試し書き倉庫
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
落乱 1
※忍術学園の食堂で働きながら教鞭もとるくノ一夢主
そろそろ昼かな、と土井先生含めは組全員が思っていた。きり丸と乱太郎の間で居眠りしているしんべヱの腹が、ぐるぐる鳴り出したからだ。おかげでその机はよだれの海になりかけているが、きり丸も乱太郎も半分居眠りしているから、よだれに侵食されるにんたまの友の悲劇に気付かない。
ごーん、とあいた窓から、鐘の音が聞こえた。
跳び起きた乱太郎ときり丸はようやく目の前の惨状に気付く。土井はそれを見て苦笑いした。
「授業終わり! 復習はしっかりするように! 午後からは校庭で手裏剣の授業だ。遅れないようにしなさい!」
「はーい、は組の良い子と土井先生にお知らせでーす」
はきはきした聞き慣れた声とともに、がらりと戸が開いた。きり丸と乱太郎がよだれで塗れたにんたまの友をひらひら乾かしている。べたべたの机を見て、廊下にいたその人は、土井と同じく苦笑いした。
「どうしたの、それ」
「えへへ……僕が寝てるときよだれ垂らしちゃったみたいで」
「私たちも居眠りしてて」
「さっき気付きまして」
「まったく。居眠りしちゃダメだよー」
その人は呆れ交じりの優しい笑顔で順に3人の頭を撫でる。
「で? なまえ、お知らせとは?」
「そうそう。山田先生から伝言です。午後の実技授業は校庭改め裏山の入口に集合になります。障害物競走しまーす」
「なまえさんは来るんですか?」
「行くよ。今日のは難しいから、みんなの補助係するよー」
「わーい!」
「お前たち、なまえに頼りすぎないで自分で考えるんだぞ」
「わかってまーす!」
土井の忠告が届いたのか届いていないのか、は組の生徒は良い返事をした。
「なまえ、連絡ありがとう。ところでランチは食べたかい?」
「まだですよ。土井先生、一緒に食べに行きましょうよ。Aランチはちくわの磯部揚げですけど」」
「何故それをわざわざ伝える!?」
そんな会話をしながら、2人は教室を出ていく。ちょうどなまえが戸を後ろ手で閉めたとき、しんべヱが何気なく口を開いた。
「土井先生となまえさんって、仲良しだよねー」
「確かに。そういえば、きり丸、土井先生の家になまえさんたまに来るって言ってたよね」
「ん。こないだは里芋の煮物つくってくれた。美味かったなあ」
「ええーいいなあ」
しんべヱがじゅるり、とよだれをすする。乱太郎の後ろから、三治郎と兵太夫が首をつっこんできた。
「すごいな、なまえさん。めちゃくちゃ足早いのに、料理も上手なんだなー」
「足早くて料理できて、その上からくりもいじれるんだもん。な、三次郎」
「寄木細工のからくり小箱のやつねー。あんなの思いつかなかったや」
「なになに?」
「前きり丸に頼まれて、銭を安全に保管しておく入れ物つくったんだよ」
「で、鍵はなくしちゃうから、からくりがいいだろうって。なまえさんがいくつか作り方教えてくれたんだ」
「それを僕たちで混ぜてオリジナルの細工にしたんだけど」
「ほほー」
それは知らなかった。乱太郎としんべヱはきり丸用の引き出しに綺麗な細工の木箱があり、それがからくり大好き小僧三治郎と兵太夫作とは知っていたが、まさかなまえが関わっているとは。きり丸もそれを今知ったという表情だ。
「へえー、なまえさんって手先も器用なんだなあ」
「団蔵?」
「なまえさんって言ったら、馬術だよ。父さんが手こずるくらいの悪馬を乗りこなして、そのうえ弓馬術も決めちゃうんだから」
「弓馬術?」
「走る馬の上から弓を的で狙うんだ。なまえさんってそういう一門の出なのかな?」
「なまえさんが得意なのは馬術じゃないよ。火縄銃だよ」
「虎若?」
「照星さんとなまえさんって知り合いなんだよ。戦場で知り合ったんだって」
「仕事中ってことか?」
「そう。戦でやたら火縄銃の腕がいい足軽がいるな、って怪しんだら、なまえさんだったんだって。照星さんが褒めることは滅多にないから、相当の腕だよ」
「なまえさんと照星さんとどっちが上手なの?」
「そりゃ照星さんだよ。けど、なまえさんだってすごく上手いんだ。くんずほぐれつしてる歩兵の利き手を寸分の狂いなく撃ち抜くんだぜ」
「そりゃすげえや」
「どこかの鉄砲隊にスカウトされたこともあるらしいよ」
「そういや乱太郎、火縄銃の補修になまえさんきてただろ? あれってそういうことだったんだな」
「庄左ヱ門?」
「なまえさんは教えるのが上手い。僕も、暗号の宿題が分からなかったとき教えてもらった」
「ええ!? あの庄左ヱ門が!?」
「僕だって分からないことぐらいあるさ」
「僕もなまえさんに剣術教えてもらったことあるよ。なまえさん、剣術は本業じゃないけど強いんだ。それで花房牧之介に目をつけられたこともある」
「うわあ、かわいそう……」
「ちなみにかわいそうなのはそれだけじゃない。なんと花房牧之介にひとめぼれされて、付きまとわれてるんだ」
「めっちゃかわいそう!!」
「待て待て、待ってくれ。なまえさんって女の人なのか?」
「庄ちゃん、何、なまえさんは女の人でしょ?」
「だったらなんで忍たまの校舎にいるんだ? 基本的にくのいち教室は忍たま校舎には入っちゃいけないんじゃなかったか?」
「え、そうだっけ」
「そうだよ。僕らがくのいち教室に入っちゃいけないようにさ」
「僕もなまえさんは男の人だと思うなー」
「喜三太?」
「だってなまえさん、僕のなめくじさんたち見ても逃げないもん。手に載せてエサもあげてくれるし」
「俺たち、なまえさんにたくさん世話んなってるのに、なまえさんのこと何も知らねえんだな。性別すらあやふやかあ」
「確かに、きり丸の言う通りかも」
「伊助?」
「なまえさんって、普段は食堂で働いてるだろ? でもたまにいないんだよ。食堂が一番混むランチの時間に」
「なまえさんにだって事情があるんだろ。バイトとか」
「きり丸じゃないんだから。そもそもなまえさんは忍術学園で働いてて、給料もらってるはずだろ。何なんだろうなーと思って、俺、食堂から出てくなまえさんをつけたことがあるんだよ」
「さすが伊助。やることが思い切っている」
「途中で撒かれちゃったけど、小松田さんの出門表見せてもらったんだ。そこになまえさんのサインがあってさ。休みの日でもないのにどこ行ってんだろうな」
「よくそこまで調べたね」
「気になったから」
「ううむ、気になる……」
は組の生徒たちは、腕を組んで考え込んでしまった。ぐるぐるる……としんべヱの腹の音が鳴り響く。
「よしっ!」
ぱん! と手を打ち鳴らしたのは、庄左ヱ門。大きな音にびっくりして、乱太郎たちはひっくり返る。
「考えても埒が明かない。なまえさんに詳しい人に聞きに行こう」
「それって、土井先生?」
しんべヱが伊助の下から尋ねた。しんべヱがひっくり返った拍子に、床に鼻水がついてしまっている。
「土井先生は今なまえさんとご飯食べてるからね。それにお2人とも、授業の準備で忙しいはずだ。まずは土井先生以外の人のところへ行こう」
「土井先生以外?」
「そう。例えば、上級生とか」
「そだね! なまえさんは上級生の授業を持つことがあるって聞いた」
「誰から?」
「食満先輩だよ、しんべヱ。用具委員で作業してるときに聞いたでしょ」
そこで、ぐるるるるる、としんべヱの腹が最大音量で鳴る。
「えへへへ、ランチ食べてからでいい?」
「そうだね。ランチを終えたら、各々委員会の上級生に聞き込みしよう」
そういうことになった。
*
1年は組が持つなまえの情報は、2つ。
その一、なまえは食堂で働いている。
その二、なまえは上級生の授業を持つことがあり、実技副担当である。下級生の授業には実技補助で必要に応じて入る。
なまえは普段からは組のみんなに優しいし、面倒見もよくて、仲良しになった気でいたけれど、実は自分たちが知っていることはそう多くない。それがちょっと悲しい。
だが悲しくても嬉しくても腹は減るもので、しんべヱはやや浮かない顔をしたきり丸と乱太郎をしり目に、るんるん気分で廊下を歩いていた。
「あっ、食満先輩!」
その背後から、3人を追い抜かしたのは喜三太。同じく食堂へ向かう方向にいるのは、しんべヱと喜三太が所属する委員会の委員長、食満留三郎だ。
留三郎をスルーして食堂に入ろうとするしんべヱを、喜三太と乱太郎きり丸が引きずって止めた。
「なんで邪魔するのぉ~!?」
「だって食満先輩見つけたんだから、先に聞いちゃおうよ」
「ランチのあとでもいいじゃん!」
「どうしたんだ、喜三太。そんなに急ぎの用事なのか?」
「じゃあしんべヱもこんなんだし、ランチ食べながらでも」
喜三太は片手になめくじの壺を抱えながら、留三郎の手を引っ張った。乱太郎ときり丸はようやくしんべヱを解放して、自由の身となったしんべヱは一目散へ食堂の中へ飛び込んでいった。
「おばちゃん! なまえさん! Aランチ1つ!」
「はいよー」
「しんべヱ、ご飯は大盛り?」
「特大大盛りで!!」
しんべヱの切羽詰まった声に反応していたのは、渦中の人物であるなまえだった。まったくしんべヱは、と苦笑いのは組と食満である。
カウンターで米をよそいながら働くなまえは割烹着姿で、それは普段の恰好だった。今日はどこへも行かない日なのだろう。食堂の中には、既に土井はいなかった。
「なまえさん。どうも」
「おー、食満、ランチはAとBどっちにする?」
「じゃあ、Aでお願いします」
「はいはーい。で、喜三太たちは?」
「僕もAがいいでーす!」
「私はB」
「俺はAで」
「はいよー」
「なまえさんはもう昼飯食ったんです?」
「とっくにね。はいこれAランチ。こっちはBだよ」
瞬く間にカウンターには定食セットが並ぶ。それぞれ希望の盆を持ち、喜三太ときり丸、乱太郎はなまえから一番離れたテーブルへ留三郎を連れていった。
「それで? 俺に何の用だ?」
いただきます、と留三郎が箸を持つ頃には、しんべヱは我慢できなくてちくわの磯部揚げを口に放り込んでいた。
「食満先輩って、なまえさんと仲いいですか?」
「なんだなんだ、いきなり」
留三郎はAランチの野菜の煮物を食べながら続けた。
「仲いいというか、まあ、あれだ。恩のある先輩だな」
心なしか声量が小さくなった。乱太郎たちはそれに合わせて小声になる。
「なまえさんってどんな人なんですか?」
「後輩思いで優しい。しかも強いぞ。1対1だと6年はまだ敵わないな」
「え!? なまえさんってそんなに強いんですか!?」
ご飯粒を口の周りに大量につけているしんべヱの想像するなまえは、きっと超合金ロボであろう。違うから、と乱太郎きり丸喜三太が首を横に振った。
「ははは。強いと言っても、忍者は腕っぷしだけじゃないんだぞ。最終的に生き延びて情報を持ち帰れば勝利なんだ。そういう意味で、俺たちはまだなまえさんには勝てない」
「ほほー」
美味そうにおかずを頬張る留三郎の視線が、ちらちらと食堂で働くなまえに向いていることは、1年生にはまだ気付けない。
4/5ページ
