巡り巡ってまた巡る
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7
ユースウェル炭鉱は、“東の終わりの街”と名付けられるほどの辺境にある。汽車でイーストシティへ向かうには、日をまたいで数本の汽車を乗り継がなければならない。エド一行は惜しまれつつもユースウェルを後にし、汽車に乗り込んだ。
ユースウェルは辺境すぎて、路線が1つしかなく、ユースウェル発の電車はニューオプティンで終電である。そしてニューオプティンからイーストシティへ向かう電車はすでに終電を迎えていた。エドたちはニューオプティンで一夜を明かし、早い時間の汽車に乗った。ここからいくつかの電車を乗り継ぐはずだったのだが、旅とは思い通りにはいかないものである。
ニューオプティンを出発してあと数駅で乗り継ぎだと思われたころ、エドたちの乗った汽車は、武装したテロ組織に乗っ取られてしまったのである。
窓際で景色を見ながらうつらうつらしていたあいしょうは、急にざわめきだした前方車両と、それに気付いたアルにつつかれ、同時にぴしゃっと開いたドアから、たいそうな恰好をした男性の死体が車両に投げ込まれるのを目撃した。
咄嗟にアルが隣に座っていたあいしょうの体を隠すように、半分立ち上がった。
ふと向かいの席を見ると、エドは2席分を陣取り爆睡している。
「この汽車は我ら“青の団”が占領した! 逆らうものがいれば容赦なく殺す!」
その脅しは嘘ではないらしい。足元の死体を蹴飛ばしたその男は、2人の部下を車両に残し去っていく。どうやら彼は組織の幹部的な立ち位置であるようだ。その男が持っている銃は軍が使用するような新型であるのに比べ、2人の部下たちは3世代ほど前のハンドガンやショットガンしか持っていなかった。
図体の大きい男が脅してショットガンを突き付けると、どの乗客も両手を上げた。
あいしょうはアルを引き戻して、首を左右に振った。
逆らわない方がいい。いずれ戦うにしても今ではない。
あいしょうがエドの方を顎をしゃくって示すと、アルは理解したように頷いた。とりあえず戦力が1人少ない状態で戦うのは得策ではない。
あいしょうは自分の銀時計を押し隠した。エドの腰元からは銀時計がのぞいていたので、ポケットに押し込んでさらに赤いコートをその体にかけなおした。
“青の団”と言えば、反政府の東部過激派で有名なテロ組織だ。つい最近、組織の指導者がエドとあいしょうの上司に捕らえられたというのは、新聞記事を大きく騒がせた。エドが紙面に載っていた写真を見て、スカした面がムカつく、と言っていたのを覚えている。自分たちが軍の関係者であることがバレたら、何をされるか分かったものではない。
その“青の団”は車内を練り歩き、寝こけるエドを見つけると、ショットガンの銃口をエドの頬へ押し付けた。
「おい! 起きろコラ!」
まったくエドが反応しないので、その団員は頭に血が上ったようである。ぐりぐりと跡が残るほど頬を銃先でこねくり回しても、エドは心地よく寝息を立てている。カッとなってつい口にした言葉がいけなかった。
「ちっとは人質らしくしねえか……このチビ!!」
あとはもう、アルとあいしょうが何百回と見た光景である。エドは突如覚醒したかと思うと、突き付けられた銃を一寸のためらいもなく壊し、目の前のガタイのいい男を気絶させ、更にこちらへハンドガンを向けてきた背の高い男を撃退した。
この車両を見張っていた男2人を立て続けにノックアウトしたので、他の車両から応援がこないかとレイは警戒したが、まったくそんな心配はいらなかった。2人のうち1人を尋問して見たところ、団員は汽車内には10人ほどしかいないらしい。しかし何の罪もない人が人質にとられているのは、まずいことこの上ない。エドは元来正義感が強い性格である。人質を助けなければならないというのは、3人の共通認識であった。乗客の誰かが言った通り、仲間が傷つけられた報復をされる前に敵を叩くと言っても、エドとアルは罪もない人が傷つくのを良しとしないだろう。それはあいしょうも同じである。
「しょうがない。オレとあいしょうは上、アルは下からでどうだ?」
「はいはい」
「了解」
エドの指示通り、あいしょうは彼に続く。エドは乗客の「何者なんだい?」という問いかけに、「錬金術師だ」と答えると、風圧に負けながら列車の窓をくぐった。あいしょうは手早く髪の毛を丸くまとめて、濃青のコートを脱いだ。
アルに支えてもらい、エドが車両の上に出たようである。黒い革靴が視界から消えると、あいしょうは窓のサッシに手をかけた。エドの二の舞にならないように慎重に足で体を支え、体を乗り出す。すると白い手袋をした手が下りてきて、あいしょうの生身の手をつかんだ。そのままあいしょうはずるっと引っ張り上げられる。
車体の壁をのぼり、車両の天井に出て体勢を低くすると、エドは先頭車両の方向を指し示した。行くぞ、という合図である。
先ほどの男の発現が正しければ、テロ組織“青の団”は将軍を一等車にて人質にとっているということだ。更に言えば、そんな重要な人質の近くにはこの乗っ取りを仕切っているリーダー格がいる可能性が高いということ。
車体に手をつきながら走っていると、すぐに機関車両が見えてきた。その手前の車両だけ色が違う。恐らくは一等車だろう。そのまま駆け抜けようとすると、不意に足元から何かがはじけるように垂直に吹き飛んでいった。
銃弾だ。
あいしょうとエドは転がるように鉛弾の嵐を避け、2人で連結部のデッキに転がり落ちた。
「左足じゃなかったらやられてたなー」
「ほかに当たってない?」
「へーきだよ。あいしょうは?」
「私はかすっただけ」
エドは左足の機械鎧の隙間から、銃弾を抜き出した。まだ煙を上げているそれを汽車の外へ投げ捨てながら、目前の目的地を見据える。
「オレは機関室取り戻してくる。あいしょうは人質のいる場所探してくれ」
「わかった」
あいしょうは頷いて、ひょいっと一等車の屋根にしがみついた。そのまま天井に飛び乗って、上から窓を覗き込む。硬い生地の上着が吹き飛ばされそうだ。汽車から振り落とされないように、数カ所のぞきを繰り返していると、ようやく人のいるコンパートメントを見つけた。
夫人らしき人物がちらりとあいしょうの方を見てきたので、あいしょうは何とか人差し指を口元に立てて、彼女に“静かに”と伝えた。
ガタン、と背後で音がして、慌てて体を起こして振り返ると、天井からライフルを構えた男が出てくるところだった。
「おイタはだめだぜ、ハツカネズミちゃん」
いうが早いが、男はあいしょうめがけて発砲する。
あいしょうは咄嗟に左腕で顔をかばう。幸いなことに、前腕に鉛玉ははじき返された。連発してくる前にあいしょうは車両の上から逃れ、車体の脇をつかんで側面で足を踏ん張る。この体勢でいつまで持つか、と考えたとき、錬成音がこだました。
「あっぶねーな! ツレになにしてくれとんじゃ!!」
その声と共に、男の悲鳴と、ごん、という何か巨大なもの同士がぶつかり合った音が鳴り響く。振動に危うく手が離れかけたが何とか持ちこたえ、あいしょうは再び車両の上へ戻った。
「こりゃあ!! 汽車の命の炭水車になんてことを!!」
その言葉に、エドは少し考え込むそぶりを見せる。とんとん、とその炭水車を叩いているかと思うと、はっと顔をあげた。
「あいしょう! 人質をコンパートメントに入れろ!」
エドの意図が分かった。あいしょうは力強く頷くと、エドが両手を合わせるのと同時に、人質のいる窓を上から覗き込む。今度は中にいる人に、開けて、と口を動かして伝えた。
素早く対応してくれたのは、将軍夫人だった。あいしょうはその開いた窓から車内に飛び込む。勢いあまって扉の外へ転がり出た。あいしょうは壁を蹴り飛ばして、ボールがバウンドするようにコンパートメントの中へ戻るが、突然現れたあいしょうに、先ほど天井でライフルを構えていた男が銃を向けた。
あいしょうはひるむことなく男へ跳びかかり、その男の銃身を両手で包み変形させると、一瞬のうちにその巨体を蹴り飛ばしてコンパートメントの扉を閉める。廊下では、エドの挑発が放送になって流れていた。人質の皆さんはお姉さんの指示に従ってくださいねー、とまるで緊迫感がない。
「おねえちゃん……?」
恐る恐るあいしょうのことを呼んだ、その小さい女の子は将軍の娘だろう。泣いた跡がある。あいしょうは安心させるようににっこり笑うと、ぐっと扉を押さえた。
「もう大丈夫」
次の瞬間、轟音が扉を押した。扉にはめ込まれているガラスの向こうには、一瞬のうちに水があふれていた。おぼれかける眼帯の男が後部車両へ押し流されていく。あいしょうはコンパートメントの中に水が入ってこないよう踏ん張っていたが、すぐその重さも過ぎていく。水嵩が下がったころに扉を開けると、一等車には、将軍一家以外誰もいなかった。連結部の引き戸が開いていて、それを辿ると、後部車両でエドとアルがうなる眼帯の男を縛り上げていた。
「こいつ、主犯だってよ」
そういうエドの頼もしさは、普段通りだ。
エドとアルが殴った衝撃で、“青の団”残党を率いていた眼帯男バルドは脳震盪を起こしたようだった。バルドを人質にとってしまえば、形勢逆転。団員はエドたちに決して逆らわなかった。次の駅に着いたときに軍と連絡をとり、その車両のまま東方司令部のあるイーストシティへ向かうこととなった。
司令部のある駅に着くと、駅のホームには見慣れた青い軍服の大人が大勢立っていた。途中の駅で乗り込んできた軍人たちが“青の団”を東方司令部の部隊に引き渡す。その様子を客車から眺めながら、エド一行は汽車を降りた。
「や、鋼の。それになまえ嬢」
駅のホームでは、東方司令部勤めでエドとあいしょうの上司、おまけに“青の団”指導者を逮捕したと連日紙面を騒がせた男が待っていた。青い軍服に黒いコートをスマートに着こなし、世間の女性をこの笑みで魅了している。エドはこの男のことが苦手だ。
「お久しぶりです、大佐」
「こんにちはー」
あいしょうとアルはペコリと挨拶をしたが、エドは心底嫌そうな表情をマスタングに向けただけである。彼のうしろにはホークアイもいて、あいしょうとアルはその女性にも頭を下げた。
マスタングは、エドとあいしょうと同じ国家錬金術師である。2つ名は“焔”。その名に恥じない実力で、マスタングは仕込みナイフで応戦しようとしていたバルドを退けた。
バルドはそのまま何重にも拘束され、犯罪者搬送専用の車へ乗せられる。それを見届けてから、マスタングはハボックからいくつかの報告を受け、いくつかの指示を飛ばした。それで彼のここでの業務は終了したようである。マスタングはエドの隣のあいしょうに向かって笑いかけた。
「東方司令部に用があるのだろう? 車で送るよ」
「ありがとうございます! やったね、エド」
「まあ乗ってやらんでもない」
乗せてもらうのは当然と言わんばかりに、エドはマスタングを白い目で見た。マスタングは口元をひくひくさせたが、言い返すのは大人げない。そのままホークアイを連れ、軍専用車両に案内される。ホークアイはマスタングを車内へ見送ったあと、その場を離れようとした。
「中尉は大佐と戻らないんですか?」
「私はここの後片付けよ……あら、」
ホークアイは、あいしょうの頬をするっと撫でる。ざらざらした指だ。すると、あいしょうの頬がぴりっと痛んだ。
「はい、これ。がんばってね」
「あ、ありがとうございます。ホークアイ中尉も」
彼女に渡されたのは、絆創膏だった。どうやら頬を切ってしまっていたらしい。あいしょうが去っていくホークアイに敬礼をすると、彼女はそれまで硬かった表情をふっとほころばせて、敬礼を返してくれた。
「あいしょう?」
先に車内へ入っていたエドが、ひょこりと入口から顔をのぞかせた。今行く、とあいしょうは地面から一段高くなっている車内へ、大股で乗り込んだ。空いているのは、手前の、マスタングの隣の席。ドアを閉めて、そこへ腰を下ろす。
あいしょうは頬の傷の位置を左手で確かめ、ホークアイにもらった絆創膏を貼り付けた。
「傷か。汽車でついたものかね?」
「はい。絆創膏は中尉にもらいました」
「軍の人間であるとは言え、君のような可憐な女性が傷つくのはいただけないな。気を付けたまえ」
こういうことを、自然な口振りで、なおかつ端正な顔に浮かんだ優しい笑顔で言うのだから、この大佐は女性に人気なのである。だがあいしょうは、彼が自分に向けたその表情の真意を知っている。だからこそ、彼の甘いマスクには何ら心動かない。
それとは逆に、大きく心揺るがせているのは、エドだった。エド的にはこういう気障な言い回しは鼻につくうえに癪だという。現に、ものすごく低俗なものを見る目をマスタングに向けている。
アルは兄さん、とエドをいさめたが、それで矯正されるなら、エドはもっとおとなしい人間になるはずなのだ。
「僻みか?」
「んなわけねーだろ、女たらし」
「心外だな。私はなまえ嬢の心配をしているだけなのだが」
「くそ。あいしょう、オレと場所交換だ」
「走行中に席を立つのはやめたまえ。子どもじゃあるまい」
エドのこめかみには青筋が浮かんでいる。あいしょうはアルと目を合わせて、やれやれ、と首を振った。
エドとアルとあいしょうは、3人きょうだいのように育った。エドにとって弟がアルなら、妹はあいしょうである。弟が悪女に騙されていたなら全力で止めるように、あいしょうがプレイボーイに目をつけられたのなら全力で守ろうとするのである。仮に幼馴染のウィンリィが性格の悪い男に引っかかりそうなら、彼女の目を覚まさせようとするだろう。
エドはそういう性格だ。
マスタングが女性にモテるというのは、東方司令部では有名な話だ。彼は間違いなく女好きなのだが、その悪評を打ち消して余りあるほど仕事ができて情にも厚い。更にはルックスも評判上々ときた。そんな噂を司令部内の女性から聞くものだから、エドはマスタングがあいしょうに近づくのを良しとしない。
そういう事情が分からなければ、あいしょうは、エドの台詞に浮かれる、頭の幸せな女になっている。それはただひたすら滑稽だ。
あいしょうだって、エドやアルに変な女が近寄っていたら、追い払うに決まっているのに。
マスタングとエドの喧嘩は、司令部に着くまでは鎮火した。マスタングに促され、アルとエドは先に車の外に出た。あいしょうもそれに続こうとしたが、マスタングに呼び止められる。
「あの兄弟が大切なのはわかるが、自分のことも大切にしたまえよ」
「してますよ。大佐も中尉も、ちょっとかすった傷なのに心配性だなあ」
「昔、私に言った言葉を思い出してから言ってほしいものだな」
「……う」
「心がけは積み重なる。あっと思ったときにはもう遅い」
苦笑するマスタングに、あいしょうは言い返す言葉を持っていなかった。
「何かあったら私のところへ来るように」
「ありがとうございます」
あいしょうは笑みを浮かべ、車を降りた。軍用の車両は車高が高くて降りづらい。すぐ前には、アルが待っていた。降りづらいと言っても、あいしょうは転ばない。アルの気遣いは、紳士的な振舞というやつだろう。
あいしょうのうしろからはマスタングがしっかりした足取りで降りてきた。そのまま4人で物々しくそびえたつ司令部内に入ると、マスタングは彼の執務室と反対方向に足を向けた。
「私は将軍のところへ報告に行ってくる。先に私の部屋へ行っててくれ」
「おう」
あいしょうとアルはマスタングに頭を下げたが、エドはそんなのお構いなしに、ずんずんと絨毯の敷き詰められた廊下を歩いていく。あいしょうとアルが後ろからついて歩いていくと、エドはたまたま通りすがった軍関係者に敬礼をされた。
国家錬金術師は、軍部では少佐相当の地位をもつ。階級社会の軍では、能力があれば年齢関係なく昇進でき、年齢が地位と関係ないことは軍事国家のアメストリスに生まれたときから何となくわかってはいた。しかしそうはいっても、目のまえで自分たちより体格も年齢も上回っている男に道を譲られ、下手に出られたら、なんとなく決まりは悪いものである。
「あっ、いいところに!」
背後から聞き覚えのある声。今しがた曲がったばかりの場所から歩いてきた廊下を振り返ると、見慣れた人が立っていた。
「“青の団”の件、お疲れ様です」
そう言って駆け寄ってきたのは、ケイン・フュリー曹長である。ずれた眼鏡を押し上げ、エド、あいしょう、アルをその順で見る。
「実は機器が壊れちゃいまして……修理お願いできませんか?」
「いいですよ」
「ありがとう!」
首を縦に振ったのは、あいしょうである。エドもアルも、それが妥当だと頷いた。
「精密機械相手なら兄さんよりあいしょうが得意だからね」
「んじゃあ先に大佐の部屋行ってる」
あいしょうは2人の背を見送り、こちらです、と促すフュリーの後をついていった。
「技師さんはお休みですか?」
「いやあ、分解しないと届かない箇所がイカれちゃったみたいで。“青の団”の残党がアーバンタウンの方で暴れてて、修理に時間かけられないんですよ」
「まだ残ってたんですか」
「大方の中心人物はなまえちゃんたちが捕まえてくれた中にいるんですけどね」
通信室の隣にある小部屋に通された。2メートル四方ばかりのその部屋は、部屋の半分が壊れた通信機器でいっぱいだ。寿命がきた旧型のものから、落とすなりなんなりして狂ったものまで。中央にあるデスクに乗せられているのが、依頼の物であるらしい。つまみが複数、ボタンも複数。あいしょうには扱いきれない代物であるが、知識がないわけではない。
「曹長、これの設計図とかあります?」
「これです」
フュリーは軍服のポケットから、小さくたたまれた図面を取り出した。
あいしょうはそれを広げて、じっくりと読む。すべて理解できなくてもいい。あいしょうの役目は、ずれたパーツを戻すこと。組み立てなおすことではない。
「部品は外れてないですか?」
「もちろん」
あいしょうは図面をフュリーに返した。
ぱん、と掌を合わせて、自分を円にする。それから通信機器に手を当てると、一瞬の反応光ののち、外見には何の変化もない機器が残った。
「どうですか?」
「ちょっと待ってね……」
フュリーは箱型の機器の下の方にヘッドホンのコードを差し込み、ヘッドホンを耳に付けながら、つまみをいくつかねじった。かちかちとボタンを押し、再びつまみを回してコードを抜くと、晴れ晴れした表情になっている。
「直ってる! ありがとうございます! すごく助かった!」
「どういたしまして」
これが、錬金術の本来あるべき姿だ。修理する対象が、軍の持つ高価な通信機だというところを除けば。
あいしょうは腰についている銀時計の存在を思い出した。銀時計が煩わしいと思ったことはないし、持つことが嫌だとは考えたこともない。むしろ必要なものだ。
すべては、きょうだいのため。
でも、たまに師匠の言葉が頭をよぎる。もう師匠とは何年も会っていないのに。
「じゃあこれで。お仕事頑張ってください」
「なまえちゃんも」
さっとあいしょうが敬礼すると、フュリーも敬礼を返した。フュリーは一抱えもある機器を大事そうに持ち上げ、部屋を出ると、すぐ横の通信室へ戻っていった。
あいしょうもマスタングの部屋を目指す。彼は大佐なので、司令部の奥まった場所に専用の部屋を与えられている。東方司令部は何度も来ているので、迷うことはない。何度かすれ違う壮年男性に敬礼され、階段を登っていると、上から、見知った赤いコートがたなびいてきた。
「エド」
「フュリー曹長の、終わったか?」
「うん」
エドのうしろからはアルがのぞいている。
「行くぞ。生体錬成の勉強だ」
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