月を見ていた
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──昭和40年
季節は巡り、春風とは違う熱を帯びた風が吹き、緑燃ゆる夏となった。
美月は大学では新しい友人もできて、それなりに充実した日々を送り、相変わらず勉強とアルバイトの日々を送っている。
あれから4ヶ月が経ち、赤木がこのさくら荘を訪ねて来る事は無かった。
そして大学は夏休みに入り、美月はというと課題に追われていた。図書館に入り浸り、書店に寄って、資料や参考書を漁る毎日だ。
そんな今日、美月は課題をキリのいいところで終わらせると、うーんと身体を伸ばして窓の外を見る。
蝉の忙しない鳴き声が聞こえる。どこまでも高く広がる青い空と、真っ白な入道雲。
子供達のはしゃぎ声、そして夏草の香り。
透明なグラスコップの中の溶けた氷がカラン、と耳心地の良い音を奏でると、美月は麦茶を飲み干した。
それから暫く窓の外をのんびり眺め、下の階から聞こえる風鈴の音に耳を澄ませる。
──ああ、すっかり夏だなぁ。
何も予定の無い美月の一日は、家事をして、課題をして、やる事を全てやってしまったら基本的にのんびりしている。
時間が過ぎるのを待ち、自堕落という訳ではないが、ラジオを聞いたり、本を読んだりと、インドアな方だ。
外で遊ぶのも悪くないが、こうして自分の時間を大切にするのが美月は好きだ。
気が済むまで外を眺めたら、美月は本棚に手を伸ばし、今日はどの本を読もうかと手を迷わせる。
最近、書店に行った際に参考書以外にも何冊か小説を買った。折角ならばその作品を読もうと、ある一冊を手に取る。
夏目漱石の「三四郎」という本だ。
前からタイトルは知っていたが、中々手の付けられなかった作品。今回思い切って買った美月は表紙を捲り、読み進めていく。
パラ、パラ、とページを捲る音だけが部屋に響き、時々体勢を変えながら無言で読み進めていく。
読み終える頃には16時になっていて、ひぐらしが鳴いていた。
この物語を読んで、美月は三四郎に共感した。新生活が始まり、都会で出会った女性に初恋をする三四郎。
しかし、三四郎はその女性に恋心を弄ばれ、失恋してしまう。
最終的にその女性は別の男性と結婚してしまうのだから。
恋愛の不安定さ、儚さを書いた物語。しかし美月にはまだ分からないのだ。美月は恋をしたことがない。
人を親友だったり、そういう意味で好きになった事はあるが、恋愛対象はまだない。
恋愛に興味がない訳では無いのだが、美月は良くも悪くも男性のいない環境に身を置きすぎた。中学、高校、大学と女子しかいない環境だったのだ。
それに、自分から出会いを求める事もなければ、自分が恋愛対象に見られる価値のある女性なのか?という疑念があった。
死を求め、狂ったように生き急ぐ自分を好きになる人などいるのか、と。
昔、美月が読んだ外国の本の一節にこんなものがあった。
女の子はお砂糖にスパイスに、素敵なものぜんぶ、そんなものでできている、と。
きっと普通の女の子はそんな表現をしても遜色のないものでできている。
それなのに、私はどうしようもない、と美月は自嘲気味に微笑み、そして膝を抱えて顔を隠す。
何処にいても付き纏うこの孤独感は、どうやっても埋められないのだ。
それは美月と似た思想、思考の人間が周囲にいないから。たとえ友人と一緒にいても、家族と過ごしていても、この感覚はいつだって付き纏っていた。
自分が例外的な人間なのが原因というのは分かっている。分かってはいるが、それでも求めてしまうのだ──同類の人間を。
自分と同類──ではないが、同じような人を美月は一人だけ知ってる。
月から来たような、どこまでも掴みどころのない彼を。
その人は今、何処で何をしているのだろうか、何処かの街で元気にしているだろうか、また何処かの賭場で命を賭けているのだろうかと、茜色の空を見つめて思いを馳せる。
遠くで車の走る音が聞こえ、それが遠ざかっていく。
空虚な朱色の部屋に、ひぐらしの声と風鈴の音色だけが響いた。
──8月5日
夏の暑さがピークを迎え、美月のバイト先でもある喫茶店 時雨は昼間から繁盛している。夏場は胃袋から冷えるようなアイスコーヒーが人気で、ここ最近はいつもより多めに作っておく事が定石になっている。
ピーク時間が過ぎた午後3時、店の裏から店長が声をかけてきた。
「永代さん、今のうちに休憩行こうか」
「はい、分かりました。それでは休憩いただきます」
「永代さん、まかない食べるかい?今日はきまぐれパスタだよ」
「お願いします、お腹ペコペコで……」
美月は少し照れくさそうにお腹をさする。それを見たマスターは「はいよ」と優しく言うとパスタを作り始めた。
店の休憩室に入ると店長が椅子に座ってアイスコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。
「お疲れ様です、休憩入ります」
「お疲れ様、永代さん。全く、最近物騒ねぇ……」
店長が呟く。美月はエプロンをハンガーにかけると振り返り、何が物騒なのかを尋ねた。
「何かあったんですか?」
「これよ、これ」
そう言って店長が見せてきた新聞の見出しには、大きく「謎の怪死事件!吸血鬼現る!」と載っていた。
「これは……」
「多摩の山中で血を大量に抜かれた男性の遺体が発見されたんですって。しかも、傷は左腕の注射針痕だけなんだとか」
「なるほど、だから吸血鬼現る、ですか……左腕の注射針痕、医療ミスによる隠蔽が見つかったって感じでしょうか?」
「うーん、でもお医者様が人を死なせてしまうくらいの血をミスで抜くかしら?いや、ヤブ医者なら有り得るわね」
「では、ヤブ医者による医療ミス……?」
店長とこの事件の推理をしていると、マスターがパスタを持ってやってきた。
「僕は、お金持ちによる殺人だと思うなぁ」
「あ、お疲れ様です。まかないありがとうございます」
美月がまかないを受け取ると、店長がマスターに尋ねる。
「あらアナタ、どうしてそう思うの?」
「まず、医者が犯人であれば霊安室に保存できるだろうし、ヤブ医者ならばその手の人にツテがあるはずだ、死体が発見される事はまず無いだろう」
美月と店長はマスターの話に興味深そうに耳を傾ける。
「新聞の記事によると、死体遺棄の現場を目撃されているから、そちらに関しては犯人は素人。しかし、血を抜く事ができる医療器具を用いての殺人は一般人ではできないだろう。恐らく──かなり高い地位の人間が犯人だろうね。しかも、猟奇的な趣味の持ち主の」
店長はマスターの話を聞いてブルリと身を震わせ、美月はその推理に感心した。
「マスター、凄いです!まるで探偵さんみたいです!」
「いやぁ、照れるなぁ」
「アナタ、昔から推理小説好きだものね。……推理が当たった事はないけれど」
そう言われると、マスターはいやはや…と困ったように笑った。
「でも永代さん、最近若い人の失踪事件だったり、何かと物騒な世の中だから帰り道には気をつけるのよ」
「はい、お心遣いありがとうございます」
美月は湯気と香りの立つパスタに向き直る。
「それではマスター、店長、いただきます」
手を合わせ、二人にそう言うと姿勢を正し、パスタを食べた。オリーブオイルと少しのニンニク、炒めたエビの入ったパスタは、働いた美月の身体によく染みた。
アルバイトを終えて退勤したのは18時頃の事。夏の明るさが僅かに残るこの道を、美月は食材が入った紙袋を持って歩いていく。
──今日も余った食材貰っちゃった……レモンに人参、玉ねぎ、ツナ缶……今日は素麺かな。
今日の献立を考えながら歩いていると、ふと休憩中のマスターの言っていた事を思い出す。
店長はマスターの推理は当たった事がないと言っていたが、存外当たっているのではないかと考える。
美月が読んだ事のある小説の中に「血の伯爵夫人 エリザベート・バートリ」というものがある。
自分の美貌のために600人以上の若い女性を殺害し、処女の血をその身体に浴びる事で若返ると信じていた、狂った夫人を書いた物語。
この物語が実話から来ているのだ、この日本でも、狂った人間による猟奇的な事件があってもおかしくないと美月は思う。
自分のことはさて置き、もし自分の大切な友人や知人が、この様な事件に巻き込まれ、命を落としたら──美月は考えるだけでもゾッとした。想像しただけでも胸が締め付けられ、やるせない気持ちになる。
──犯人、早く捕まってほしいな。
夕日が沈んでいく静かな街を、美月はただ一人歩いた。
そんな怪死事件があり、マスコミがこの事件をもっと大々的に取り上げるだろうと思っていたし、犯人もすぐに捕まるだろうと楽観的に考えていた。
しかし、美月の予想は外れ、途端にマスコミはこの事件を取り上げなくなり、ニュースでも報道されなくなった。
美月も課題が終盤になり、追い込みをかけるべくレポート用紙と睨めっこをしていたため、その事件の事は頭からすっかり消えていた。
それから二週間程が経ち、夏休みも終盤に入った。課題やレポートは一週間前に全て終え、美月はその間、友人と海へ行ったり、仕送りをしてくれる田舎の祖母の家へ顔を出したりして、夏を過ごしていた。
──8月31日
夏休みも終盤に差し掛かってきた夜。美月は風呂から上がり、髪を乾かすと居間に戻って窓から曇天を見上げた。
バケツをひっくり返したような雨が窓を叩きつけるように降り、遠くで雷も鳴っている。
月の明かりも、星の光もないというのに、なんとなく美月は空を見ていた。
夜の9時半頃、そろそろ床に就こうかという時に、アパートの無機質なチャイムが鳴った。
こんな夜に、こんな雨の中、一体誰が訪ねてきたのかを訝しみ、ゆっくりと玄関へと足を進める。
ドアノブを握り、警戒心を高め、美月はドアを開ける。
鼻につく雨と土の混ざった匂い、そしてふわりと嗅ぎなれた煙草の匂いがした。そこに立つ人物を見て、美月の強ばった表情が驚きに変わる。
「あ、赤木さん……?」
「やあ、久しぶり」
4ヶ月ぶりに再会した赤木を見て、美月の表情が和らぐ。
「お久しぶりです、今日はどうされましたか?」
「……いや、君の顔がなんとなく見たくなったんでね」
「……ふふっ、なんですか、それ」
「……」
美月は黙り込む赤木を不思議そうに見つめる。いつもなら玄関にあがってくるはずなのに、赤木はそこから動かないのだ。
それと同時に、美月は何か嫌な予感を感じた。
「赤木さん、あがらないんですか?」
「ああ、今日はこれからやる事があるから」
ざぁざぁと、雨音が嫌に耳につく。美月はあの時と同じものを感じていた。
それは母が病で亡くなった日に感じたもの。
父が自殺した日の朝に感じたもの。
赤木しげるが、死へ向かう予兆を。
「こんな時間に悪かったね。もう行くよ、それじゃ」
そう言って立ち去ろうとする赤木の背中にむかって、美月は思わず声を上げる。
「待ってください!」
赤木は何かに引っ張られるような感覚がして、足を止めた。振り向くと、美月が赤木の服の後ろを小さく掴んでいた。その手は弱々しく、震えていた。
「何処へ、行くんですか……?」
震える声で美月は問う。赤木は目を少し細めて答えた。
「それは言えないな」
「……」
二人の間に静寂が流れる。ぽちゃん、ぽちゃん、と水滴が落ちる音が聞こえると共に、美月の瞳に涙が溜まっていく。
「赤木、さん……」
「ん?」
今にも泣き出しそうな顔をして、しかし涙を堪えて、美月は言った。
「帰ってきて、くれますか?」
しばしの沈黙の後、赤木は応える。
「ああ、帰ってくる」
その言葉を聞くと、美月は掴んでいた赤木の服から手を離す。
「帰ってきてくださいね……。私、ここで待ってますから」
「ああ、いってくる」
「……いってらっしゃい」
涙を堪え、なんとか笑顔を作って、美月は赤木を見送った。
玄関のドアが物寂しさを告げるように閉まる。そして、美月は堪えていた涙をダムが決壊したように溢れさせる。
遂には足が竦み、膝から崩れ落ちた。
「うっ、ぅぅううっ……!」
嗚咽を漏らしながら、高鳴る鼓動の意味を、理由を、知ってしまった。
「私……私っ、赤木さんが……赤木さんの事が──」
──好き……好きなんだ。
「好き」の言葉が出る前に嗚咽が漏れ出し、その言葉を言えずに、ただ泣いた。
後悔ばかりが降り積もり、美月は閉じた玄関を見る。
──赤木さんが、死んでしまうかもしれないのに……引き止められなかった。自分の気持ちに気がつくのが遅すぎた。これが、恋なの?
美月の想像した恋とは、もっと華々しく、輝かしく、楽しいものだった。
物語の中で見た男女の恋愛は甘酸っぱいような、心を擽るようなものが多かった。
初恋が、もしかしたらもう会えない人を想うとは──想像だにしなかった。
しかし、美月には彼の帰りを待つ事しかできない。信じて待つ他ないのだ。
美月は祈る、赤木が無事に生きて帰ってきてくれる事を。
拭っても拭っても止まらない涙を流しながら、美月は赤木からいつか貰った桜色のハンカチを出す。
それを大切そうに握り、ただただ、彼がまたここを訪ねてくれる事を願う。
──9月1日
それからどれくらい経っただろう、時間を忘れるほど美月は泣いて、いつの間にか眠ってしまっていた。
身体を起こすと昨日の雨はすっかり止み、爽やかな朝日が部屋を照らしていた。時計の針は8時を示している。
握りしめたまま寝ていたのか、赤木からもらったハンカチはしわくちゃだ。これを洗濯しようとフラフラとした足取りで美月は洗面所へと向かった。
洗面所の鏡を見て、あまりにも酷い有様の自分に美月はため息をつく。
泣き腫らした目の周りは真っ赤になり、髪の毛はボサボサで、顔も泣きすぎたせいで浮腫んでいる。寝不足なのか、目の下に少しクマもできていた。
「……酷い顔」
そう呟いて、美月は顔を洗い、髪の毛をブラシで整える。いつもならこの時点でシャキッとするのだが、今日は無気力にぼーっとしている。
洗濯機の中にハンカチを入れると、とぼとぼと足音を立てて部屋に戻り、布団の上にペタリと座ると、窓からの景色を見る。
どんなに別のことを考えようとしても、頭から追い出そうとしても──思い浮かぶのは、考えてしまうのは赤木の事ばかりだった。
そして彼を思うたびに、涙が溢れそうになる。
「………帰ってきて、赤木さん」
泣き疲れ、掠れた声で美月は呟く。
項垂れ、静かに涙を流していると──カン、カンと外階段を登ってくる音がした。
その足音は美月の部屋の前で止まると、次の瞬間チャイムが鳴った。
美月ははっとして玄関ドアを見る。よろよろと立ち上がると、小走りで玄関ドアに近寄り──躊躇いなくドアを開けた。
そこには、美月の一晩を無限のように感じさせた件の男が立っていた。
白い髪、すらっとしたシンプルな出で立ち、よく嗅いだ煙草の匂い。
「……赤木、さん?」
「……ただいま、美月さん」
その言葉を聞くと同時に、美月は赤木に抱きついた。彼の体温を、彼の生を実感するために。
少し冷たいが、確かに感じる赤木の体温。そして聞こえてくる規則正しい心音を耳にして、美月の目にはまた涙が滲む。
それは悲愴からくるものではなく、安堵と喜びからくるものだった。
──夢じゃない、赤木さん……生きてる……!
「赤木さん、赤木さんっ!おかえりなさい……!」
抱きついてきた美月に困惑しつつ、自分の胸の中で涙を流す彼女を見て、赤木は片手で優しく肩を抱いて応える。
「ああ、帰ったよ」
美月の部屋にあがると、赤木は軽くシャワーを浴びて、そのまま眠りについた。昨日は夜通し麻雀をしていたようで、とても眠たげだった。
そんな赤木を見て、美月は静かに彼の傍に腰を下ろした。無防備な彼の寝顔を見て、美月は胸を甘く締め付けられるような感覚になる。
これが恋なのだと、改めて実感した。
ふと赤木の左腕を見ると、注射痕があった。そして美月は前に店長達と話した、吸血怪死事件のことを思い出し、まさかと目を見開く。
──赤木さん、あの事件の犯人と……一体何処で、何をしてきたの?
そっと左腕の注射痕を撫でる。赤木が死の淵から帰ってきたのは事実でも、もしかしたら──一歩間違えば死んでいたのかもしれないと思うと、彼を喪ったかもしれないと思うと、また胸が張り裂けそうな感情に襲われる。
眠る赤木の隣に、美月も横たわる。放り出された彼の手を取ると、静かに涙を流した。
──貴方を喪うなんて、考えられない、考えたくもない。赤木さんが好き、好きだから、この人には一分でも、一秒でも、長く生きてほしい。
少しだけ、手を握る力を込める。離したくないと言わんばかりに。
しばらく赤木の寝顔を見つめていると、つられて寝不足だった美月も船を漕ぎ出し、そのまま残暑の日差しの中に意識は落ちていった。
目が覚めると、まず感じたのは重ねられた手の感触だった。自分より小さく、柔らい、白い手は目の前で眠る恋しい女性のもので──
手を振りほどくなんて勿体なくて、寧ろ赤木は可愛らしい事をしてくる彼女の寝顔を見つめる。
残暑の太陽の光に照らされた彼女の頬には、涙を流した跡があった。
──そう言えば、昨日も今日も泣いてたな。
昨晩の美月は赤木から見ても少し不思議だった。まるで、これから自分の行く場所が分かっているような様子だった。
あの時の、涙を浮かべながら引き留める美月を思い出す。
──いや、俺が泣かせたのか……。
そう思うと、赤木は少し胸がキュッと痛むような感覚がする。
好きな人を泣かせてしまったという、罪悪感。
「……ごめん、美月さん」
ポツリと、赤木が呟く。すると、ふるふると美月の睫毛が揺れ、綺麗な瞳が覗いた。
「赤木、さん……」
美月はふわりと、安心したように笑う。
「おかえり、なさい」
「うん、ただいま」
「今日は何が食べたいですか?」
目を細め笑う彼女を見て、赤木もつられて微笑む。
「……レバー使った料理がいいな」
「はい、後で一緒にお買い物行きましょうね」
微睡む二人の空間を、残暑の涼しい風が包み込む。
チリンリン、チリンリンと、風鈴の音が遠くで聞こえて、窓の外には青空が広がっている。
赤木は優しく、嬉しそうに笑う美月の手を優しく握り返した。
──ああ、やっぱり君は、笑顔が一番似合う。……もう、泣かせはしない。
季節は巡り、春風とは違う熱を帯びた風が吹き、緑燃ゆる夏となった。
美月は大学では新しい友人もできて、それなりに充実した日々を送り、相変わらず勉強とアルバイトの日々を送っている。
あれから4ヶ月が経ち、赤木がこのさくら荘を訪ねて来る事は無かった。
そして大学は夏休みに入り、美月はというと課題に追われていた。図書館に入り浸り、書店に寄って、資料や参考書を漁る毎日だ。
そんな今日、美月は課題をキリのいいところで終わらせると、うーんと身体を伸ばして窓の外を見る。
蝉の忙しない鳴き声が聞こえる。どこまでも高く広がる青い空と、真っ白な入道雲。
子供達のはしゃぎ声、そして夏草の香り。
透明なグラスコップの中の溶けた氷がカラン、と耳心地の良い音を奏でると、美月は麦茶を飲み干した。
それから暫く窓の外をのんびり眺め、下の階から聞こえる風鈴の音に耳を澄ませる。
──ああ、すっかり夏だなぁ。
何も予定の無い美月の一日は、家事をして、課題をして、やる事を全てやってしまったら基本的にのんびりしている。
時間が過ぎるのを待ち、自堕落という訳ではないが、ラジオを聞いたり、本を読んだりと、インドアな方だ。
外で遊ぶのも悪くないが、こうして自分の時間を大切にするのが美月は好きだ。
気が済むまで外を眺めたら、美月は本棚に手を伸ばし、今日はどの本を読もうかと手を迷わせる。
最近、書店に行った際に参考書以外にも何冊か小説を買った。折角ならばその作品を読もうと、ある一冊を手に取る。
夏目漱石の「三四郎」という本だ。
前からタイトルは知っていたが、中々手の付けられなかった作品。今回思い切って買った美月は表紙を捲り、読み進めていく。
パラ、パラ、とページを捲る音だけが部屋に響き、時々体勢を変えながら無言で読み進めていく。
読み終える頃には16時になっていて、ひぐらしが鳴いていた。
この物語を読んで、美月は三四郎に共感した。新生活が始まり、都会で出会った女性に初恋をする三四郎。
しかし、三四郎はその女性に恋心を弄ばれ、失恋してしまう。
最終的にその女性は別の男性と結婚してしまうのだから。
恋愛の不安定さ、儚さを書いた物語。しかし美月にはまだ分からないのだ。美月は恋をしたことがない。
人を親友だったり、そういう意味で好きになった事はあるが、恋愛対象はまだない。
恋愛に興味がない訳では無いのだが、美月は良くも悪くも男性のいない環境に身を置きすぎた。中学、高校、大学と女子しかいない環境だったのだ。
それに、自分から出会いを求める事もなければ、自分が恋愛対象に見られる価値のある女性なのか?という疑念があった。
死を求め、狂ったように生き急ぐ自分を好きになる人などいるのか、と。
昔、美月が読んだ外国の本の一節にこんなものがあった。
女の子はお砂糖にスパイスに、素敵なものぜんぶ、そんなものでできている、と。
きっと普通の女の子はそんな表現をしても遜色のないものでできている。
それなのに、私はどうしようもない、と美月は自嘲気味に微笑み、そして膝を抱えて顔を隠す。
何処にいても付き纏うこの孤独感は、どうやっても埋められないのだ。
それは美月と似た思想、思考の人間が周囲にいないから。たとえ友人と一緒にいても、家族と過ごしていても、この感覚はいつだって付き纏っていた。
自分が例外的な人間なのが原因というのは分かっている。分かってはいるが、それでも求めてしまうのだ──同類の人間を。
自分と同類──ではないが、同じような人を美月は一人だけ知ってる。
月から来たような、どこまでも掴みどころのない彼を。
その人は今、何処で何をしているのだろうか、何処かの街で元気にしているだろうか、また何処かの賭場で命を賭けているのだろうかと、茜色の空を見つめて思いを馳せる。
遠くで車の走る音が聞こえ、それが遠ざかっていく。
空虚な朱色の部屋に、ひぐらしの声と風鈴の音色だけが響いた。
──8月5日
夏の暑さがピークを迎え、美月のバイト先でもある喫茶店 時雨は昼間から繁盛している。夏場は胃袋から冷えるようなアイスコーヒーが人気で、ここ最近はいつもより多めに作っておく事が定石になっている。
ピーク時間が過ぎた午後3時、店の裏から店長が声をかけてきた。
「永代さん、今のうちに休憩行こうか」
「はい、分かりました。それでは休憩いただきます」
「永代さん、まかない食べるかい?今日はきまぐれパスタだよ」
「お願いします、お腹ペコペコで……」
美月は少し照れくさそうにお腹をさする。それを見たマスターは「はいよ」と優しく言うとパスタを作り始めた。
店の休憩室に入ると店長が椅子に座ってアイスコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。
「お疲れ様です、休憩入ります」
「お疲れ様、永代さん。全く、最近物騒ねぇ……」
店長が呟く。美月はエプロンをハンガーにかけると振り返り、何が物騒なのかを尋ねた。
「何かあったんですか?」
「これよ、これ」
そう言って店長が見せてきた新聞の見出しには、大きく「謎の怪死事件!吸血鬼現る!」と載っていた。
「これは……」
「多摩の山中で血を大量に抜かれた男性の遺体が発見されたんですって。しかも、傷は左腕の注射針痕だけなんだとか」
「なるほど、だから吸血鬼現る、ですか……左腕の注射針痕、医療ミスによる隠蔽が見つかったって感じでしょうか?」
「うーん、でもお医者様が人を死なせてしまうくらいの血をミスで抜くかしら?いや、ヤブ医者なら有り得るわね」
「では、ヤブ医者による医療ミス……?」
店長とこの事件の推理をしていると、マスターがパスタを持ってやってきた。
「僕は、お金持ちによる殺人だと思うなぁ」
「あ、お疲れ様です。まかないありがとうございます」
美月がまかないを受け取ると、店長がマスターに尋ねる。
「あらアナタ、どうしてそう思うの?」
「まず、医者が犯人であれば霊安室に保存できるだろうし、ヤブ医者ならばその手の人にツテがあるはずだ、死体が発見される事はまず無いだろう」
美月と店長はマスターの話に興味深そうに耳を傾ける。
「新聞の記事によると、死体遺棄の現場を目撃されているから、そちらに関しては犯人は素人。しかし、血を抜く事ができる医療器具を用いての殺人は一般人ではできないだろう。恐らく──かなり高い地位の人間が犯人だろうね。しかも、猟奇的な趣味の持ち主の」
店長はマスターの話を聞いてブルリと身を震わせ、美月はその推理に感心した。
「マスター、凄いです!まるで探偵さんみたいです!」
「いやぁ、照れるなぁ」
「アナタ、昔から推理小説好きだものね。……推理が当たった事はないけれど」
そう言われると、マスターはいやはや…と困ったように笑った。
「でも永代さん、最近若い人の失踪事件だったり、何かと物騒な世の中だから帰り道には気をつけるのよ」
「はい、お心遣いありがとうございます」
美月は湯気と香りの立つパスタに向き直る。
「それではマスター、店長、いただきます」
手を合わせ、二人にそう言うと姿勢を正し、パスタを食べた。オリーブオイルと少しのニンニク、炒めたエビの入ったパスタは、働いた美月の身体によく染みた。
アルバイトを終えて退勤したのは18時頃の事。夏の明るさが僅かに残るこの道を、美月は食材が入った紙袋を持って歩いていく。
──今日も余った食材貰っちゃった……レモンに人参、玉ねぎ、ツナ缶……今日は素麺かな。
今日の献立を考えながら歩いていると、ふと休憩中のマスターの言っていた事を思い出す。
店長はマスターの推理は当たった事がないと言っていたが、存外当たっているのではないかと考える。
美月が読んだ事のある小説の中に「血の伯爵夫人 エリザベート・バートリ」というものがある。
自分の美貌のために600人以上の若い女性を殺害し、処女の血をその身体に浴びる事で若返ると信じていた、狂った夫人を書いた物語。
この物語が実話から来ているのだ、この日本でも、狂った人間による猟奇的な事件があってもおかしくないと美月は思う。
自分のことはさて置き、もし自分の大切な友人や知人が、この様な事件に巻き込まれ、命を落としたら──美月は考えるだけでもゾッとした。想像しただけでも胸が締め付けられ、やるせない気持ちになる。
──犯人、早く捕まってほしいな。
夕日が沈んでいく静かな街を、美月はただ一人歩いた。
そんな怪死事件があり、マスコミがこの事件をもっと大々的に取り上げるだろうと思っていたし、犯人もすぐに捕まるだろうと楽観的に考えていた。
しかし、美月の予想は外れ、途端にマスコミはこの事件を取り上げなくなり、ニュースでも報道されなくなった。
美月も課題が終盤になり、追い込みをかけるべくレポート用紙と睨めっこをしていたため、その事件の事は頭からすっかり消えていた。
それから二週間程が経ち、夏休みも終盤に入った。課題やレポートは一週間前に全て終え、美月はその間、友人と海へ行ったり、仕送りをしてくれる田舎の祖母の家へ顔を出したりして、夏を過ごしていた。
──8月31日
夏休みも終盤に差し掛かってきた夜。美月は風呂から上がり、髪を乾かすと居間に戻って窓から曇天を見上げた。
バケツをひっくり返したような雨が窓を叩きつけるように降り、遠くで雷も鳴っている。
月の明かりも、星の光もないというのに、なんとなく美月は空を見ていた。
夜の9時半頃、そろそろ床に就こうかという時に、アパートの無機質なチャイムが鳴った。
こんな夜に、こんな雨の中、一体誰が訪ねてきたのかを訝しみ、ゆっくりと玄関へと足を進める。
ドアノブを握り、警戒心を高め、美月はドアを開ける。
鼻につく雨と土の混ざった匂い、そしてふわりと嗅ぎなれた煙草の匂いがした。そこに立つ人物を見て、美月の強ばった表情が驚きに変わる。
「あ、赤木さん……?」
「やあ、久しぶり」
4ヶ月ぶりに再会した赤木を見て、美月の表情が和らぐ。
「お久しぶりです、今日はどうされましたか?」
「……いや、君の顔がなんとなく見たくなったんでね」
「……ふふっ、なんですか、それ」
「……」
美月は黙り込む赤木を不思議そうに見つめる。いつもなら玄関にあがってくるはずなのに、赤木はそこから動かないのだ。
それと同時に、美月は何か嫌な予感を感じた。
「赤木さん、あがらないんですか?」
「ああ、今日はこれからやる事があるから」
ざぁざぁと、雨音が嫌に耳につく。美月はあの時と同じものを感じていた。
それは母が病で亡くなった日に感じたもの。
父が自殺した日の朝に感じたもの。
赤木しげるが、死へ向かう予兆を。
「こんな時間に悪かったね。もう行くよ、それじゃ」
そう言って立ち去ろうとする赤木の背中にむかって、美月は思わず声を上げる。
「待ってください!」
赤木は何かに引っ張られるような感覚がして、足を止めた。振り向くと、美月が赤木の服の後ろを小さく掴んでいた。その手は弱々しく、震えていた。
「何処へ、行くんですか……?」
震える声で美月は問う。赤木は目を少し細めて答えた。
「それは言えないな」
「……」
二人の間に静寂が流れる。ぽちゃん、ぽちゃん、と水滴が落ちる音が聞こえると共に、美月の瞳に涙が溜まっていく。
「赤木、さん……」
「ん?」
今にも泣き出しそうな顔をして、しかし涙を堪えて、美月は言った。
「帰ってきて、くれますか?」
しばしの沈黙の後、赤木は応える。
「ああ、帰ってくる」
その言葉を聞くと、美月は掴んでいた赤木の服から手を離す。
「帰ってきてくださいね……。私、ここで待ってますから」
「ああ、いってくる」
「……いってらっしゃい」
涙を堪え、なんとか笑顔を作って、美月は赤木を見送った。
玄関のドアが物寂しさを告げるように閉まる。そして、美月は堪えていた涙をダムが決壊したように溢れさせる。
遂には足が竦み、膝から崩れ落ちた。
「うっ、ぅぅううっ……!」
嗚咽を漏らしながら、高鳴る鼓動の意味を、理由を、知ってしまった。
「私……私っ、赤木さんが……赤木さんの事が──」
──好き……好きなんだ。
「好き」の言葉が出る前に嗚咽が漏れ出し、その言葉を言えずに、ただ泣いた。
後悔ばかりが降り積もり、美月は閉じた玄関を見る。
──赤木さんが、死んでしまうかもしれないのに……引き止められなかった。自分の気持ちに気がつくのが遅すぎた。これが、恋なの?
美月の想像した恋とは、もっと華々しく、輝かしく、楽しいものだった。
物語の中で見た男女の恋愛は甘酸っぱいような、心を擽るようなものが多かった。
初恋が、もしかしたらもう会えない人を想うとは──想像だにしなかった。
しかし、美月には彼の帰りを待つ事しかできない。信じて待つ他ないのだ。
美月は祈る、赤木が無事に生きて帰ってきてくれる事を。
拭っても拭っても止まらない涙を流しながら、美月は赤木からいつか貰った桜色のハンカチを出す。
それを大切そうに握り、ただただ、彼がまたここを訪ねてくれる事を願う。
──9月1日
それからどれくらい経っただろう、時間を忘れるほど美月は泣いて、いつの間にか眠ってしまっていた。
身体を起こすと昨日の雨はすっかり止み、爽やかな朝日が部屋を照らしていた。時計の針は8時を示している。
握りしめたまま寝ていたのか、赤木からもらったハンカチはしわくちゃだ。これを洗濯しようとフラフラとした足取りで美月は洗面所へと向かった。
洗面所の鏡を見て、あまりにも酷い有様の自分に美月はため息をつく。
泣き腫らした目の周りは真っ赤になり、髪の毛はボサボサで、顔も泣きすぎたせいで浮腫んでいる。寝不足なのか、目の下に少しクマもできていた。
「……酷い顔」
そう呟いて、美月は顔を洗い、髪の毛をブラシで整える。いつもならこの時点でシャキッとするのだが、今日は無気力にぼーっとしている。
洗濯機の中にハンカチを入れると、とぼとぼと足音を立てて部屋に戻り、布団の上にペタリと座ると、窓からの景色を見る。
どんなに別のことを考えようとしても、頭から追い出そうとしても──思い浮かぶのは、考えてしまうのは赤木の事ばかりだった。
そして彼を思うたびに、涙が溢れそうになる。
「………帰ってきて、赤木さん」
泣き疲れ、掠れた声で美月は呟く。
項垂れ、静かに涙を流していると──カン、カンと外階段を登ってくる音がした。
その足音は美月の部屋の前で止まると、次の瞬間チャイムが鳴った。
美月ははっとして玄関ドアを見る。よろよろと立ち上がると、小走りで玄関ドアに近寄り──躊躇いなくドアを開けた。
そこには、美月の一晩を無限のように感じさせた件の男が立っていた。
白い髪、すらっとしたシンプルな出で立ち、よく嗅いだ煙草の匂い。
「……赤木、さん?」
「……ただいま、美月さん」
その言葉を聞くと同時に、美月は赤木に抱きついた。彼の体温を、彼の生を実感するために。
少し冷たいが、確かに感じる赤木の体温。そして聞こえてくる規則正しい心音を耳にして、美月の目にはまた涙が滲む。
それは悲愴からくるものではなく、安堵と喜びからくるものだった。
──夢じゃない、赤木さん……生きてる……!
「赤木さん、赤木さんっ!おかえりなさい……!」
抱きついてきた美月に困惑しつつ、自分の胸の中で涙を流す彼女を見て、赤木は片手で優しく肩を抱いて応える。
「ああ、帰ったよ」
美月の部屋にあがると、赤木は軽くシャワーを浴びて、そのまま眠りについた。昨日は夜通し麻雀をしていたようで、とても眠たげだった。
そんな赤木を見て、美月は静かに彼の傍に腰を下ろした。無防備な彼の寝顔を見て、美月は胸を甘く締め付けられるような感覚になる。
これが恋なのだと、改めて実感した。
ふと赤木の左腕を見ると、注射痕があった。そして美月は前に店長達と話した、吸血怪死事件のことを思い出し、まさかと目を見開く。
──赤木さん、あの事件の犯人と……一体何処で、何をしてきたの?
そっと左腕の注射痕を撫でる。赤木が死の淵から帰ってきたのは事実でも、もしかしたら──一歩間違えば死んでいたのかもしれないと思うと、彼を喪ったかもしれないと思うと、また胸が張り裂けそうな感情に襲われる。
眠る赤木の隣に、美月も横たわる。放り出された彼の手を取ると、静かに涙を流した。
──貴方を喪うなんて、考えられない、考えたくもない。赤木さんが好き、好きだから、この人には一分でも、一秒でも、長く生きてほしい。
少しだけ、手を握る力を込める。離したくないと言わんばかりに。
しばらく赤木の寝顔を見つめていると、つられて寝不足だった美月も船を漕ぎ出し、そのまま残暑の日差しの中に意識は落ちていった。
目が覚めると、まず感じたのは重ねられた手の感触だった。自分より小さく、柔らい、白い手は目の前で眠る恋しい女性のもので──
手を振りほどくなんて勿体なくて、寧ろ赤木は可愛らしい事をしてくる彼女の寝顔を見つめる。
残暑の太陽の光に照らされた彼女の頬には、涙を流した跡があった。
──そう言えば、昨日も今日も泣いてたな。
昨晩の美月は赤木から見ても少し不思議だった。まるで、これから自分の行く場所が分かっているような様子だった。
あの時の、涙を浮かべながら引き留める美月を思い出す。
──いや、俺が泣かせたのか……。
そう思うと、赤木は少し胸がキュッと痛むような感覚がする。
好きな人を泣かせてしまったという、罪悪感。
「……ごめん、美月さん」
ポツリと、赤木が呟く。すると、ふるふると美月の睫毛が揺れ、綺麗な瞳が覗いた。
「赤木、さん……」
美月はふわりと、安心したように笑う。
「おかえり、なさい」
「うん、ただいま」
「今日は何が食べたいですか?」
目を細め笑う彼女を見て、赤木もつられて微笑む。
「……レバー使った料理がいいな」
「はい、後で一緒にお買い物行きましょうね」
微睡む二人の空間を、残暑の涼しい風が包み込む。
チリンリン、チリンリンと、風鈴の音が遠くで聞こえて、窓の外には青空が広がっている。
赤木は優しく、嬉しそうに笑う美月の手を優しく握り返した。
──ああ、やっぱり君は、笑顔が一番似合う。……もう、泣かせはしない。