第2部 新天地
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一人残されたヘルガは、その場に崩れ落ち泣き叫んだ。
「……ああぁあ!」
どんどん、逃げ場が奪われていく。まるで底なし沼に落ちていくようだ。必死に出口を探してもがいてもがいて、結局は沈んでいく。彼女は声を押し殺しながらも泣いた。
昨夜の痴態は彼女にとって、耐えがたいものだった。人間同士ではなく、敵であるような鬼と交わってしまうなど、捕食者の彼らと交わってしまうなど、尊厳破壊もいいところだと彼女の怒り、悲しみ、あざ笑うようなレウウィスの物言い、彼女の感情はぐちゃぐちゃだった。
「ううぅ……」
泣いても何も変わらない。彼女は自分にそう言い聞かせるが、心の底から湧き出てくる感情を抑えることはできなかった。
レウウィスは彼女の心を殺しに来た。ヘルガは彼を憎んでいるのだと、ただの玩具としてみているのだと彼女の中で確信に変わった。
それは悲しい事実ではあったが、どこか安心感があった。なぜなら、彼にとって自分は所詮使い捨てられる存在だからだ。
だが、同時に湧き上がる別の思いもあった。このままでいいのかと。このままレウウィスの言いなりになって本当にいいのかと。
ヘルガは自分の中の迷いを振り払うように頭を左右に振る。
「いいわけがない」
あの男から逃げ出す方法を考えなければ。まずは、あの男が油断する瞬間を狙う必要がある。そのために何ができるか。考えを巡らせていたときだった。部屋の扉が開き、見慣れぬ鬼が入ってきた。年はヘルガと同じぐらいだろう。ヘルガは涙を拭うと、笑顔を作って彼に話しかける。
「はじめまして、私はこの邸宅の執事でございます」
彼は礼儀正しくお辞儀をした。彼はこの家の筆頭側仕えであり、身の回りのお世話全般をしているという。名前はラフィと言うらしい。
「こちらの部屋をご自由に使っていただいても構いません」
と彼は丁寧に案内してくれた。ベッド、机、クローゼット、タンスなど、最低限の家具が整えられたシンプルな内装だった。
ヘルガは荷物を置き、ふと鏡を見た。そこには疲れた自分の顔が映っていた。
(ひどい顔をしている)
彼女は自嘲気味に笑った。
レウウィスが自分をここに追いやったのは、恐らく監視の意味もあるのだろうと、ヘルガは考えた。
部屋に案内されると、お茶が出された。熱い湯気が立ち上っている。彼女はカップを口に運んだ。ハーブティーだろうか、爽やかな香りが鼻をくすぐる。飲みやすい温度だったので、ヘルガはそのままゆっくりと味わった。
「ありがとうございます」
彼はとても穏やかな性格らしく、食事の好みや、好きな食べ物まで尋ねてきた。
ヘルガは戸惑いながらも、一つ一つ正直に答えた。その会話が終わると、ヘルガが落ち着いた頃を見計らって彼は切り出した。
「お召し物を用意してありますので、サイズが合えばよいのですが」
洋服を手渡してきた。その他に彼女が見慣れないものがいくつかあった。黒い手袋、帽子、靴――。
「必ず、部屋から出るときは面と靴をつけてください。我々が身に着けているものと同じものを用意しました。それと、フードをかぶってください」とラフィは説明した。
ヘルガは深くうなずき、服を試しに着てみることにした。靴を履いて立ち上がると、重さに驚きながらも、歩き方を練習し始める。ラフィは優しく手本を見せてくれ、彼女の歩き方をサポートしてくれた。靴は思ったよりも歩きにくく、足が痛むが、ヘルガは何とか我慢してついていく。
靴は三つのつま先がついており、踵には一本のとげがついていて、鶏の足のようになっていた。歩きにくかったが、カーペットに残る足跡は鬼たちのものと酷似していた。
「少し休憩しましょうか?」
ラフィが提案すると、ヘルガはうなずき、椅子に座った。ラフィは彼女に温かい飲み物を用意し、それを飲みながらヘルガは再び質問を投げかけた。
「あなたは、人間を食べたことはありますか?」
ラフィは一瞬、言葉を失ったように静かに目を閉じ、やがてゆっくりと答えた。
「もちろんあります。私たちにとって、人間を食べることは生きるために必要なことです。」
その言葉を聞いたヘルガは、無言で飲み物を口に運びながら、その意味を必死に考えた。彼女の胸に重くのしかかるその言葉に、言葉が出ない。
ラフィが言う「生きるために必要なこと」とは、彼にとってどれほど深刻で、冷徹なことなのだろう。ヘルガの中で、何かが崩れそうになった。
しばらくの沈黙を破るように、ラフィが口を開いた。「失礼ですが、旦那様とはどういう関係なのですか?」
ヘルガは一瞬、答えに迷いながらも、静かに口を開いた。
「わからないんです」
彼女はその言葉をはっきりと口にした。実際、そうなのだ。レウウィスにとって、自分がどんな存在なのか、ヘルガには全く理解できなかった。
関係と聞かれて、ヘルガはふと、レウウィスと過ごした夜を思い出す。あの夜が何だったのか、あの一時が何だったのか、いまだに彼女ははっきりと掴めない。きっと、レウウィスは長い間生きてきて、色々な経験をしてきたのだろう。その中での一つの出来事として、ヘルガとの夜もただの娯楽であったに違いないと、彼女は結論を下す。
「結局、『楽園』で人間を狩る鬼たちも、きっと同じように娯楽に近いのだろう」と、ヘルガは心の中で思う。
どちらにせよ、レウウィスにとっての自分は、都合の良い存在に過ぎないのだ。
ラフィはその後、軽く頭を下げながら言った。
「さようでございますか。私共も、主人が人間を連れ込んだのは初めてでしたので、どのような扱いをすれば良いのか、わからないものでして…」
その言葉に、ヘルガは少し驚きながらも、彼がどうしても自分に対して無力であることが伝わってきた。少なくとも、この場では彼の態度は誠実であり、その誠意にわずかながら救われた気がした。
「ラフィ様」
「ラフィで構いません。」
「では、ラフィさん。なぜあなた方は、人間を食べているのでしょうか?」とヘルガは尋ねた。
ラフィは静かに答える。
「人間を食べることは、私たちにとって生きる上で必要なことです。私たちの肉体を維持するために、人間の命を頂くのです。軽蔑しますか?」
ヘルガはしばらく黙って彼を見つめていた。その眼差しに答えるように、ラフィは少し肩をすくめた。
「いいえ」と、ヘルガが静かに言った後、言いかけた言葉を訂正するように続けた。
「大公様に似たようなことを言われたことがありました」
ラフィが興味深そうに問いかけた。「それなら、もう一つ。なぜ邸宅の従者を助けたのでしょう?」
ヘルガはその問いに即答した。
「人間が鬼を助けてはいけない理由が、私にはわかりません」
ラフィは少し驚いた表情を見せながらも、冷静に返した。
「古の時代なら、ヘルガ様は騙されて食べられてしまったでしょう」
「今はその古 の時代ではありません。大公様も私を食べてはいませんし」
ヘルガは毅然として答え、しばらくしてまた歩く練習を始めた。
「……ああぁあ!」
どんどん、逃げ場が奪われていく。まるで底なし沼に落ちていくようだ。必死に出口を探してもがいてもがいて、結局は沈んでいく。彼女は声を押し殺しながらも泣いた。
昨夜の痴態は彼女にとって、耐えがたいものだった。人間同士ではなく、敵であるような鬼と交わってしまうなど、捕食者の彼らと交わってしまうなど、尊厳破壊もいいところだと彼女の怒り、悲しみ、あざ笑うようなレウウィスの物言い、彼女の感情はぐちゃぐちゃだった。
「ううぅ……」
泣いても何も変わらない。彼女は自分にそう言い聞かせるが、心の底から湧き出てくる感情を抑えることはできなかった。
レウウィスは彼女の心を殺しに来た。ヘルガは彼を憎んでいるのだと、ただの玩具としてみているのだと彼女の中で確信に変わった。
それは悲しい事実ではあったが、どこか安心感があった。なぜなら、彼にとって自分は所詮使い捨てられる存在だからだ。
だが、同時に湧き上がる別の思いもあった。このままでいいのかと。このままレウウィスの言いなりになって本当にいいのかと。
ヘルガは自分の中の迷いを振り払うように頭を左右に振る。
「いいわけがない」
あの男から逃げ出す方法を考えなければ。まずは、あの男が油断する瞬間を狙う必要がある。そのために何ができるか。考えを巡らせていたときだった。部屋の扉が開き、見慣れぬ鬼が入ってきた。年はヘルガと同じぐらいだろう。ヘルガは涙を拭うと、笑顔を作って彼に話しかける。
「はじめまして、私はこの邸宅の執事でございます」
彼は礼儀正しくお辞儀をした。彼はこの家の筆頭側仕えであり、身の回りのお世話全般をしているという。名前はラフィと言うらしい。
「こちらの部屋をご自由に使っていただいても構いません」
と彼は丁寧に案内してくれた。ベッド、机、クローゼット、タンスなど、最低限の家具が整えられたシンプルな内装だった。
ヘルガは荷物を置き、ふと鏡を見た。そこには疲れた自分の顔が映っていた。
(ひどい顔をしている)
彼女は自嘲気味に笑った。
レウウィスが自分をここに追いやったのは、恐らく監視の意味もあるのだろうと、ヘルガは考えた。
部屋に案内されると、お茶が出された。熱い湯気が立ち上っている。彼女はカップを口に運んだ。ハーブティーだろうか、爽やかな香りが鼻をくすぐる。飲みやすい温度だったので、ヘルガはそのままゆっくりと味わった。
「ありがとうございます」
彼はとても穏やかな性格らしく、食事の好みや、好きな食べ物まで尋ねてきた。
ヘルガは戸惑いながらも、一つ一つ正直に答えた。その会話が終わると、ヘルガが落ち着いた頃を見計らって彼は切り出した。
「お召し物を用意してありますので、サイズが合えばよいのですが」
洋服を手渡してきた。その他に彼女が見慣れないものがいくつかあった。黒い手袋、帽子、靴――。
「必ず、部屋から出るときは面と靴をつけてください。我々が身に着けているものと同じものを用意しました。それと、フードをかぶってください」とラフィは説明した。
ヘルガは深くうなずき、服を試しに着てみることにした。靴を履いて立ち上がると、重さに驚きながらも、歩き方を練習し始める。ラフィは優しく手本を見せてくれ、彼女の歩き方をサポートしてくれた。靴は思ったよりも歩きにくく、足が痛むが、ヘルガは何とか我慢してついていく。
靴は三つのつま先がついており、踵には一本のとげがついていて、鶏の足のようになっていた。歩きにくかったが、カーペットに残る足跡は鬼たちのものと酷似していた。
「少し休憩しましょうか?」
ラフィが提案すると、ヘルガはうなずき、椅子に座った。ラフィは彼女に温かい飲み物を用意し、それを飲みながらヘルガは再び質問を投げかけた。
「あなたは、人間を食べたことはありますか?」
ラフィは一瞬、言葉を失ったように静かに目を閉じ、やがてゆっくりと答えた。
「もちろんあります。私たちにとって、人間を食べることは生きるために必要なことです。」
その言葉を聞いたヘルガは、無言で飲み物を口に運びながら、その意味を必死に考えた。彼女の胸に重くのしかかるその言葉に、言葉が出ない。
ラフィが言う「生きるために必要なこと」とは、彼にとってどれほど深刻で、冷徹なことなのだろう。ヘルガの中で、何かが崩れそうになった。
しばらくの沈黙を破るように、ラフィが口を開いた。「失礼ですが、旦那様とはどういう関係なのですか?」
ヘルガは一瞬、答えに迷いながらも、静かに口を開いた。
「わからないんです」
彼女はその言葉をはっきりと口にした。実際、そうなのだ。レウウィスにとって、自分がどんな存在なのか、ヘルガには全く理解できなかった。
関係と聞かれて、ヘルガはふと、レウウィスと過ごした夜を思い出す。あの夜が何だったのか、あの一時が何だったのか、いまだに彼女ははっきりと掴めない。きっと、レウウィスは長い間生きてきて、色々な経験をしてきたのだろう。その中での一つの出来事として、ヘルガとの夜もただの娯楽であったに違いないと、彼女は結論を下す。
「結局、『楽園』で人間を狩る鬼たちも、きっと同じように娯楽に近いのだろう」と、ヘルガは心の中で思う。
どちらにせよ、レウウィスにとっての自分は、都合の良い存在に過ぎないのだ。
ラフィはその後、軽く頭を下げながら言った。
「さようでございますか。私共も、主人が人間を連れ込んだのは初めてでしたので、どのような扱いをすれば良いのか、わからないものでして…」
その言葉に、ヘルガは少し驚きながらも、彼がどうしても自分に対して無力であることが伝わってきた。少なくとも、この場では彼の態度は誠実であり、その誠意にわずかながら救われた気がした。
「ラフィ様」
「ラフィで構いません。」
「では、ラフィさん。なぜあなた方は、人間を食べているのでしょうか?」とヘルガは尋ねた。
ラフィは静かに答える。
「人間を食べることは、私たちにとって生きる上で必要なことです。私たちの肉体を維持するために、人間の命を頂くのです。軽蔑しますか?」
ヘルガはしばらく黙って彼を見つめていた。その眼差しに答えるように、ラフィは少し肩をすくめた。
「いいえ」と、ヘルガが静かに言った後、言いかけた言葉を訂正するように続けた。
「大公様に似たようなことを言われたことがありました」
ラフィが興味深そうに問いかけた。「それなら、もう一つ。なぜ邸宅の従者を助けたのでしょう?」
ヘルガはその問いに即答した。
「人間が鬼を助けてはいけない理由が、私にはわかりません」
ラフィは少し驚いた表情を見せながらも、冷静に返した。
「古の時代なら、ヘルガ様は騙されて食べられてしまったでしょう」
「今はその
ヘルガは毅然として答え、しばらくしてまた歩く練習を始めた。