悪魔と吸血鬼
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目が覚めると、見知らぬ天井が広がっていた。
おかしい、棺桶じゃない。いつもなら目が覚めると真っ暗で、ジメジメしているのに。
私は休眠に入ろうとしたのに、これはどういう状況なのかを考えていると、赤木さんがこちらを覗き込んでいた。
「名前さん…!」
「……あ、れ?」
赤木さんだ、そして赤木さんの容姿は眠りにつく前のままだ。どういう事なのだろうと目をぱちくりさせていると、赤木さんの隣には見知らぬ老人が杖を持って立っていた。
「起きたか」
「あの……ここは……」
「ワシの邸宅じゃ、コイツが運んできたから取り敢えず言われた通り処置しておいたぞ」
「あ、ありがとうございます。えっと……」
「鷲巣、鷲巣巌じゃ」
「鷲巣様、本当にありがとうございます」
何となくだが、私はこの老人に様をつけて呼ばないといけない気がして、彼の事をそう呼んだ。深々と頭を下げると、鷲巣様はフンと鼻を鳴らして言う。
「全く、人騒がせな奴らじゃ。これで良いんじゃろ、アカギ」
「ああ、ありがとな、鷲巣」
鷲巣様は私達を一瞥すると、部屋から出ていってしまった。白い服を着たこの邸宅の使用人らしい人が私の元にやってくると、腕の静脈から注射針を丁寧に抜いて、ガーゼを慣れた手つきで貼っていく。
「暫くは安静にしていてください、怪我もしていますから」
「すみません、本当に色々と……」
頭を下げると白い服の人は小さく微笑み、彼も部屋から出ていく。部屋には赤木さんと私だけになった。
部屋を見渡すと、見た事のない機械がベッドの隣に置かれており、ガラスで出来た容器には血の残滓がこびりついていた。
「良かった、名前さんが起きて」
謎の機械を見ていると、私は彼に優しく抱きしめられた。彼の体温が伝わってきて、温かくて、心地よい。
「赤木さん、私……どうなって……?」
震える声で尋ねると、彼は答えてくれた。
「鷲巣に無理言ってここに運び込んで、輸血してもらったんだ。俺の血じゃなくて、ここで働いてる奴らの血を少しずつ分けてもらって」
「そう、だったんですね。後で皆さんにお礼を言わないと。赤木さんも、ありがとうございます、私を助けてくれて」
「……アンタ、俺の事怒らねえの?」
そう言われ、私は首を傾げた。
「どうしてですか?」
「俺のせいで危険な目に遭ったんだ。俺の事、少しは怒ってもいいと思うよ」
そう言う赤木さんはバツが悪そうな、子供が叱られるのを待っているような、少し弱気な表情をしていた。
彼なりに思う所があって反省しているのだろうと思いつつも、そんな子供っぽい彼を見て、彼はまだ20年そこそこしか生きていないのだと改めて実感した。
「助けてくれた人に怒りませんよ。それに、私は自分の意思で人間に抵抗しなかったんです。吸血鬼なのがバレちゃうと大変ですし、人は傷つけたくないんです」
それから、私は正直言ってしまうと手加減というものができない。最悪、あそこで吸血鬼の力を使えば、吸血衝動と重なってあの人達を無惨に殺してしまっていただろう。
赤木さんにその事を伝えると、小さく溜息をついて私の首筋に顔を埋める。
「……名前さんは、吸血鬼に向いてないよ」
「それは……私も思います。化物向きの性格じゃあないですよね」
自嘲気味に言うと、彼は私と目を合わせて微笑む。
「俺は、そんな名前さんが好きだよ」
「っ……! あ、ありがとう、ございます……」
目を合わせ、ストレートにそんな事を言われてしまったら恥ずかしくて仕方ない。私は思わず俯くと、赤木さんが問いかけてくる。
「名前さんは?」
「?」
「俺の事、どう思ってる?」
「どう、って……」
心臓の鼓動が高鳴る。頬に熱が集まって、彼に触れている手が震えた。それなのに、真っ直ぐ見つめてくる彼の瞳から目が離せない。
でも、私は化物で──彼の事は好きだけど、私なんかが彼の隣に立っていいものなのかと考えてしまう。
彼は普通に人と恋をして、愛を育んだ方が幸せになれるのではないか。そっちの方が、いいに決まってる。
黙っていると、赤木さんが私の手を繋いだ。指を絡めて、所謂恋人繋ぎになると、彼は言葉を紡いだ。
「俺、名前さんを一目見た時からずっと好きだよ」
「……えっ?えぇ?!」
唐突な爆弾発言に、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。
「一目惚れってやつ。アンタが吸血鬼だって知る前から好きだった」
でも、赤木さんは真剣そのもので話していく。
「ど、どうして……?」
私は呆然としながらも尋ねると、彼は少し照れくさそうに頬を掻きながら答える。
「他人と雰囲気が違った、アンタはきっと上手く取り繕ってたんだろうが……俺は何となく分かったんだ、名前さんは何処か違う人だってな。月並みな表現だが、そんな得体の知れない名前さんが、綺麗だと思ったんだ」
「っ──!」
恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。彼が私の事を好いているなんて、そんな素振りは全然無かったというか、同居、デート、などなどのあれらは赤木さんの好奇心から来るものと思っていたから、正直驚いている。
「なあ、名前さんは?」
表情は変わらないけれど、雰囲気で伝わってくる、彼の少し不安気で、応えてほしいという想い。
彼は、本当に私なんかを受け入れてくれるだろうか。少し怖いけれど、私は目を瞑り──変化を解いた。
爪と歯は獣のように鋭くなり、耳は尖っていく。開いた瞳は赤くなり、赤木さんを見据えた。──これが、本来の私の姿。
──醜い化物だ。
「私、本当はこんな姿なんですよ……?」
「うん、知ってる」
声が震える。それでも彼は何とでも無いように、悠々と答える。
「……何人もの人の血を吸って、殺した事だって」
「へえ、吸血鬼らしいじゃない」
告解をしても、彼の声色は変わらない。
「この姿になる前は、もっと醜い……ただの肉塊だったんですよ?」
目からは涙が溢れて、止まらなかった。こんな私を見ないでほしいという気持ちと、受け入れてほしいという、相反する気持ちがぶつかりあって、心の整理がつかない。思わず声を荒らげて彼に言い放った。
「見た目なんて関係ねぇな、俺はアンタの心に、中身に惚れたんだ。例えこの姿でも、人間の姿でも、肉塊でも、俺が名前さんを好きな気持ちは変わらねえよ」
一呼吸置いて、赤木さんは繋ぐ手の力を少し込めると、私の目を見て言う。
「好きだ、名前さん」
視界が涙で霞んでいく。それでも私も彼を見ていたくて、ポロポロと涙が頬を伝う。
何百年と生きてきて、一番欲しかった言葉を──彼はくれたのだ。
「……私も、赤木さんが好き。……大好き」
私は彼に抱きついて、思いの丈をぶつける。少し間を置いて彼の腕が私の背中に回ってきて、ぎゅっと力が込められる。
「……名前さん」
「?」
「キスしたい、していい?」
「ぁ……う、うん、いいですよ。人間の姿に戻るから……」
「そのままでいい」
彼はそう言うと私の頬を大きな掌で包んで、少し顔を上に向ける。彼の綺麗な白髪が揺れ、黒曜石のような黒い瞳が私を捉えた。
その刹那、彼が迫ってくる。私は目を閉じて、彼の優しくて甘いキスを受け入れる。
「ん……」
唇が離れる事に少し切なさを覚え、赤木さんを見ると少し困ったような表情をしていた。
「……赤木さん?」
「ごめん、もう一回」
「え、ちょっ、ッ〜〜!?」
短く告げると赤木さんは私の唇を塞いで、気が済むまで何度も、何度もキスをした。息が苦しくなって、私は咄嗟に変化して人間の姿に戻ると、赤木さんが首を傾げた。
「名前さん?」
その刹那、赤木さんの背後から鋭い天誅が下る。
「怪我人相手に盛るなーッ!この大馬鹿者がッ!!」
ガコッ!と赤木さんの頭を木製の杖が叩く。いてて、と赤木さんは後頭部を抑えると振り返り、鷲巣様を見た。
「何すんだよ鷲巣」
「それはこっちの台詞だわ!人の家で、しかも怪我人相手に何をしておる!?岡本!鈴木!アカギを別室に閉じ込めておけ!」
白い服を着た使用人の二人は赤木さんの体を拘束すると、ズルズルと引き摺って部屋から出ていく。引き摺られていく彼は、それはそれは不服そうな顔をしていた。
そして部屋には鷲巣様と私の二人きりになった。先程のキスはバッチリ見られていただろう。それよりも私の本来の姿が見られていないか気が気でない。
鷲巣様が部屋に入ってきた時に咄嗟に変化したし、私の姿は赤木さんでほぼ見えなくなっていたから大丈夫だと思いたい。
「す、すみません……大変お見苦しいものをお見せしました」
「あぁ〜……まあ良い。アイツの相手は大変じゃろう。色々苦労すると思うが……頑張れ」
「はい、あ、ありがとうございます」
取り敢えず私の姿は見られていなかったようだ。
「アイツは別室に閉じ込めておくから安心すると良い。怪我の方はどうかね?」
「痛みなどはもうありませんが、明日病院に行って診てもらいます」
「うむ、そうしなさい。何かあったらそこのベルを鳴らせばワシの部下がすぐに駆け付ける。今夜はここで休むんじゃな」
「本当にありがとうございます、鷲巣様」
そう感謝を述べると、鷲巣様はフンと鼻を鳴らして部屋を後にした。
鷲巣様にも赤木さんにも言ってないけれど、輸血してくれたお陰で後頭部の傷はもう完治している。
今日は本当に色んな事があった一日だった。赤木さんとデートして、半グレみたいな人達に捕まって、助けられて、ここに居る。
鷲巣様は赤木さんの相手は大変だろうと言っていたけれど、私からしたらそうでもない。
寧ろ、これからとっても楽しみなのだから。
部屋の明かりを消して、私は眠りにつく。明日から、良い一日が過ごせると夢想して目を閉じた。
翌日、私は鷲巣様と、血液を分けてくださった部下の方々にお礼を言うと、赤木さんと共に鷲巣邸を出た。
邸宅を歩いていても思った事だが、このお屋敷はとても広い、外に出てみて改めて思った。そして、そんな鷲巣様と赤木さんはどんな関係なのかも気になった。
「ありがとな、鷲巣。この仮は必ず返すよ」
「フンッ、その時を楽しみにしておるわ。ちゃんとユメ君を病院に連れてくんじゃぞ」
「ああ、分かった。じゃあな、鷲巣」
「鷲巣様、本当にありがとうございました。後日、改めてお礼させてください」
「礼などよい。ほれ、さっさと病院へ行け」
私は鷲巣様に深々と頭を下げると、赤木さんと共に歩いて近場のバス停まで向かった。
鷲巣邸から少し離れたところで、私は頭に巻かれた包帯を解いていく。
「もういいの?」
「はい、昨日完治しましたから」
「そっか」
解いた包帯を小さく巻いてバッグに入れて、ふと空を見る。朝の爽やかな空気が心地よくて、そよ風に髪が揺れた。
赤木さんが手を繋いできて、私は彼の大きな手を握り返す。
「名前さん」
「はい」
「次のデートは、何処に行こうか」
朝日に照らされた彼の喜びや嬉しさに満ちた表情が、まるで宗教画のように綺麗で──私は見入ってしまった。
ああ、彼のこういう不意に見せる表情に、私は本当に弱いみたい。
「次のデートは……」
私は行きたい場所を告げると、彼はいいねと言って小さく笑う。
次のデートの話に、これから朝ごはんはどうしようか、家に帰ったらまずはシャワーだね、なんて日常的な会話をして、私達は朝日の中を歩いた。
*
アパートの前で手鏡を見て、髪型は変じゃないか、化粧は崩れていないかをチェックしていると、1台の車がやってきた。
「名前さん、お待たせ」
「赤木さん!」
嬉しそうに手を振って車に駆け寄ると、彼も手を振り返す。私は車のドアを開けると助手席に座った。
「その服、着てくれたんだ」
「はい、次のデートで着ようと思ってましたから」
赤木さんがくれた白いクラシカルワンピースに、白いヒール。今日はこれを着てこれからデートへ行くのだ。
「うん、すげえ似合ってる。綺麗だ」
赤木さんはそう言うと私の頭を優しく抱き寄せ、髪にキスをする。
「……あ、ありがとうございます」
「それじゃ、行こうか」
「はい、運転お願いします」
車を発進させ、私達はデートへ行く。高速道路を走ること数十分、一般道に降りると私は窓を開けてその景色を見た。
「海…!」
車内に海風が入り込み、爽やかな磯の香りがする。海岸線を走り抜けて、駐車場に車を停めると、海水浴場に出た。
少し涼しい季節になってきた秋の始まりだからか、サーファーが数人と、私達のようにデートにきた人達がポツポツと居る。
「久しぶりに海に来ましたけど、やっぱり良いですね」
「ああ、悪くないな」
赤木さんも私も靴を脱ぎ、手を繋いでゆっくりと砂浜を歩く。二人の足跡が波にさらわれては跡をつける。
ぽつりぽつりと、最近の事や何でもない事を話しながら歩いていると、ふと私は彼にある事を伝えていないと思った。
歩いていると、少し向こうに東屋が見えた。
「赤木さん、あそこでちょっと座りませんか?」
「うん、いいよ」
私達は足に付いた砂を払って、靴を履くと東屋のベンチに座る。木造の東屋からは、木の香りがした。
「疲れた?」
「いえ、そういう訳じゃないんです。ただ、ちょっと落ち着いて伝えたい事があったので」
赤木さんは首を傾げて私を見る。
「あのね、赤木さん」
さざめく波の音、静かな空、綺麗な陽射しが私達を照らす。
「私、人間として生活して、恋をして、愛し合った事は何度もありました」
赤木さんのもう片方の手を、私は繋いだ。彼の体温が指先から伝わってきて、私は彼を見る。
「でもね、吸血鬼として恋をしたのは──赤木さんが初めてなんです」
彼の太陽に照らされた白い髪が、磯風に靡く。
「──だから、ありがとうございます。好きって言ってくれて。あの時、凄く嬉しかったんです」
風に吹かれる髪を耳に掛けて、私は彼を見て伝える。彼は目を細めて微笑むと、私の事を抱きしめた。
急に抱きしめられた私は驚きつつも、彼の体温に身を委ね、心が心地よく溶かされる。
「何度だって言うよ、名前さんが好きだ」
彼の低いハスキーな声が、耳元で響く。じんわりと胸の奥があたたかくなって、私も彼の背中に手を回した。
「俺が死ぬまで、名前さんにはそばにいてほしい」
「……なんだか、プロポーズみたい」
「そうだね。死がふたりを分かつまでってやつ」
素敵な口説き文句に、私は愛しさが溢れて、彼の頬にそっとキスをした。
唇を離すと、彼は目を見開いて私を見た。
「なら遠慮なく、赤木さんが生きている間はずっとそばにいさせてください。不束者の吸血鬼ですが……よろしくお願いします」
赤木さんは少し照れて、頬を赤くすると、よろしくと言って私の唇にキスをした。
死がふたりを分かつまで、彼と私は面白可笑しく、楽しく幸せに暮らしました。
悪魔と吸血鬼
おかしい、棺桶じゃない。いつもなら目が覚めると真っ暗で、ジメジメしているのに。
私は休眠に入ろうとしたのに、これはどういう状況なのかを考えていると、赤木さんがこちらを覗き込んでいた。
「名前さん…!」
「……あ、れ?」
赤木さんだ、そして赤木さんの容姿は眠りにつく前のままだ。どういう事なのだろうと目をぱちくりさせていると、赤木さんの隣には見知らぬ老人が杖を持って立っていた。
「起きたか」
「あの……ここは……」
「ワシの邸宅じゃ、コイツが運んできたから取り敢えず言われた通り処置しておいたぞ」
「あ、ありがとうございます。えっと……」
「鷲巣、鷲巣巌じゃ」
「鷲巣様、本当にありがとうございます」
何となくだが、私はこの老人に様をつけて呼ばないといけない気がして、彼の事をそう呼んだ。深々と頭を下げると、鷲巣様はフンと鼻を鳴らして言う。
「全く、人騒がせな奴らじゃ。これで良いんじゃろ、アカギ」
「ああ、ありがとな、鷲巣」
鷲巣様は私達を一瞥すると、部屋から出ていってしまった。白い服を着たこの邸宅の使用人らしい人が私の元にやってくると、腕の静脈から注射針を丁寧に抜いて、ガーゼを慣れた手つきで貼っていく。
「暫くは安静にしていてください、怪我もしていますから」
「すみません、本当に色々と……」
頭を下げると白い服の人は小さく微笑み、彼も部屋から出ていく。部屋には赤木さんと私だけになった。
部屋を見渡すと、見た事のない機械がベッドの隣に置かれており、ガラスで出来た容器には血の残滓がこびりついていた。
「良かった、名前さんが起きて」
謎の機械を見ていると、私は彼に優しく抱きしめられた。彼の体温が伝わってきて、温かくて、心地よい。
「赤木さん、私……どうなって……?」
震える声で尋ねると、彼は答えてくれた。
「鷲巣に無理言ってここに運び込んで、輸血してもらったんだ。俺の血じゃなくて、ここで働いてる奴らの血を少しずつ分けてもらって」
「そう、だったんですね。後で皆さんにお礼を言わないと。赤木さんも、ありがとうございます、私を助けてくれて」
「……アンタ、俺の事怒らねえの?」
そう言われ、私は首を傾げた。
「どうしてですか?」
「俺のせいで危険な目に遭ったんだ。俺の事、少しは怒ってもいいと思うよ」
そう言う赤木さんはバツが悪そうな、子供が叱られるのを待っているような、少し弱気な表情をしていた。
彼なりに思う所があって反省しているのだろうと思いつつも、そんな子供っぽい彼を見て、彼はまだ20年そこそこしか生きていないのだと改めて実感した。
「助けてくれた人に怒りませんよ。それに、私は自分の意思で人間に抵抗しなかったんです。吸血鬼なのがバレちゃうと大変ですし、人は傷つけたくないんです」
それから、私は正直言ってしまうと手加減というものができない。最悪、あそこで吸血鬼の力を使えば、吸血衝動と重なってあの人達を無惨に殺してしまっていただろう。
赤木さんにその事を伝えると、小さく溜息をついて私の首筋に顔を埋める。
「……名前さんは、吸血鬼に向いてないよ」
「それは……私も思います。化物向きの性格じゃあないですよね」
自嘲気味に言うと、彼は私と目を合わせて微笑む。
「俺は、そんな名前さんが好きだよ」
「っ……! あ、ありがとう、ございます……」
目を合わせ、ストレートにそんな事を言われてしまったら恥ずかしくて仕方ない。私は思わず俯くと、赤木さんが問いかけてくる。
「名前さんは?」
「?」
「俺の事、どう思ってる?」
「どう、って……」
心臓の鼓動が高鳴る。頬に熱が集まって、彼に触れている手が震えた。それなのに、真っ直ぐ見つめてくる彼の瞳から目が離せない。
でも、私は化物で──彼の事は好きだけど、私なんかが彼の隣に立っていいものなのかと考えてしまう。
彼は普通に人と恋をして、愛を育んだ方が幸せになれるのではないか。そっちの方が、いいに決まってる。
黙っていると、赤木さんが私の手を繋いだ。指を絡めて、所謂恋人繋ぎになると、彼は言葉を紡いだ。
「俺、名前さんを一目見た時からずっと好きだよ」
「……えっ?えぇ?!」
唐突な爆弾発言に、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。
「一目惚れってやつ。アンタが吸血鬼だって知る前から好きだった」
でも、赤木さんは真剣そのもので話していく。
「ど、どうして……?」
私は呆然としながらも尋ねると、彼は少し照れくさそうに頬を掻きながら答える。
「他人と雰囲気が違った、アンタはきっと上手く取り繕ってたんだろうが……俺は何となく分かったんだ、名前さんは何処か違う人だってな。月並みな表現だが、そんな得体の知れない名前さんが、綺麗だと思ったんだ」
「っ──!」
恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。彼が私の事を好いているなんて、そんな素振りは全然無かったというか、同居、デート、などなどのあれらは赤木さんの好奇心から来るものと思っていたから、正直驚いている。
「なあ、名前さんは?」
表情は変わらないけれど、雰囲気で伝わってくる、彼の少し不安気で、応えてほしいという想い。
彼は、本当に私なんかを受け入れてくれるだろうか。少し怖いけれど、私は目を瞑り──変化を解いた。
爪と歯は獣のように鋭くなり、耳は尖っていく。開いた瞳は赤くなり、赤木さんを見据えた。──これが、本来の私の姿。
──醜い化物だ。
「私、本当はこんな姿なんですよ……?」
「うん、知ってる」
声が震える。それでも彼は何とでも無いように、悠々と答える。
「……何人もの人の血を吸って、殺した事だって」
「へえ、吸血鬼らしいじゃない」
告解をしても、彼の声色は変わらない。
「この姿になる前は、もっと醜い……ただの肉塊だったんですよ?」
目からは涙が溢れて、止まらなかった。こんな私を見ないでほしいという気持ちと、受け入れてほしいという、相反する気持ちがぶつかりあって、心の整理がつかない。思わず声を荒らげて彼に言い放った。
「見た目なんて関係ねぇな、俺はアンタの心に、中身に惚れたんだ。例えこの姿でも、人間の姿でも、肉塊でも、俺が名前さんを好きな気持ちは変わらねえよ」
一呼吸置いて、赤木さんは繋ぐ手の力を少し込めると、私の目を見て言う。
「好きだ、名前さん」
視界が涙で霞んでいく。それでも私も彼を見ていたくて、ポロポロと涙が頬を伝う。
何百年と生きてきて、一番欲しかった言葉を──彼はくれたのだ。
「……私も、赤木さんが好き。……大好き」
私は彼に抱きついて、思いの丈をぶつける。少し間を置いて彼の腕が私の背中に回ってきて、ぎゅっと力が込められる。
「……名前さん」
「?」
「キスしたい、していい?」
「ぁ……う、うん、いいですよ。人間の姿に戻るから……」
「そのままでいい」
彼はそう言うと私の頬を大きな掌で包んで、少し顔を上に向ける。彼の綺麗な白髪が揺れ、黒曜石のような黒い瞳が私を捉えた。
その刹那、彼が迫ってくる。私は目を閉じて、彼の優しくて甘いキスを受け入れる。
「ん……」
唇が離れる事に少し切なさを覚え、赤木さんを見ると少し困ったような表情をしていた。
「……赤木さん?」
「ごめん、もう一回」
「え、ちょっ、ッ〜〜!?」
短く告げると赤木さんは私の唇を塞いで、気が済むまで何度も、何度もキスをした。息が苦しくなって、私は咄嗟に変化して人間の姿に戻ると、赤木さんが首を傾げた。
「名前さん?」
その刹那、赤木さんの背後から鋭い天誅が下る。
「怪我人相手に盛るなーッ!この大馬鹿者がッ!!」
ガコッ!と赤木さんの頭を木製の杖が叩く。いてて、と赤木さんは後頭部を抑えると振り返り、鷲巣様を見た。
「何すんだよ鷲巣」
「それはこっちの台詞だわ!人の家で、しかも怪我人相手に何をしておる!?岡本!鈴木!アカギを別室に閉じ込めておけ!」
白い服を着た使用人の二人は赤木さんの体を拘束すると、ズルズルと引き摺って部屋から出ていく。引き摺られていく彼は、それはそれは不服そうな顔をしていた。
そして部屋には鷲巣様と私の二人きりになった。先程のキスはバッチリ見られていただろう。それよりも私の本来の姿が見られていないか気が気でない。
鷲巣様が部屋に入ってきた時に咄嗟に変化したし、私の姿は赤木さんでほぼ見えなくなっていたから大丈夫だと思いたい。
「す、すみません……大変お見苦しいものをお見せしました」
「あぁ〜……まあ良い。アイツの相手は大変じゃろう。色々苦労すると思うが……頑張れ」
「はい、あ、ありがとうございます」
取り敢えず私の姿は見られていなかったようだ。
「アイツは別室に閉じ込めておくから安心すると良い。怪我の方はどうかね?」
「痛みなどはもうありませんが、明日病院に行って診てもらいます」
「うむ、そうしなさい。何かあったらそこのベルを鳴らせばワシの部下がすぐに駆け付ける。今夜はここで休むんじゃな」
「本当にありがとうございます、鷲巣様」
そう感謝を述べると、鷲巣様はフンと鼻を鳴らして部屋を後にした。
鷲巣様にも赤木さんにも言ってないけれど、輸血してくれたお陰で後頭部の傷はもう完治している。
今日は本当に色んな事があった一日だった。赤木さんとデートして、半グレみたいな人達に捕まって、助けられて、ここに居る。
鷲巣様は赤木さんの相手は大変だろうと言っていたけれど、私からしたらそうでもない。
寧ろ、これからとっても楽しみなのだから。
部屋の明かりを消して、私は眠りにつく。明日から、良い一日が過ごせると夢想して目を閉じた。
翌日、私は鷲巣様と、血液を分けてくださった部下の方々にお礼を言うと、赤木さんと共に鷲巣邸を出た。
邸宅を歩いていても思った事だが、このお屋敷はとても広い、外に出てみて改めて思った。そして、そんな鷲巣様と赤木さんはどんな関係なのかも気になった。
「ありがとな、鷲巣。この仮は必ず返すよ」
「フンッ、その時を楽しみにしておるわ。ちゃんとユメ君を病院に連れてくんじゃぞ」
「ああ、分かった。じゃあな、鷲巣」
「鷲巣様、本当にありがとうございました。後日、改めてお礼させてください」
「礼などよい。ほれ、さっさと病院へ行け」
私は鷲巣様に深々と頭を下げると、赤木さんと共に歩いて近場のバス停まで向かった。
鷲巣邸から少し離れたところで、私は頭に巻かれた包帯を解いていく。
「もういいの?」
「はい、昨日完治しましたから」
「そっか」
解いた包帯を小さく巻いてバッグに入れて、ふと空を見る。朝の爽やかな空気が心地よくて、そよ風に髪が揺れた。
赤木さんが手を繋いできて、私は彼の大きな手を握り返す。
「名前さん」
「はい」
「次のデートは、何処に行こうか」
朝日に照らされた彼の喜びや嬉しさに満ちた表情が、まるで宗教画のように綺麗で──私は見入ってしまった。
ああ、彼のこういう不意に見せる表情に、私は本当に弱いみたい。
「次のデートは……」
私は行きたい場所を告げると、彼はいいねと言って小さく笑う。
次のデートの話に、これから朝ごはんはどうしようか、家に帰ったらまずはシャワーだね、なんて日常的な会話をして、私達は朝日の中を歩いた。
*
アパートの前で手鏡を見て、髪型は変じゃないか、化粧は崩れていないかをチェックしていると、1台の車がやってきた。
「名前さん、お待たせ」
「赤木さん!」
嬉しそうに手を振って車に駆け寄ると、彼も手を振り返す。私は車のドアを開けると助手席に座った。
「その服、着てくれたんだ」
「はい、次のデートで着ようと思ってましたから」
赤木さんがくれた白いクラシカルワンピースに、白いヒール。今日はこれを着てこれからデートへ行くのだ。
「うん、すげえ似合ってる。綺麗だ」
赤木さんはそう言うと私の頭を優しく抱き寄せ、髪にキスをする。
「……あ、ありがとうございます」
「それじゃ、行こうか」
「はい、運転お願いします」
車を発進させ、私達はデートへ行く。高速道路を走ること数十分、一般道に降りると私は窓を開けてその景色を見た。
「海…!」
車内に海風が入り込み、爽やかな磯の香りがする。海岸線を走り抜けて、駐車場に車を停めると、海水浴場に出た。
少し涼しい季節になってきた秋の始まりだからか、サーファーが数人と、私達のようにデートにきた人達がポツポツと居る。
「久しぶりに海に来ましたけど、やっぱり良いですね」
「ああ、悪くないな」
赤木さんも私も靴を脱ぎ、手を繋いでゆっくりと砂浜を歩く。二人の足跡が波にさらわれては跡をつける。
ぽつりぽつりと、最近の事や何でもない事を話しながら歩いていると、ふと私は彼にある事を伝えていないと思った。
歩いていると、少し向こうに東屋が見えた。
「赤木さん、あそこでちょっと座りませんか?」
「うん、いいよ」
私達は足に付いた砂を払って、靴を履くと東屋のベンチに座る。木造の東屋からは、木の香りがした。
「疲れた?」
「いえ、そういう訳じゃないんです。ただ、ちょっと落ち着いて伝えたい事があったので」
赤木さんは首を傾げて私を見る。
「あのね、赤木さん」
さざめく波の音、静かな空、綺麗な陽射しが私達を照らす。
「私、人間として生活して、恋をして、愛し合った事は何度もありました」
赤木さんのもう片方の手を、私は繋いだ。彼の体温が指先から伝わってきて、私は彼を見る。
「でもね、吸血鬼として恋をしたのは──赤木さんが初めてなんです」
彼の太陽に照らされた白い髪が、磯風に靡く。
「──だから、ありがとうございます。好きって言ってくれて。あの時、凄く嬉しかったんです」
風に吹かれる髪を耳に掛けて、私は彼を見て伝える。彼は目を細めて微笑むと、私の事を抱きしめた。
急に抱きしめられた私は驚きつつも、彼の体温に身を委ね、心が心地よく溶かされる。
「何度だって言うよ、名前さんが好きだ」
彼の低いハスキーな声が、耳元で響く。じんわりと胸の奥があたたかくなって、私も彼の背中に手を回した。
「俺が死ぬまで、名前さんにはそばにいてほしい」
「……なんだか、プロポーズみたい」
「そうだね。死がふたりを分かつまでってやつ」
素敵な口説き文句に、私は愛しさが溢れて、彼の頬にそっとキスをした。
唇を離すと、彼は目を見開いて私を見た。
「なら遠慮なく、赤木さんが生きている間はずっとそばにいさせてください。不束者の吸血鬼ですが……よろしくお願いします」
赤木さんは少し照れて、頬を赤くすると、よろしくと言って私の唇にキスをした。
死がふたりを分かつまで、彼と私は面白可笑しく、楽しく幸せに暮らしました。
悪魔と吸血鬼