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ゲゲゲの鬼太郎 1
※妖怪夢主が鬼太郎と出会う話。
※出会い編のため、原作および1-6期すべての鬼太郎を混ぜて書いています。
驚いた。
これまで鬼太郎は、人間を襲う妖怪を退けたことはあるけれど、自分の家が襲われたことはなかった。しかもよりによって、雌雄同体の水虎。
雌雄同体にしては、随分弱っちかったけど。家も無事だし、駆け付けてくれた仲間たちも怪我を負うことなく、鬼太郎1人でも十分なほどだった。
力尽きた水虎の巨体は、どうっと倒れ、ばしゃばしゃと水が流れ落ち、見る見るうちに小さくなっていく。
「おかしいぞ。体は雌雄同体なのに、まるで手ごたえがない」
目玉親父が呟いたとき。
ぼたっ、と。
岩ほどに小さくなった水虎の体から、布の塊が落ちてきたと思った。水虎が何かを食べた跡だと思っていたら、よくよく見てみると、古ぼけた麻布から、黒い糸が飛び出している。もっとよく見ると、それは糸ではなく髪だった。鬼太郎がそれに気を取られているうちに、水虎は崩れてなくなった。
「人間か?」
鬼太郎は目玉親父の疑問に答えず、すぐさまそれに駆け寄った。わずかに身じろぎするその様が、人型に見えたのである。妖怪に飲まれた人間は、生命を吸われて衰弱し、やがて死んでしまう。鬼太郎は、それを見過ごせなかった。
重く濡れた麻布を広げると、姿が見える前に、まるで光が漏れ出るかの如く、内から妖力があふれ出た。
「妖怪だよ、父さん」
鬼太郎はやっと父の質問に答えた。仲間が寄ってきて、包みの中を覗き込んでいる。
「見たことない着物じゃのお」
静かに横たわっている妖怪は、一瞬だけ目を開けた。白い瞼の隙間から、闇と一体化するような真黒の瞳が、鬼太郎を映した。そして、すぐ隠れた。胴体に触れても、ぴくりとも動かない。
「女の子……?」
人間の昔話に出てくるお姫様というのは、こういうところから生まれたのではなかろうか。黒い髪と、白い肌の、眠っている女の子。当の彼女は、再び目を開けることはなかった。
「それにしても、随分弱っているようじゃ。ひとまずうちへ連れていこう」
「はい。父さん」
鬼太郎は大きい布包みの中から、妖怪だけ持ち上げて前に抱えた。体格は鬼太郎と同じほど。長い黒い髪と、真っ白な肌と、ところどころ破れた不思議な衣。中心部に折りたたまれた腕の中に、呪符がある。
「父さん、お札でしょうか」
「どれ、失礼。よっこらせと」
目玉親父は、身軽に女妖怪の体へ飛び降りる。彼女はその呪符を強く握っているようだった。必死の思いで引っ張りだした呪符には、見たこともない文字が黒い文字で殴り書きにされていた。
「何も力は感じないが……はて……」
妖怪の中でも誰より博識な幽霊族の目玉親父が、首をかしげるばかりであった。
鬼太郎の家は樹の上にある。それでも鬼太郎は軽々と女妖怪を枝の上に運びこんだ。下駄を脱ぎ捨て家の中へ入ると、肩にいた目玉親父がぴょいとちゃぶ台に飛び移った。お願いしたいことがあるから、と鬼太郎が猫娘を呼んでおいた。彼女はすぐに駆け付けてくれた。
「猫娘。布団敷いてくれないか?」
「1枚しかないけど……鬼太郎が寝る場所は?」
「弱ってる方優先だよ」
猫娘は不満そうに頷いて、葉でできた軽くて通気性のよい布団を敷いた。人間界で仕入れたシーツをつけているので、それの中身が特殊な木からとれた葉だと気付くのは難しいだろう。鬼太郎は布団の上に女妖怪の体を横たえ、掛布団をそっとかけようとした。
「まさか、濡れた服のまま寝かせる気じゃないでしょうね」
猫娘はそう言って、鬼太郎の手から布団をとる。
「そうじゃ。これを着せてあげなさい」
目玉親父が箪笥の中をあさって、着物を引っ張り出そうとしている。鬼太郎はそこに駆け寄って、父親を手伝った。目玉親父が示したのは、青い袴である。
「でも、女の子の着替えは僕じゃ……」
「男の人は出てってね」
答えを待たずして、猫娘は鬼太郎を家から押し出した。鬼太郎は裸足のまま家を出、細い木でできた柵に寄り掛かる。暖簾がばさっと降りた。ばたばたと衣擦れの音がして、やがて猫娘が暖簾の端から顔を出す。
「ちょっと大きいけど、着せれた。入っていいよ」
鬼太郎が中へ戻ると、女妖怪は鬼太郎が普段使っている布団の中で、寝ていた。
「あとこれ。なんだろ」
ちゃぶ台の上には、彼女が握りしめていた札と、もう1つものが増えている。青と白の、不思議な模様の首飾りである。装飾品にしては飾り気がないし、呪物にしては力が感じられない。
「服の奥に隠れるようになってた」
「ふーむ……」
目玉親父がこんなに悩むとは、このような場面に鬼太郎も猫娘も出会ったことがなかった。考えだしてしまった父親はさておいて、鬼太郎は窓から空を見た。薄い暁だ。
「ありがとう、猫娘。突然呼んで悪かったね。もうすぐ朝だから、お帰りよ」
「にゃーん……。そうね。また明日来るわ」
猫娘は、ちらりと名前もわからない女妖怪を振り返る。
「この子、どうするの?」
「まあ、起きてみないとわからないな。それまではうちで預かるさ」
「ふうん」
飲み込み切れずといった表情で、猫娘は頷いた。囲炉裏のつるべ火が、役目を終えたとでもいうようにするすると縮んで、薪の隙間に入っていった。
猫娘の帰った家は、静かだ。目玉親父はと言うと、家の中の書物をとっかえひっかえめくっている。鬼太郎はその手伝いをしながら、軽い朝食を用意した。その間もずっと、女妖怪は目覚めない。3人分つくってしまったので、鬼太郎は2人前の食事を食べることになった。
囲炉裏を挟んで壁側。いつも鬼太郎が寝起きする場所と決めているところに、彼女は静かに横たわっている。
彼女の顔を見たとき、驚いた。猫娘には、“かわいい女の子が好きよね”と言われることがあったが、鬼太郎自身にはその自覚はない。その上で、鬼太郎は、正体不明な女妖怪のことが、綺麗だと思った。だがそう感じているのは鬼太郎だけではなく、猫娘だって、この子の顔を見るなり、“すっごいキレイ”と口にした。
目を見張るほど、綺麗なのは間違いない。顔が綺麗、というわけではない。何か、彼女の周りの空気感、とか、そういうのを含めて、綺麗だった。
布団の中の痩身が、びく、と動いた。何事かと思ったが、特に異常はなさそうである。もう少ししたら起きるのかもしれない。
「鬼太郎や」
「はい、父さん。布団の準備しましょうか?」
「わしのことはわしがやる。それよりも、ほれ、その子の手を握っててあげなさい」
「え?」
目玉親父が、巻物から顔を上げた。昔のもの過ぎて、鬼太郎には読めない。目玉親父は自分の顔をなしている目をこすった。
「見るに、かなり妖力を消耗しているようじゃ。今なら近くにいるだけでも分けてやれよう」
「そうですね」
鬼太郎は膝歩きで布団に近寄った。妖怪に顔色という概念があるのは、人型だけである、鬼太郎や猫娘は当てはまるが、唐傘お化けなんかは、まったく当てはまらない。その原則に照らすと、彼女は相当顔色がよくない。
鬼太郎は布団の中へ手を入れて、だらんと極限まで力の抜けた手を握った。ずいぶん細い指だ。
「どれ」
ずっと書物を見ていたので、随分目が乾燥してしまったらしい。目玉親父はかすかに目を充血させ、女妖怪の様子を見に来た。枕もとから彼女の顔を覗き込む。
「ああ、それだけでだいぶ違うのう」
白いだけの顔には、ほんの少しだけ色が戻った。それは窓から差し込む夜明けの光のせいかもしれないが、多少はマシだろうと鬼太郎は勝手に思う。なんだかおかしい。太陽を忌む同じ妖怪のはずなのに、陽の光の下で美しく見えるなんて。
きゅっ、と指が握られる。
鬼太郎は、女妖怪の顔を見つめていた。その顔が、動く。そして、ゆっくりと瞼が開く。眠そうな目は、確かに、水虎の中から出てきたときに映された、あの黒い目だ。
「おお、目覚めたか」
彼女は、枕もとで嬉しそうな声を上げる目玉親父を、ちらっと見た。そしてゆっくり上半身を起こして、戸惑ったような顔で、鬼太郎を見た。
「おはよう。僕は鬼太郎。こっちは、僕の父さん」
「目玉親父じゃ」
彼女は下に視線を落として、その小さい体躯を見つめた。上等な糸のように、黒い髪が垂れる。そして、自身の手元に視線をやった。鬼太郎もそれを追ったが、彼女の言わんとしていることがわかって、意図せず顔が熱くなった。
「あっ、ごめん……」
だが謝るには及ばなかったようで、彼女は離れようとする鬼太郎の手を、放さなかった。妖怪同士の同じひんやりした体温が、細い指をとおして伝わる。布団の下にいたからか、熱がこもって少しあたたかい。
「起きたところ早速で悪いんじゃが、お前さんはどこの妖怪だね?」
目玉親父が尋ねた。彼女は目玉を見下ろすが、返事をしない。首をかしげている。
「もしかして喋れんのか?」
首を傾げたきりである。数度瞬きをすると、長いまつげが花びらのように揺れる。かと思うと、鬼太郎の手を振りほどき、立ち上がろうとした。
「危ない!」
立ちどころにふらついた体を、鬼太郎が支える。抱き上げたときも思ったが、相当に軽い体だった。力が戻っていないのだろう。
ところが彼女は驚いたように顔を上げ、鬼太郎を見上げた。その視線が、何かを訴えかけてくる。彼女が首をかしげるのに鬼太郎もつられて首を傾げた。
「えっと……まだ立つと危ないから、寝てなよ。お茶持ってくるよ」
鬼太郎は囲炉裏で眠るつるべ火を起こし、鉄瓶をその上にかけた。目玉親父は、彼女の近くでなんとか会話しようと様々な言葉で話しかけている。
「ええい、古妖怪語もカエル語もダメか……」
彼女は優しい手つきで目玉親父をすくい、目線の高さまで持ち上げた。口を開けて何事か話そうとしてくれているのが目玉親父にも分かったが、どうやら音が出ないらしい。空気を吐き出す音だけが聞こえる。
「ゆっくりでいい。ゆっくり、話し方を思い出しなさい。それまでうちにいていいから」
そうやって目玉親父は彼女に声をかけた。意味は伝わらなくても雰囲気は伝わったのか、彼女はほんの少しだけ笑った。
鬼太郎の目には、そこだけ春が来たように見えた。きれいだ、と思ったし、かわいい、とも思ったし、想像以上に優しそうに笑うから、それに一番驚いた。ああいう表情を誰にでも向ける妖怪は、鬼太郎の記憶の中にはいなかった。妖怪だけでなく、人間にも。
「鬼太郎、沸いたよ」
「あ、ありがとう」
つるべ火の言う通り、しゅーっと鋭く蒸気が噴き出ている。ああ、見蕩れていたな。ようやく鬼太郎はそのことに気付く。
熱い鉄瓶を持ち上げて、ふと急須の中の茶葉が出がらしだったことを思い出した。不平をつぶやくつるべ火に、もう少し置いといて、と頼んで、鬼太郎は急須の中の茶葉を替えた。熱い緑茶だ。目玉親父の茶碗風呂のために常備している緑茶だが、今日は急な客人用として活躍している。鬼太郎は注いだ緑茶を少し冷ましてから、湯飲みを女妖怪に差し出す。
「はい。熱いから気を付けて……」
「!」
鬼太郎の忠告は無駄に終わった。湯飲みを受け取った彼女は、喉が渇いていたのかすぐさま口をつけてしまって、案の定舌を火傷したようだった。
「……!」
「あー……鬼太郎や、この子は言葉が通じん」」
「もっと冷ませばよかったですね。悪いことしちゃったなァ」
ふっ、ふっ、とお茶に息を吹きかけている女妖怪をみて、なんだか笑えてきてしまった。くすっと笑ってしまった鬼太郎に対し、目玉親父もにこにこと笑っていた。
「不思議な妖怪じゃのお」
「どういうことですか?」
「昔からの友のような、まったく知らない相手のような……言い表すのが難しいんじゃが」
「何となくわかる気がします」
目玉親父の言う通りだった。確かに、彼女は、以前からこの家にいたような気もするし、今日初めて来たお客さんのような気もする。おかしな感覚だ。もっと平たく言うと、馴染みやすいのか、そうでないのか、よくわからない変な感じ。それが不快でないのは、あの優しい表情のせいなのだと思う。
彼女は、夜が明けた空を見ていた。時折思い出したようにお茶を飲もうとして、熱すぎて諦める。
その様を見ていると、凶悪な妖怪の中に閉じ込められていたのがとてもかわいそうに感じてくる。目玉親父がやたら彼女を気にするのは、きっと鬼太郎が感じていることと同じことに起因する。
鬼太郎たちと同じ妖怪なのに、ずっと水虎の中に閉じ込められ、おいしいご飯も、綺麗な景色も、愉快な仲間とつるむのも、何もできないのは悲しいではないか。荒い麻布にくるまれ、妖力を吸いつくされ、言葉を失い、長い間眠っていたのだ。そんな状況を自ら望むものはそういないだろう。
力づくでその状況に突き落とされたようで、彼女がかわいそうだ。
「……捧げもの……」
鬼太郎は口に出していた。
布に包まれた様は、それに似ていた。大昔、人間が文明を持ち始めたころ、妖怪の最盛期、人間の娘を贄に欲しがる悪鬼が溢れた。あの頃の人間は信心深く、その要求は容易に通った、と鬼太郎は伝え聞いている。妖怪の中にも虐げられる種族は、いなくはない。彼女がその犠牲になったのでは?
「調べる価値はありそうじゃな」
息子の言葉から、目玉親父は何やら思いついたようである。お茶をおいしそうに飲み干す、名前のわからない女妖怪を見つつ、大きな目玉をこすった。
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