月を見ていた
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三麻に仕切り直しての東一局 親は赤木になった。
美月の手牌は悪くない。このまま行けば断幺九ドラも3つある、満貫は確定だ。
そこに3回連続で北が来る。北はドラ表示として右下に置かれる。これを北抜きと言う。これで美月はドラが系6枚となり跳満確定だ。
しかし次巡、リーチできる局面になるも美月はダマテンを選択した。
そして榊からのロン牌で和了を決め、断幺九、ドラ6で跳満 12000点。一気に差を広げた。
続く東二局、親は榊となりドラは三索。
美月の手牌はバラバラで、ここから狙いにいっても混一色だが、それでは遅い。
一方榊の手牌は風牌🀁🀅🀂を捨てればリーチが狙える手牌。もう少し粘って一盃口、平和も狙える。裏ドラが乗れば美月が奪った点数も取り返せるだろう。
榊はチラリと赤木を見やる。
──このお嬢さんはええわ、問題は赤木……こいつはさっきから得体が知れん。さっさと終わらせてこのお嬢さん連れてくか。
4巡目、赤木がリーチをかける。
「リーチ」
──リーチやと…!?クソッ!
榊、赤木の捨牌を見る。河にあるのは🀐🀝🀕🀏だ。そして次に美月の捨牌を見る。
美月の捨牌は🀏🀂🀁、そして最初に抜きドラの🀃だ。
榊の手牌からして邪魔なのは風牌の🀁🀅🀂だ。
──この時点じゃあまだ分からん。そしてアイツはリーチをかけとる、ここは取り敢えず警戒しつつ、邪魔な🀅から捨てるか。
榊が🀅の牌を握り、河に捨てる。
「ロン」
赤木の氷のように冷たく、心臓を鷲掴みするような声が響いた。手牌が見せられ、榊は思わず目を見開く。
「大三元、役満32000点だ」
「なっ!?ンな馬鹿な…!!」
赤木の手、なんと大三元。美月もこれには思わず声をあげた。
三麻の恐ろしさとは、配牌が良ければ早い手で高得点を稼げるところである。そこに赤木の生まれ持っている強運も合わさり、この手牌。
「す、凄いです……」
「なに、運が良かっただけさ」
そう言うと赤木は愛煙しているハイライトを胸ポケットから取り出し、マッチで火をつける。
「さ、榊……」
浜田組の組長が狼狽えながら声をかける。
「大丈夫です組長、心配せんでもここから巻き返しますわ」
榊もタバコを取り出し、ジッポで火をつける。
「あいつのバカツキもここまでですわ。ええ、ええ、巻き返してやりますとも」
ギラリとした目を榊は赤木ではなく美月に向ける。
──こいつは相手にするだけ無駄や……狙うんはやっぱりこのお嬢さんや。
現在のそれぞれの持ち点はこのようになっている。
1位 赤木 67000点
2位 美月 47000点
3位 榊 -9000点
続く東3局 親は美月になる。ドラは🀝となった。
美月の手牌はあと3シャンテンで聴牌だが、この手で和了っても安手。リーチ、平和だけだ。
──せめて🀃が来てくれれば点数が伸びるけど、あんまりそれは望めないかも。
美月は直感的に感じていた。今、自分に流れはないと。流れは寧ろ美月の上家にいる榊にある。
「🀃抜きや」
🀃を抜く榊。しかしそれが4回続いた。これで榊は一気にドラ4となった。
──何となく感じてたけどやっぱり……ここは振り込まないように気をつけないと。
しかし12巡後の事。
「ツモ、断幺九ドラ3、抜きドラ4、跳満や」
東場はこれにて終了。
榊は12000点を取り返し、3000点になる。これでリーチができるようになった。
この時点での持ち点
赤木 61000点
美月 39000点
榊 3000点
──よしよし、流れは完全に俺に来とる。ここから巻き返しやで…!
続く南一局 親は赤木 ドラは🀏になる。
ここからはひたすら運が榊に傾き、赤木の親も虚しく倍満12000点のツモ和了。続く南二局 親は榊になり、ここでも満貫ツモ和了12000点を得て、榊はあっという間に27000点。息を吹き返したのだ。
続く南二局で、美月は榊の白、ドラ1に振り込み3000点を失ってしまう。
トップは依然赤木だが、手が伸びずなかなか点が取れなかった美月は徐々に点を奪われ3位になってしまう。美月の点数は現在27000点だ。
このままでは美月が危ない。誰もがそう感じていた時──美月は動き出した。
南二局 3本場 親は榊 ドラは🀖
三人がそれぞれ聴牌に向かい打ち始めている時の事──赤木、聴牌。断幺九ドラ3の手。
🀚🀛🀜🀝🀞🀟🀠🀑🀒🀓🀖🀖🀖 このかたちとなる。🀚🀝🀠の三面待ち。
赤木はリーチを選択せず、ツモ和了か榊からの放銃を待つ選択をした刹那の事。
上家の美月、打🀚。しかし赤木、これを見送る。
次の巡、またも美月は🀚を捨てる。それを見て赤木は美月が何をしたいかを理解し、ちらりと美月を見る。
──なるほど、何かこの人なりに策があるのか?面白い、その船に乗ろうじゃないか。
次巡で美月、🀝を捨てると赤木はニヤリと笑う。
「ロン」
倒される赤木の手牌、断幺九ドラ3の満貫8000点だ。
そして誰もが永代 美月の放銃を初心者が故のものだと考えていた。
否、そうではない。
美月は聴牌のかたちを崩してまで赤木に振り込んだのだ。赤木が張ったタイミングで、的確に。
美月は三麻の東一局時点でこの麻雀がどのようなゲームなのかを理解し、そして自分が何をすべきで、どう立ち回ればいいのかを理解していた。
そしてこの赤木への放銃は、榊を油断へと追いやる為の布石なのだ。
しかし、後ろでこの戦いを見ている石川は気が気ではなかった。
──赤木はいい、トップでこのまま逃げ切れば勝ちは間違いなしだ。問題は……。
石川は美月の背中を見る。しゃんと背筋を伸ばし正座で座っている少女を、不安ながら見守る。
──永代さんだ。このオーラスで巻き返さねえと榊に連れて行かれちまうぞ。流れは完全にあいつに来てる。早和了りの手で美月さんが親を続行すれば勝機はある…!頑張れ、美月さん…!
赤木 51000点
榊 30000点
美月 19000点
そしてオーラス、親は美月 ドラは🀠となった。
開始早々、美月は🀃を2枚抜きこれでドラ2は確定だ。
そして美月の手牌はほぼ字牌で埋め尽くされていた。
──うん、これならいけそう。後は自分の直感を信じるだけ。
「ポン」
美月、🀆をポンする。次巡で🀅のポン。
「ポン」
この時わずか10巡の出来事。榊は先の赤木と同じ大三元を警戒する。
──大三元か……?いや、小三元の可能性もある。どちらにせよ嫌な予感しかせえへんわ。
美月は榊が想像する別のストーリーを描いていた。
次巡、美月聴牌。🀙🀚🀛🀝🀐🀚🀛 🀆🀆🀆 🀅🀅🀅で🀝の地獄単騎待ち。
既に榊、赤木の河に🀝は一枚ずつ捨てられている。
しかし次巡、美月ツモ和了。
「ツモ。白、發、抜きドラ2で満貫6000点です」
榊は点棒を美月に次局で取り返せば良いと考えていた。
しかし次局になるも、この局は三人とも聴牌で点数の変動はなく終局となる。
続く次局も、美月の九種九牌により流局となった。
そして次局、ドラは🀔
──3000点失ったがまだ巻き返せる。ここから赤木を狙って倍満まで行く。今はその手牌や…!
榊の手牌は混一色、發、自風、場風、そして対々和が狙えるかたちになっている。そこに🀃が4枚、榊の元へとやってきてドラ4。倍満は確定だ。
──きた!きたでぇ…!!獲る!赤木からの放銃を…!!
そう思った矢先、美月が鳴いた。
「カン」
🀖の暗カン、新ドラを捲ると🀆が表示される。
🀅は榊の手元に暗刻である。ニヤリと笑いたくなる気持ちを抑え、榊は打っていく。
──勝った!悪いなぁ赤木、この勝負は俺の逆転や!金も嬢ちゃんもお前の命も、ぜぇ〜んぶ貰ってくで…!
そんな榊の様子を赤木は見逃していなかった。
それは美月も同じで、赤木ほど鮮明にではないが、己の直感が榊の手牌は危険だと警告している。
しかし、ここで止まれば勝機がない事も分かっている。美月はずっと守備重視の麻雀を打ってきたが、ここで本格的に攻撃に打って出る。
榊もそれを感じ取るも、まだ美月は手牌が揃っていない事を確信し、強気に出る。
「カン!」
榊、發を明カン。新ドラは🀚だ。榊にドラは乗らず。
しかし、美月の手が化ける。三暗刻ドラ6、倍満の手だ。
今まで息を潜めていた美月が、遂に顔を上げる。
「リーチ」
美月の手牌 🀚🀚🀚🀛🀛🀓🀔🀘🀘🀘 暗カンの🀖で🀒🀕待ちだ。
その頃榊も聴牌、混老頭もついて両者倍満確定の手牌。
──リーチやと!?これ以上点は失えんが、引き下がるワケにもいかへん…!
山から引いた牌を見て、榊は次に美月の河の牌を見る。
──字牌整理からの6巡目辺りから方向性を決めた気配がある。ドラの🀘が1枚、それから🀙、🀜が2枚ずつに🀑。取り敢えずこれは通りそうや。
榊、打🀗。次に赤木が打ったのは🀒。それを美月はロン宣言せずに流す。
──🀒が通るっちゅう事は筋の🀕もか。ツモ次第や…!
榊が山から手を伸ばし、引いた牌は🀕。
──きた!🀕や!これでここは凌げる…!
榊の打🀕───そこでこの勝負の決着はついた。
「ロンです」
榊が目を見開いて美月を見た。
「……は?」
美月の手牌が丁寧に倒される。
「リーチ、三暗刻、ドラ6。裏ドラ2枚で倍満16000点です」
榊は一気に最下位になり、これで決着はついた。榊は美月の手牌をマジマジと見つめ、そして美月を見る。
──こ、この娘!俺をッ!俺だけを狙ってたんや!なんっちゅー娘や!初心者の打ち方やない!この娘、このまま麻雀やらせたら間違いなく化ける!
それはこの場に居た誰もが感じ取った事で、当の美月はこの代打ちが終わり肩の力が抜け、姿勢を崩して座っていた。
最終結果
赤木 51000点
美月 38000点
榊 10000点
川田組は200万と榊の用意した500万を受け取り、赤木と美月の精算をするために二人を別室へ案内しようとした時だった。
「待てや、嬢ちゃん」
「っ!?」
美月は肩を震わせて振り向く。そこには何が面白いのか、笑みを浮かべる榊がいた。
「嬢ちゃん……いや、永代さんか。正直、一目惚れやったけどあの打ち方でもっと惚れてもうた」
「……え?」
「なあ頼む、俺と結婚してくれや」
真剣な眼差しになり、跪き、美月の手をとる榊。
なんともシュールな光景にその場の全員が唖然としていた。
それに対して美月は狼狽え、怯えた眼差しをしていたが、榊を見ると少し目を伏せ、彼の目を見る。
──この人、真剣な目だ。本気なんだ……。うん、私もちゃんと答えないと。
「ご、ごめんなさい……私、貴方とは結婚できません」
声は震えておらず、ハッキリとしていた。丁寧なその返事に榊はそうか、と一言発すると美月の手を離した。
「悪かったな、永代さん」
「い、いえ……」
「榊、もう行くぞ」
「はいはい。それじゃお二人さん、達者でな」
榊は黒服の男たちに連れてかれ、その場を後にした。
「俺達も行くぞ」
石川がそう言うと、赤木と美月を別室へと案内する。
二人はここで待つように石川に言われ、美月は大きなため息をつくと座布団へ座り込んだ。それに対して赤木は何食わぬ顔で煙草に火をつけ一服している。
「緊張…しました……」
「ククク、お疲れ様。それにしてもアイツ、本当に永代さんに惚れてたとはね」
「びっくりしました……もう何がなにやらです」
「それに面白いモンも見れた。君、強い打ち方できるんだな」
「そ、そうでしょうか?がむしゃらだったのであまり覚えてなくて」
「人生が賭かってるって思ったら、人は普通あんなに強気には打たない。守りに徹する。それに対して君は真っ直ぐ進んでたね」
赤木のその言葉を、美月は黙って聞いていた。
紫煙が揺らめき、天井に昇っては消えて、煙草特有の煙たさが部屋に広がっていく。
「ところで永代さん。あの榊って男の事をどう思った?」
「え?」
「勝負してる最中、君があの男をどう感じたか聞きたい」
そう尋ねられ、美月はうーんと小首を傾げて考える。しばらく黙っている美月だったが、考えが纏まったのか話し始めた。
「やる事や発言が滅茶苦茶で、突飛な人ですけど……麻雀の打ち方は堅実だと感じました。きっと、根は真面目な人なんでしょうね」
「そう、それが奴の本質さ」
「本質……」
美月が呟くと、赤木は煙草の煙を吐いて頷く。
「人は危機に相対した時、その本質が出る。今日の勝負で君を見ていて改めて思ったよ」
「私を、ですか?」
「ああ」
赤木からすれば、美月は榊という打ち手の狂気の鍍金を剥がしたのだ。
普通の人間はその鍍金に惑わされ、榊の本質を知ることなく、あの男の策略に溺れ、負けるだろう。
美月は静かに榊の本質を見破り、負けるかもしれないというのに赤木に満貫を振り込み、自分が初心者だということを巧みに利用して榊から勝利をもぎ取った。
真面目な榊であれば、美月がまだ素人で麻雀のマの字も知らないと踏んで安心する。そこを美月は突いたのだ。
「君は肉を切らせて骨を断つを躊躇いなくやる人間だ。永代さん、君は──」
赤木が言いかけた時、襖の向こうから二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「入るぞ、二人とも」
「あ、はい!どうぞ!」
襖が開くと石川と組長が入ってきた。艶やかな風呂敷を二つ抱えた石川は二人の前に座るとその風呂敷を目の前に差し出し、結び目を解く。
「赤木、永代さん、確認してくれ」
その風呂敷の中には大金が入っており、美月は札束を見てただただ絶句した。
赤木は何ともない顔をしていて、札束を適当に確認するとどうも、と一言礼を伝えるとバッグに札束を詰めていく。
わなわなと美月は震えており、大金を前にどうすればいいか分からなくなっている。
「ああ、永代さんのバッグにはこれは入り切らねえな。風呂敷ごと持って行って貰って結構だ」
気が利かなくてすまない、と石川が言う。
美月は少し落ち着いたのか、服の裾を握るとあの、と石川と組長に声をかける。
「あの、すみません……私、このお金は」
そして、一呼吸置いてから美月は落ち着いたいつもの口調で言う。
「このお金は、受け取れません」
部屋は静寂に包まれ、外からは虫の涼やかな鳴き声だけが響いた。
美月の手牌は悪くない。このまま行けば断幺九ドラも3つある、満貫は確定だ。
そこに3回連続で北が来る。北はドラ表示として右下に置かれる。これを北抜きと言う。これで美月はドラが系6枚となり跳満確定だ。
しかし次巡、リーチできる局面になるも美月はダマテンを選択した。
そして榊からのロン牌で和了を決め、断幺九、ドラ6で跳満 12000点。一気に差を広げた。
続く東二局、親は榊となりドラは三索。
美月の手牌はバラバラで、ここから狙いにいっても混一色だが、それでは遅い。
一方榊の手牌は風牌🀁🀅🀂を捨てればリーチが狙える手牌。もう少し粘って一盃口、平和も狙える。裏ドラが乗れば美月が奪った点数も取り返せるだろう。
榊はチラリと赤木を見やる。
──このお嬢さんはええわ、問題は赤木……こいつはさっきから得体が知れん。さっさと終わらせてこのお嬢さん連れてくか。
4巡目、赤木がリーチをかける。
「リーチ」
──リーチやと…!?クソッ!
榊、赤木の捨牌を見る。河にあるのは🀐🀝🀕🀏だ。そして次に美月の捨牌を見る。
美月の捨牌は🀏🀂🀁、そして最初に抜きドラの🀃だ。
榊の手牌からして邪魔なのは風牌の🀁🀅🀂だ。
──この時点じゃあまだ分からん。そしてアイツはリーチをかけとる、ここは取り敢えず警戒しつつ、邪魔な🀅から捨てるか。
榊が🀅の牌を握り、河に捨てる。
「ロン」
赤木の氷のように冷たく、心臓を鷲掴みするような声が響いた。手牌が見せられ、榊は思わず目を見開く。
「大三元、役満32000点だ」
「なっ!?ンな馬鹿な…!!」
赤木の手、なんと大三元。美月もこれには思わず声をあげた。
三麻の恐ろしさとは、配牌が良ければ早い手で高得点を稼げるところである。そこに赤木の生まれ持っている強運も合わさり、この手牌。
「す、凄いです……」
「なに、運が良かっただけさ」
そう言うと赤木は愛煙しているハイライトを胸ポケットから取り出し、マッチで火をつける。
「さ、榊……」
浜田組の組長が狼狽えながら声をかける。
「大丈夫です組長、心配せんでもここから巻き返しますわ」
榊もタバコを取り出し、ジッポで火をつける。
「あいつのバカツキもここまでですわ。ええ、ええ、巻き返してやりますとも」
ギラリとした目を榊は赤木ではなく美月に向ける。
──こいつは相手にするだけ無駄や……狙うんはやっぱりこのお嬢さんや。
現在のそれぞれの持ち点はこのようになっている。
1位 赤木 67000点
2位 美月 47000点
3位 榊 -9000点
続く東3局 親は美月になる。ドラは🀝となった。
美月の手牌はあと3シャンテンで聴牌だが、この手で和了っても安手。リーチ、平和だけだ。
──せめて🀃が来てくれれば点数が伸びるけど、あんまりそれは望めないかも。
美月は直感的に感じていた。今、自分に流れはないと。流れは寧ろ美月の上家にいる榊にある。
「🀃抜きや」
🀃を抜く榊。しかしそれが4回続いた。これで榊は一気にドラ4となった。
──何となく感じてたけどやっぱり……ここは振り込まないように気をつけないと。
しかし12巡後の事。
「ツモ、断幺九ドラ3、抜きドラ4、跳満や」
東場はこれにて終了。
榊は12000点を取り返し、3000点になる。これでリーチができるようになった。
この時点での持ち点
赤木 61000点
美月 39000点
榊 3000点
──よしよし、流れは完全に俺に来とる。ここから巻き返しやで…!
続く南一局 親は赤木 ドラは🀏になる。
ここからはひたすら運が榊に傾き、赤木の親も虚しく倍満12000点のツモ和了。続く南二局 親は榊になり、ここでも満貫ツモ和了12000点を得て、榊はあっという間に27000点。息を吹き返したのだ。
続く南二局で、美月は榊の白、ドラ1に振り込み3000点を失ってしまう。
トップは依然赤木だが、手が伸びずなかなか点が取れなかった美月は徐々に点を奪われ3位になってしまう。美月の点数は現在27000点だ。
このままでは美月が危ない。誰もがそう感じていた時──美月は動き出した。
南二局 3本場 親は榊 ドラは🀖
三人がそれぞれ聴牌に向かい打ち始めている時の事──赤木、聴牌。断幺九ドラ3の手。
🀚🀛🀜🀝🀞🀟🀠🀑🀒🀓🀖🀖🀖 このかたちとなる。🀚🀝🀠の三面待ち。
赤木はリーチを選択せず、ツモ和了か榊からの放銃を待つ選択をした刹那の事。
上家の美月、打🀚。しかし赤木、これを見送る。
次の巡、またも美月は🀚を捨てる。それを見て赤木は美月が何をしたいかを理解し、ちらりと美月を見る。
──なるほど、何かこの人なりに策があるのか?面白い、その船に乗ろうじゃないか。
次巡で美月、🀝を捨てると赤木はニヤリと笑う。
「ロン」
倒される赤木の手牌、断幺九ドラ3の満貫8000点だ。
そして誰もが永代 美月の放銃を初心者が故のものだと考えていた。
否、そうではない。
美月は聴牌のかたちを崩してまで赤木に振り込んだのだ。赤木が張ったタイミングで、的確に。
美月は三麻の東一局時点でこの麻雀がどのようなゲームなのかを理解し、そして自分が何をすべきで、どう立ち回ればいいのかを理解していた。
そしてこの赤木への放銃は、榊を油断へと追いやる為の布石なのだ。
しかし、後ろでこの戦いを見ている石川は気が気ではなかった。
──赤木はいい、トップでこのまま逃げ切れば勝ちは間違いなしだ。問題は……。
石川は美月の背中を見る。しゃんと背筋を伸ばし正座で座っている少女を、不安ながら見守る。
──永代さんだ。このオーラスで巻き返さねえと榊に連れて行かれちまうぞ。流れは完全にあいつに来てる。早和了りの手で美月さんが親を続行すれば勝機はある…!頑張れ、美月さん…!
赤木 51000点
榊 30000点
美月 19000点
そしてオーラス、親は美月 ドラは🀠となった。
開始早々、美月は🀃を2枚抜きこれでドラ2は確定だ。
そして美月の手牌はほぼ字牌で埋め尽くされていた。
──うん、これならいけそう。後は自分の直感を信じるだけ。
「ポン」
美月、🀆をポンする。次巡で🀅のポン。
「ポン」
この時わずか10巡の出来事。榊は先の赤木と同じ大三元を警戒する。
──大三元か……?いや、小三元の可能性もある。どちらにせよ嫌な予感しかせえへんわ。
美月は榊が想像する別のストーリーを描いていた。
次巡、美月聴牌。🀙🀚🀛🀝🀐🀚🀛 🀆🀆🀆 🀅🀅🀅で🀝の地獄単騎待ち。
既に榊、赤木の河に🀝は一枚ずつ捨てられている。
しかし次巡、美月ツモ和了。
「ツモ。白、發、抜きドラ2で満貫6000点です」
榊は点棒を美月に次局で取り返せば良いと考えていた。
しかし次局になるも、この局は三人とも聴牌で点数の変動はなく終局となる。
続く次局も、美月の九種九牌により流局となった。
そして次局、ドラは🀔
──3000点失ったがまだ巻き返せる。ここから赤木を狙って倍満まで行く。今はその手牌や…!
榊の手牌は混一色、發、自風、場風、そして対々和が狙えるかたちになっている。そこに🀃が4枚、榊の元へとやってきてドラ4。倍満は確定だ。
──きた!きたでぇ…!!獲る!赤木からの放銃を…!!
そう思った矢先、美月が鳴いた。
「カン」
🀖の暗カン、新ドラを捲ると🀆が表示される。
🀅は榊の手元に暗刻である。ニヤリと笑いたくなる気持ちを抑え、榊は打っていく。
──勝った!悪いなぁ赤木、この勝負は俺の逆転や!金も嬢ちゃんもお前の命も、ぜぇ〜んぶ貰ってくで…!
そんな榊の様子を赤木は見逃していなかった。
それは美月も同じで、赤木ほど鮮明にではないが、己の直感が榊の手牌は危険だと警告している。
しかし、ここで止まれば勝機がない事も分かっている。美月はずっと守備重視の麻雀を打ってきたが、ここで本格的に攻撃に打って出る。
榊もそれを感じ取るも、まだ美月は手牌が揃っていない事を確信し、強気に出る。
「カン!」
榊、發を明カン。新ドラは🀚だ。榊にドラは乗らず。
しかし、美月の手が化ける。三暗刻ドラ6、倍満の手だ。
今まで息を潜めていた美月が、遂に顔を上げる。
「リーチ」
美月の手牌 🀚🀚🀚🀛🀛🀓🀔🀘🀘🀘 暗カンの🀖で🀒🀕待ちだ。
その頃榊も聴牌、混老頭もついて両者倍満確定の手牌。
──リーチやと!?これ以上点は失えんが、引き下がるワケにもいかへん…!
山から引いた牌を見て、榊は次に美月の河の牌を見る。
──字牌整理からの6巡目辺りから方向性を決めた気配がある。ドラの🀘が1枚、それから🀙、🀜が2枚ずつに🀑。取り敢えずこれは通りそうや。
榊、打🀗。次に赤木が打ったのは🀒。それを美月はロン宣言せずに流す。
──🀒が通るっちゅう事は筋の🀕もか。ツモ次第や…!
榊が山から手を伸ばし、引いた牌は🀕。
──きた!🀕や!これでここは凌げる…!
榊の打🀕───そこでこの勝負の決着はついた。
「ロンです」
榊が目を見開いて美月を見た。
「……は?」
美月の手牌が丁寧に倒される。
「リーチ、三暗刻、ドラ6。裏ドラ2枚で倍満16000点です」
榊は一気に最下位になり、これで決着はついた。榊は美月の手牌をマジマジと見つめ、そして美月を見る。
──こ、この娘!俺をッ!俺だけを狙ってたんや!なんっちゅー娘や!初心者の打ち方やない!この娘、このまま麻雀やらせたら間違いなく化ける!
それはこの場に居た誰もが感じ取った事で、当の美月はこの代打ちが終わり肩の力が抜け、姿勢を崩して座っていた。
最終結果
赤木 51000点
美月 38000点
榊 10000点
川田組は200万と榊の用意した500万を受け取り、赤木と美月の精算をするために二人を別室へ案内しようとした時だった。
「待てや、嬢ちゃん」
「っ!?」
美月は肩を震わせて振り向く。そこには何が面白いのか、笑みを浮かべる榊がいた。
「嬢ちゃん……いや、永代さんか。正直、一目惚れやったけどあの打ち方でもっと惚れてもうた」
「……え?」
「なあ頼む、俺と結婚してくれや」
真剣な眼差しになり、跪き、美月の手をとる榊。
なんともシュールな光景にその場の全員が唖然としていた。
それに対して美月は狼狽え、怯えた眼差しをしていたが、榊を見ると少し目を伏せ、彼の目を見る。
──この人、真剣な目だ。本気なんだ……。うん、私もちゃんと答えないと。
「ご、ごめんなさい……私、貴方とは結婚できません」
声は震えておらず、ハッキリとしていた。丁寧なその返事に榊はそうか、と一言発すると美月の手を離した。
「悪かったな、永代さん」
「い、いえ……」
「榊、もう行くぞ」
「はいはい。それじゃお二人さん、達者でな」
榊は黒服の男たちに連れてかれ、その場を後にした。
「俺達も行くぞ」
石川がそう言うと、赤木と美月を別室へと案内する。
二人はここで待つように石川に言われ、美月は大きなため息をつくと座布団へ座り込んだ。それに対して赤木は何食わぬ顔で煙草に火をつけ一服している。
「緊張…しました……」
「ククク、お疲れ様。それにしてもアイツ、本当に永代さんに惚れてたとはね」
「びっくりしました……もう何がなにやらです」
「それに面白いモンも見れた。君、強い打ち方できるんだな」
「そ、そうでしょうか?がむしゃらだったのであまり覚えてなくて」
「人生が賭かってるって思ったら、人は普通あんなに強気には打たない。守りに徹する。それに対して君は真っ直ぐ進んでたね」
赤木のその言葉を、美月は黙って聞いていた。
紫煙が揺らめき、天井に昇っては消えて、煙草特有の煙たさが部屋に広がっていく。
「ところで永代さん。あの榊って男の事をどう思った?」
「え?」
「勝負してる最中、君があの男をどう感じたか聞きたい」
そう尋ねられ、美月はうーんと小首を傾げて考える。しばらく黙っている美月だったが、考えが纏まったのか話し始めた。
「やる事や発言が滅茶苦茶で、突飛な人ですけど……麻雀の打ち方は堅実だと感じました。きっと、根は真面目な人なんでしょうね」
「そう、それが奴の本質さ」
「本質……」
美月が呟くと、赤木は煙草の煙を吐いて頷く。
「人は危機に相対した時、その本質が出る。今日の勝負で君を見ていて改めて思ったよ」
「私を、ですか?」
「ああ」
赤木からすれば、美月は榊という打ち手の狂気の鍍金を剥がしたのだ。
普通の人間はその鍍金に惑わされ、榊の本質を知ることなく、あの男の策略に溺れ、負けるだろう。
美月は静かに榊の本質を見破り、負けるかもしれないというのに赤木に満貫を振り込み、自分が初心者だということを巧みに利用して榊から勝利をもぎ取った。
真面目な榊であれば、美月がまだ素人で麻雀のマの字も知らないと踏んで安心する。そこを美月は突いたのだ。
「君は肉を切らせて骨を断つを躊躇いなくやる人間だ。永代さん、君は──」
赤木が言いかけた時、襖の向こうから二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「入るぞ、二人とも」
「あ、はい!どうぞ!」
襖が開くと石川と組長が入ってきた。艶やかな風呂敷を二つ抱えた石川は二人の前に座るとその風呂敷を目の前に差し出し、結び目を解く。
「赤木、永代さん、確認してくれ」
その風呂敷の中には大金が入っており、美月は札束を見てただただ絶句した。
赤木は何ともない顔をしていて、札束を適当に確認するとどうも、と一言礼を伝えるとバッグに札束を詰めていく。
わなわなと美月は震えており、大金を前にどうすればいいか分からなくなっている。
「ああ、永代さんのバッグにはこれは入り切らねえな。風呂敷ごと持って行って貰って結構だ」
気が利かなくてすまない、と石川が言う。
美月は少し落ち着いたのか、服の裾を握るとあの、と石川と組長に声をかける。
「あの、すみません……私、このお金は」
そして、一呼吸置いてから美月は落ち着いたいつもの口調で言う。
「このお金は、受け取れません」
部屋は静寂に包まれ、外からは虫の涼やかな鳴き声だけが響いた。