巡り巡ってまた巡る
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
1
「おい、あいしょう起きろよ。着いたぞ」
「う、ん……?」
揺さぶられて、あいしょうは目を覚ました。体中が痛い。頭に霞がかかった状態で、無理やり瞼を開いた。
「……もう?」
「お前寝てたからな。行くぞ」
頭上で金髪が揺れる。派手な赤いコートが視界にちらついた。まだ眠い頭を振って座席の下に手を伸ばすと、何もなかった。
「荷物こっち。早く来いよ」
エドはあいしょうの鞄を掲げて見せる。ごめんエドありがと、とあいしょうは言って、その背中を追いかけて列車を後にした。
「おはよう、あいしょう。よく寝てたね」
「アルおはよ」
駅のプラットホームの外で、アルが待っていた。付近をちょろっと見てきたようで、ここの町不思議な造りしてるね兄さん、と楽しそうに話していた。エドも知らない場所に心なしかうきうきしているようだ。
一方あいしょうは、油断していると落下してきそうな瞼を必死で支えていた。大体3時間は眠ったはずなのに、疲れがとれていないというのはどういうことだ。やはり窓に寄りかかっていたのがいけなかったのだろうか。ともかく、頭が重かった。
「あいしょう、行こう」
とんとん、とアルが優しくあいしょうの肩を叩いた。あいしょうはかわいい弟分を見上げ、にっこりと笑う。
「うん」
紺のロングコートを翻し、あいしょうは先に歩き出したエドの手から、乱暴に旅行鞄を渡された。エドはアルに比べてがさつな男である。
『私は太陽神の代理人にして汝らが……』
「なんだこりゃ?」
最初に向かったのは、食事処だった。ちょうどいい露店を発見してカウンターに座り食事をいただいていたところで、これである。
「いや俺にとっちゃあんたらの方が“なんだこりゃ”なんだが……あんたら大道芸人かなんかかい?」
「ぶはっ」
隣でふきだしたエドに、あいしょうは魚のムニエルを食べながら苦笑した。あいしょう自身は紺色のコートを着ていてさほど目立たないが、旅行鞄を持っている時点で少々珍しい。それに、全身に鎧をまとった人は見つけるほうが大変だし、エドは派手な赤いコートを着ている。
エドは急いでマスターの認識を否定していた。だが、マスターが旅の目的を尋ねると、慌てた様子もみせず、探し物だとエドはいつものように淡々と答える。
「ところでこの放送何?」
「コーネロ様を知らんのかい?」
周囲の人たちからの情報も合わせると、その人物は新興宗教の教主らしい。だがそんなものに興味のないエドは、テーブルに顎をおいて、ストローを口にくわえていた。
正直あいしょうもレト教に好感が持てなかった。なので、話を聞き流しながらムニエルの最後の一口を口に入れ、グラスの水を飲み干した。
エドは、ちらりとレイを見やると、やおら立ち上がった。
「ごちそーさん。んじゃ行くか」
がしゃん
そうだね、とあいしょうが言う前に、何かの破壊音に遮られる。何事かと思って地面を見下ろすと、アルの足元で店のラジオが大破していた。彼の身長がやらかしてしまったのだということは、想像に難くない。
怒るマスターをなだめながら、エドは自信満々に直すから、と言い切った。その傍らでは、アルがチョークで錬成陣をひいていた。あいしょうもエドの隣に移動する。
いきまーす、とあどけない掛け声のあと、強烈な光と爆発音が起こる。すべてが止んだ後に残っていたのは、新品同様のラジオだった。これでいいかな、とエドはラジオを指さした。
「……こりゃおどろいた」
感嘆混じりの声に、エドもアルも悪い気はしないようだった。
あんたら奇跡の業が使えるのか、エルリック兄弟って言やぁ結構名が通ってるんだけどね、そんなやり取りを聞きつつ、あいしょうは考える。この地域には錬金術が浸透していないんだろうか。そうなら、「奇跡の業」なんて名付けたのはどこのどいつだろう。皮肉がすぎて、笑い飛ばせもしない。
「誰が豆粒ドちびかーーっ!」
国家錬金術師として名を馳せるエルリックだが、往々にして兄と弟は間違えられる。エドは身長に対し並々ならぬコンプレックスを抱えていて、それはよくこういうときに爆発するのだった。
とりあえず、何とかエドには猛った怒りを納めてもらう。エドは鼻息荒く、自身を指で示した。
「オレと! コイツが! 二人で“鋼の錬金術師”!」
何も私のことまで強調することなかろうに、と思っても、あいしょうは礼儀知らずではなかった。ぺこりと頭を下げて、自己紹介をした。
「相方がすいません。“鋼”の片割れの、なまえ・みょうじです」
失礼しました……とおののく人々に、あいしょうは本格的に申し訳なくなった。そこまで身長にコンプレックスを抱かなくても、と言ったのは、一回や二回ではない。
「騒がしいわね。どうしたの?」
「あぁ、ロゼ」
マスターが現れた少女の注文に応じながらことのあらましを説明した。それを聞いた彼女は、神の加護を祈ってくれる。あいしょうからは苦笑いしか出なかった。
それを気にした風もなく、ロゼという少女は爽やかに去っていった。
後にマスター達が教えてくれたことによれば、ロゼは不幸な身の上で、そこをレト教に救われたらしい。
“死せる者に復活を”
思わずあいしょうはきょうだい達を見てしまう。アルは腕を組み、エドは胡散臭ぇな、と鼻を鳴らしていた。
露店の面々に別れを告げ、一行が向かったのは、教会だった。
「うわぁ、巨大」
「どーせ信者のお供え物で建てたんだろ」
「兄さん。関係者がいたらどうするのさ」
あくまでレト教を悪く言うエドを、アルは諫める。あいしょうは重い扉を押し開け、兄弟より先に中へ入った。
綺麗な聖堂だった。あいしょうは高い天井を見上げ、ため息をつく。こういう瞬間に、錬金術は人のわざに敵わないと自覚してしまう。
好き勝手に内部を見学する幼馴染に、エドは呆れながらもその後についていく。やがてあいしょうは、大きな像の前で立ち止まった。
「この神……」
「あら、確かさっきの……」
ロゼが祭壇の横の扉から出てきた。あいしょうはその姿を一瞬視界におさめると、再び像を見上げた。
レトは、太陽神だと聞いた。威厳に満ちた表情の男が、太陽を背負っている。天使らしきものを従えた風の構図は、あいしょうには高慢な男性が子供を使役しているようにしか見えない。いくら曖昧なものは信じないとはいえ、酷く穿った見方だと己を戒めた。
「あいしょう?」
「アル、どうしたの?」
「それはこっちの台詞」
べらべらと演説をしている兄を放って、アルはあいしょうの隣にいることにしたようだ。あいしょうは自分より年下の大きい鎧を見上げて、へらっと笑った。
「私って偏見の塊だなーと思って」
「何それ」
鈍く光る金属の隙間から見える光が、ゆらゆらと揺れた。この子は笑ってくれてるんだ。あいしょうの顔が自然に緩んだ。
「おーい二人とも、置いてくぞー」
どうやら話は済んだらしい。ロゼはもういなくなって、旅行鞄を肩に背負っているエドが、入り口に向かって歩き出していた。
「あ、待ってよエド!」
「兄さんはせっかちなんだから」
次はどこに行こうかと相談する前に目的地は決まった。
広場にて、例の“奇跡の業”の披露がされていたからである。理論との不一致の錬成が三人に確信をもたらした。ロゼの仲介によって教会の奥の方へと招かれ、薄暗い部屋へと案内されたのだ。窓一つないそこは、どこをどう取ってもあからさますぎた。
「悪いね。なるべく長話しないようにするからさ」
「ええ、すぐ終わらせてしまいましょう……このように!」
ごりっ。がんっ!
抵抗する暇もなかった。案内役の男が、銃で、鎧の目玉があるはずのところを撃ち抜いた。鎧の頭部は吹き飛び、胴体と同じタイミングで床に落ちた。
あいしょうは、エドに倣って焦った顔をつくる。戦い慣れしているのは、あいしょうよりエドだ。けれど、自分が余裕そうな表情をしていては、敵の激情を煽るだけというのはあいしょうも重々承知だった。挑発するのが自分の仕事ではないということも。
アルが崩れ落ちて、すぐさまあいしょうは羽交い絞めにされた。顎の下に衛兵がもっていた棒があてがわれている。上がっていく棒は、本格的に喉を押しつぶそうとしていた。喉に太い鉄がぐりぐりと食い込んでいくのが苦しい。少しずつ床から離れていくつま先にわずかながら恐怖を感じ、くっ、と呻いて、眉をひそめた。
「あいしょう!」
横を見れば、エドも捕らえられていた。十字に組まれた棒に銃のおまけつきで。
「っエ…ド……!」
撃たれないでね、と視線で訴えると、お前こそ窒息すんなよ、と言われ気がした。知っている、この程度のヤツに、エドは負けない。
まさにその通りだった。エドは、にやりと口角をあげて、言い放つ。
「へー。ひどい神もいたもんだ」
それが合図。あいしょうは気道が締め付けられるのも構わず無理やり足を床につけると、背後の衛兵の腹に、左腕で肘鉄を見舞った。その衛兵がひるんだ隙に拘束から逃れ、とどめとばかりに同じ箇所に蹴りを入れる。ごふっ、という声を最後に、衛兵は伸びてしまった。
解放された喉で、思い切り酸素を取り込む。死に至るほどではなかったが、それなりにつらかった。自然に呼吸も心音も荒れた。
「どどど、どうなって……!」
気付くとエドもアルも終わっていて、真っ青になったロゼに説明にならない説明をしていた。あいしょうは喉をさすり、白い手袋のはまった左手を見つめる。すると、頭部がくいっと後ろに引かれた。
「無事か、あいしょう」
「エドとアルこそ」
一つにまとめた黒髪を引っ張るのは、エドだけだ。あいしょうは彼の方を向くと、笑ってありがとと呟いた。エドはよかったと言ってあいしょうの髪を離すと、厳しい顔をしてロゼに向き直る。ふーっと息を吐いて、ポケットに手を突っ込んだ。
「ロゼ、真実を見る勇気はあるかい?」