月の神は青き星の夢を見るか
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20██年 ⬛︎月⬛︎日 ⬛︎⬛︎時⬛︎⬛︎分⬛︎⬛︎秒
月面探査 1日目
『月面探査員名前、応答せよ』
ややノイズ混じりの通信がコックピットに響く。
「こちら名前、あと30分で月面に着陸する。現在システムオールクリーン、問題はない」
『了解した、何か問題があれば直ぐに報告を頼む』
「了解」
淡々とした通信が切れると、私は着陸に向けての準備を進める。スイッチを切り替え、エンジン出力を徐々に下げていく。
最後に酸素量に問題が無いかをチェックして、操縦桿を握る。
真っ暗で、何処までも静かな空間に浮かぶ白い大地。
──見えてきた、月だ。
操縦桿を握る手に無意識に力が入る。ゆっくりと操縦桿を引いていき、宇宙船を月面に着陸させるべく出力を徐々に徐々に落としていく。
モニターに映し出される月面までの距離がどんどんと縮まる。アシスタントAIのサポート音声が無機質に指示を出す。指示通りに、冷静にスイッチを切っていく。
そして遂に、宇宙船は白い大地に降り立った。
「こちら名前、月面着陸は成功だ。これから月の探査を行う」
『了解!よくやったぞ名前!引き続き調査を頼んだ!』
「了解」
通信越しのオペレーター室からは歓喜の声が上がっているのが聞こえた。今頃、この事が地球では多少なりニュースになるのかもしれないな、なんて考えながら私は宇宙服に着替えた。
そして外に出ると何処までも静かで、暗くて、少し恐怖を感じると共に、好奇心にも駆られていた。
ここでは体の重さは地球の1/6で、アポロ計画以降何百年と有人探査計画が行われていなかった未開の星。
遂に、月に私は足をつける。人類初の単独宇宙探査が、始まろうとしていた──。
「よお、お嬢さん、こんなところで何してるんだ?」
「…………は?」
月に降り立った瞬間、私が見たものは、ふわふわとその場に浮かぶ初老の男性だった。
月の神は青き星の夢を見るか
自分の目を疑った。暗く、静かなこの宇宙に、この月に、宇宙船を着ていない人間が私を見て直接話しかけてきている。
酸素のないこの宇宙で、酸素ボンベも宇宙服も無しで人が生きるなんて不可能だ。それに通信機器を介さずして話しかけてくるこの男性は、宇宙人か何かだろうか。
私はヘルメットの横を軽く二回タップすると、カメラを起動させてアシスタントAI「LUMINOUS」を呼び出す。
「LUMINOUS、目の前にいる謎の生命体を解析して」
『了解しました』
この宇宙服のヘルメットのシールドは最新のアシスタントAI機能とカメラ機能が備わっている。LUMINOUSがカメラ越しに初老の男性を解析するべく目の前をスキャンするのだが──。
『該当生命体 検知不可能』
「う、嘘だ……!そんな、目の前にいるじゃない!」
「おいおい、さっきから何一人でぶつくさ言ってんだ?」
「ちっ、近寄らないで!貴方は何なの!?」
宇宙探査が目的のため、武器など携帯していない。ここは味方が誰一人としていない宇宙空間、未知の生命体に遭遇した私の頭は一気に恐怖で支配された。
「いや、すまねえ……そんなに怖がらせるつもりはなかったんだが……」
ぽりぽりと白いストライプ模様のスーツを着た男性は困ったように頭を搔く。
「いや、お嬢さん、信じてもらえないだろうが……俺はとっくの昔に死んでるんだ」
「とっくの昔って、何言ってるの……」
訳が分からず私は目の前の浮遊する男性に尋ね返す。
「1999年、俺が死んだ年だ。命日は9月26日」
「1999年って……もう60年以上前のことよ」
「ほぉー、そんなに経ってるのか。時の流れは早いもんだ」
怪訝な私に対して、何が楽しいのかそう言って呑気にカラカラと笑う。
「ところで、お嬢さんは何処から来たんだ?」
私は無言で暗い宇宙に浮かぶ青い星を指さした。
「地球か、ってことは人間だな。ひと安心だ」
「貴方こそ本当に何なの……?」
そう問いかけると、彼は困ったように声を漏らして少しバツが悪そうな顔をする。
「多分、幽霊ってやつ」
「多分って……」
「本当に俺は死んでるんだよ、墓も建てて、皆に看取られて死んだ記憶はある。ただ、気がついたらここにいてよ」
彼の言ってる事が信用できず、私はただただ唖然とした。死んだ人間が、何故月にいるのか理解できない。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は赤木しげるだ、お嬢さんの名前は?」
「……名前、宇宙探査の為に月にきた」
「そうか、月の探査ってぇとアポロ計画以来か……こりゃすげえな、アンタ単独での探査かい?」
「そうよ。これから周辺の探索を開始するから、少し静かにしてて」
宇宙服の左腕に装備されているパネルをいじり、酸素量とこの空間にどのような物質が存在しているのかを確認する。
パネルには月の全体図が映し出されて、自分の位置情報と探査機の位置情報が確認できた。
親指と人差し指でパネルをズームして、自分達のいる周囲の地図が映し出される。
「なんじゃそりゃ」
「腕につけるスマホみたいなもの」
「スマホ……?」
彼はなんだそれ?と言いたげに首を傾げる。
「あー、えっと……スマホっていうのは携帯電話みたいなもので、それで今は自分の位置情報が確認できたり、他にも色々できるの」
「ほおー、お前の生きてる時代はなんだ、便利なものが増えたなぁ」
私の周りをふわふわと浮かぶ彼、赤木しげるは様々なものを興味深げに見つめていた。
そんな彼をよそに、私は周囲の探索を始めた。
一歩踏み込めば、白い大地に自分の足跡が刻まれる。少し歩いていると、歴代の月面探査チームの足跡が見えてきた。自分もこの足跡の一員になれたのだという実感と、そしてこの未開の大地に足を踏み入れてしまったという不思議な罪悪感のようなものが湧いて、私は真っ黒な空を見上げる。
「……」
聞こえるのは、自分の呼吸の音だけ。ふと、辺りに赤木と名乗る男性がいないことに気がついた。探索開始から三時間ほどが経過しており、探索に夢中ではぐれてしまったか、しまったと私は思い、思わず呼びかける。
「あ、赤木……さん?」
周囲を見渡すも、彼は何処にもいない。何処だろうと焦るが、そもそも彼は私が見ていた幻覚だったのではないか?
常識的に考えてそうだ、幽霊が宇宙空間にいるはずがない。きっと、先程まで緊張状態にあり有り得ないものが見えていたのだろう。
宇宙船に帰ったらメンタルチェックをしっかりして、明日に備えようと思った刹那だった。
「おーい、こっちだぞ」
「っ!?」
上から響く呑気な声、そして胡座をかいて浮かんでいるのは赤木さんその人だった。幻覚じゃない、自分の正気を疑ってしまいそうだ。これがタコ型宇宙人だったり、かの有名なグレイだったらどれほどよかったことか。
「って、なんだその微妙な顔」
「いえ、ちょっと疲れたので……。ふう、今日の探索はここで終わりにして帰ります」
「おう」
この人は私にいつまでついてくる気なんだろうか。宇宙船の位置情報を確認しながら私は無事帰還した。
宇宙船に入ろうと思い、タラップに足をかけた時、振り向くと赤木さんはさも当たり前のように入ろうとしていた。
「いや、入るつもりですか?」
「ダメか?」
「ダメに決まってるでしょう!貴方みたいな得体の知れない生き物を入れるわけにはいきません!」
私は宇宙船のハッチをピシャリと閉めた。また一つため息をついて、重い宇宙服を脱ぐと私は宇宙ステーションとの通信を試みる。
「こちら月面探査員名前、船内に帰還した」
「名前!無事宇宙船に帰ったみたいだな、良かった!」
「はは、まあね。こちらは……まあ、LUMINOUSがリアルタイムで映像を送信してくれてたから分かってるだろうけど、特に異常はなし。引き続きサポートをよろしく」
「ああ、任せてくれ」
「……それと一応、メンタルメディカルチェックをしたいんだけど、担当は今いる?」
そう尋ねるとオペレーターはすぐに担当医を呼んでくれた。私はメンタルメディカルチェックを済ませるも、担当医は特に異常はないと伝えてくれた。
「問題ないよ、何かあったの?」
「……ううん、なんでもない。多分宇宙に一人で、ちょっと寂しいかったのかも」
「そうよね、人類初の単独探査だもの。寂しくなったり、不安になったりするのも当然よ。もし少しでも気になる事があったらすぐに呼んで頂戴。力になるから」
「ありがとう、ドク。それじゃ、そろそろディナーにするよ」
「ふふっ、楽しんで」
NO SIGNALの文字が画面に映る。私はうーんと体を伸ばすと食料庫へ向かい、一食分の食事が入った袋を取り出す。
今日の事を報告書をタブレットで入力しながら、パサパサのクラッカーに缶詰のハンバーグ、パンにデザートのクッキーを食べる。
ふと窓の外を見ると、赤木さんが一人背を向けて遠くを見つめていた。
彼の視線の先にあったのは、故郷の地球。その背中がなんだかもの寂し気で、得体が知れないとは言えど酷いことをしてしまったのではないかと後悔した。
私は宇宙服を着るとハッチを開き、もう一度外へと出る。そして地球を見下ろす彼に声をかけた。
「……ねえ」
「ん?どうした、お嬢さん」
柔らかく笑う彼の顔には、年相応に皺ができる。何となくだが、得体の知れない彼は悪い人ではないのかもしれないと思った。
「……さっきは少し言いすぎたわ、ごめんなさい。宇宙船の中、入ってもいいよ」
「いいのかい?」
「いいって言ってるでしょ、ほら、ついてきて」
「なんだなんだ、寂しくなっちまったか?」
「そんなわけないでしょ。ただ、貴方一人だけ外に出しておくのが……なんか、悪いなって思っただけ」
そう答えると、彼は何が面白いのかクククと喉を鳴らして笑う。
「優しいお嬢さんだな」
「うるさい、少しでも変なことしたら追い出すからね」
「はいはい」
宇宙船のハッチを開けて、私は彼を招き入れた。相変わらずふわふわと浮いている赤木さんは船内を興味深そうに見渡していた。
私はヘルメットと宇宙服を脱ぐと、彼に船内を案内した。
「ここが食料庫で、ここがシャワールーム、ここが私の寝室、勝手に入らないでね」
「年頃のお嬢さんのプライベートを侵害するほど落ちぶれちゃあいねえよ」
「ここが通信ルーム、ここで地球にいる宇宙センターのメンバーとコンタクトが取れるの。操作パネルとかあんまりいじらないでね」
赤木さんにあれやこれやを注意しながら船内を案内し終わると、小さなラウンジの椅子に腰掛ける。
「まあ、船内はこんな感じ。他に気になることはある?」
「ここはお前一人なんだよな?」
「ええ、そうだけど?」
「娯楽とかそういうのはあるのか?」
「あるよ」
私はそう言うと彼にタブレットを見せるが、そもそも彼は幽霊を自称している。タブレットに触れることができるのかとふと疑問に思ったとき、赤木さんの手はタブレットを持ち上げ、そして反応していた。
「ほお〜、この板で遊べるってのか?」
タブレットをタップする宙に浮いた彼を見て、私は少しだけホッとした。なんだ、幽霊なんて嘘だったのではないか。この人はきっと人間と姿が近い宇宙人か何かなのだ。
「なんだ、タブレットに触れるってことはやっぱり生き物なんだね」
私がそう言って彼に手を伸ばし、身体に触れようとした刹那──彼の身体に手は触れることは無かった。
まるで空気を押しているような、そこには何も無いと証明するような、空虚を押す感覚。彼の身体を過ぎ去り、私はよろめく身体のバランスを整えて唖然とする。
「──え?」
「だから、言ったろ?俺は本当に死んでるんだ、幽霊なんだよ」
そう彼の声が背後から響く。私は恐る恐る振り返ると、赤木さんはべっと舌を出していた。
「ど、どういうこと!?でもタブレットには触れてるじゃない!」
「ああ、どういうわけか知らねえが物には触れるみてえだな。お前には触れないみたいだ」
「わ、ワケわかんない……」
ここに来てから赤木さんに会って、奇妙な事ばかり起こる。私は片手で頭を抑えると思わずため息をついた。
「はぁ〜」
「大丈夫か?」
「まあ、うん……ちょっと、ごめんなさい、もう疲れたから私は寝るわ」
「おー、また明日な」
私は今起きてる事柄に頭を抱えながら自室へ戻るとベッドに横になる。
彼が本当に幽霊なのは分かった、しかし物質には触れられて人間には触れられないとはどういう事だ、何が起きてるんだ。そもそも、幽霊はどうやって宇宙に来たのか、ぐるぐると考えているうちに脳が疲労して、私は気絶するように眠りについた。
20██年 ⬛︎月⬛︎日 ⬛︎⬛︎時⬛︎⬛︎分⬛︎⬛︎秒
月面探査2日目
昨日はあまりよく眠れなかった。月面着陸初日で、慣れないベッドという事もあったが──。
「おはようさん」
原因は彼、赤木しげるである。この宇宙にいた幽霊で、今は宇宙船に転がり込んでいる。彼は窓から暗い景色を見ていた。
「おはよう……何してるの?」
「いやなに、宇宙人が来るかもしれねえと思って見張ってたんだ」
宇宙人よりも不可解な存在が何を言うかと思ったが、私はその言葉を飲み込んで食料庫から一食分の食事を取り出す。
今日はスコーンとミネストローネ、ビタミン剤と紅茶だ。
それからセルフメディカルチェックを行い、太陽フレアの発生を確認して、私は本日の探査を行う旨を本部へ伝える。
「本部、聞こえますか?名前です。本部?」
「こちら本部、すみません、少しラグがあるみたいで……」
「構わないよ、これから月面探査を行う。スケジュールは先程送った通りだ。サポートよろしく頼んだよ」
「はい、お任せ下さい。それでは探査お気をつけていってらっしゃい」
私は通信を切ると部屋の奥にいる赤木さんに声をかける。
「赤木さん、もういいよ」
「おう、終わったか」
「これから探査に行くからついてきて」
手早く宇宙服に着替え、ハッチを開けて暗い宇宙へと飛び出す。左腕についたモニターでマップを確認しながら、私は月の上をただひたすらに歩いた。
「なあ、名前よ」
後ろを浮きながらついてくる赤木さんが声をかけてくる。
「お前さん、どうして月に来たんだ?」
「資源採取と環境調査の為だよ」
「資源採取に、環境調査?」
「ああ、赤木さんは今の地球の状況を知らないんだったね……」
私は青い星を見下ろし、今の地球の現状を内心憂うと、彼にポツポツと話す。
「今の地球は人口は赤木さんのいた頃よりも減って、資源もどんどん無くなって、環境は綺麗とは程遠い星になってしまった。砂漠化に海面上昇に気候変動、それに伴う生き物の絶滅。まあ、私は発展しすぎた人類に罰が当たったんじゃないかって思ってるよ」
最後の言葉には自嘲が混ざった。だって私自身が月へ向かうというテクノロジーの恩恵を受けているのだから。
「それで、人類は新しい住処として次は月 を選んだ。それで月にはどんな資源があるのか、テクノロジーを使えば人は居住可能な環境なのか、それを調査する為に私を送り込んだの」
「なるほどな、そうなると俺が今地球に行ったら浦島太郎状態ってワケだ」
「ふふ、そうだね」
「だが、環境が変わっても人は必死に生き続けてんだな」
「生き続けているというか、生き汚いというか……」
私は少し言葉を濁す。すると、マップのレーダーに何かの反応があった。
2時の方向、およそ300メートル先だ。私はそちらへ向かって地面を蹴り上げ、ふわりふわりとジャンプしながら目的地へと到達した。
そこには大きなクレーターと、小さくなった隕石と思われる鉱物があった。
「LUMINOUS、解析を」
『解析中… 地球での該当物資はありません 未知の物質で構成されたもので間違いありません
』
「うわぁ、早速見つけちゃったよ……これ、持ち帰った方がいいかな。LUMINOUS、本部へ繋いで」
LUMINOUSが本部へ繋ぐと、ここが外のせいか少々音声に乱れがあるもののオペレーターが応える。
「こちら本部!名前さん、どうされました?」
「こちら名前、未知の物質で構成された隕石を発見した。映像と写真を送る。これは持ち帰った方がいいかな?」
「確認しました。……ただ今上から指示がきまして、宇宙船に持ち帰ることとするそうです、ただし宇宙船の1キロ前で隕石を降ろし、磁気遮断ボックスにて保管するようにと」
「了解、そのように動く。今から隕石を持ち帰り、宇宙船に帰還します」
通信を切ると、私は隕石へと近寄りその黒光を放つ表面を撫でる。そして両手で隕石を持ち上げて、マップを確認しながら宇宙船へと歩き出した。
「おい、大丈夫か?手伝うぞ」
「大丈夫、ここは宇宙だよ?赤木さんが思ってるよりこういうものは無重力空間では軽いの」
実際、この隕石は今は見た目よりもずっと軽い。持ち上げるのなんて恐らく子供でもできるだろう。
宇宙船から1キロ離れた地点に隕石を置くと、私は宇宙船の倉庫から大型の磁気遮断ボックスとそれを運ぶための荷台と固定ベルトを持ってくる。
隕石を磁気遮断ボックスに収納し、荷台と荷物をベルトで固定すると宇宙船の大型倉庫へと運搬する。宇宙船内は微小重力が働くため、外よりも物体が重くなるので、磁気遮断ボックスを荷台に固定する必要がるのだ。
倉庫に荷物を運び込むと、私は宇宙船に到着したことを本部へと報告し、調査報告書を書く。
暫く作業をしていると、赤木さんがタブレットをいじって何かをしていた。娯楽用タブレットの中には世界のボードゲームが遊べるアプリくらいしか入っていない。
何かで遊んでいる彼を横目に報告書を何とか書き上げて提出すると、タブレットに夢中になっている彼に声をかける。
「赤木さん、何やってるの?」
「ん〜?麻雀」
「麻雀?」
彼はタブレットの画面をこちらに見せる。アプリを開いて麻雀のゲームをしていた。宇宙船にはWiFiが備え付けられているから、オンラインでの対戦も可能だ。
「やったことあるか?」
「ううん、ない。赤木さんは?」
「俺は……生前、よく打ってたな」
「へえ〜」
私は赤木さんの顔を見つめる。タブレットの麻雀のゲーム画面を見つめる赤木さんはなんだか少し子供っぽくて、無邪気に見えた。
そんな彼が楽しそうで、私は少し麻雀に興味が沸いた。
「ねえ赤木さん、私に麻雀教えて」
「ああ、構わねえぜ。教えてやるからこっち来な」
彼の隣にふわりと浮いて、タブレット画面を覗き込む。赤木さんの教え方はとても上手で、一時間ほど麻雀のことを教えてもらったらすぐにできるようになった。
しかし、経験者の赤木さんにはそう簡単に勝てるはずもなく、私はなかなかトップを取れずに負けてしまった。
「くっ……!悔しい!」
「ククク、だがさっき始めたとは思えないくらいお前は筋がいいぞ」
「あ、ありがとう……」
素直に褒められるのに弱いので、私は思わず照れてしまう。
麻雀に遊ぶのにすっかり夢中になってしまって、もう食事の時間になっていた。私はタブレットの電源を切るとふと宙を見た。
この暗く静かな月の上で、こんな風に誰かと話して、遊んで、そして探査できるなんて思ってもいなかった。
例外だらけのこの宇宙で、心細くならずに済んでいるのは現に彼のお陰だ。最初は彼が何か分からずに警戒し、拒絶してしまったが、今では赤木さんが必要な存在になっているような、そんな気がした。
「……赤木さん」
「ん?」
「……その、ありがとう」
「なんだぁ、急に」
「言いたかっただけ、とにかくありがとうね」
笑いかけると、そうかとだけ言って彼も笑った。
月面探査2日目は無事終了。
引き続き、調査を行う。
月面探査 1日目
『月面探査員名前、応答せよ』
ややノイズ混じりの通信がコックピットに響く。
「こちら名前、あと30分で月面に着陸する。現在システムオールクリーン、問題はない」
『了解した、何か問題があれば直ぐに報告を頼む』
「了解」
淡々とした通信が切れると、私は着陸に向けての準備を進める。スイッチを切り替え、エンジン出力を徐々に下げていく。
最後に酸素量に問題が無いかをチェックして、操縦桿を握る。
真っ暗で、何処までも静かな空間に浮かぶ白い大地。
──見えてきた、月だ。
操縦桿を握る手に無意識に力が入る。ゆっくりと操縦桿を引いていき、宇宙船を月面に着陸させるべく出力を徐々に徐々に落としていく。
モニターに映し出される月面までの距離がどんどんと縮まる。アシスタントAIのサポート音声が無機質に指示を出す。指示通りに、冷静にスイッチを切っていく。
そして遂に、宇宙船は白い大地に降り立った。
「こちら名前、月面着陸は成功だ。これから月の探査を行う」
『了解!よくやったぞ名前!引き続き調査を頼んだ!』
「了解」
通信越しのオペレーター室からは歓喜の声が上がっているのが聞こえた。今頃、この事が地球では多少なりニュースになるのかもしれないな、なんて考えながら私は宇宙服に着替えた。
そして外に出ると何処までも静かで、暗くて、少し恐怖を感じると共に、好奇心にも駆られていた。
ここでは体の重さは地球の1/6で、アポロ計画以降何百年と有人探査計画が行われていなかった未開の星。
遂に、月に私は足をつける。人類初の単独宇宙探査が、始まろうとしていた──。
「よお、お嬢さん、こんなところで何してるんだ?」
「…………は?」
月に降り立った瞬間、私が見たものは、ふわふわとその場に浮かぶ初老の男性だった。
月の神は青き星の夢を見るか
自分の目を疑った。暗く、静かなこの宇宙に、この月に、宇宙船を着ていない人間が私を見て直接話しかけてきている。
酸素のないこの宇宙で、酸素ボンベも宇宙服も無しで人が生きるなんて不可能だ。それに通信機器を介さずして話しかけてくるこの男性は、宇宙人か何かだろうか。
私はヘルメットの横を軽く二回タップすると、カメラを起動させてアシスタントAI「LUMINOUS」を呼び出す。
「LUMINOUS、目の前にいる謎の生命体を解析して」
『了解しました』
この宇宙服のヘルメットのシールドは最新のアシスタントAI機能とカメラ機能が備わっている。LUMINOUSがカメラ越しに初老の男性を解析するべく目の前をスキャンするのだが──。
『該当生命体 検知不可能』
「う、嘘だ……!そんな、目の前にいるじゃない!」
「おいおい、さっきから何一人でぶつくさ言ってんだ?」
「ちっ、近寄らないで!貴方は何なの!?」
宇宙探査が目的のため、武器など携帯していない。ここは味方が誰一人としていない宇宙空間、未知の生命体に遭遇した私の頭は一気に恐怖で支配された。
「いや、すまねえ……そんなに怖がらせるつもりはなかったんだが……」
ぽりぽりと白いストライプ模様のスーツを着た男性は困ったように頭を搔く。
「いや、お嬢さん、信じてもらえないだろうが……俺はとっくの昔に死んでるんだ」
「とっくの昔って、何言ってるの……」
訳が分からず私は目の前の浮遊する男性に尋ね返す。
「1999年、俺が死んだ年だ。命日は9月26日」
「1999年って……もう60年以上前のことよ」
「ほぉー、そんなに経ってるのか。時の流れは早いもんだ」
怪訝な私に対して、何が楽しいのかそう言って呑気にカラカラと笑う。
「ところで、お嬢さんは何処から来たんだ?」
私は無言で暗い宇宙に浮かぶ青い星を指さした。
「地球か、ってことは人間だな。ひと安心だ」
「貴方こそ本当に何なの……?」
そう問いかけると、彼は困ったように声を漏らして少しバツが悪そうな顔をする。
「多分、幽霊ってやつ」
「多分って……」
「本当に俺は死んでるんだよ、墓も建てて、皆に看取られて死んだ記憶はある。ただ、気がついたらここにいてよ」
彼の言ってる事が信用できず、私はただただ唖然とした。死んだ人間が、何故月にいるのか理解できない。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は赤木しげるだ、お嬢さんの名前は?」
「……名前、宇宙探査の為に月にきた」
「そうか、月の探査ってぇとアポロ計画以来か……こりゃすげえな、アンタ単独での探査かい?」
「そうよ。これから周辺の探索を開始するから、少し静かにしてて」
宇宙服の左腕に装備されているパネルをいじり、酸素量とこの空間にどのような物質が存在しているのかを確認する。
パネルには月の全体図が映し出されて、自分の位置情報と探査機の位置情報が確認できた。
親指と人差し指でパネルをズームして、自分達のいる周囲の地図が映し出される。
「なんじゃそりゃ」
「腕につけるスマホみたいなもの」
「スマホ……?」
彼はなんだそれ?と言いたげに首を傾げる。
「あー、えっと……スマホっていうのは携帯電話みたいなもので、それで今は自分の位置情報が確認できたり、他にも色々できるの」
「ほおー、お前の生きてる時代はなんだ、便利なものが増えたなぁ」
私の周りをふわふわと浮かぶ彼、赤木しげるは様々なものを興味深げに見つめていた。
そんな彼をよそに、私は周囲の探索を始めた。
一歩踏み込めば、白い大地に自分の足跡が刻まれる。少し歩いていると、歴代の月面探査チームの足跡が見えてきた。自分もこの足跡の一員になれたのだという実感と、そしてこの未開の大地に足を踏み入れてしまったという不思議な罪悪感のようなものが湧いて、私は真っ黒な空を見上げる。
「……」
聞こえるのは、自分の呼吸の音だけ。ふと、辺りに赤木と名乗る男性がいないことに気がついた。探索開始から三時間ほどが経過しており、探索に夢中ではぐれてしまったか、しまったと私は思い、思わず呼びかける。
「あ、赤木……さん?」
周囲を見渡すも、彼は何処にもいない。何処だろうと焦るが、そもそも彼は私が見ていた幻覚だったのではないか?
常識的に考えてそうだ、幽霊が宇宙空間にいるはずがない。きっと、先程まで緊張状態にあり有り得ないものが見えていたのだろう。
宇宙船に帰ったらメンタルチェックをしっかりして、明日に備えようと思った刹那だった。
「おーい、こっちだぞ」
「っ!?」
上から響く呑気な声、そして胡座をかいて浮かんでいるのは赤木さんその人だった。幻覚じゃない、自分の正気を疑ってしまいそうだ。これがタコ型宇宙人だったり、かの有名なグレイだったらどれほどよかったことか。
「って、なんだその微妙な顔」
「いえ、ちょっと疲れたので……。ふう、今日の探索はここで終わりにして帰ります」
「おう」
この人は私にいつまでついてくる気なんだろうか。宇宙船の位置情報を確認しながら私は無事帰還した。
宇宙船に入ろうと思い、タラップに足をかけた時、振り向くと赤木さんはさも当たり前のように入ろうとしていた。
「いや、入るつもりですか?」
「ダメか?」
「ダメに決まってるでしょう!貴方みたいな得体の知れない生き物を入れるわけにはいきません!」
私は宇宙船のハッチをピシャリと閉めた。また一つため息をついて、重い宇宙服を脱ぐと私は宇宙ステーションとの通信を試みる。
「こちら月面探査員名前、船内に帰還した」
「名前!無事宇宙船に帰ったみたいだな、良かった!」
「はは、まあね。こちらは……まあ、LUMINOUSがリアルタイムで映像を送信してくれてたから分かってるだろうけど、特に異常はなし。引き続きサポートをよろしく」
「ああ、任せてくれ」
「……それと一応、メンタルメディカルチェックをしたいんだけど、担当は今いる?」
そう尋ねるとオペレーターはすぐに担当医を呼んでくれた。私はメンタルメディカルチェックを済ませるも、担当医は特に異常はないと伝えてくれた。
「問題ないよ、何かあったの?」
「……ううん、なんでもない。多分宇宙に一人で、ちょっと寂しいかったのかも」
「そうよね、人類初の単独探査だもの。寂しくなったり、不安になったりするのも当然よ。もし少しでも気になる事があったらすぐに呼んで頂戴。力になるから」
「ありがとう、ドク。それじゃ、そろそろディナーにするよ」
「ふふっ、楽しんで」
NO SIGNALの文字が画面に映る。私はうーんと体を伸ばすと食料庫へ向かい、一食分の食事が入った袋を取り出す。
今日の事を報告書をタブレットで入力しながら、パサパサのクラッカーに缶詰のハンバーグ、パンにデザートのクッキーを食べる。
ふと窓の外を見ると、赤木さんが一人背を向けて遠くを見つめていた。
彼の視線の先にあったのは、故郷の地球。その背中がなんだかもの寂し気で、得体が知れないとは言えど酷いことをしてしまったのではないかと後悔した。
私は宇宙服を着るとハッチを開き、もう一度外へと出る。そして地球を見下ろす彼に声をかけた。
「……ねえ」
「ん?どうした、お嬢さん」
柔らかく笑う彼の顔には、年相応に皺ができる。何となくだが、得体の知れない彼は悪い人ではないのかもしれないと思った。
「……さっきは少し言いすぎたわ、ごめんなさい。宇宙船の中、入ってもいいよ」
「いいのかい?」
「いいって言ってるでしょ、ほら、ついてきて」
「なんだなんだ、寂しくなっちまったか?」
「そんなわけないでしょ。ただ、貴方一人だけ外に出しておくのが……なんか、悪いなって思っただけ」
そう答えると、彼は何が面白いのかクククと喉を鳴らして笑う。
「優しいお嬢さんだな」
「うるさい、少しでも変なことしたら追い出すからね」
「はいはい」
宇宙船のハッチを開けて、私は彼を招き入れた。相変わらずふわふわと浮いている赤木さんは船内を興味深そうに見渡していた。
私はヘルメットと宇宙服を脱ぐと、彼に船内を案内した。
「ここが食料庫で、ここがシャワールーム、ここが私の寝室、勝手に入らないでね」
「年頃のお嬢さんのプライベートを侵害するほど落ちぶれちゃあいねえよ」
「ここが通信ルーム、ここで地球にいる宇宙センターのメンバーとコンタクトが取れるの。操作パネルとかあんまりいじらないでね」
赤木さんにあれやこれやを注意しながら船内を案内し終わると、小さなラウンジの椅子に腰掛ける。
「まあ、船内はこんな感じ。他に気になることはある?」
「ここはお前一人なんだよな?」
「ええ、そうだけど?」
「娯楽とかそういうのはあるのか?」
「あるよ」
私はそう言うと彼にタブレットを見せるが、そもそも彼は幽霊を自称している。タブレットに触れることができるのかとふと疑問に思ったとき、赤木さんの手はタブレットを持ち上げ、そして反応していた。
「ほお〜、この板で遊べるってのか?」
タブレットをタップする宙に浮いた彼を見て、私は少しだけホッとした。なんだ、幽霊なんて嘘だったのではないか。この人はきっと人間と姿が近い宇宙人か何かなのだ。
「なんだ、タブレットに触れるってことはやっぱり生き物なんだね」
私がそう言って彼に手を伸ばし、身体に触れようとした刹那──彼の身体に手は触れることは無かった。
まるで空気を押しているような、そこには何も無いと証明するような、空虚を押す感覚。彼の身体を過ぎ去り、私はよろめく身体のバランスを整えて唖然とする。
「──え?」
「だから、言ったろ?俺は本当に死んでるんだ、幽霊なんだよ」
そう彼の声が背後から響く。私は恐る恐る振り返ると、赤木さんはべっと舌を出していた。
「ど、どういうこと!?でもタブレットには触れてるじゃない!」
「ああ、どういうわけか知らねえが物には触れるみてえだな。お前には触れないみたいだ」
「わ、ワケわかんない……」
ここに来てから赤木さんに会って、奇妙な事ばかり起こる。私は片手で頭を抑えると思わずため息をついた。
「はぁ〜」
「大丈夫か?」
「まあ、うん……ちょっと、ごめんなさい、もう疲れたから私は寝るわ」
「おー、また明日な」
私は今起きてる事柄に頭を抱えながら自室へ戻るとベッドに横になる。
彼が本当に幽霊なのは分かった、しかし物質には触れられて人間には触れられないとはどういう事だ、何が起きてるんだ。そもそも、幽霊はどうやって宇宙に来たのか、ぐるぐると考えているうちに脳が疲労して、私は気絶するように眠りについた。
20██年 ⬛︎月⬛︎日 ⬛︎⬛︎時⬛︎⬛︎分⬛︎⬛︎秒
月面探査2日目
昨日はあまりよく眠れなかった。月面着陸初日で、慣れないベッドという事もあったが──。
「おはようさん」
原因は彼、赤木しげるである。この宇宙にいた幽霊で、今は宇宙船に転がり込んでいる。彼は窓から暗い景色を見ていた。
「おはよう……何してるの?」
「いやなに、宇宙人が来るかもしれねえと思って見張ってたんだ」
宇宙人よりも不可解な存在が何を言うかと思ったが、私はその言葉を飲み込んで食料庫から一食分の食事を取り出す。
今日はスコーンとミネストローネ、ビタミン剤と紅茶だ。
それからセルフメディカルチェックを行い、太陽フレアの発生を確認して、私は本日の探査を行う旨を本部へ伝える。
「本部、聞こえますか?名前です。本部?」
「こちら本部、すみません、少しラグがあるみたいで……」
「構わないよ、これから月面探査を行う。スケジュールは先程送った通りだ。サポートよろしく頼んだよ」
「はい、お任せ下さい。それでは探査お気をつけていってらっしゃい」
私は通信を切ると部屋の奥にいる赤木さんに声をかける。
「赤木さん、もういいよ」
「おう、終わったか」
「これから探査に行くからついてきて」
手早く宇宙服に着替え、ハッチを開けて暗い宇宙へと飛び出す。左腕についたモニターでマップを確認しながら、私は月の上をただひたすらに歩いた。
「なあ、名前よ」
後ろを浮きながらついてくる赤木さんが声をかけてくる。
「お前さん、どうして月に来たんだ?」
「資源採取と環境調査の為だよ」
「資源採取に、環境調査?」
「ああ、赤木さんは今の地球の状況を知らないんだったね……」
私は青い星を見下ろし、今の地球の現状を内心憂うと、彼にポツポツと話す。
「今の地球は人口は赤木さんのいた頃よりも減って、資源もどんどん無くなって、環境は綺麗とは程遠い星になってしまった。砂漠化に海面上昇に気候変動、それに伴う生き物の絶滅。まあ、私は発展しすぎた人類に罰が当たったんじゃないかって思ってるよ」
最後の言葉には自嘲が混ざった。だって私自身が月へ向かうというテクノロジーの恩恵を受けているのだから。
「それで、人類は新しい住処として次は
「なるほどな、そうなると俺が今地球に行ったら浦島太郎状態ってワケだ」
「ふふ、そうだね」
「だが、環境が変わっても人は必死に生き続けてんだな」
「生き続けているというか、生き汚いというか……」
私は少し言葉を濁す。すると、マップのレーダーに何かの反応があった。
2時の方向、およそ300メートル先だ。私はそちらへ向かって地面を蹴り上げ、ふわりふわりとジャンプしながら目的地へと到達した。
そこには大きなクレーターと、小さくなった隕石と思われる鉱物があった。
「LUMINOUS、解析を」
『解析中… 地球での該当物資はありません 未知の物質で構成されたもので間違いありません
』
「うわぁ、早速見つけちゃったよ……これ、持ち帰った方がいいかな。LUMINOUS、本部へ繋いで」
LUMINOUSが本部へ繋ぐと、ここが外のせいか少々音声に乱れがあるもののオペレーターが応える。
「こちら本部!名前さん、どうされました?」
「こちら名前、未知の物質で構成された隕石を発見した。映像と写真を送る。これは持ち帰った方がいいかな?」
「確認しました。……ただ今上から指示がきまして、宇宙船に持ち帰ることとするそうです、ただし宇宙船の1キロ前で隕石を降ろし、磁気遮断ボックスにて保管するようにと」
「了解、そのように動く。今から隕石を持ち帰り、宇宙船に帰還します」
通信を切ると、私は隕石へと近寄りその黒光を放つ表面を撫でる。そして両手で隕石を持ち上げて、マップを確認しながら宇宙船へと歩き出した。
「おい、大丈夫か?手伝うぞ」
「大丈夫、ここは宇宙だよ?赤木さんが思ってるよりこういうものは無重力空間では軽いの」
実際、この隕石は今は見た目よりもずっと軽い。持ち上げるのなんて恐らく子供でもできるだろう。
宇宙船から1キロ離れた地点に隕石を置くと、私は宇宙船の倉庫から大型の磁気遮断ボックスとそれを運ぶための荷台と固定ベルトを持ってくる。
隕石を磁気遮断ボックスに収納し、荷台と荷物をベルトで固定すると宇宙船の大型倉庫へと運搬する。宇宙船内は微小重力が働くため、外よりも物体が重くなるので、磁気遮断ボックスを荷台に固定する必要がるのだ。
倉庫に荷物を運び込むと、私は宇宙船に到着したことを本部へと報告し、調査報告書を書く。
暫く作業をしていると、赤木さんがタブレットをいじって何かをしていた。娯楽用タブレットの中には世界のボードゲームが遊べるアプリくらいしか入っていない。
何かで遊んでいる彼を横目に報告書を何とか書き上げて提出すると、タブレットに夢中になっている彼に声をかける。
「赤木さん、何やってるの?」
「ん〜?麻雀」
「麻雀?」
彼はタブレットの画面をこちらに見せる。アプリを開いて麻雀のゲームをしていた。宇宙船にはWiFiが備え付けられているから、オンラインでの対戦も可能だ。
「やったことあるか?」
「ううん、ない。赤木さんは?」
「俺は……生前、よく打ってたな」
「へえ〜」
私は赤木さんの顔を見つめる。タブレットの麻雀のゲーム画面を見つめる赤木さんはなんだか少し子供っぽくて、無邪気に見えた。
そんな彼が楽しそうで、私は少し麻雀に興味が沸いた。
「ねえ赤木さん、私に麻雀教えて」
「ああ、構わねえぜ。教えてやるからこっち来な」
彼の隣にふわりと浮いて、タブレット画面を覗き込む。赤木さんの教え方はとても上手で、一時間ほど麻雀のことを教えてもらったらすぐにできるようになった。
しかし、経験者の赤木さんにはそう簡単に勝てるはずもなく、私はなかなかトップを取れずに負けてしまった。
「くっ……!悔しい!」
「ククク、だがさっき始めたとは思えないくらいお前は筋がいいぞ」
「あ、ありがとう……」
素直に褒められるのに弱いので、私は思わず照れてしまう。
麻雀に遊ぶのにすっかり夢中になってしまって、もう食事の時間になっていた。私はタブレットの電源を切るとふと宙を見た。
この暗く静かな月の上で、こんな風に誰かと話して、遊んで、そして探査できるなんて思ってもいなかった。
例外だらけのこの宇宙で、心細くならずに済んでいるのは現に彼のお陰だ。最初は彼が何か分からずに警戒し、拒絶してしまったが、今では赤木さんが必要な存在になっているような、そんな気がした。
「……赤木さん」
「ん?」
「……その、ありがとう」
「なんだぁ、急に」
「言いたかっただけ、とにかくありがとうね」
笑いかけると、そうかとだけ言って彼も笑った。
月面探査2日目は無事終了。
引き続き、調査を行う。
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