巡り巡ってまた巡る
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2
“教主はエドとアルで十分だよね。私は他の場所をあたるよ”
“あいしょう、一人で大丈夫?”
“無理だけはすんなよ”
“そっちこそ、気を付けて”
脈が落ち着いた頃、そうきょうだいに言い残して。
あいしょうは廊下をひた走る。途中で会った教団関係者を腕ずくではっ倒しながら、手がかりのありそうな部屋を探していた。
どこだ、どこにある。“賢者の石”にかかわるものなら何でもいい。かけらでもいいから、お願い、出てきて_____
「ああもう、邪魔しないで!」
どやどやと襲い掛かって来る男たちの先頭を蹴っ飛ばす。続けて手を打ち合わせ左腕に当てると、手袋と服の袖が裂け、大ナイフがにょきりと現れた。目に見えて血の気が引いていく敵方に容赦はせず、あいしょうは躊躇いもなく、自分より年上の男たちに斬りかかっていった.
「怪我したくないなら気絶しててよ!」
いささか理不尽な台詞を叫びながら、あいしょうは刃のない部分で男のみぞおちに一発。鋼でうたれたら、生身はひとたまりもない。男は目を白黒させながら、横方向に倒れていった。萎縮した男たちは、後は一方的にやられていくだけだった。ただし、最後まで白い壁はきれいなままだった。
「……早く」
再びあいしょうは前を向いた。
体力的には何も問題はなかった。流れていく壁についた扉を見逃さないように、あいしょうは足を動かし続ける。
「……あ」
黒いブーツの足音が、止まった。
少し小さな木の扉。やっと一部屋見つけた。だが、ドアノブを動かそうとしたが、びくともしない。
錬金術師の前に、鍵なんか通じるか。不機嫌そうに眉をひそめると、金属でできた鍵穴に触れる。あいしょうはまた手を合わせ、金属部分に触れた。周囲の酸素とその金属を錬成して酸化させると、見る間にノブごと黒ずんでいく。やがて金属光沢が失われ脆くなったそれからぼろぼろと破片が落ちていき、ついには人の手でもぎ取れるようになってしまった。セキュリティをなくした扉に体当たりする。
「っ!」
障害が消えた瞬間、酷い腐臭があいしょうの鼻を突いた。
1歩足を踏み入れると、原因はすぐにわかった。
まさに死屍累々。転がっていたのが人でないだけまだ良かった。折り重なってあちこちに塚を作り出しているのは、様々な動物の死体だった。小型犬もいれば、大鳥もいる。果てには、自然には存在しない生物までもが、腸を引きずり出されていた。
「
破れていない方の袖で口と鼻を覆い、あいしょうはさらに奥へ進んだ。ひからびた血を踏むのは抵抗があったが、目的のためなら、あいしょうはそんなこと気にならなかった。それに、“あの日”の光景に比べたら、ここの生体実験の方が数万倍もましだ。
____実験場なら、なにかあるかもしれない。
賢者の石があるということは、作り手や精製方法も存在するはずだ。ばきりと骨を折ってしまった音に悪寒が走るも、息苦しい空気をかき分けていく。
真っ赤な壁が、暗闇に浮き出た。いや、正しくは真っ赤な模様が飛び散った壁だ。そこにあったのは、扉の開いた巨大な檻だった。暗くてよく見えないが、この中に閉じ込められていた動物ならば、自分くらいならば食ってしまいそうだ、もしかしたら獰猛すぎて他の実験動物を食い殺してしまったのではないか。だったら、人の手に負える代物ではない___
そこで、はっとした。
ここまで生き物を残酷に扱えるなら、敵と認識した相手にだって非道になれる。そうしたら、どんな兵器を使うことだってできる____。
恐ろしいイメージが、脳裏を駆け抜けた。
「エド、アル!」
ばきばきばきっ。足元に散らばっていた白骨を踏みつけ、あいしょうは引き返していた。床のものなんて気にならない。今は、自分の身どころではない。顔から袖を離せば、鼻の奥までおぞましい臭いが届いて、頭蓋を貫かれた気分になる。が、そんなことどうでもいい。
ドもアルも、ここの人たちになんか、絶対に負けない。負けるはずがない。けど、もし、相手が猛獣で、人が作り出した狂気の産物だったら?
「エド……っ」
ばきばきっ、がらっ。死体塚を散らして、もう扉はすぐそこ_____
「お。よう、あいしょう。そんな顔してどうした?」
そこにいたのは、金髪の、きょうだいだった。いつもと同じ、余裕綽々な顔をした。綺麗な金色の瞳に、自分の呆けた顔が映っていた。
「……エ、ド?」
「お前はオレがハゲのおっさんにでも見えんのか。突っ立ってないで行くぞ」
あいしょうは呆れかえるその人に手袋のはまった左手で右手首をつかまれると、そのまま引っ張られて、その後ろを追うようにダッシュする。確かに感じる体温と、視界に映った大刀が気付け薬になった。隣を見ると、青くなったロゼが、鎧に抱きかかえられていた。
「エド、大丈夫!? アルも怪我は!?」
「大丈夫に決まってんだろバーカ」
「それよりあいしょうの方は大丈夫?」
「私は平気。それより、何があったのか教えて」
順々に、兄弟は語り出す。合成獣の件には、あいしょうはやはり、と眉間にしわを寄せた。お前の方はどうだったんだよ、と聞かれて、あいしょうは、生体実験室を見つけたが動物の古い死体しかなかったことを簡潔に告げた。
「ごめん、何も見つけられなくて」
「あいしょうが変な合成獣に襲われなくてよかったよ」
アルが微笑む___というかそんな雰囲気を出す___と、あいしょうの緊張も緩む。すると、前を走るエドが、握る手に少し力をこめた……後、すぐに離した。思わずふふっと笑ってしまう。
「お? この部屋は……」
一際豪華な個室にたどり着くと、エドは立ち止まる。いつの間にか抱える場所を小脇に変えられていたロゼがあまりにもかわいそうで、あいしょうも足を止め、アルに彼女を下すよう促す。ようやく普通の体勢に戻れた彼女は、どこか疲労した様子で答えた。
「放送室よ。教主様がラジオで教義をする……」
あ、と思ったときには遅かった。にやりと意地悪く口角を上げる幼馴染を見て、あいしょうはアルと顔を見合わせるだけだった。
「アル、部屋から持ってきたラジオでいいかな?」
「いいんじゃない? こっちも準備OK 」
そこは、町が一望できる大テラスだった。後ろには立派な鐘つき堂もあり、最高にロマンチックだ。ただしそれは、あるものがあるはずの場所にあればの話。
ごん、とアルは鐘をあいしょうの前に置いた。その横には長いコードの先端と、値が張りそうなアンティークのラジオ。いいものを材料にするのは気が引けたが、これも町の人々を守るため……とは建前で、賢者の石の獲得のためだ。致仕方ない。
淡々と作業を進める二人の傍らで、ロゼは飲み込んだものがつかえているかのような表情をしていた。
「聞きたい事があるのに、聞かないの?」
「! そ、それは……」
あいしょうはラジオを観察しながら、コーネロの餌食にされた少女に尋ねた。彼女は一通り焦った後、視線を落として、己とは別世界にいる相手に、尋ね返した。
「あいしょうも、そうなの? エドやアルが言う、その……」
「“咎人”?」
びくり、とロゼの肩がはねた。
まぁこれ見たらわかるよねぇ。そう言ってあいしょうは機器から顔を上げ、自身の左腕をひらひらと振る。外気にさらされるそれは、夕日に黒光りするばかりで、淡い温もりの色を宿すことはなかった。
「私もそうなんだよ、ロゼ」
あいしょうの視線が、ロゼの瞳に突き刺さる。口元は微かに笑っていても、水晶のような紫の目は、冷えと渇きで満ちていた。ロゼにもそのくらいは感じ取れた。しかし、まだ全てのことに納得できた訳でもなかった。
「で、でも、あたし、さっきの話、信じられない。そうまでしないと人を錬成できないなんて……」
「言ったろ、錬金術の基本は“等価交換”だって」
今まで黙っていたアルが、唐突に口を開いた。その横顔には、鎧の凹凸のせいか影が濃く浮き出ている。あいしょうはラジオをコンクリートの上に置き、教会を見遣った。
ひゅう、と風が過ぎ去っていく。まとめられた黒髪が、視界の隅ではためいた。
何かを得ようとすれば、それに見合うだけの代価を払わなければならない。それは“あの日”三人に刻み込まれた事実。ゆるゆると、彼は与えられた真実と未来を語り、最後に、
「だからロゼ、君はこっちに来ちゃいけない」
また流れ行く空気。あいしょうは材料達に向き直ると、ぱん、と手を合わせた。
彼女と、神を信じる無知な犠牲者と、問答を続ける時間の分だけ、あいしょうは苦しめられる。救いなどなかったあの時、たった1つの希望にすがって何が悪かったのか。大それた望みを持ってしまったこと自体が間違いだったというのは、結果論に過ぎない。でも、世界の理は覆らない。すべての命は、いずれ死に、世界は循環していくだけ。それを知る対価は、力があった分だけ、大きかった。
錬成光がやんだ後には、巨大なスピーカーが残った。
アルは通り過ぎざまにあいしょうの頭を撫でてから、錬成物を持ち上げた。メガホンを街の方へ向け、その瞬間を今か今かと待っている。
____随分と、大きなきょうだいだ。
その手が、背中が、思いつめなくていいよと言っていた。温かいココアを飲んだ時のように、体の中にじんわりと伝わっていく、そのメッセージ。
『もう諦めたら? あんたの噂も、どうせすぐ町中に広まるぜ?』
声が響きだした片割れに、無性に会いたくなった。
「ハンパ物?」
「ああ。とんだ無駄足だ」
この片割れは、とんでもない錬成をしでかした。巨大な偶像を生み出して、文字通り教主に神の鉄槌を見舞ったという。あいしょうには決して真似できない質量の錬成だ。エドの才能は唯一無二だが、おかげであいしょう達がいたテラスも錬成材料にされて足場が消え、アルが助けてくれなければあいしょうとロゼは落下していた。そこまで過激なことをした結果を聞くと、今回も無駄足のようだった。
「また一から出発だね」
あいしょうはまいったなぁとでも言うように頭に手をやった。隣のエドが、そうだなとため息をついた。
「……そ……」
ぽそり、と。
彼女は一人だけうつむいていた。あいしょうがちらりとそちらを見ると、そのほっそりした手が、強く強く握られていた。
「うそよ……だって……生き返るっていったもの……」
空っぽだった。何もかも。こちらを見上げる瞳も、絞り出す言葉も。
エドもロゼに顔だけ向けて、一つ息をこぼした。
「諦めな、ロゼ。元から____ 」
「……何てことしてくれたのよ……」
つうっと溢れたその正体は。純粋すぎるその色は、三人には痛いほど理解できて、けれど決して肯定できないものだった。
「これからあたしは! 何にすがって生きていけばいいのよ! 教えてよ! ねぇ!」
ぼたぼた。顎を伝って、無垢な涙は床に落ちた。
あぁ、こんな風にわめけたらいい。世界の残酷さも何も知らないで、ただの被害者を装って。____いや、確かに、被害者だったのだ。叶えられもしない望みを利用されただけの、哀れな生贄だったのだ。彼女も、この町の人々も。
あいしょうはロゼを見ていられなくなって、彼女に背を向けた。
「そんな事自分で考えろ」
そして、エドも、アルも。二人が何を思ったかは、あいしょうは知らない。
「立って歩け。前へ進め」
幼馴染の言葉は、普通の町娘には厳しすぎるかもしれない。
がしゃんがしゃんと戒めの音をたてて、三人はその横を通りすぎた。
「あんたには立派な足がついてるじゃないか」
振り向くことなく、三人は歩き続けた。兄弟は浮かない顔をして。あいしょうは何の表情もなく。
_____かつての己らを、回顧した。
街の上の太陽が、西へ沈んでいく。
その後、三人が向かったのは町のホテルだった。その道中エドとあいしょうは市場に寄り道をして、服の元になる布を買った。
「悪徳教主をぶっ倒した。それで……あぁ!? あとはそっちの仕事だろうがこの給料泥棒!」
ぎゃあぎゃあとフロントの電話で罵詈雑言をまくしたてるエドから離れて、常識人の二人は椅子に腰を下ろしていた。
「……ここ、公共の場なのに」
「しょうがないよ、エドだから」
これではどちらが兄だかわからない。生まれてくる順番を間違えたに違いないと思うのは、もはやいつものことだ。
「……早く、発ちたい」
あいしょうは二人分の布地が入った紙袋を抱きしめた。
自分達が起こした騒ぎのせいで、今町は軽くパニックだ。敬虔な信者が、そのよすがを絶った旅人たちに何をしてもおかしくはないのだ。あの時は、ロゼは非力な少女だったから、安全だっただけだ。
「あいしょう、」
「うん?」
きゅっ、と音を立ててアルは革でできた手を握りこんだ。何となくあいしょうは察して、その硬い身体にもたれかかった。
知っている。この子が、この体になって沢山味わってきた辛酸を。ため込んできた苦汁を。今日は、それらを抑えている蓋が、少しずらされたのだ。だから、漏れ出たものを吐き出したいだけで。
「……疲れたね、あいしょう」
「そうだね、アル」
返してあげよう。誰にも漏らすことのない、君の本音に。当たり障りのない返事でもいい。自分だからこそ、君は全てを見せてくれるから。
「おい、二人とも行こう。この町にいつまでもいたら、オレらがどうなるかわかんねぇ」
いつの間にか、目の前には片割れがいた。長い付き合いのせいで、あいしょう達が何を思っているかなんてお見通しなのだろう。色々疲れただろうが頑張れよ、と労りの言葉を忘れないのが、彼らしかった。
ボロボロの服のまま、エドは自分のカバンを持ち上げ、あいしょうの手から彼女のそれも奪い取る。あいしょうが反論しようとすると、その片割れはじゃあ買った布持ってろと紙袋だけ押し付けた。
あいしょうは立ち上がり、アルの手を引く。鎧の弟分は、素直に従った。