英雄譚エルダー・エッダ
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5
なまえは朝型人間だ。それに、生活は規則正しい。5時に起床し、1時間のランニングをしてからシャワーを浴びる。その他諸々の支度をして、6時45分に家を出て、学校には7時半に着く。今はまだ4月で早朝は寒くて、電車から降りた途端、顔面を襲う冷気に思わず目をつむった。走っているときは体温が上がるから、逆に気持ちいいぐらいなのだが。
駅舎を出て、雄英への道を歩く。雄英の周りは学生街で、ファミレスやらファストフード店やら、昔からある山盛りが名物の定食屋やらがひしめいている。しかし今は朝が早く、コンビニくらいしか開いていない。ほかの店の中は暗いか、もしくはシャッターが閉まっているか。入試の時は道々にずらりと塾の講師や予備校の宣伝をしてくる事務員が立っていた。今は、会社へむかうサラリーマンぐらいしか歩いていない。
人で混み合う電車から解放されて、いい気分だった。
「おはよう、みょうじくん」
後ろから声をかけられた。振り返ってみると、飯田だった。四角い眼鏡に真面目そうな顔と、真面目に着られた制服と。なまえはひらりと手を振った。
「おはよ、飯田くん」
なまえは飯田の隣に並んだ。思ったよりも背が高くて、肩幅が広いと思った。昨日一緒に帰ったときは、なまえの隣は緑谷だった。
「随分早いな」
「うん、まあ。朝型人間なの」
「うむ。早起きはいい。時間を効率的に使える」
「真面目だね。早起きして何してるの?」
「勿論トレーニングさ。特に早朝の静かな時間のランニングは最高だよ」
「私も。朝ラン今の季節いいよね。花と葉っぱの移り変わりが見えて」
「筋トレも最高だぞ!」
飯田が眼鏡を押し上げながら言う。そうなんだ、となまえは返した。飯田の足から、かすかにかしゃんかしゃんと機械音のような音がした。
「昨日見ただろう? 俺の “個性”はターボなんだ。兄に教わって、下半身に重点を置いた筋トレをしている」
「お兄さんいるんだ」
「僕の目標なんだ。兄さんはすごい。“個性”の扱いももちろんだが、体のつくり方からヒーローたる者のマインドから、色んなことを兄さんから学んでいる」
「お兄さんが指針なんだね」
「そう。僕の憧れの人だからね!」
飯田の顔が生き生きと輝きだした。飯田は自分の兄のことになるとずいぶん饒舌で、如何に、兄が立派なヒーローなのか、自分の理想像に近いのかを熱く語り始めた。
彼は理想を追い求め、ただひたすら努力しているのだ。憧れの存在に近付くために。彼の目の輝きは、そういうことだと思った。それはきっと、彼だけではない。
徐々に人が増えてきて、なまえは鞄を持ち直した。脇で挟んで、人にぶつからないようにする。飯田のバッグは、そもそも体にぴったりくっついていてなおしようがない。
なまえは、自分が、提案されただけの“個性”推薦で雄英に来たことを思い出した。
飯田の兄自慢から脱線元の筋トレトークに戻りかかったところで、雄英高校の正門についた。いつもより短かった気がするが、時計を見てみると普段と同じ時間だった。7時半だ。メカニックなゲートを通った。なまえと飯田が通ると、ゲートの上についているランプが、一回点滅した。
「そういえば、今日ははじめて戦闘訓練だな」
「そうだったね」
「お互い頑張ろう」
「うん」
靴箱の位置は離れている。上履に履き替えた後もやはり同じ方向に進むわけなので、2人は並んで歩いた。朝の学校は静まり返っている。二人の足音だけが廊下に響く。
麗日といい、緑谷といい、すぐ隣の飯田といい、夢にむかって真っ直ぐに笑う人ばかりだ。そんな中に自分がいて、いいのだろうか。理想もあこがれも夢も、胸に抱いていない自分が。
“個性”推薦を受けただけの自分が。
結局、飯田となまえは教室に一番乗りだった。
雄英のカリキュラムによると、1限と2限は一般科目で、3~4限は実習。なのだが、講師のヒーローが授業に間に合わないということで、初回の実習は午後になった。初のヒーロー科っぽい授業と講師オールマイトの登場で、教室は一気に浮き立った。なまえの隣の緑谷は、オールマイトを見て誰よりも目を輝かせていた。
自分のヒーロースーツとも初対面だった。ヒーローらしい装いができることにクラスメイトはわくわくしていた。隣を覗き見ると、緑谷は自分のリュックをぎゅっと抱きしめていた。
なまえは麗日の誘いに応じ、共に更衣室まで移動することにした。彼女は相変わらず、ノルンと一緒に行動したがったし、なまえはそれが嬉しい。
戦闘訓練も一緒の班になれたらとお互い思っていたのだが、くじ引きは呆気なくその思いを引き裂いた。麗日は仲のいい緑谷と。なまえは____
「よろしくねえ。梅雨ちゃんと、」
「常闇踏影。そちらは」
「みょうじなまえ。好きに呼んでね」
「よろしく」
人数の都合上3人のグループになった蛙吹は、A組の少ない女子であるなまえと一緒になれて、少しテンションが高いようになまえからは見えた。既に互いを知っている蛙吹となまえの間に、常闇は少し入りづらそうな顔をしている。
だが、蛙吹も常闇も、生き生きしているのは同じで、ヒーローという目標に直結する授業であることを噛み締めているように見えた。
なまえは待機時間、自分の“個性”推薦のことを頭から追い出したくて、ちょっとだけ太腿をつねった。
なまえたちは今回、ヒーロー役。敵役は、八百万と峰田だ。常闇はもともと低い声をさらにワントーン低くして、女子二人に問いかけた。
「どう攻める」
「まずお互いの“個性”を把握しましょう」
すると蛙吹は、自身の口を開けて、長い舌を見せながら、自分の“個性”を説明した。
「へええ。まんま蛙なんだ」
「そうよ。次常闇ちゃん」
「と、常闇ちゃん……」
常闇は嘴をひくりとさせたが、すぐに持ち直して、背後から実体を持つ影を出した。
「黒影だ。かなりの自由はきくし、個人の意志もある」
「ヨロシクナー」
「喋るのね」
興味深げに蛙吹は頷いた。なまえもしげしげと黒影を眺める。
「暗めの所ではよく動いてくれるが、光に弱い。闇が尽きたらお終いだ」
ふむ、となまえは顎に手を置いた。屋外戦ならともかく、今回は屋内だ。きっと活躍してくれる。自由意志もあるとすれば、3人が4人になったようなものだ。
「みょうじは」
「私か。梅雨ちゃんは見たことあるよね」
「ええ。ちょっとね」
「生物以外で、触れた物の状態を進めたり戻したりします」
ちょうどこんな感じ、となまえは足元に落ちていた小石を拾い上げ、手の中で風化させた。
「おお」
「確か、峰田ちゃんも知ってるわよね」
「うん」
ノルンは掌に残った砂を払うと、蛙吹の作戦はどうしましょう、という言葉に乗っかった。これはチーム戦である。蛙吹と常闇のためにも、勝たなければいけない。この授業の目標だ。
「梅雨ちゃんと常闇くんは、体力テストで“個性”見せてるよね」
「だがみょうじの“個性”は、八百万は知らない。そこがきっと有利にはたらく」
「じゃあ、八百万さんは私に任せてもらえないかな」
「何故?」
「八百万さんは生物をつくり出せないから」
あ、と蛙吹も常闇も納得がいったようだ。適材適所という言葉があるが、なまえは厄介な彼女を引き受けることになった。。ヒーロー突入3分前、とイヤホンからオールマイトの声が聞こえる。時間がそろそろない。
なまえは、ざっと頭の中を整理した。今は、忘れろ。今だけは空っぽの自分じゃない。今の目的は、クラスメイトたちのお荷物にならないこと。
「核にタッチしたらこっちの勝ちだから、梅雨ちゃんと常闇くんは、そっち優先でおねがい。私は戦闘担当」
「私が舌を伸ばせばいいってことね」
「で、俺の黒影で援護すると」
「うん。多分八百万さんがトラップを仕掛けてて、峰田くんもあのぶよぶよを罠にしてると思うから、黒影の空中移動はかなり助かる」
うんうん、と二人がなまえの作戦に頷いてくれた時、オールマイトの10秒前カウントダウンが始まった。
3人、せーので合わせたかのように入口につく。
一歩建物の中に入ったら、何とボーガンが飛んできた。常闇の黒影が素早く叩き落としてくれなかったら、蛙吹の肩に突き刺さっていたかもしれない。
「これは……」
「思ったよりトラップだらけね」
蛙吹の顔に緊張が走る。といっても表情はあまり変わっていない。常闇は黒影を前方に出して、他の罠を警戒した。
「それ、いいかも」
「しばらくこれで行くぞ。隊列を崩すなよ」
「アイヨー」
返事をしたのは黒影だけだった。なまえと蛙吹は周囲の壁を探っていたからだ。
「ねえ、梅雨ちゃん。蛙ってエコーロケーション……」
「できないわよ。だからこのグループに索敵能力はないわね」
それはまいった、とでもいうように、なまえは苦笑を浮かべた。階段を上っていくヒーローチームに、更なる罠が襲い掛かる。
視界の隅に、黒い影。
「避けて!」
なまえが叫ぶと同時に、廊下の奥から岩製の弾が飛んできた。大して大きくなかったのが幸いで、3人横っ跳びに避けた。
それも悪かった。
「っく……!」
常闇側の壁が抜けてしまって、彼一人が階下に落ちてしまう。脆い壁をつくっておくなんて、なんて八百万たちは策略家なのだろう。
反対側にいたなまえと蛙吹は何とか体勢を立て直したが、階段という足場の悪い所でもう一発食らったら、2人もお終いだ。
次の瞬間には、眼前に巨大振り子が迫って来ていた。
「なまえちゃん!」
蛙吹が咄嗟になまえを舌で捕まえて、自分ごと引き倒す。2人の上空すれすれを、岩製のおもりが通り抜けていった。
「ありがと」
「気にしないで。そのまま、私にされるがままでいてね」
すると蛙吹は、じりじりと先ほど常闇が落下した穴に近付く。一時撤退して立て直そうというのだ。それにはなまえも大賛成だった。
まだ触れ続ける振り子を何とかやり過ごし、なまえは蛙吹の舌に引っ張られて、一階に下りた。というか落ちた。
がれきの上にそろって綺麗に着地すると、そこには灰色に薄汚れてしまった常闇がいた。
「来たか」
「ええ。やりなおしましょ。様子見はこれでお仕舞」
「どうするんだ?」
「なまえちゃんにお願いするの」
「私?」
そうよ、と蛙吹はこっくりと頷いた。
「敵役の肝は核よ。だから、核のある部屋に近付くにつれて罠が増えるのは当然」
「そうだな」
「だから、罠がある方向に進んでいくの。あんなに色々あったら味方だって巻き込まれるわ。道中に百ちゃんや峰田ちゃんはいないはずよ」
「けど、そんな考えなしに進んだら、さっきみたいになっちゃうよ」
「そこでなまえちゃんの出番」
「え?」
「罠を察知したら、すぐにその場所を壊すの。崩れたところは私と常闇ちゃんの“個性”で運べるわ。なまえちゃん、できるかしら?」
ぴっと、人より太い人差し指を一本立てて、蛙吹は首を傾けた。なまえは素直に、首を軽く上下に振った。
「できると思う」
すると、蛙吹の表情から力が抜けた(ようになまえには見えた)。
「急ぎましょう。制限時間もあるわ」
「ああ。こっちだ、二人とも」
常闇は、先ほど自分が落ちた時に見つけた小さい階段を指さして、二人を先導する。ぎゅんっと黒影を伸ばし、先を見てくるように言いつけていた。
「梅雨ちゃん、重くない?」
「平気よ」
今度は地雷原だった。常闇の黒影が床に触れた途端、軽い爆発が起きた。それに瞬時に反応し、なまえはコンクリートでできた床を液状にし、爆発物を奥深くにとじこめた。蛙吹はすぐさま常闇の腕を引っ掴み、なまえの腰に舌を回して壁に張り付いた。壁には何も細工されていなかった。時間をかけて、地雷は爆発した。既に固まったコンクリートの中で。
地雷原を抜けて、蛙吹は壁から飛び降りながらなまえを放した。常闇も音もなく着地する。黒影は非常に優秀で、壁に爪を食いこませながら常闇を支えることができるのだ。
「これだけ激しいトラップだったんだ。そろそろだろう」
「そうね。ここに来るまでに10以上はあったかしら」
足音をひそめて進む。そのうち、列の先頭のなまえの足が、ぴたりと止まった。その意味を察した常闇と蛙吹は、前方に見えた階段に、胸を高鳴らせた。もうすぐだ。
「私が最初に部屋に入る。今まで峰田くんの“個性”は見なかったから、絶対あの中に仕掛けられてるはずだ。だから、状況が把握できるまで二人は出てこないで。私が拘束されても」
私は“個性”柄拘束不可能だけどね、と軽口を叩いても、常闇と蛙吹はかたい表情を崩さない。なまえはリラックスのために深呼吸をする。
階段の上には、ノブのない重厚な扉があった。最後のトラップとばかりに、扉の前には落とし穴があった。黒影がなまえをのせて橋渡しする。なまえは合金の扉に手を当てて、ぐっと力を込めた。ぼろぼろ、と崩れていく金属板。人ひとり通れる穴があくと、その向こうに紫色の山が見えた。防波堤のように、ぐるりと扉の周りを囲っているようだ。
おそらくこれは壁のつもりだ。“個性”を使わなければ飛び越せないくらいの高さ。目測でなまえの身長よりも高い。だが、なまえは人並み外れた身体能力がある。小さいころから、舐められたくなくてずっと磨いてきた身体能力が。
助走をつけてなまえは飛び出して、紫の山を跳び越えて、待ち構える峰田と八百万のもとに躍り出た。
その瞬間目に入ったのは、紫の玉が床のあちこちに張り付けられている様。こんもりともぎもぎが積まれた向こうの床は、一面にもぎもぎが仕掛けられていた。なまえは着地点を修正できず、床のそれを踏んでしまった。
それと同時に、四方八方から網とロープがなまえに巻き付く。
自分の浅はかさを悔いた。これでは、格好の的だ。
「かかったな!」
峰田がなまえに襲い掛かる。さっきの大ジャンプは仕方ない。勢いをつけなければ、あれは飛べなかった。けれど、もう少し色んな事態を想定すべきだったなあ。
なまえは自嘲しながら、足は動かさずに、かろうじて自由な足で峰田に蹴りを入れた。峰田はその足を掴もうとしたが、なまえのヒーロースーツには鋭い突起がついている。そこを向けられたじろいだ峰田へ、脇腹に蹴りが入る。
核のそばには八百万がいて、さらにその横に大砲台が。こんなのありなのか、と困り半分面白半分で笑った。
そして、自分の役割を悟った。自分の役割は、障害物をどかすこと。すべての障害物を。そのためには、今、蛙吹や常闇に来てもらっては困るのだ。
恐らく、峰田のもいだゴムボールやこの大量の罠にヒーローをかければ終わりとでも思っているのだろう。なまえは、八百万自身が攻撃に参加しない、もしくはできないことを見てとった。部屋に更なる罠が仕掛けられているなら、仕掛けたほうはできるだけ動かない方がいいし、動く人も絞ったほうがいい。機動部隊の峰田、補給部隊の八百万、というところか。
なんとか峰田の第一撃は避けられたが、第二撃はわからない。吹っ飛ばされた峰田が懲りずに向かってくるのを見て、慌てて考えた。すると、網やロープの上に、追い打ちで紫のもぎもぎが大量に飛んできて、なまえの両足は封じられた。
「一人ゲットぉー!」
峰田が輝く顔で、嬉々と拘束テープをかざした。その顔は、完全に油断しかない。
唐突になまえは思い出した。自分は、地面から生えている木はどうこうできない。だが、建造物に使われている木は、自分の“個性”で朽ちるし、甦る。
なまえが気にしていたのは、拘束具たちではない。詳細不明の、峰田の“個性”だ。
思いついたらやるしかない。肌に触れている網から、網に接しているロープから、峰田の髪の毛だったボール。ひとつなぎで意識を集中させ、“砂時計”を押し付け、一気にそれらにしみ込ませるイメージ。
ぼろぼろぼろ、と、なまえの自由を奪っていたすべてのものが、塵になって、はがれていく。それは、峰田の元髪の毛も例外ではない。
攻略するというのは、きっと実践中でも楽しいものなのだ。自然と笑みが浮かんでしまう。
楽しい。今、私はすごく楽しい。自分の実力を発揮して戦い、攻略の糸口を見つける。それが、たまらなく楽しい。自分が今まで積み上げてきた力を試せて、しかもそれが通用して、勝ちに繋がろうとしている。それが、わくわくして、気持ちよくて。
峰田の喜色が歪んで、その短い足にブレーキをかけようとするが、もう遅い。ダメージを受けた表情の峰田に一発、軽く拳を入れると、ぶへぇっ、と潰れた声が彼から出て、特に抵抗もなく1メートル程度飛んでいった。
すると頭上にネットが降ってきたので、なまえは咄嗟に顔を上に向けた。ネットは、なまえの皮膚に触れた途端、劣化して粉々になって散った。八百万の“創造”したネットだった。
これで、八百万はなまえを拘束できないと悟っただろう。八百万の個性で自分をどうこうするには、飛び道具でダメージを与えるか、彼女自らがつっこんでくるしかない。しかしあの大砲は人に打つには危険すぎるし、八百万は“個性”柄、肉弾戦をしてこなかったに違いない。
この瞬間に1段高い場所からなまえに跳びかかってこないなんて、そうとしか思えない。
なまえはすぐに峰田を盾にするように抱え、あたふたする八百万に向かって突進した。次々に降りかかってくる網やロープは、“砂時計”を発動させっぱなしにすれば、何ら問題なく、なまえを捕らえようとした瞬間に朽ちてなくなっていく。
この部屋全体を崩壊させるのは危険だし、そもそも面積的になまえのキャパシティを越えているので不可能だ。何枚も飛んでくる網を顔で受けて消し、彼女と腕数本分というところで床を撫でた。
「梅雨ちゃん、常闇くん! 10秒後だ!」
撫でた場所を中心に、床がびきびきとひび割れた。それは核寸前の所で止まったが、もう一度手をつくと、すぐさま床が崩れ落ちだす。がごん! と、八百万の近くの床が抜けた。
八百万は体から“創造”するので、動きを止めても意味がない。
「あっ……!」
「失礼!」
なまえは落ちかける八百万の腰を抱いた。3人まとめて、がらがらと音を立てて崩れるがれきと共に、階下に落ちてゆく。
ここの建物の天井はそう高くない。なまえはコンクリートの上に難なく着地して、バタつく峰田を解放し、微かに顔を赤くする八百万の腰から手を離した。
「大丈夫?」
「……え、ええ……」
八百万は、ぽけっとした顔で、薄く笑うなまえを見ていた。峰田は元気そうだ。無事でよかった、というなまえに、峰田は何とも言えない表情で、頷いた。
そしてなまえは、やりきった満足感でいっぱいだった。
蛙吹がぽっかり空いた空間を飛んでいた。端には黒影も見える。耳元の通信機でヒーローチーム勝利、とオールマイトが喋ったのを聞きながら、なまえはぐっと背伸びした。
*
すごい。
確かに、デクくんの戦い方はすごい。
でも、なまえちゃんは、戦いそのものが、すごい。
人間って、あんなに速く反応できるんだ。“個性”がなくても、あんなに高く跳べるんだ。女の子でも、あんな腕力を身に着けられるんだ。
なまえちゃんが、“個性”把握テストで、抜きんでた記録が1つもなくても、ど真ん中の順位だった理由がよくわかった。身体能力が、ずば抜けて高水準なんだ。
オールマイトの講評で、「未知の相手に1人で飛び出していくのはいただけないな!」と指摘されたけど、「未知の相手だからこそ、私が偵察がてら、相手の能力を探るべきだと思いました」と答えていた。
自分は強い、と自信がないと、言えない言葉だと思った。
しかも、なまえちゃんはその自信にそぐう力を持っていた。
かっこいいと、思った。