短編
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雨が降っている。
外は薄暗く、水を含んだ空気がぼたぼたと地面に落ちていて、頭の中までも湿っていく。ぐちゃぐちゃになった思考をかき集めてできることといえば、小さく彼の名前を呼ぶことだけだった。何度も呼んできたその名前は、ろくに回らない私の脳みそでもちゃんと導き出せるもので、雨音に混じり届いた声に彼はゆっくりと顔を上げる。カーテン越しの空よりも薄暗く重たい部屋の中で、彼の唇が僅かに動いた気配がした。
随分と呑気だな、とか。気分じゃないのか、とか。そんなことをいくつか呟いて、彼は私の胸元へ伸ばしていた手を引っ込める。別に止めなくっていいのにと笑えば、困ったような目がこちらを見る。きっと彼は優しいから、私がこの雨音と鈍く重い空気にやられて頭痛でも引き起こしてしまったのだと思っているのだろう。実際その予想は半分ぐらい的中していて、頭の中身はぐずぐずになったスポンジみたいに役立たずになっていた。けれどそれは雨のせいだけじゃない。彼の指先が私に触れる寸前だったから――これから行われる行為に、浅ましくも期待してしまっていたからだ。
しくりしくりと頭の中から波が押し寄せる。折角彼が気分になってくれたというのに、この体は本当に空気を読まなかった。土砂降りになった雨で読める空気など押し潰されてしまったとばかりに激しくなる痛みから気を逸らそうとするが、無意識に引き寄せられる眉根が言うことを聞かない。そうこうしているうちに彼の顔から情欲の色は消え、代わりに罪悪感が覗いていた。ああ本当に、私のことは気にしないでいいから好きにしてくれていいと言えば、今度は怒ったような顔でこちらを見つめてくる。自分の体を大事にしろだとか、頭が痛いなら寝ているべきだとか呟く彼を見ていると私の中にもじわりと罪悪感が湧いてくるのだった。
じゃあ、と口を開いたのはそれからすぐのことだ。目を閉じていれば頭痛の波が落ち着くことに気付いていた私は、彼と共に布団へ潜り込むことを提案した。どうせ眠れやしないのだ。もしも布団の中で“そういう”気持ちになったのなら、好きにしてくれていい。じっと目を閉じて雨音に頭を晒しているよりも幾分か気が楽になるかもしれない。そう伝えれば案の定、彼はとんでもないと唇を動かした。けれど心配そうな声音とは裏腹に、彼の瞳には僅かばかりではあるが先ほどと同じ輝きが戻っている。半ば誘われたようなものだ、彼が期待するのも当たり前だろう。それに私自身、彼に続きをしてほしいと思っていた。
本当にいいのか、と尋ねられて頷かない理由などない。布団に潜る私の後ろを追いかけるようにして潜り込んできた彼の手は所在なさげに泳いでいたが、やがて私を捕まえるように腕へと伸ばされる。私よりもずっと大きな骨張った手に掴まれた箇所が熱を帯びる。この程度で悦んでしまっては淫らだと思われてしまうだろうかと脳裏を掠める考えは、背後から聞こえる吐息に掻き消された。
彼も私と同じぐらい、期待と熱を抱いている。
どく、と心臓が脈を打つ。全身を駆け巡る血液に乗せられて多幸感と少しの性欲が神経に浸っていく。触れているだけで感情がざわめいて、それでいて体は何もかもを受け入れている。こんな風になってしまったのは、彼のせいなのだろう。
背中に感じる温もりに目を閉じる。彼になら何をされても構わないと全身から力を抜く。いつまで経っても動く気配のない彼を不思議に思いながら、いつしか意識は闇へと落ちていた。
目を開けたのはいつだっただろう。まずいと思ったときにはもう遅かった。はっとして起き上がれば、ちょうど彼がマグカップを持って近付いてくるところだった。
やってしまったのだ。彼に自分を好きにしろと言っておいて眠ってしまうなど恥ずかしくて穴があれば入りたくなる。おっとこんなところに穴があるぞと布団を頭まで被れば笑う声が頭上から降り注ぐ。気にしていないと言うその声に嘘偽りはないようだったが、それがかえって羞恥心を加速させた。このまま一生布団の中にいてもいい。なんならもう一回布団に入ってくればいいとぐるぐる巡る頭から痛みはすっかり消えていて、罪悪感までも増していくようだった。
折角作ったココアが冷めてしまうとさも残念そうに呟く声が聞こえると同時に、布団越しでも分かる甘い香りが鼻を掠める。寝ている私を起こさないよう布団を抜け出しココアまで入れるだなんてこの男は本当にできるやつだ。覚醒する意識に合わせて脳が糖分を欲し始めるといよいよ我慢ができなくなり、布団の巣穴から顔を出す。これでは餌に釣られて誘き出されたようなもの。恥ずかしいやら気まずいやらで視線をどこへ向ければいいか分からない私をよそに、彼はそっとマグカップを差し出した。
カーテンから差し込む光に雨が上がったのだと気付く。喉を通り抜ける優しい甘味に息をつくと、彼が顔を覗き込んでくる。頭痛は治まったのかと尋ねてくる彼に平気だと笑えば、心配そうに揺れていた瞳から安堵の色が浮かび上がる。空になったコップをテーブルへ戻しうんと背伸びをすれば、ゆるりと伸びてきた腕に布団へと押し倒される。やる気になったのかと顔を見れば、安心しきって緩んだ笑みの中に隠し切れていない情欲があった。
外は薄暗く、水を含んだ空気がぼたぼたと地面に落ちていて、頭の中までも湿っていく。ぐちゃぐちゃになった思考をかき集めてできることといえば、小さく彼の名前を呼ぶことだけだった。何度も呼んできたその名前は、ろくに回らない私の脳みそでもちゃんと導き出せるもので、雨音に混じり届いた声に彼はゆっくりと顔を上げる。カーテン越しの空よりも薄暗く重たい部屋の中で、彼の唇が僅かに動いた気配がした。
随分と呑気だな、とか。気分じゃないのか、とか。そんなことをいくつか呟いて、彼は私の胸元へ伸ばしていた手を引っ込める。別に止めなくっていいのにと笑えば、困ったような目がこちらを見る。きっと彼は優しいから、私がこの雨音と鈍く重い空気にやられて頭痛でも引き起こしてしまったのだと思っているのだろう。実際その予想は半分ぐらい的中していて、頭の中身はぐずぐずになったスポンジみたいに役立たずになっていた。けれどそれは雨のせいだけじゃない。彼の指先が私に触れる寸前だったから――これから行われる行為に、浅ましくも期待してしまっていたからだ。
しくりしくりと頭の中から波が押し寄せる。折角彼が気分になってくれたというのに、この体は本当に空気を読まなかった。土砂降りになった雨で読める空気など押し潰されてしまったとばかりに激しくなる痛みから気を逸らそうとするが、無意識に引き寄せられる眉根が言うことを聞かない。そうこうしているうちに彼の顔から情欲の色は消え、代わりに罪悪感が覗いていた。ああ本当に、私のことは気にしないでいいから好きにしてくれていいと言えば、今度は怒ったような顔でこちらを見つめてくる。自分の体を大事にしろだとか、頭が痛いなら寝ているべきだとか呟く彼を見ていると私の中にもじわりと罪悪感が湧いてくるのだった。
じゃあ、と口を開いたのはそれからすぐのことだ。目を閉じていれば頭痛の波が落ち着くことに気付いていた私は、彼と共に布団へ潜り込むことを提案した。どうせ眠れやしないのだ。もしも布団の中で“そういう”気持ちになったのなら、好きにしてくれていい。じっと目を閉じて雨音に頭を晒しているよりも幾分か気が楽になるかもしれない。そう伝えれば案の定、彼はとんでもないと唇を動かした。けれど心配そうな声音とは裏腹に、彼の瞳には僅かばかりではあるが先ほどと同じ輝きが戻っている。半ば誘われたようなものだ、彼が期待するのも当たり前だろう。それに私自身、彼に続きをしてほしいと思っていた。
本当にいいのか、と尋ねられて頷かない理由などない。布団に潜る私の後ろを追いかけるようにして潜り込んできた彼の手は所在なさげに泳いでいたが、やがて私を捕まえるように腕へと伸ばされる。私よりもずっと大きな骨張った手に掴まれた箇所が熱を帯びる。この程度で悦んでしまっては淫らだと思われてしまうだろうかと脳裏を掠める考えは、背後から聞こえる吐息に掻き消された。
彼も私と同じぐらい、期待と熱を抱いている。
どく、と心臓が脈を打つ。全身を駆け巡る血液に乗せられて多幸感と少しの性欲が神経に浸っていく。触れているだけで感情がざわめいて、それでいて体は何もかもを受け入れている。こんな風になってしまったのは、彼のせいなのだろう。
背中に感じる温もりに目を閉じる。彼になら何をされても構わないと全身から力を抜く。いつまで経っても動く気配のない彼を不思議に思いながら、いつしか意識は闇へと落ちていた。
目を開けたのはいつだっただろう。まずいと思ったときにはもう遅かった。はっとして起き上がれば、ちょうど彼がマグカップを持って近付いてくるところだった。
やってしまったのだ。彼に自分を好きにしろと言っておいて眠ってしまうなど恥ずかしくて穴があれば入りたくなる。おっとこんなところに穴があるぞと布団を頭まで被れば笑う声が頭上から降り注ぐ。気にしていないと言うその声に嘘偽りはないようだったが、それがかえって羞恥心を加速させた。このまま一生布団の中にいてもいい。なんならもう一回布団に入ってくればいいとぐるぐる巡る頭から痛みはすっかり消えていて、罪悪感までも増していくようだった。
折角作ったココアが冷めてしまうとさも残念そうに呟く声が聞こえると同時に、布団越しでも分かる甘い香りが鼻を掠める。寝ている私を起こさないよう布団を抜け出しココアまで入れるだなんてこの男は本当にできるやつだ。覚醒する意識に合わせて脳が糖分を欲し始めるといよいよ我慢ができなくなり、布団の巣穴から顔を出す。これでは餌に釣られて誘き出されたようなもの。恥ずかしいやら気まずいやらで視線をどこへ向ければいいか分からない私をよそに、彼はそっとマグカップを差し出した。
カーテンから差し込む光に雨が上がったのだと気付く。喉を通り抜ける優しい甘味に息をつくと、彼が顔を覗き込んでくる。頭痛は治まったのかと尋ねてくる彼に平気だと笑えば、心配そうに揺れていた瞳から安堵の色が浮かび上がる。空になったコップをテーブルへ戻しうんと背伸びをすれば、ゆるりと伸びてきた腕に布団へと押し倒される。やる気になったのかと顔を見れば、安心しきって緩んだ笑みの中に隠し切れていない情欲があった。
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