと笑ったかと思うと、すぐに先ほどの表情に戻った。
《どういうこと?君、姉ちゃんを知ってるの?》
《知ってるも何も……ねえ?》
《お前!姉ちゃんに何をした!》
昔からお馴染みの遊び。天馬にとってはただの暇つぶし。根っからの芝居馬鹿なこいつは、こうして合間を見つけては私に即興劇をふっかけてくる。
私の言葉を今か今かと待っている天馬に、たっぷりと間を取ってから答える。
《帰ったわよ、"花園"に》
《…"花園"?》
《あらあら、あなたなんにも知らされてないのね》
《訳の分からないことを言ってごまかそうったってそうはいかないからな》
《そう思うならそれでもいいわよ。あなたは一生姉に会えないってだけだもの》
そう言ってふふふと私は笑った。ああ、やっぱりお芝居って楽しい。こうして天馬と向き合ってバチバチ火花散らしながら芝居をする時間が何よりも好きだ。
《……どういうことだ》
天馬の雰囲気が一変する。地を這うような低い声。でも先ほどまでの少年のあどけなさがちらりと見え隠れする。私はわざとらしくため息を付きながら次の言葉を発した_いや、発しようとした。
「素晴らしい!!」
「え?」
天馬が勢いよく開け放ったことで、解放されたままになってしまっていた扉の奥には、見知らぬ中年の男性が興奮したように手を叩きながら立っていた。
「中野監督!」
声の主を見た天馬は、驚いたようにその男性の名前を呼んだ。中野監督、なんだろう聞いたことある。なんだっけ、そう言えばこの前天馬が言ってた気がする。今度出演する作品の監督がハリウッドも手掛ける有名な人だからなんだかんだって……
「あれ、もしかして、」
「もしかしなくても例の監督だよ」
エスパーなのかと思うほど、私の心とタイミングまでピッタリで天馬がそう答えた。
「監督、どうしたんですか?」
天馬が発した声はどことなく震えていた。緊張、しているのかな?それだけすごい人なんだ、なんて他人事のように思っていると、中野監督とやらが楽屋に入ってきたと思えば、すぐに私に近付いてきて、勢いよく私の手を取った。
「へ?」
「君、名前はなんていうんだい?次の僕の作品に出てくれないか?」
「は、」
「君の独特の世界観、最高だよ!」
「あ、あの…」
話が通じない。一方的にぐいぐいと話しかけてくるこの男性に思わず一歩後ずさる。
「あの、監督すいません、ちょっと怖がってるみたいなんで」
呆然と立ち尽くしていた天馬が、震えた声のまま間に入ってそう言った。
「ああ、申し訳ない。つい興奮してしまった」
天馬に止められると、中野監督とやらは別人のように穏やかな笑みを浮かべて少し申し訳なさそうに笑った。
「はあ」
「それで、話の続きだが……君、俳優になる気はないか?」
「ごめんなさい、ありません」
私が瞬時にそう答えるものだから、天馬の顔が強張っていく
「ちょ、はやみ!」
だが、中野監督は私の目をじっと見つめてから、観念したようにもう一度笑ってから、そうか、と肩を落としてつぶやいた。
「そうか、それは残念だ。
だけど、そうだな
もし、君に興味があれば、だが」
「脚本家になってみないか?」
世界が変わる、音がした