毛皮と火
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ロウソク入りのジャック・オ・ランタン
※ハロウィン衣装トウヤ
「なまえ! これつけて!」
トウコが差し出してきたのは、エーフィの耳がついたカチューシャだった。トウコはブースターのカチューシャをつけている。
「トウコ?」
「だって年に一度のナイトパレードだよ! 今日くらいいいでしょ」
トウコはアマリの反論も聞かず、すっぽりとカチューシャをはめてきた。あつらえたのかと思うくらいなまえの頭にぴったりだ。
「うん、似合う」
「あ、ありがとう。トウコのブースターの耳もかわいいね」
「でしょ? おそろいだよ? んふふ、なまえ、やっぱりかわいいなあ」
トウコが、にこにこ顔で抱き着いてきた。彼女はアクティブである。なまえはそれを受け止めて、こっそりトウコのブースターのカチューシャに触れた。ふわふわだ。
「あれ、2人も仮装するの?」
背後から声をかけてきたのは、トウヤである。トウヤはトウコの襟を引っ張った。トウコはしぶしぶといったような表情で、なまえを解放した。彼はナイトパレードを盛り上げるメインキャストとしてライヤーに指名され、それ専用の季節衣装も支給されている。彼の衣装のモチーフは彼のバディーズの1体、グラエナで、黒い帽子から生えた耳がかわいい。
「トウヤ」
「やっほ、なまえ。カチューシャ似合うよ」
「ありがとう。トウヤも帽子、似合ってる」
トウコはトウヤを睨んだ。
「ネックレスなんかつけちゃって」
「結構似合ってるだろ?」
「反論できないのがむかつく!」
トウヤもトウコもバトルが大好きで、普段はオシャレに縁のない2人である。トウコは最近セレナに連れまわされて色んな服を買っているらしいが、トウヤはこういう機会がないと普段着以外の服を着ることはないのだろう。少し浮足立って見える。
トウヤのような強くて人気のあるトレーナーが、こんなにかわいい衣装を着てパレードを盛り上げてくれるのならば、パシオのハロウィンは大成功が約束されたようなものだ。
ハロウィンは大盛況に終わった。パシオは滅多なことでは事件は起きない安全な人工島であるので、結構な夜更けまで子どもが親や兄弟と一緒に外を歩いている。特にイベントがあった日はそれが顕著で、トウヤはそんなほほえましい様子を横目に、目当ての人物を探していた。大通りにはジャック・オ・ランタンがたくさん灯っている。その風景を見に大勢の人がいて、その中にエリカとカスミを見つけた。トウヤはその2人に手を振られたので、自分もふり返した。
大通りを抜けて、町のはずれのベンチに、その人はいた。
「うーん……パシオは平和だ……」
「えふぃー」
その人は、間延びした笑顔で、バディーズであるエーフィを撫でていた。エーフィはポケモン用のお菓子を食べながら尻尾を振っている。
トウヤは遠回りをして、こっそりなまえの背後に回った。エーフィがこちらを振り向きかけたが、トウヤがしいっと唇に指をあてると、その意をくんでくれたのか、正面に向き直った。
「アマリ」
「うわっ」
背後から声をかけてみると、なまえの肩が跳ね上がった。ぱっと振り返られたので、トウヤは満面の笑みで返した。
「トウヤか。びっくりした」
「あはは。ねえ、なまえ。星を見に行かない?」
「星?」
「うん。グラエナとさっき見つけたんだ。どう?」
「行く!」
なまえは立ち上がって、トウヤのうしろについてきた。自分のグラエナは穏やかな性格で、エーフィとは仲良しだ。なまえのグラエナは気性が荒く好戦的だそうで、いつかお手合わせ願いたいものである。
そのまま2人と2体で森の中を進んでゆくと、大通りからずいぶん離れた場所に、ぽっかりと広場のように開けている場所にたどり着いた。
「上を見て」
「わ……」
気温が落ちる今の季節は、夏よりも星が見えやすくなる。木々の中心に丸く空いた穴から見えるのは、イッシュでは見えない星座だ。
「今日は晴れてるから、余計にきれいだね」
「そうだねえ」
トウヤが腰を下ろすように促すと、なまえは自分の隣に座った。
彼女はすごく素直で、含むところがない。それがとても可愛いし、嬉しいと思う。
「カチューシャ、とっちゃったの?」
「うん。パレード終わったから」
ちょっとバツが悪そうに彼女は言った。手を口に当てて笑う動作が、ドレディアのようでかわいい。
「あ、エーフィ。あんまり遠くへ行っちゃだめだよ」
グラエナはエーフィを伴って、夜の森へ入ってゆく。トウヤもグラエナへ呼びかけるが、2人ともそこまで心配していない。先ほどなまえが独り言で言っていたように、パシオは平和なのである。
トウヤは、グラエナの気持ちが少しわかる気がした。
つまるところ、トレーナーと手持ちのポケモンは、共に過ごす分だけ、思考回路が似ていくのだ。
していることが自分とほとんど同じなのに気付いて、ちょっとだけトウヤは面映ゆい。
「ねえ」
トウヤは返事も待たず、なまえに自分の帽子をかぶせた。なまえに男物の帽子は大きかったようで、帽子は彼女の目まで覆った。
「わっ。トウヤ?」
「うーん。やっぱり大きかったね。カチューシャの代わりにはならないや」
なまえが、もう、と言いながら帽子のつばを押し上げた。茶色のどんぐりまなこが、つばの下からトウヤを見上げる。
「見えないってば」
「似合うと思ったんだよ」
「トウヤがかぶったほうがいいよ。かっこいいから」
グラエナとエーフィは遠い。トウヤはグラエナの気持ちに薄々気付いていた。自分のバディーズを邪魔するトレーナーは、トレーナー失格だ。それは恐らく逆も言えて、グラエナはトウヤのことを分かったうえで、エーフィを連れてこの場を離れたのだろう。
つくづく、相性のいいバディーズになったものだ。
今日が新月でよかった。
「見えなくても問題ないよ。もともと暗いから」
トウヤは、帽子のつばを押し下げた。結構強く。戸惑っているなまえが帽子をとってしまう前に、黒いグローブを外して、ポケットに無造作に突っ込んだ。
「ちょっと、トウヤ、そんなに帽子外したいなら……」
「なまえ」
彼女の隣、ボールを置けないような近距離までにじり寄った。
パシオは人工島だ。だが、そこに生えている植物は本物だ。夜の空気に冷えた短い草の間に、手をついた。
なまえは帽子を戻そうとする手を止めた。少し首を下に向けて、ためらいがちに、トウヤ? と名前を呼んでいる。新月の暗い夜にも目が慣れて、彼女の綺麗な唇の影が形のいい顎に浮き出た。
「……聞いて」
殺した息を吐くように、小声で言うと、彼女は怯えたように震えた。立ち上がろうとしているが、トウヤは反対側のなまえの手を押さえた。
「逃げないで」
なまえは、すごく敏感だか、すごく疎い。彼女と一緒にいるとよくわかる。他者の感情の機微にはとても敏感で、そして優しい。だが、行動の解釈の仕方がとても疎い。同い年とは思えないくらいに幼く、疎い。
どうして暗い森の中へついてきてくれたのか? それはひとえに、彼女が疎いから。そして、自分が彼女と、信頼関係を築きすぎてしまったから。
なまえの中では、トウヤとトウコは同じだし、キョウヘイとメイも同じだ。彼女はトウコに誘われても同じようにしただろうし、キョウヘイでも同様だ。警戒心が、とかではない。信頼関係が前提で、彼女はそれがある限り垣根がない。
だからトウヤは、焦る。
「なまえはさ、優しいのが、いけないところだよね」
「トウヤ……?」
「……トウコは、ずるいなあ」
トウヤはそっとなまえから体を放した。恐る恐る彼女は帽子を押し上げ、下からトウヤの顔を覗く。トウヤは、グラエナの形をした帽子を受け取って、にっと笑った。
「もうすぐ11月だから、寒いね!」
なまえの返事も聞かず、トウヤはなまえの肩を引き寄せ、自分の胸に押し当てた。当惑する声にかまわず、そのままぎゅっと抱きしめる。
「わっ、トウヤ、あったかいっていうか、熱いよ! 熱でもあるの?」
「うーん、さっきまでバトルしてたからかなあ。それにしてもなまえは小さいね」
「ダイケンキと比べないでよ」
なまえの声に、さきほどの戸惑いはない。抱きしめあっているというのに。顔が、こんなに近くにあるのに。
ちょっと手を使えば、簡単に、キスできるのに。
がさり、と茂みが揺れた。トウヤとなまえが視線を投げかけると、遊び終わったグラエナとエーフィが戻ってきた。トウヤはゆっくりなまえの体から離れて、そして、肩で丸まったなまえ髪の毛を背中に流してやった。
「そろそろ帰ろう。送るからさ」
トウヤが先に立ち上がって手を出すと、なまえは笑顔で、手を取った。
何も知らないその顔は、可愛いけれど、にくたらしい。照れてなんかないくせに、どうして、耳が赤いんだよ。