夕焼けを刻む時 Ⅰ
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小学校3年生の春、私は嫌に見覚えのあるその少年と再会を果たした。
「皇天馬…?」
結局あの日以降会うことはなかった一日限りの友達は、テレビで引っ張りだこの有名人だと知ったのは、その日の夕方のことだった。その時間はいつもおじいちゃんと一緒に相撲を見てるから知らなかったけど、たまたまその日おじいちゃんがいなくって、テレビのチャンネル権を独占できた私は、色んなバラエティ番組を流し見ているうちに、見覚えのある少年の姿を発見した。
それから数年後、私と天馬は学校のクラスメイトとして、再会するのだった。同じクラスになるまで、同じ学校だったことにも気づかなかったのだから、私も相当周りに興味を持たずに生きてきてたんだなあなんてそのとき初めて実感した。
あるとき、学校の学芸会の劇で白雪姫をすることに決まった私のクラスメイト達は、有名子役の実力が見たい、と口々に言いだして、満場一致で天馬が王子様役に決まった。当の本人もまんざらでもない様子で「当然だろ」なんて誇らしげに笑っているものだから、なんだか私もやってみたくなって主役の白雪姫に立候補してみれば、あっさりとその役を手にすることが出来た。
昔から、芝居は好きだった。見るのも、やるのも。そのときだけは別の自分になれることが、この上なく嬉しかった。に浸っている間だけは、私は限りなく自由な存在になれた。
劇の稽古が始まって、天馬の存在感がさらに圧倒的なものになっていった。劇なんかしてなくったって、人を引き付けるカリスマ性のある少年なのに、芝居が始まってしまえばその存在感は誰に負けることもない、圧倒的で驚異的なものであった。
「やっぱり天馬はすごいね」
「別に普通だろ」
そう言いながらも、嬉しそうに緩む表情が隠しきれてなくって、くすくすと笑ってしまう。天馬は恥ずかしそうに"何笑ってるんだよ"と睨み付けてきたけど全く怖くなくって。むしろその態度すらおかしくって、さらに大きな声で笑った。
舞台に上がるのは、それが初めてだった。見てる人なんて身内ばかりで大した数もいないのに、この上なく緊張したことを今でも覚えている。
「何緊張してんだよ」
「だって…」
「大丈夫だって」
と楽しそうに私の背中を叩くものだから、私の緊張はその瞬間にどこかに行ってしまった。やっぱり天馬はすごい。そのときの私は、天馬が私以上に緊張していたことなんか気づきもしかなかった。
白雪姫のラストシーン。王子様の口づけで目を覚ます白雪姫。実際に口づけなんてするはずもないけど、フリだとしてもかなり顔を近づけるそのシーンに、目をつむりながらも毎回ドキドキしてしまう。
(……あれ、)
すぐさま感じた違和感。あれ、ここの間ってこんなに長かったっけ。天馬のセリフまで目を開くことのできない私は、次のセリフを待つことしかできない。でも、明らかに様子がおかしい。気づかれないように、こっそりと薄く目を開ける私の目の前には、今までに見たこともないような、不安と焦りでいっぱいの天馬の顔があった。
なんとかしないと、
そう強く思ったことは覚えているが、あまりに必死だったのだろう。その後の記憶はあまり確かではない。ただ覚えていることは、何とか天馬のピンチを乗り切ることが出来たという事実と、カーテンコールを終えた後のとても苦しそうな天馬の横顔だけだった。