18日目:憎ませてもくれない、ずるい人(始←海♀)
「よっ、新郎さん」
声をかけるとくるり男が振り向く。美しい藤色の目が真っすぐに私の姿を捉えた。
「海」
その綺麗な唇が私の名前を紡ぐ。聞き慣れたはずなのに、何故かどうしようもなく泣きそうになった。
泣いてもいいのかもしれない。だって今日は二人にとって一番幸せな日だから。
「やっぱ、始かっこいいな。撮影で着てるのも見たけど、今が一番かっこいい」
「そりゃどうも。隼がウザいぐらい俺の写真撮って行った」
「あはは、隼らしいや」
一眼レフカメラを持って始のタキシード姿を撮る隼の姿は容易に想像できた。
そういえば隼は今どこにいるのだろう。陽たちと一緒にいるのだろうか。後で合流しなくては。
でも、今は始と二人きりの方が都合がよかった。
「そういや、春には会ったのか?」
「……うん。さっきまで春のとこにいたよ」
すぐに返事が出来なかったのは、私のか弱い心のせいだ。
泣き叫ぶ心を抑え込み、口角を上げる。せめて笑って見えるように。
「選ぶ時にも見たけど、やっぱりきちんとセッティングしてもらうと別人みたいだよな。本当に綺麗な花嫁さんになってた」
「そうか」
「始は見たのか?」
「いや、まだだ。もう少ししたら行くつもりだったが」
「そう。もしかして、私邪魔かな?」
冗談めかして言うと、始は「そんなことない」と首を横に振る。
嬉しくて悲しい。馬鹿だと自分でも思う。叶わない恋に未だにしがみついて一喜一憂している。
けれども、今日は馬鹿なフリでこの恋を殺すと決めたのだ。だから、もう少し。
「ねぇ、始」
声が震える。聡い始のことだ、気づいているかもしれない。
始は何も言わず、ただ私の事を見ていた。
「ずっと黙ってたこと言ってもいい?」
「……何だ?」
せりあがってくる涙を必死で零さぬようにこらえる。ここで泣いてはかっこ悪い自分を晒すだけだ。
こんな時でも始と春の前では、かっこいいお姉さんな自分でいたい。
「私ね、始の事、好き、だったんだ」
にっこり笑って言ったつもりだけど、口角が引きつっているのが自分でもわかった。
好きだった。始と仲良くなって、いつしか惹かれていく自分がいた。本当のことを言えば、今も好きなまま。
だけど、始の横には出会った時からずっと可愛いあの子がいて。本当にいい子だから私だって仲良くなったし、彼女の事を応援した。
私じゃ釣り合わないから。そう自分に言い聞かせて。
大好きな二人が付き合い始めたと聞いた時は飛び上がるくらい嬉しかった。それは本心。
でも同じくらい、泣きわめきたくなった。それも本心だ。
「……そうか」
始は驚く素振りも見せず、落ち着いた声でそう返す。
「もしかして、知ってた?」
「いや、確信があったわけじゃない。ただ何となくそうかなと思う時はあった」
「そ、っか。あはは、なんかごめん」
気づかれていたのか。それでも始は知らないフリをしていてくれたんだ。
目の奥が熱くなる。あぁ、泣きたくないのに。
思わず俯く私のところに、タキシード姿の始が歩み寄ってくる。視界に革靴が映り、顔をあげると始が私の方に手を伸ばしていた。
「ありがとう、ちゃんと言ってくれて」
始の手が私の頭を撫でる。
いつもは私が皆にやっていることだ。誰かに頭を撫でられるなんていつぶりだろう。
「っ、結婚式当日に言うって、結構嫌な奴じゃない?」
「俺の知ってる海は嫌な奴じゃない」
「は、……あ~もう、かっこいいな。敵わないや」
「ふっ、どうも。……海も、幸せになれよ」
「うん。頑張るわ」
私の答えに満足したのか、始の手が離れていった。
まだ少し残るぬくもりを感じながら、始に笑いかける。今度は上手く笑えている自信があった。
「じゃあ、私皆のとこ戻るね」
「ああ。式もよろしく」
控室から出て、扉を閉めた瞬間張りつめていた物全てが緩んでいく感覚がした。
人気のない所までよたよたと歩き、壁にもたれかかってずるずると崩れ落ちる。
ようやく我慢していた涙が、目から溢れ始めた。綺麗に化粧した頬を通って首へと流れ落ちる。
「んっ……」
一度流れ始めた涙はとどまることを知らない。せめて誰かに気付かれないように声を押し殺す。
こっぴどく振ってくれた方が良かったのに、やっぱり始は優しかった。
結婚式なのに何でそんなこと言うんだと叱りの言葉が一つでもあれば、嫌いになれたかもしれないのに。これじゃあまだ、
「すき、すきだよぉ」
「よっ、新郎さん」
声をかけるとくるり男が振り向く。美しい藤色の目が真っすぐに私の姿を捉えた。
「海」
その綺麗な唇が私の名前を紡ぐ。聞き慣れたはずなのに、何故かどうしようもなく泣きそうになった。
泣いてもいいのかもしれない。だって今日は二人にとって一番幸せな日だから。
「やっぱ、始かっこいいな。撮影で着てるのも見たけど、今が一番かっこいい」
「そりゃどうも。隼がウザいぐらい俺の写真撮って行った」
「あはは、隼らしいや」
一眼レフカメラを持って始のタキシード姿を撮る隼の姿は容易に想像できた。
そういえば隼は今どこにいるのだろう。陽たちと一緒にいるのだろうか。後で合流しなくては。
でも、今は始と二人きりの方が都合がよかった。
「そういや、春には会ったのか?」
「……うん。さっきまで春のとこにいたよ」
すぐに返事が出来なかったのは、私のか弱い心のせいだ。
泣き叫ぶ心を抑え込み、口角を上げる。せめて笑って見えるように。
「選ぶ時にも見たけど、やっぱりきちんとセッティングしてもらうと別人みたいだよな。本当に綺麗な花嫁さんになってた」
「そうか」
「始は見たのか?」
「いや、まだだ。もう少ししたら行くつもりだったが」
「そう。もしかして、私邪魔かな?」
冗談めかして言うと、始は「そんなことない」と首を横に振る。
嬉しくて悲しい。馬鹿だと自分でも思う。叶わない恋に未だにしがみついて一喜一憂している。
けれども、今日は馬鹿なフリでこの恋を殺すと決めたのだ。だから、もう少し。
「ねぇ、始」
声が震える。聡い始のことだ、気づいているかもしれない。
始は何も言わず、ただ私の事を見ていた。
「ずっと黙ってたこと言ってもいい?」
「……何だ?」
せりあがってくる涙を必死で零さぬようにこらえる。ここで泣いてはかっこ悪い自分を晒すだけだ。
こんな時でも始と春の前では、かっこいいお姉さんな自分でいたい。
「私ね、始の事、好き、だったんだ」
にっこり笑って言ったつもりだけど、口角が引きつっているのが自分でもわかった。
好きだった。始と仲良くなって、いつしか惹かれていく自分がいた。本当のことを言えば、今も好きなまま。
だけど、始の横には出会った時からずっと可愛いあの子がいて。本当にいい子だから私だって仲良くなったし、彼女の事を応援した。
私じゃ釣り合わないから。そう自分に言い聞かせて。
大好きな二人が付き合い始めたと聞いた時は飛び上がるくらい嬉しかった。それは本心。
でも同じくらい、泣きわめきたくなった。それも本心だ。
「……そうか」
始は驚く素振りも見せず、落ち着いた声でそう返す。
「もしかして、知ってた?」
「いや、確信があったわけじゃない。ただ何となくそうかなと思う時はあった」
「そ、っか。あはは、なんかごめん」
気づかれていたのか。それでも始は知らないフリをしていてくれたんだ。
目の奥が熱くなる。あぁ、泣きたくないのに。
思わず俯く私のところに、タキシード姿の始が歩み寄ってくる。視界に革靴が映り、顔をあげると始が私の方に手を伸ばしていた。
「ありがとう、ちゃんと言ってくれて」
始の手が私の頭を撫でる。
いつもは私が皆にやっていることだ。誰かに頭を撫でられるなんていつぶりだろう。
「っ、結婚式当日に言うって、結構嫌な奴じゃない?」
「俺の知ってる海は嫌な奴じゃない」
「は、……あ~もう、かっこいいな。敵わないや」
「ふっ、どうも。……海も、幸せになれよ」
「うん。頑張るわ」
私の答えに満足したのか、始の手が離れていった。
まだ少し残るぬくもりを感じながら、始に笑いかける。今度は上手く笑えている自信があった。
「じゃあ、私皆のとこ戻るね」
「ああ。式もよろしく」
控室から出て、扉を閉めた瞬間張りつめていた物全てが緩んでいく感覚がした。
人気のない所までよたよたと歩き、壁にもたれかかってずるずると崩れ落ちる。
ようやく我慢していた涙が、目から溢れ始めた。綺麗に化粧した頬を通って首へと流れ落ちる。
「んっ……」
一度流れ始めた涙はとどまることを知らない。せめて誰かに気付かれないように声を押し殺す。
こっぴどく振ってくれた方が良かったのに、やっぱり始は優しかった。
結婚式なのに何でそんなこと言うんだと叱りの言葉が一つでもあれば、嫌いになれたかもしれないのに。これじゃあまだ、
「すき……」
今日、私の大好きな二人が結婚する。
私はそれを心の底から祝福する。その為に、今だけは。
声をかけるとくるり男が振り向く。美しい藤色の目が真っすぐに私の姿を捉えた。
「海」
その綺麗な唇が私の名前を紡ぐ。聞き慣れたはずなのに、何故かどうしようもなく泣きそうになった。
泣いてもいいのかもしれない。だって今日は二人にとって一番幸せな日だから。
「やっぱ、始かっこいいな。撮影で着てるのも見たけど、今が一番かっこいい」
「そりゃどうも。隼がウザいぐらい俺の写真撮って行った」
「あはは、隼らしいや」
一眼レフカメラを持って始のタキシード姿を撮る隼の姿は容易に想像できた。
そういえば隼は今どこにいるのだろう。陽たちと一緒にいるのだろうか。後で合流しなくては。
でも、今は始と二人きりの方が都合がよかった。
「そういや、春には会ったのか?」
「……うん。さっきまで春のとこにいたよ」
すぐに返事が出来なかったのは、私のか弱い心のせいだ。
泣き叫ぶ心を抑え込み、口角を上げる。せめて笑って見えるように。
「選ぶ時にも見たけど、やっぱりきちんとセッティングしてもらうと別人みたいだよな。本当に綺麗な花嫁さんになってた」
「そうか」
「始は見たのか?」
「いや、まだだ。もう少ししたら行くつもりだったが」
「そう。もしかして、私邪魔かな?」
冗談めかして言うと、始は「そんなことない」と首を横に振る。
嬉しくて悲しい。馬鹿だと自分でも思う。叶わない恋に未だにしがみついて一喜一憂している。
けれども、今日は馬鹿なフリでこの恋を殺すと決めたのだ。だから、もう少し。
「ねぇ、始」
声が震える。聡い始のことだ、気づいているかもしれない。
始は何も言わず、ただ私の事を見ていた。
「ずっと黙ってたこと言ってもいい?」
「……何だ?」
せりあがってくる涙を必死で零さぬようにこらえる。ここで泣いてはかっこ悪い自分を晒すだけだ。
こんな時でも始と春の前では、かっこいいお姉さんな自分でいたい。
「私ね、始の事、好き、だったんだ」
にっこり笑って言ったつもりだけど、口角が引きつっているのが自分でもわかった。
好きだった。始と仲良くなって、いつしか惹かれていく自分がいた。本当のことを言えば、今も好きなまま。
だけど、始の横には出会った時からずっと可愛いあの子がいて。本当にいい子だから私だって仲良くなったし、彼女の事を応援した。
私じゃ釣り合わないから。そう自分に言い聞かせて。
大好きな二人が付き合い始めたと聞いた時は飛び上がるくらい嬉しかった。それは本心。
でも同じくらい、泣きわめきたくなった。それも本心だ。
「……そうか」
始は驚く素振りも見せず、落ち着いた声でそう返す。
「もしかして、知ってた?」
「いや、確信があったわけじゃない。ただ何となくそうかなと思う時はあった」
「そ、っか。あはは、なんかごめん」
気づかれていたのか。それでも始は知らないフリをしていてくれたんだ。
目の奥が熱くなる。あぁ、泣きたくないのに。
思わず俯く私のところに、タキシード姿の始が歩み寄ってくる。視界に革靴が映り、顔をあげると始が私の方に手を伸ばしていた。
「ありがとう、ちゃんと言ってくれて」
始の手が私の頭を撫でる。
いつもは私が皆にやっていることだ。誰かに頭を撫でられるなんていつぶりだろう。
「っ、結婚式当日に言うって、結構嫌な奴じゃない?」
「俺の知ってる海は嫌な奴じゃない」
「は、……あ~もう、かっこいいな。敵わないや」
「ふっ、どうも。……海も、幸せになれよ」
「うん。頑張るわ」
私の答えに満足したのか、始の手が離れていった。
まだ少し残るぬくもりを感じながら、始に笑いかける。今度は上手く笑えている自信があった。
「じゃあ、私皆のとこ戻るね」
「ああ。式もよろしく」
控室から出て、扉を閉めた瞬間張りつめていた物全てが緩んでいく感覚がした。
人気のない所までよたよたと歩き、壁にもたれかかってずるずると崩れ落ちる。
ようやく我慢していた涙が、目から溢れ始めた。綺麗に化粧した頬を通って首へと流れ落ちる。
「んっ……」
一度流れ始めた涙はとどまることを知らない。せめて誰かに気付かれないように声を押し殺す。
こっぴどく振ってくれた方が良かったのに、やっぱり始は優しかった。
結婚式なのに何でそんなこと言うんだと叱りの言葉が一つでもあれば、嫌いになれたかもしれないのに。これじゃあまだ、
「すき、すきだよぉ」
「よっ、新郎さん」
声をかけるとくるり男が振り向く。美しい藤色の目が真っすぐに私の姿を捉えた。
「海」
その綺麗な唇が私の名前を紡ぐ。聞き慣れたはずなのに、何故かどうしようもなく泣きそうになった。
泣いてもいいのかもしれない。だって今日は二人にとって一番幸せな日だから。
「やっぱ、始かっこいいな。撮影で着てるのも見たけど、今が一番かっこいい」
「そりゃどうも。隼がウザいぐらい俺の写真撮って行った」
「あはは、隼らしいや」
一眼レフカメラを持って始のタキシード姿を撮る隼の姿は容易に想像できた。
そういえば隼は今どこにいるのだろう。陽たちと一緒にいるのだろうか。後で合流しなくては。
でも、今は始と二人きりの方が都合がよかった。
「そういや、春には会ったのか?」
「……うん。さっきまで春のとこにいたよ」
すぐに返事が出来なかったのは、私のか弱い心のせいだ。
泣き叫ぶ心を抑え込み、口角を上げる。せめて笑って見えるように。
「選ぶ時にも見たけど、やっぱりきちんとセッティングしてもらうと別人みたいだよな。本当に綺麗な花嫁さんになってた」
「そうか」
「始は見たのか?」
「いや、まだだ。もう少ししたら行くつもりだったが」
「そう。もしかして、私邪魔かな?」
冗談めかして言うと、始は「そんなことない」と首を横に振る。
嬉しくて悲しい。馬鹿だと自分でも思う。叶わない恋に未だにしがみついて一喜一憂している。
けれども、今日は馬鹿なフリでこの恋を殺すと決めたのだ。だから、もう少し。
「ねぇ、始」
声が震える。聡い始のことだ、気づいているかもしれない。
始は何も言わず、ただ私の事を見ていた。
「ずっと黙ってたこと言ってもいい?」
「……何だ?」
せりあがってくる涙を必死で零さぬようにこらえる。ここで泣いてはかっこ悪い自分を晒すだけだ。
こんな時でも始と春の前では、かっこいいお姉さんな自分でいたい。
「私ね、始の事、好き、だったんだ」
にっこり笑って言ったつもりだけど、口角が引きつっているのが自分でもわかった。
好きだった。始と仲良くなって、いつしか惹かれていく自分がいた。本当のことを言えば、今も好きなまま。
だけど、始の横には出会った時からずっと可愛いあの子がいて。本当にいい子だから私だって仲良くなったし、彼女の事を応援した。
私じゃ釣り合わないから。そう自分に言い聞かせて。
大好きな二人が付き合い始めたと聞いた時は飛び上がるくらい嬉しかった。それは本心。
でも同じくらい、泣きわめきたくなった。それも本心だ。
「……そうか」
始は驚く素振りも見せず、落ち着いた声でそう返す。
「もしかして、知ってた?」
「いや、確信があったわけじゃない。ただ何となくそうかなと思う時はあった」
「そ、っか。あはは、なんかごめん」
気づかれていたのか。それでも始は知らないフリをしていてくれたんだ。
目の奥が熱くなる。あぁ、泣きたくないのに。
思わず俯く私のところに、タキシード姿の始が歩み寄ってくる。視界に革靴が映り、顔をあげると始が私の方に手を伸ばしていた。
「ありがとう、ちゃんと言ってくれて」
始の手が私の頭を撫でる。
いつもは私が皆にやっていることだ。誰かに頭を撫でられるなんていつぶりだろう。
「っ、結婚式当日に言うって、結構嫌な奴じゃない?」
「俺の知ってる海は嫌な奴じゃない」
「は、……あ~もう、かっこいいな。敵わないや」
「ふっ、どうも。……海も、幸せになれよ」
「うん。頑張るわ」
私の答えに満足したのか、始の手が離れていった。
まだ少し残るぬくもりを感じながら、始に笑いかける。今度は上手く笑えている自信があった。
「じゃあ、私皆のとこ戻るね」
「ああ。式もよろしく」
控室から出て、扉を閉めた瞬間張りつめていた物全てが緩んでいく感覚がした。
人気のない所までよたよたと歩き、壁にもたれかかってずるずると崩れ落ちる。
ようやく我慢していた涙が、目から溢れ始めた。綺麗に化粧した頬を通って首へと流れ落ちる。
「んっ……」
一度流れ始めた涙はとどまることを知らない。せめて誰かに気付かれないように声を押し殺す。
こっぴどく振ってくれた方が良かったのに、やっぱり始は優しかった。
結婚式なのに何でそんなこと言うんだと叱りの言葉が一つでもあれば、嫌いになれたかもしれないのに。これじゃあまだ、
「すき……」
今日、私の大好きな二人が結婚する。
私はそれを心の底から祝福する。その為に、今だけは。