悪魔と吸血鬼
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吸血鬼またはドラキュラ、またはヴァンパイア
古来より民話や伝説で語られる血を糧に生きる存在。多くの物語において死を超越した存在、生と死の狭間に生きる存在、凶悪な存在として描かれるだろう。
そして太陽の光を浴びると灰になって死んでしまうとか、ニンニクや十字架、銀に弱いとか、棺桶で眠りにつくとか、誰しも想像するだろう。
しかし、それは人間の作りだしたイメージに過ぎない。太陽の光の下で普通に歩くし、灰になりはしない。ニンニクも普通に食べるし、十字架や銀のアクセサリーだって身に着ける。
夜はふかふかのベッドで寝て安眠だ。
そう、とどのつまり吸血鬼たちは人間社会に溶け込んで生きているのだ。
普通に学校に行き、普通に就職し、結婚をする者もいれば存在を煙のように消し、隠居する者もいる。
人間よりも長い時間を生きる存在たちは自由気ままに生きているのだ。
そしてこの街の雀荘にも、そんな人間社会で生きる吸血鬼がいる。
「それでは本走入ります、よろしくお願いします」
そう言って椅子を引いて卓につき、洗牌を始める。ジャラジャラと牌の交ぜられる音が雀荘に響く。
「姉ちゃん新入りかい?よろしくな」
「女の子が雀荘で働くだなんて珍しいなぁ」
「あはは、どーもー」
愛想笑いを浮かべながら牌を積んでいく。しかし、上家、下家の男達などどうでもいい。
問題は対面に座る一人の青年──ここ最近雀荘にやってくるようになってきた白髪の彼だ。
「よろしく、店員さん」
「……よろしくお願いします」
彼の名は赤木しげる、というらしい。らしいと言うのはこの雀荘の仕事仲間がそう言っていた。何でも悪魔じみた麻雀をするそうで、うちの仕事仲間の雀士たちも彼に毟られるだけ毟られ、今月の給料が持っていかれたどころかマイナスだそうだ。
そんな可哀想な仕事仲間達に最後の砦として出されたのが私だ。普段は雑用係だが、卓につけばそこそこの成績を収めている。どうしてそこそこの成績を収めているのかというと──私は普通の人間には使えない能力があるからだ。
透視能力。
私は牌を透かせて見える。どうしてそんな芸当ができるかというと──私は吸血鬼だからだ。
ぐっと目に意識を集中させれば牌が見える見える。なるほど、上家はあの感じ萬子で一通狙いかな?下家は🀂と筒子の混一色。そして件の赤木しげるは──手配はバラバラ、リーチ平和ドラ1、裏ドラ狙いがいい所か。
私はというと七対子が狙える。運が良ければ三暗刻か。
対面にいる白髪の彼を見据える。
──でも、仲間には悪魔だの鬼だの言われてたけど、彼もこの雀荘のお客さんなのには変わりない。私は負けすぎず勝ちすぎず、いつも通り行こう。
彼、赤木しげると対局して思った事がある。彼はこの卓についている人間全ての手配を把握しようと打つ。かつヨミが正確なんてものではない。 彼とまともに打ったら負ける、私はそう確信し、体に負担が掛かるが常に透視をする事にした。
結果から言うと、私は何とか2位に食い付き給料がマイナスにならずに済んだ。ズルをしてたからだけど。
上家、下家の男たちは赤木しげるにけちょんけちょんにやられ、半荘1回戦の負け分を取り返す為に倍プッシュで2回戦に突入するも、更に負ける羽目に。
「クソっ!」
「覚えてろよ!」
男達は捨て台詞を吐いて金を置いていき、不機嫌な足音を立てて雀荘を出ていった。
「ふぅ……」
何とか勝った、と私は溜息を着く。すると、赤木しげるが席を立ち、私に迫ってきた。
「ねえ……今の、何?」
「は、はい……?」
件の青年が凄んでこちらを見つめてくる。
私は吸血鬼だけど人並みの価値観を持って生きて、人並みの心を持っている。自分より体格のいい男性に凄まれたら流石に怖い。お願いだから睨むのをやめて。
「さっきの対局、アンタ何かやってたか?」
「え、いや……何も……」
どうしてそんな事が分かるの?彼が私と同じ化物ならまだしも、人間のはず。今までたくさんの人間を見てきたけれど、私の能力に気がつく者なんていなかった。大丈夫、上手いこと切り抜けよう。
「ほ、本当に何もしてません……麻雀はやりますけどイカサマできるほどはやってないですし」
「………ふぅん、そう」
「あの、もうそろそ閉店時間ですのでいいですか?閉店準備しないとなので」
「ああ、悪いね」
意外とあっさり引いてくれて助かった。席を立ち閉店準備をするべく、仕事仲間達の元へ戻ろうとした時だった。
「ねえ、今晩ここで寝てってもいい?」
「あ、はい、良いですよ。そこのソファでどうぞ。後で毛布持ってきますね」
「ありがとう」
彼は一言礼を言うとソファに腰掛けた。私はバックヤードから毛布を持ってくると赤木しげるに渡して、店の締め作業に入る。
洗牌は先程使った卓だけで、後は机を隅に移動させて床の掃き掃除をするだけだ。他のスタッフはもう帰ってしまっていて、私と彼だけが雀荘にいる。
それにしても今日は透視能力を使い過ぎてしまったから正直気持ち悪い。能力を使いすぎてしまうと人間で言うところの貧血のような症状が出てしまうのだ。
早く帰って、嫌だけど血を補給しよう。今日は少し多めに、と思っていた時だった。
「……ぁ、っうぐ!うぅ……!」
──まずい、マズイ、マズイマズイ!!吸血衝動だ!よりにもよって人がいる時に!
手から箒が滑り落ち、カタンと音を立てる。次の瞬間、視界がぐらりと反転して身体や頭に痛みが走る。どうやら倒れたようだ。
吸血衝動に加え、血液不足で身体が思うように動かなくなっている。
思えば最近、血を飲んでいなかったな。だってしょうがないじゃん、吸血鬼だけと倫理観は人間のソレだし、血なんて本っ当に飲みたくない。第一、吸血鬼なんかに生まれたくなかったのに。
このまま血液不足で死んでもいいかな、なんて思っていた時だった。頭上から微かに声が聞こえる。
「…い、おいアンタ」
「うっ、うぐ……あ……」
「おいアンタ、耳が尖ってるぞ?大丈夫か?」
「…………あ〜」
あーあ、見られてしまった。人間に正体がバレてしまった。頭で色々考えられるけどダメだ、身体が動かない。
「……立てるか?」
彼の問いに対して、私は頭を横に振る。でもこのままではダメだ。どちらにせよ血を飲まないと私は動けないし、開店時間に他の人に見られたら余計に事態は悪化してしまう。
「……あ、の、お願いが……あります」
「なに?」
「血を、血をほんの少しでいいので……飲ませてください」
彼は倒れる私をじっと見つめると、バッグの中から小さなハサミを取り出して、掌に切り傷をつける。
彼の手から真っ赤な血液が溢れた途端、私の鼻腔をくすぐる。ああ、いい匂い。人間の血の匂いだ。
「これでいい?」
口元に伸ばされる彼の掌に、私はこくんと頷き必死に舌を這わせる。ああ、美味しい。身体に染み渡る。
人間の血なんて本当に久しぶりで、少しと言ったのに出血が少なくなってもなお私は傷口に吸い付いてしまった。
これ以上は良くないと思い、唇を離す。身体もすっかり軽くなり、吸血衝動も治まった。
そして正気に戻り、私は──酷く落ち込んだ。ああ、人の血を飲んでしまった。しかも正体までバレた。もう日本に居られない。
「あの、本当にありがとうございます、赤木さん。血を分けていただいて」
「………アンタ、何者?」
「その、それはお話できません」
赤木さんは少し考えると、ああ、と納得したように私を見る。
「アンタもしかして、吸血鬼ってやつ?」
「うっ……!まあ、はい、そうです」
こんなにあからさまに耳が尖り、瞳の色は変わり、牙が生えているのだ。誰が見たってそうだろう。
「へぇ、本当に耳が尖って目が赤いんだな、すげえ、牙もある」
興味深そうにじろじろと赤木さんは私を見る。普通に嫌なので人間の姿に戻る事にした。
「あ、人間になった」
「変化したんです。あんまり見ないでください……はあ、もうここにはいられない」
「どうして?」
赤木さんは首を傾げた。
「正体がバレたからですよ。吸血鬼がいたなんて誰かに言いふらされる前に私達は姿を消すんです」
「ふぅん。……じゃあ、言いふらさないって言ったら?」
「そ、そんなの信用できるワケないじゃないですか!」
「じゃあ、どうしたら信用してくれる?」
「どうしたらって……」
私は少し考える。この際だ、無茶苦茶な事を言ってやろうと思い私はニヤリと笑う。
「じゃ、じゃあウチの仕事仲間から毟ったお給料全額返していただきましょうか。そしたら信用してあげてもいいですよ?」
人間はいつの時代もお金に目が眩む生き物だ。お金は手放したくないだろうし、この条件は飲まないだろう。
「分かった、いいよ」
「え?」
「はいこれ、ここで毟った金全部入ってる。それから詫びも兼ねてこの金全部やる」
そう言って彼はボストンバッグをひっくり返し、床に大金をぶちまけた。
「へっ?」
あまりの情報量に私はただただ唖然としてしまう。
「い、いやいやいや!少しは躊躇いとか葛藤とかないんですかー!?」
「ねえな、金なんてどうだっていいし」
「え、えぇー!?あんだけ好き放題毟っておいて!?」
「金よりアンタの事が知りたい。アンタ面白そうだし、一緒に居て退屈しなさそうだ。ねえ、名前は?」
先程私に対して凄んできた青年とは思えないほど、赤木さんは少し楽しそうに笑っていた。麻雀をしているギラついた彼しか見た事がなかったから、なんだかそれが新鮮なのと、彼も年相応に笑うのだと思った。
それに、何の躊躇いもなくお金を返す意志と誠意を見せてきた彼を何だか無碍にする事ができなくて、私は彼に名前を教えた。
「……名前」
「名前……いや、俺より年上だろうから名前さんか?」
「何でもいいですけど……あの、本当にお金いいんですか?」
「うん、どうせ泡銭だしね」
「な、なんかごめんなさい。自分で言っておいてアレだけどお金は結構です。赤木さんが勝って獲たお金だし、それだけの誠意を見せてくれれば十分ですよ」
チラリと私は彼を見る。
「本当に、誰にも言わないって約束してくれますか?」
「言わないさ。そんなに信用できねえならもっと金作ろうか?」
「いえ結構です!!信用します!信用しますから!」
どうして化物の私が人間の男の人一人に負けてるんだろう。なんだか自分が情けなくなってきた。
「はぁ〜、なんか疲れた……」
「……座る?」
赤木さんがソファを指さす。私は無言で頷くとソファに座る。彼も隣に座ってきた。
「名前さんってどれくらい生きてるの?」
「えーっと、700年くらいかな。もう端数はいちいち数えてないです」
「フーン」
「……あの、何ですか?」
こちらをじっと見つめてくる赤木さんがなんだか怖くて警戒してしまう。
「いや、やっぱり面白いなって思ってね」
「はぁ……」
ふと時計を見ると、もう夜の1時を過ぎた頃だ。そろそろ帰ろうと思いソファから立ち上がる。
「私、もう帰りますね」
「こんな時間に帰るの?」
「はい、まあ……」
すると、赤木さんも立ち上がり私の隣に歩み寄ってきた。
「遅いし送るよ」
「え?いや、大丈夫です」
「夜道に女の子一人なんて危ないでしょ、送る」
「いや、私吸血鬼ですしだいじょ──」
「送る」
「………はい」
彼のこれでもかと引かない姿勢と威圧感に押されてしまい、結局送られる事になった。
無言で帰路を歩く私と赤木さん。この人は本当に何なんだろうと思い、恐る恐る彼を見る。
人を寄せつけないオーラもだけど、この人は悪魔みたいに麻雀が強い。というか本当は悪魔なのでは?と私は思い始めている。
「何?」
「いえ、別になにも……」
「名前さん、今日みたいに血を吸いたくて倒れる事ってよくあるの?」
赤木さんが質問してくる。私は頭を横に振って答えた。
「いいえ、今日は吸血鬼の力を使い過ぎてしまったので……血が足りなくなって吸血衝動と体調不良が重なったって感じです」
「力?」
私は頷く。
「はい、今日赤木さんとの麻雀中、ずっと透視能力を使って皆さんの牌を見てました。まあ、ズルですね」
「なるほど、だからあんな打ち方してたのか」
「はい、赤木さんに凄まれた時はビックリしましたよ、正体がバレたんじゃないかって。……でも吸血鬼の能力を使うのにもデメリットがあって、体内の血液を力に変換しているので血が足りなくなって、欲しくなるんです」
「人間でいうところの体動かしたから腹が減るみたいなもんか」
「そうですね」
赤木さんはなるほど、と言うと私を見た。
「また倒れられても困るし、アンタいなくなるの嫌だから定期的に俺の血吸っていいよ」
「いえ、結構です!」
私はきっぱりと断る。すると赤木さんは少しムスッとした顔でなんでさ、と尋ねてきた。
「私、吸血鬼ですけど倫理観はマトモなんです。血はなるべく飲みたくありませんよ」
「でも飲まなきゃ生きてけないでしょ?」
「まあそうなんですけど……」
「普段どうしてるの?」
「秘密、です」
これはなるべく教えたくなくて、私は秘密にした。話しながら歩くと、私の住んでいるアパートが見えてきた。
「あ、ここまでで大丈夫です。ありがとうございます。雀荘戻ったら施錠して、電気消して寝てくださいね」
「うん。…… 名前さん次いつ出勤なの?」
「明日ですよ、また夜のシフトに居ますけど」
「そう、じゃあまた来るね」
「は、はぁ」
おやすみ、と彼は言うと踵を返して去っていく。
「おやすみなさい、赤木さん」
そう言うと彼は振り向き、少しだけ笑うとまた歩を進めた。
彼の背中を見送ると、私はアパートの自室に入った。
その日以降、赤木さんは雀荘に来ては私にやたら絡むようになった。
「名前さん、遊びに来たよ」
「私とじゃなくてあちらの卓で他の人と遊んでください。私ただのバイトなので」
「クク、つれないなあ」
私が出勤している日には必ず赤木さんは来る。でも、秘密を共有しているから私も彼が正体を言いふらしていないか監視できるし良しとしていた。
ただ、仕事仲間からはあの赤木とどうやって仲良く…?と不思議な目で見られている。
今日の営業も終わり、店の締め作業をしているとまだ赤木さんは店内に残ってきた。もしかして今日もここに泊まる予定なのだろうか。
「赤木さん、今日もここで寝るんですか?」
「うん、ダメ?」
「ダメじゃないですけど……たまには家に帰ってちゃんと布団で寝ないと体壊しますよ?」
「俺、住所ないんだよね」
そう言って彼はタバコを吸い始めた。
「え、えぇ……吸血鬼の私でも住所あるのに」
「逆に吸血鬼に住所あるんだ」
「私は人間社会でやってくタイプですから、そりゃないと不便ですし」
でも、こんなに若くして住所不定で博打だけで生きているなんて、もしかしたら赤木さんには何か事情があるのかもしれないと思った。それこそ人には言えないような──。
そう思ったら何だか情が湧いてしまったし、放っておけなくなったのだ。
「あの、赤木さん、良かったらうち来ます?」
「……え?」
「体壊したら事ですし、人間って脆いじゃないですか。病気や怪我ですぐ死んじゃいますし、やっぱり寝るくらいはちゃんとしましょうよ」
「今名前さんからすげえ吸血鬼っぽい発言が出たな」
「まあ、事実じゃないですか。で、赤木さん。来るんですか?来ないんですか?」
「行く」
少し食い気気味に返事をした彼はボストンバッグを持つと共に雀荘を出た。
帰り道、赤木さんの最近した代打ちの話だったり、博打の話を聞いて、やっぱり人間の営みは面白いなあと思う。
アパートの前に到着し、鍵をかける前にそうだ、と思い出した。彼に一つ、警告しなければならない事がある。
「赤木さん、一つ警告しておくんですけど」
「?」
「あの、ヘンな事はしないでくださいね。その場合命の保証はできませんから」
「……ヘンな事って?」
「えっ、あ、だから、ソノ〜、ヘンな事はヘンな事……です」
分からない事はないと思うのだが──でも彼はまだ19歳そこそこで、もしかしたらそういう事に興味が無く生きてきた可能性もある。ここで教えてあげるのが親切なのか、黙っていた方がいいのか。
何だか私が自意識過剰みたいでちょっと恥ずかしくなってきた。
「いや、何でもないです……あはは」
ガチャリ、と鍵の開く音がする。鉄で出来た重い扉がギィ…と短い音を立てて開く。
「どうぞ」
「お邪魔します。ああ、変なことはしないから安心しな」
「っ!?も、もう!からかいましたね!?」
「ハハハ」
赤木さんは私の反応を楽しむため、ちょいちょいこういう事をしてくる。
「私が本気出したら赤木さんなんてデコピン1発で首が飛ぶんですからね!?」
「あらら、そりゃ怖いな」
微塵も怖いなんて思っていない態度で赤木さんは薄く笑う。
私は吸血鬼で、仮にも上位種だと言うのに何故か赤木さんに振り回されてしまう。まあ、私の性格的に吸血鬼らしくないというのもあるのかもしれないけれど。
「適当に寛いでいてください、何も無いところですけど」
「お邪魔します」
アカギさんは部屋に入ると少し私の部屋を見渡してから言う。
「何も無いね」
「まあ、何かあったらすぐ出ていけるように最低限の物しか持ってませんから」
そう答えると、彼はふぅんと一言だけ。
「窓開けてタバコ吸ってていいのでそこにいてください、私はちょっとやる事があるので」
私は冷蔵庫から血液の入った小瓶を取り出し、台所へと向かう。この血液を飲む時間は苦痛でならない。はぁ、とため息をつきつつもこれを飲まなければ活動ができないのだ。瓶の栓を抜き、覚悟を決めてぐっと飲み干した。
「……はぁ」
「へえ、そうやって飲んでるんだ」
いつの間にか背後にいた赤木さんに驚き、私は勢いよく振り返る。
「うわっ!?ちょ、待っててって言ったのに!見てたんですか!?」
「うん」
「っ──!もぉおお〜!赤木さんのバカ!」
「別にアンタにとっては普通の事なんだからそんなに怒ることねえだろ」
「見られたくなかったんです!こんな、こんな、気味悪いところ……」
赤木さんの言う通り、私にとって血を飲む事は普通のことで、当たり前の事。人間が食事をするのと一緒だ。──だけど、それでもやっぱり人には見られたくない。
客観的に見て不気味で、気味が悪いし、何より私だって血を飲む事は嫌だ。
「名前さんって、吸血鬼なのに人間みたいだね」
勝手に人の血を飲む様を見ておいて、そんな事を言うものだから私も言い返す。
「赤木さんこそ、人間なのに悪魔みたいですよ」
何が面白かったのか、赤木さんは満足そうに笑うとタバコを吸い始める。ハイライトの煙の匂いが部屋に充満する前に、私は台所の換気扇をつけた。
「はぁ、まあとにかく、寝るんだったら赤木さんはそこの布団で寝てくださいね」
「いや、あれ名前さんの布団だろ?」
「そうですけど、私は別に寝なくても大丈夫ですし、床でいいんで」
「アンタだけ床で寝かすなんて悪いし、一緒に寝ようぜ」
まるでそれが当たり前かのように赤木さんが言うので、私もそうですね〜と言いそうになってしまった。寸手のところでこの人は何を言っているんだと思い、声を上げる。
「は、はいぃー!?」
「ほら、もう眠いから寝ようぜ」
そう言って赤木さんは私の手首を掴むとズルズルと居間まで強引に連れて来られた。そして布団に入れられると、彼も無遠慮に布団に入ってきて、まるで抱き枕にでもなったかのように赤木さんの腕と足で体を抱きしめ──いや、拘束された。なにこれ本当に。
「あの〜、なんですかこれ」
「ちょうどサイズがいいから」
「今から変化して大きくなろうかな」
「やめて、もう眠いから……このままで。おやすみ……」
「嘘ですよね?寝るんですか?」
私がそう声をかけるも、赤木さんはクークーと寝息を立てて眠ってしまっていた。
有り得ない、嘘でしょ…と思いつつ、でもずっと雀荘で寝泊まりしている彼をここで起こすのも気が引けて、今晩だけ彼の抱き枕になる事にした。
当たり前だけど、赤木さんは生きている人間だから温かい。これが人の体温──心地よくて、何だか安心する。私もこの心地良さに身を任せて眠ろうと瞼を閉じた。
翌朝、赤木さんにここにしばらく住まわせてくれと言われ、私は普通に嫌なので麻雀勝負に出たが吸血鬼の力を使ってもなお勝負に負け、泣く泣く承諾するのはまた別のお話。
古来より民話や伝説で語られる血を糧に生きる存在。多くの物語において死を超越した存在、生と死の狭間に生きる存在、凶悪な存在として描かれるだろう。
そして太陽の光を浴びると灰になって死んでしまうとか、ニンニクや十字架、銀に弱いとか、棺桶で眠りにつくとか、誰しも想像するだろう。
しかし、それは人間の作りだしたイメージに過ぎない。太陽の光の下で普通に歩くし、灰になりはしない。ニンニクも普通に食べるし、十字架や銀のアクセサリーだって身に着ける。
夜はふかふかのベッドで寝て安眠だ。
そう、とどのつまり吸血鬼たちは人間社会に溶け込んで生きているのだ。
普通に学校に行き、普通に就職し、結婚をする者もいれば存在を煙のように消し、隠居する者もいる。
人間よりも長い時間を生きる存在たちは自由気ままに生きているのだ。
そしてこの街の雀荘にも、そんな人間社会で生きる吸血鬼がいる。
「それでは本走入ります、よろしくお願いします」
そう言って椅子を引いて卓につき、洗牌を始める。ジャラジャラと牌の交ぜられる音が雀荘に響く。
「姉ちゃん新入りかい?よろしくな」
「女の子が雀荘で働くだなんて珍しいなぁ」
「あはは、どーもー」
愛想笑いを浮かべながら牌を積んでいく。しかし、上家、下家の男達などどうでもいい。
問題は対面に座る一人の青年──ここ最近雀荘にやってくるようになってきた白髪の彼だ。
「よろしく、店員さん」
「……よろしくお願いします」
彼の名は赤木しげる、というらしい。らしいと言うのはこの雀荘の仕事仲間がそう言っていた。何でも悪魔じみた麻雀をするそうで、うちの仕事仲間の雀士たちも彼に毟られるだけ毟られ、今月の給料が持っていかれたどころかマイナスだそうだ。
そんな可哀想な仕事仲間達に最後の砦として出されたのが私だ。普段は雑用係だが、卓につけばそこそこの成績を収めている。どうしてそこそこの成績を収めているのかというと──私は普通の人間には使えない能力があるからだ。
透視能力。
私は牌を透かせて見える。どうしてそんな芸当ができるかというと──私は吸血鬼だからだ。
ぐっと目に意識を集中させれば牌が見える見える。なるほど、上家はあの感じ萬子で一通狙いかな?下家は🀂と筒子の混一色。そして件の赤木しげるは──手配はバラバラ、リーチ平和ドラ1、裏ドラ狙いがいい所か。
私はというと七対子が狙える。運が良ければ三暗刻か。
対面にいる白髪の彼を見据える。
──でも、仲間には悪魔だの鬼だの言われてたけど、彼もこの雀荘のお客さんなのには変わりない。私は負けすぎず勝ちすぎず、いつも通り行こう。
彼、赤木しげると対局して思った事がある。彼はこの卓についている人間全ての手配を把握しようと打つ。かつヨミが正確なんてものではない。 彼とまともに打ったら負ける、私はそう確信し、体に負担が掛かるが常に透視をする事にした。
結果から言うと、私は何とか2位に食い付き給料がマイナスにならずに済んだ。ズルをしてたからだけど。
上家、下家の男たちは赤木しげるにけちょんけちょんにやられ、半荘1回戦の負け分を取り返す為に倍プッシュで2回戦に突入するも、更に負ける羽目に。
「クソっ!」
「覚えてろよ!」
男達は捨て台詞を吐いて金を置いていき、不機嫌な足音を立てて雀荘を出ていった。
「ふぅ……」
何とか勝った、と私は溜息を着く。すると、赤木しげるが席を立ち、私に迫ってきた。
「ねえ……今の、何?」
「は、はい……?」
件の青年が凄んでこちらを見つめてくる。
私は吸血鬼だけど人並みの価値観を持って生きて、人並みの心を持っている。自分より体格のいい男性に凄まれたら流石に怖い。お願いだから睨むのをやめて。
「さっきの対局、アンタ何かやってたか?」
「え、いや……何も……」
どうしてそんな事が分かるの?彼が私と同じ化物ならまだしも、人間のはず。今までたくさんの人間を見てきたけれど、私の能力に気がつく者なんていなかった。大丈夫、上手いこと切り抜けよう。
「ほ、本当に何もしてません……麻雀はやりますけどイカサマできるほどはやってないですし」
「………ふぅん、そう」
「あの、もうそろそ閉店時間ですのでいいですか?閉店準備しないとなので」
「ああ、悪いね」
意外とあっさり引いてくれて助かった。席を立ち閉店準備をするべく、仕事仲間達の元へ戻ろうとした時だった。
「ねえ、今晩ここで寝てってもいい?」
「あ、はい、良いですよ。そこのソファでどうぞ。後で毛布持ってきますね」
「ありがとう」
彼は一言礼を言うとソファに腰掛けた。私はバックヤードから毛布を持ってくると赤木しげるに渡して、店の締め作業に入る。
洗牌は先程使った卓だけで、後は机を隅に移動させて床の掃き掃除をするだけだ。他のスタッフはもう帰ってしまっていて、私と彼だけが雀荘にいる。
それにしても今日は透視能力を使い過ぎてしまったから正直気持ち悪い。能力を使いすぎてしまうと人間で言うところの貧血のような症状が出てしまうのだ。
早く帰って、嫌だけど血を補給しよう。今日は少し多めに、と思っていた時だった。
「……ぁ、っうぐ!うぅ……!」
──まずい、マズイ、マズイマズイ!!吸血衝動だ!よりにもよって人がいる時に!
手から箒が滑り落ち、カタンと音を立てる。次の瞬間、視界がぐらりと反転して身体や頭に痛みが走る。どうやら倒れたようだ。
吸血衝動に加え、血液不足で身体が思うように動かなくなっている。
思えば最近、血を飲んでいなかったな。だってしょうがないじゃん、吸血鬼だけと倫理観は人間のソレだし、血なんて本っ当に飲みたくない。第一、吸血鬼なんかに生まれたくなかったのに。
このまま血液不足で死んでもいいかな、なんて思っていた時だった。頭上から微かに声が聞こえる。
「…い、おいアンタ」
「うっ、うぐ……あ……」
「おいアンタ、耳が尖ってるぞ?大丈夫か?」
「…………あ〜」
あーあ、見られてしまった。人間に正体がバレてしまった。頭で色々考えられるけどダメだ、身体が動かない。
「……立てるか?」
彼の問いに対して、私は頭を横に振る。でもこのままではダメだ。どちらにせよ血を飲まないと私は動けないし、開店時間に他の人に見られたら余計に事態は悪化してしまう。
「……あ、の、お願いが……あります」
「なに?」
「血を、血をほんの少しでいいので……飲ませてください」
彼は倒れる私をじっと見つめると、バッグの中から小さなハサミを取り出して、掌に切り傷をつける。
彼の手から真っ赤な血液が溢れた途端、私の鼻腔をくすぐる。ああ、いい匂い。人間の血の匂いだ。
「これでいい?」
口元に伸ばされる彼の掌に、私はこくんと頷き必死に舌を這わせる。ああ、美味しい。身体に染み渡る。
人間の血なんて本当に久しぶりで、少しと言ったのに出血が少なくなってもなお私は傷口に吸い付いてしまった。
これ以上は良くないと思い、唇を離す。身体もすっかり軽くなり、吸血衝動も治まった。
そして正気に戻り、私は──酷く落ち込んだ。ああ、人の血を飲んでしまった。しかも正体までバレた。もう日本に居られない。
「あの、本当にありがとうございます、赤木さん。血を分けていただいて」
「………アンタ、何者?」
「その、それはお話できません」
赤木さんは少し考えると、ああ、と納得したように私を見る。
「アンタもしかして、吸血鬼ってやつ?」
「うっ……!まあ、はい、そうです」
こんなにあからさまに耳が尖り、瞳の色は変わり、牙が生えているのだ。誰が見たってそうだろう。
「へぇ、本当に耳が尖って目が赤いんだな、すげえ、牙もある」
興味深そうにじろじろと赤木さんは私を見る。普通に嫌なので人間の姿に戻る事にした。
「あ、人間になった」
「変化したんです。あんまり見ないでください……はあ、もうここにはいられない」
「どうして?」
赤木さんは首を傾げた。
「正体がバレたからですよ。吸血鬼がいたなんて誰かに言いふらされる前に私達は姿を消すんです」
「ふぅん。……じゃあ、言いふらさないって言ったら?」
「そ、そんなの信用できるワケないじゃないですか!」
「じゃあ、どうしたら信用してくれる?」
「どうしたらって……」
私は少し考える。この際だ、無茶苦茶な事を言ってやろうと思い私はニヤリと笑う。
「じゃ、じゃあウチの仕事仲間から毟ったお給料全額返していただきましょうか。そしたら信用してあげてもいいですよ?」
人間はいつの時代もお金に目が眩む生き物だ。お金は手放したくないだろうし、この条件は飲まないだろう。
「分かった、いいよ」
「え?」
「はいこれ、ここで毟った金全部入ってる。それから詫びも兼ねてこの金全部やる」
そう言って彼はボストンバッグをひっくり返し、床に大金をぶちまけた。
「へっ?」
あまりの情報量に私はただただ唖然としてしまう。
「い、いやいやいや!少しは躊躇いとか葛藤とかないんですかー!?」
「ねえな、金なんてどうだっていいし」
「え、えぇー!?あんだけ好き放題毟っておいて!?」
「金よりアンタの事が知りたい。アンタ面白そうだし、一緒に居て退屈しなさそうだ。ねえ、名前は?」
先程私に対して凄んできた青年とは思えないほど、赤木さんは少し楽しそうに笑っていた。麻雀をしているギラついた彼しか見た事がなかったから、なんだかそれが新鮮なのと、彼も年相応に笑うのだと思った。
それに、何の躊躇いもなくお金を返す意志と誠意を見せてきた彼を何だか無碍にする事ができなくて、私は彼に名前を教えた。
「……名前」
「名前……いや、俺より年上だろうから名前さんか?」
「何でもいいですけど……あの、本当にお金いいんですか?」
「うん、どうせ泡銭だしね」
「な、なんかごめんなさい。自分で言っておいてアレだけどお金は結構です。赤木さんが勝って獲たお金だし、それだけの誠意を見せてくれれば十分ですよ」
チラリと私は彼を見る。
「本当に、誰にも言わないって約束してくれますか?」
「言わないさ。そんなに信用できねえならもっと金作ろうか?」
「いえ結構です!!信用します!信用しますから!」
どうして化物の私が人間の男の人一人に負けてるんだろう。なんだか自分が情けなくなってきた。
「はぁ〜、なんか疲れた……」
「……座る?」
赤木さんがソファを指さす。私は無言で頷くとソファに座る。彼も隣に座ってきた。
「名前さんってどれくらい生きてるの?」
「えーっと、700年くらいかな。もう端数はいちいち数えてないです」
「フーン」
「……あの、何ですか?」
こちらをじっと見つめてくる赤木さんがなんだか怖くて警戒してしまう。
「いや、やっぱり面白いなって思ってね」
「はぁ……」
ふと時計を見ると、もう夜の1時を過ぎた頃だ。そろそろ帰ろうと思いソファから立ち上がる。
「私、もう帰りますね」
「こんな時間に帰るの?」
「はい、まあ……」
すると、赤木さんも立ち上がり私の隣に歩み寄ってきた。
「遅いし送るよ」
「え?いや、大丈夫です」
「夜道に女の子一人なんて危ないでしょ、送る」
「いや、私吸血鬼ですしだいじょ──」
「送る」
「………はい」
彼のこれでもかと引かない姿勢と威圧感に押されてしまい、結局送られる事になった。
無言で帰路を歩く私と赤木さん。この人は本当に何なんだろうと思い、恐る恐る彼を見る。
人を寄せつけないオーラもだけど、この人は悪魔みたいに麻雀が強い。というか本当は悪魔なのでは?と私は思い始めている。
「何?」
「いえ、別になにも……」
「名前さん、今日みたいに血を吸いたくて倒れる事ってよくあるの?」
赤木さんが質問してくる。私は頭を横に振って答えた。
「いいえ、今日は吸血鬼の力を使い過ぎてしまったので……血が足りなくなって吸血衝動と体調不良が重なったって感じです」
「力?」
私は頷く。
「はい、今日赤木さんとの麻雀中、ずっと透視能力を使って皆さんの牌を見てました。まあ、ズルですね」
「なるほど、だからあんな打ち方してたのか」
「はい、赤木さんに凄まれた時はビックリしましたよ、正体がバレたんじゃないかって。……でも吸血鬼の能力を使うのにもデメリットがあって、体内の血液を力に変換しているので血が足りなくなって、欲しくなるんです」
「人間でいうところの体動かしたから腹が減るみたいなもんか」
「そうですね」
赤木さんはなるほど、と言うと私を見た。
「また倒れられても困るし、アンタいなくなるの嫌だから定期的に俺の血吸っていいよ」
「いえ、結構です!」
私はきっぱりと断る。すると赤木さんは少しムスッとした顔でなんでさ、と尋ねてきた。
「私、吸血鬼ですけど倫理観はマトモなんです。血はなるべく飲みたくありませんよ」
「でも飲まなきゃ生きてけないでしょ?」
「まあそうなんですけど……」
「普段どうしてるの?」
「秘密、です」
これはなるべく教えたくなくて、私は秘密にした。話しながら歩くと、私の住んでいるアパートが見えてきた。
「あ、ここまでで大丈夫です。ありがとうございます。雀荘戻ったら施錠して、電気消して寝てくださいね」
「うん。…… 名前さん次いつ出勤なの?」
「明日ですよ、また夜のシフトに居ますけど」
「そう、じゃあまた来るね」
「は、はぁ」
おやすみ、と彼は言うと踵を返して去っていく。
「おやすみなさい、赤木さん」
そう言うと彼は振り向き、少しだけ笑うとまた歩を進めた。
彼の背中を見送ると、私はアパートの自室に入った。
その日以降、赤木さんは雀荘に来ては私にやたら絡むようになった。
「名前さん、遊びに来たよ」
「私とじゃなくてあちらの卓で他の人と遊んでください。私ただのバイトなので」
「クク、つれないなあ」
私が出勤している日には必ず赤木さんは来る。でも、秘密を共有しているから私も彼が正体を言いふらしていないか監視できるし良しとしていた。
ただ、仕事仲間からはあの赤木とどうやって仲良く…?と不思議な目で見られている。
今日の営業も終わり、店の締め作業をしているとまだ赤木さんは店内に残ってきた。もしかして今日もここに泊まる予定なのだろうか。
「赤木さん、今日もここで寝るんですか?」
「うん、ダメ?」
「ダメじゃないですけど……たまには家に帰ってちゃんと布団で寝ないと体壊しますよ?」
「俺、住所ないんだよね」
そう言って彼はタバコを吸い始めた。
「え、えぇ……吸血鬼の私でも住所あるのに」
「逆に吸血鬼に住所あるんだ」
「私は人間社会でやってくタイプですから、そりゃないと不便ですし」
でも、こんなに若くして住所不定で博打だけで生きているなんて、もしかしたら赤木さんには何か事情があるのかもしれないと思った。それこそ人には言えないような──。
そう思ったら何だか情が湧いてしまったし、放っておけなくなったのだ。
「あの、赤木さん、良かったらうち来ます?」
「……え?」
「体壊したら事ですし、人間って脆いじゃないですか。病気や怪我ですぐ死んじゃいますし、やっぱり寝るくらいはちゃんとしましょうよ」
「今名前さんからすげえ吸血鬼っぽい発言が出たな」
「まあ、事実じゃないですか。で、赤木さん。来るんですか?来ないんですか?」
「行く」
少し食い気気味に返事をした彼はボストンバッグを持つと共に雀荘を出た。
帰り道、赤木さんの最近した代打ちの話だったり、博打の話を聞いて、やっぱり人間の営みは面白いなあと思う。
アパートの前に到着し、鍵をかける前にそうだ、と思い出した。彼に一つ、警告しなければならない事がある。
「赤木さん、一つ警告しておくんですけど」
「?」
「あの、ヘンな事はしないでくださいね。その場合命の保証はできませんから」
「……ヘンな事って?」
「えっ、あ、だから、ソノ〜、ヘンな事はヘンな事……です」
分からない事はないと思うのだが──でも彼はまだ19歳そこそこで、もしかしたらそういう事に興味が無く生きてきた可能性もある。ここで教えてあげるのが親切なのか、黙っていた方がいいのか。
何だか私が自意識過剰みたいでちょっと恥ずかしくなってきた。
「いや、何でもないです……あはは」
ガチャリ、と鍵の開く音がする。鉄で出来た重い扉がギィ…と短い音を立てて開く。
「どうぞ」
「お邪魔します。ああ、変なことはしないから安心しな」
「っ!?も、もう!からかいましたね!?」
「ハハハ」
赤木さんは私の反応を楽しむため、ちょいちょいこういう事をしてくる。
「私が本気出したら赤木さんなんてデコピン1発で首が飛ぶんですからね!?」
「あらら、そりゃ怖いな」
微塵も怖いなんて思っていない態度で赤木さんは薄く笑う。
私は吸血鬼で、仮にも上位種だと言うのに何故か赤木さんに振り回されてしまう。まあ、私の性格的に吸血鬼らしくないというのもあるのかもしれないけれど。
「適当に寛いでいてください、何も無いところですけど」
「お邪魔します」
アカギさんは部屋に入ると少し私の部屋を見渡してから言う。
「何も無いね」
「まあ、何かあったらすぐ出ていけるように最低限の物しか持ってませんから」
そう答えると、彼はふぅんと一言だけ。
「窓開けてタバコ吸ってていいのでそこにいてください、私はちょっとやる事があるので」
私は冷蔵庫から血液の入った小瓶を取り出し、台所へと向かう。この血液を飲む時間は苦痛でならない。はぁ、とため息をつきつつもこれを飲まなければ活動ができないのだ。瓶の栓を抜き、覚悟を決めてぐっと飲み干した。
「……はぁ」
「へえ、そうやって飲んでるんだ」
いつの間にか背後にいた赤木さんに驚き、私は勢いよく振り返る。
「うわっ!?ちょ、待っててって言ったのに!見てたんですか!?」
「うん」
「っ──!もぉおお〜!赤木さんのバカ!」
「別にアンタにとっては普通の事なんだからそんなに怒ることねえだろ」
「見られたくなかったんです!こんな、こんな、気味悪いところ……」
赤木さんの言う通り、私にとって血を飲む事は普通のことで、当たり前の事。人間が食事をするのと一緒だ。──だけど、それでもやっぱり人には見られたくない。
客観的に見て不気味で、気味が悪いし、何より私だって血を飲む事は嫌だ。
「名前さんって、吸血鬼なのに人間みたいだね」
勝手に人の血を飲む様を見ておいて、そんな事を言うものだから私も言い返す。
「赤木さんこそ、人間なのに悪魔みたいですよ」
何が面白かったのか、赤木さんは満足そうに笑うとタバコを吸い始める。ハイライトの煙の匂いが部屋に充満する前に、私は台所の換気扇をつけた。
「はぁ、まあとにかく、寝るんだったら赤木さんはそこの布団で寝てくださいね」
「いや、あれ名前さんの布団だろ?」
「そうですけど、私は別に寝なくても大丈夫ですし、床でいいんで」
「アンタだけ床で寝かすなんて悪いし、一緒に寝ようぜ」
まるでそれが当たり前かのように赤木さんが言うので、私もそうですね〜と言いそうになってしまった。寸手のところでこの人は何を言っているんだと思い、声を上げる。
「は、はいぃー!?」
「ほら、もう眠いから寝ようぜ」
そう言って赤木さんは私の手首を掴むとズルズルと居間まで強引に連れて来られた。そして布団に入れられると、彼も無遠慮に布団に入ってきて、まるで抱き枕にでもなったかのように赤木さんの腕と足で体を抱きしめ──いや、拘束された。なにこれ本当に。
「あの〜、なんですかこれ」
「ちょうどサイズがいいから」
「今から変化して大きくなろうかな」
「やめて、もう眠いから……このままで。おやすみ……」
「嘘ですよね?寝るんですか?」
私がそう声をかけるも、赤木さんはクークーと寝息を立てて眠ってしまっていた。
有り得ない、嘘でしょ…と思いつつ、でもずっと雀荘で寝泊まりしている彼をここで起こすのも気が引けて、今晩だけ彼の抱き枕になる事にした。
当たり前だけど、赤木さんは生きている人間だから温かい。これが人の体温──心地よくて、何だか安心する。私もこの心地良さに身を任せて眠ろうと瞼を閉じた。
翌朝、赤木さんにここにしばらく住まわせてくれと言われ、私は普通に嫌なので麻雀勝負に出たが吸血鬼の力を使ってもなお勝負に負け、泣く泣く承諾するのはまた別のお話。
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