第2部 新天地
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――季節は巡る。
ヘルガは、何度もレウウィスと殺し合いの狩りをしていた。
レウウィスが勝てば、多少の血肉を喰らう。
ヘルガが勝てば、どんな願いでも一つ叶える。
これが二人が交わした約束だった。
殆どがレウウィスの勝利であったが、何度かヘルガが彼を追い詰めたことはある。
そして、一度レウウィスの目の核付近に攻撃を打ち込んだことがあった。
レウウィスはたった一人の人間が自分を追い込んだのだと。しかも、人間の女が。その事実に驚愕したと同時に歓喜を覚えた。これほどまでに強くなったと、褒美として、武器を与えたのだ。
普段は、30センチほどの棒であるが、手に握ると3メートルほどの長さに伸びて刃が現れる。レウウィスは、それをヘルガに与えたのだ。
その日から、二人は互いの命を狙うようになった。ヘルガが塔でレウウィスを暗殺を仕掛ける。逆に、レウウィスの攻撃をヘルガが受けることもあったのだ。場所は、森や塔が殆どだったが、レウウィスが岩場に連れて行ったり、気まぐれにいくつかの武器を与えたりと一つとして、同じような狩りあい無かったのだ。
ヘルガも初めは死にたくないというのが、動機であったが。いつしか、レウウィスを狩りあい、楽しむことが彼女の生きる理由の一つとなっていた。
片やレウウィスは食用児という見方はあまり変わらなかったが、彼女が死なぬよう、大切に保護していたつもりだった。
**
ヘルガがレウウィスの邸宅で暮らしてはや、3年の月日が経っていた。
事件は、レウウィスが出かけているときに起こる。
森で火事が起こったのだ。火は瞬く間に燃え広がったのだ。
外が騒がしいので、こっそり外に出るとヘルガは絶句した。邸宅の周囲には絶対いないであろう野良鬼が群をなしていたのだ。ヘルガを視認すると、こちらに向かってきていた。ヘルガは、慌てて中に入ろうとしたが外には今にも襲われそうな、召使の鬼がいた。
人間だと召使にバレてしまえばもうここにはいられないと一瞬頭をよぎった。
けれど、叫び声を無視できるほど、彼女は冷淡な人間になり切れなかった。ヘルガ自身、召使と面識があるわけではないが、見捨てることなんてできなかった。外套のフードを目深に被り、走り出した。
野良鬼の目の前で、足を止める。彼らはヘルガに狙いを定めた。
ヘルガは武器を構え、野良鬼の首めがけて振ったが、避けられてしまった。だが、それでよかった。彼女が狙ったのは首ではなかったからだ。ヘルガは靴を投げ、鬼の右目に直撃する。目は度の鬼も弱点であると知っていたヘルガは、その作戦は成功した。
怯んだ隙に、再び攻撃を仕掛ける。今度は首を薙いだ。ヘルガが相手取っているのは比較的弱かった個体だったが、ヘルガにとっては強敵であった。他の個体より一回り大きく、皮膚も硬かったためだ。致命傷には至らなかったが、動きを止めることができたのは大きかった。
彼女は、残りの2匹を倒すと、召使の元へ駆け寄った。
「大丈夫?」
「は、はい」
抱き起こすと、急いでその場を離れた。後ろから、追ってくる音が聞こえる。
野良鬼は四方八方にいるようだった。
「……どうしよう」
思わずつぶやく。
「同じところにいれば、一網打尽にできるのに……」
そう思ってヘルガはハッとする。人間の血の匂いでおびき寄せられるのではないかと。迷わず、腕を出しナイフで切ったのだ。
「くっ……」
ヘルガの腕からは真っ赤な鮮血が滴り落ちる。
痛む手を抑え、武器を構えるとすぐに鬼たちは現れた。ヘルガは、外套のポケットから「焔硝弾」を取り出した。それは小さな金属製の球体であり、彼女の手の中で重みを感じさせた。彼女は一瞬だけ深呼吸をし、意を決してそれを野良鬼の群れに向かって投げつけた。
その瞬間、野良鬼たちは混乱し始め、視界が遮られると同時に、眠りを誘発するガスが周囲に広がった。次々と野良鬼たちはその場に倒れ込み、深い眠りに落ちていった。
ヘルガは先ほど倒れていた召使の鬼を安全なところへ運ぼうとすると、腕をはじかれてしまう。
「あんた、人間だろ、なんでこんなところに……」
フードは、外れており顔は丸見えであった。ヘルガは咄嵯に外套のフードを被り、彼女は離れた。
「おい、人間がいるぞ!早く来てくれ! こっちだ!!」
遠くの方で大きな声が聞こえた。まずいと、思ったヘルガは、ひとまず森へ逃げようとしたが、門で衛兵たちに捕まってしまった。
彼女は逃げ出そうとするも、拘束具によって手足の自由を奪われてしまい身動きが取れなくなってしまった。
ヘルガは諦めずに必死に抵抗する。すると、「抵抗するな!」という声とともに頬を叩かれた。
彼女は気を失い、連行されてしまった。
次にヘルガが目を覚ました場所は、牢獄の中であった。
薄暗い地下牢に鎖でつながれ、両手には頑丈な鉄の手錠をかけられている。
とりあえず、レウウィスが来るまで閉じ込めておくことにしたようだ。しかし、一口食べようとする鬼もいるが私が塔にいたこと、レウウィスがその塔に通 っていた事実から、ヘルガはレウウィス大公が連れてきたのだろうという仮説を立てる鬼もいた。
ヘルガは薄暗い牢獄の中で、冷たい石の床に座りながら、頭を整理しようとした。
コンコン、とノックの音と共に扉が開くと、鬼の食事を持った鬼がやってきた。
「ほら、食事の時間だ」
そう言うと、私の前に皿を置いた。果物だった。ヘルガは警戒しながら果物を見つめていたが、何も起きないことを確認するとゆっくりとフォークを手に取った。そして、鬼の目付近に突き刺す。鬼は悲鳴を上げて倒れた。その鬼から、老いの面を奪い、鬼を牢屋に閉じ込め外に出る。階段を走り外に出ると、白い大理石の廊下に出てしまった。ヘルガは辺りを確認し、出口がどこにあるのか探し始めた。
この施設はどうやら地上部分ではなく地下に存在しているようだった。しばらく歩いていると、絞ったような唸り声が響く。部屋を覗くと何人かの鬼の召使が横たわっていた。欠損をしているのか、何が原因かはよくわからないがうまく再生ができずに、顔が歪んでいた。
このままではもう死ぬかもしれないと思った彼女は、傷ついた腕から血を鬼の口に垂らしたのだ。ヘルガの行動は一瞬の判断だった。鬼たちがヒトの体を維持するために人間を食べるのであれば、人間の細胞を少しでも混ぜてやれば再生能力が高くなるのではないかと考えたのだ。しかし、何人かに血を与えたことで、彼女は貧血気味になってきた。視界がぼやけ、足元がふらつく。
「大丈夫か?」
聞き覚えのある声だった。見上げると、レウウィスが数人の従者を連れて立っていた。
「……はい」
「君もずいぶん無茶をするね」
レウウィスは呆れたように笑みを浮かべ、彼女の手をつかむ。傷は腕だけかと尋ねると彼女は、こくりと肯いた。そしてヘルガはレウウィスによって面を取られ、衆目にさらされる。
周囲の鬼たちは彼女の姿を見て驚きの表情を浮かべた。
ヘルガの顔が明らかになると、囁き声が広がり、緊張感が一層高まった。
「レウウィス様、この人間は……?」
従者の一人が疑問を呈すると、レウウィスは落ち着いた声で答えた。
「この人間は私がここに連れてきた」
ヘルガはレウウィスの言葉に安堵を感じながらも、まだ完全に安心できるわけではなかった。彼の保護下にあることが示されても、周囲の目は冷たく、疑念の色が残っていた。
「さあ、彼女の傷を手当てしてくれ」
レウウィスは従者たちに指示を出し、手の拘束も外すよういに言った。
ヘルガを安全な場所へと連れて行くことを決めた。従者たちは一瞬のためらいを見せたが、すぐに命令に従い、彼女を支えるようにして歩き出した。
「……大公様、看守を気絶させました。申し訳ありません、今頃牢の中に倒れています」
ヘルガはレウウィスの言い分を理解すると、顔を伏せたまま小声で訴えた。
しかし、彼は微笑んで見せただけだった。その微笑みがどこか恐ろしく感じられた。
**
ヘルガは手当てされると、貧血で倒れてしまたっためベッドのある塔へ運ばれた。
彼女の手当てをした鬼がいうには、血液は足りており命には別状がないということだった。
意識は回復しておらず眠り続けている。ヘルガが目を覚ますまでに、彼女が何者か、どこから来たのかを召使に説明した。
召使たちは半信半疑だったが、人間が鬼を殺せるという事実に、彼女を危険視し始めた。しかし、レウウィスが私邸にヘルガを置くと言えば黙って従うしかないのだ。鬼の社会は弱肉強食である。強いものに従わなければならない。また身分社会であり、上流貴族のレウウィスに口出しはできないのだ。
従者を解散させると、ある一人の背の高く、ほっそりとした鬼が残った。この鬼は、この邸宅の執事で、1000年以上仕えていた。レウウィスが邸宅を殆ど空けている間に邸宅の管理をしていた男だった。
「大公様、おひとつお聞かせください」彼は恭しい態度で話しかけた。
「あの、人間は大公様にとってどのような存在なのでしょうか? 」
鬼の質問に少しの間、沈黙が流れた。
レウウィスは深く考え込むように視線を落とし、やがてゆっくりと口を開いた。
「彼女は人間だよ。共にいると、退屈することはまずない。人間を狩っていたあの頃までとはいかないが、楽しいのだよ」
レウウィスがヘルガのことについて話し終えると、鬼の執事は恭しく頭を下げ、静かに言った。
「大公様、あなたの言葉を胸に刻み、彼女を最善の方法でお世話いたします」
**
ヘルガの傍にはレウウィスのペット、パルウィスが毛繕いをしながら寄り添っていた。
パルウィスはレウウィスの命令を受けて、ヘルガが起きそうになったら教えてくれと言われていたのだ。
ヘルガはうっすらと瞳を開くと、パルウィスはドアの隙間から、自身の主に伝えに行ったのだ。ヘルガが目覚めそうだと。ヘルガは自分が今どういう状況に置かれているのかを理解できなかったが、目の前にいる鬼は自分を見つめていた。
レウウィスは彼女の手を握ると、じっと見つめた。ヘルガの意識が覚醒していくのがわかると、彼は優しい声で問いかけた。
「気分はどうだい?」
ヘルガが答えようと声を出そうとしたが、うまく声が出なかった。レウウィスはそんな彼女の気持ちを察してか、水の入ったグラスを差し出した。ヘルガは一息で飲み干す。喉が潤うとやっと喋ることができるようになった。
「頭が痛いけれど……どうにか生きてるわ……」彼女は痛みに耐えながら話を続けた。
「ヘルガ、なぜあんなことをしたんだ? 」
何がというのは、どれの事だろうかとヘルガは出来事を遡る。看守を気絶させたことだろうか、軟禁されていた人間の存在が他の従者にバレて島たことだろうか、それとも人間の生き血で野良鬼をおびき寄せ、城壁を傷つけてしまったことだろうか。
全てが当てはまりそうなので、「わからない……」と答えたのだった。
レウウィスはそれを聞くと、大きくため息をついた。
そして、ベッドに腰かけるとヘルガの頬に手を当てた。ヘルガはびくりとして、その手から逃れようとしたが、レウウィスは離さなかった。
レウウィスの手は大きく温かく、どこか安心できた。
ヘルガは彼の手に顔を押しつけるように甘えた。するとレウウィスの笑みが深まり、その手がヘルガの髪を優しく撫でた。そして、その手が肩へと下り、彼女は再び身を震わせた。
レウウィスは彼女を抱きしめると、そっと耳元にささやきかけた。
「……おいたが過ぎたね」
いつもと、違うレウウィスの雰囲気に、ヘルガは体を強張らせた。
「……ごめんなさい」
ヘルガは小さな声でいうと、レウウィスは強く、乱雑に彼女を引き寄せた。
「私のものという自覚が少ないみたいだ」
ヘルガの服の中に彼の大きな手が入り込み、肌に触れた。冷たい手の感触に思わず身を引くが、レウウィスはの長い指は巻き付くように、彼女をしっかりと捕まえて放さない。
「やめて! なにをするの!」
ヘルガは必死に抵抗するが、鬼の力は圧倒的だった。彼女の体は簡単に押さえつけられ、彼の舌が首筋に這った。
レウウィスの吐息に体が熱くなり、抵抗する力が抜けていく。
彼は彼女の鎖骨を強く吸い上げ、赤い花を散らすと彼女の頬にキスをした。
ヘルガは性的接触など経験していない。
しかし、本からシスター養成学校の教育の知識から生殖行為がどのようなものかを知っていた。
恐らく、レウウィスは、いまその生殖行為をしようとしており、それがどのような意味を持っているのかを悟る。
ヘルガは必死に逃げようとした。しかし、レウウィスは彼女の両手をベッドに縫い付けるように押しつけた。ヘルガの体に馬乗りになると、レウウィスは片手をベッドにつけ、もう片方の手で彼女の頬を撫でた。
レウウィスの目が彼女を射抜くように見下ろし、その瞳の奥に熱い情欲が宿っているのが見えると、ヘルガは恐怖と羞恥で顔を赤く染め、涙を浮かべながら懇願した。
「お願い……! やめて……。こんなこと、間違ってるわ」
だが、レウウィスはヘルガの声を聞き入れず、彼女の体を覆う最後の一枚を取り去ったのだった。
**
レウウィスと交わった翌日、彼女は気怠さを感じながらもなんとか起き上がった。
昨晩の記憶はあまりなかったが、涙が止まらなかった。下半身の違和感が拭えず、シーツにも赤黒い染みが残っている。彼女はそれを見ていると、涙が溢れ、嗚咽した。
その日は食事もあまり食べられず、ただ涙を流し続けた。
「ヘルガ、君は私のものだ」
そう言うと、彼はヘルガに服を着せ、額に口づけをする。彼女はレウウィスが自分を愛してくれているとは感じられず、また、彼を恐れていた。
「レウウィス、なぜあんなことをする必要が?」
彼女は怯えながらも聞いた。
彼はヘルガの顔を見ると、目を細めた。
「君には理解できなかろう」
レウウィスは怒りに震えていた。今まで、散々、他の鬼との接触を最小限としてきたのにも関わらず、従者を助けるがため危険を晒したのだ。もし、ヘルガが死んでいたらと思うと、腸が煮えくり返るようであった。昨夜はその苛立ちをぶつけるように、レウウィスはヘルガを抱き寄せ、その体を貪ったのだ。ヘルガが嫌がってもお構いなしだった。
手荒い手段であったとは自覚しているが、仕方がなかったのだ。ヘルガは肉体的な攻撃を受けても、彼女の石賀は堅かった。ならば、精神的なダメージを与えたらどうなるだろうかと思い、実行したのだった。我ながら、狡猾なやり方だとレウウィスは嘲笑した。
「ヘルガ、君が悪いのだよ。私の言いつけを破り、塔を抜け出した。なぜ、野良鬼から召使を守ったのだ? 私への当て付けかね? 君の命は私のためにあるのだから、私の許可なしに勝手な行動は慎んでもらいたい」
彼女は彼の言葉を聞くと、俯いたまま答えた。
「でも、見逃すことなんてしたくなかったの」
そう、ヘルガはこの塔で暮らしている時、この邸宅で生活している彼らの楽しそうな声が聞こえている。娯楽のない、塔にとって彼らの声は、彼女にとって、心地よいものだったのだ。
レウウィスは首を横に振った。彼はヘルガの肩を掴むと、彼女の目を見つめる。
「君は人間なのだよ。胴体が二つと別れても平気ではないだろう?」
「でも……」
ヘルガは反論しようとしたが、口をつぐんだ。
ヘルガはレウウィスの言葉に、少し心を動かされたような気がしたが、首を振った。
「まだわかってくれないのか?」
そう言うなり、ヘルガは彼に強く抱きしめられた。しかし、ヘルガは諦めてはいなかった。背中に仕込んでいた武器を素早く取り出すと、レウウィスの喉元に当てる。
「自衛なら、できる。戦い方を教えてくれたのはあなたよ」
ヘルガは毅然とした態度で答えた。レウウィスは一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに笑みを見せる。そして、自分の首に押し付けられたナイフを気にする様子もなく、ヘルガを離すと立ち上がった。
「君には、この塔では満足できないということが分かった。ならば、邸宅に部屋を移せばよいのだ」
ヘルガがこの塔にいたのは、他の鬼の目から隠すため。バレてしまえば、ヘルガをこの塔に閉じ込める必要がない。側に置いて、監視していた方が楽である。
むしろ、この塔にいれば彼女は逃げてしまう可能性すらある。すでに彼女には武器もありこの世界の知識を与えてしまったのだから。これ以上ヘルガをここに置いておくのは得策ではない。レウウィスは冷たく、ヘルガに告げた。
「屋敷の中に1室部屋を用意した。今日からはそこに住んでくれたまえ。必要なものは召使に頼めば揃えてくれるはずだ。もう二度とこんなことはしないように」
「わかりました……」
ヘルガが静かに答えると、レウウィスはすぐにその場から立ち去った。
ヘルガは、何度もレウウィスと殺し合いの狩りをしていた。
レウウィスが勝てば、多少の血肉を喰らう。
ヘルガが勝てば、どんな願いでも一つ叶える。
これが二人が交わした約束だった。
殆どがレウウィスの勝利であったが、何度かヘルガが彼を追い詰めたことはある。
そして、一度レウウィスの目の核付近に攻撃を打ち込んだことがあった。
レウウィスはたった一人の人間が自分を追い込んだのだと。しかも、人間の女が。その事実に驚愕したと同時に歓喜を覚えた。これほどまでに強くなったと、褒美として、武器を与えたのだ。
普段は、30センチほどの棒であるが、手に握ると3メートルほどの長さに伸びて刃が現れる。レウウィスは、それをヘルガに与えたのだ。
その日から、二人は互いの命を狙うようになった。ヘルガが塔でレウウィスを暗殺を仕掛ける。逆に、レウウィスの攻撃をヘルガが受けることもあったのだ。場所は、森や塔が殆どだったが、レウウィスが岩場に連れて行ったり、気まぐれにいくつかの武器を与えたりと一つとして、同じような狩りあい無かったのだ。
ヘルガも初めは死にたくないというのが、動機であったが。いつしか、レウウィスを狩りあい、楽しむことが彼女の生きる理由の一つとなっていた。
片やレウウィスは食用児という見方はあまり変わらなかったが、彼女が死なぬよう、大切に保護していたつもりだった。
**
ヘルガがレウウィスの邸宅で暮らしてはや、3年の月日が経っていた。
事件は、レウウィスが出かけているときに起こる。
森で火事が起こったのだ。火は瞬く間に燃え広がったのだ。
外が騒がしいので、こっそり外に出るとヘルガは絶句した。邸宅の周囲には絶対いないであろう野良鬼が群をなしていたのだ。ヘルガを視認すると、こちらに向かってきていた。ヘルガは、慌てて中に入ろうとしたが外には今にも襲われそうな、召使の鬼がいた。
人間だと召使にバレてしまえばもうここにはいられないと一瞬頭をよぎった。
けれど、叫び声を無視できるほど、彼女は冷淡な人間になり切れなかった。ヘルガ自身、召使と面識があるわけではないが、見捨てることなんてできなかった。外套のフードを目深に被り、走り出した。
野良鬼の目の前で、足を止める。彼らはヘルガに狙いを定めた。
ヘルガは武器を構え、野良鬼の首めがけて振ったが、避けられてしまった。だが、それでよかった。彼女が狙ったのは首ではなかったからだ。ヘルガは靴を投げ、鬼の右目に直撃する。目は度の鬼も弱点であると知っていたヘルガは、その作戦は成功した。
怯んだ隙に、再び攻撃を仕掛ける。今度は首を薙いだ。ヘルガが相手取っているのは比較的弱かった個体だったが、ヘルガにとっては強敵であった。他の個体より一回り大きく、皮膚も硬かったためだ。致命傷には至らなかったが、動きを止めることができたのは大きかった。
彼女は、残りの2匹を倒すと、召使の元へ駆け寄った。
「大丈夫?」
「は、はい」
抱き起こすと、急いでその場を離れた。後ろから、追ってくる音が聞こえる。
野良鬼は四方八方にいるようだった。
「……どうしよう」
思わずつぶやく。
「同じところにいれば、一網打尽にできるのに……」
そう思ってヘルガはハッとする。人間の血の匂いでおびき寄せられるのではないかと。迷わず、腕を出しナイフで切ったのだ。
「くっ……」
ヘルガの腕からは真っ赤な鮮血が滴り落ちる。
痛む手を抑え、武器を構えるとすぐに鬼たちは現れた。ヘルガは、外套のポケットから「焔硝弾」を取り出した。それは小さな金属製の球体であり、彼女の手の中で重みを感じさせた。彼女は一瞬だけ深呼吸をし、意を決してそれを野良鬼の群れに向かって投げつけた。
その瞬間、野良鬼たちは混乱し始め、視界が遮られると同時に、眠りを誘発するガスが周囲に広がった。次々と野良鬼たちはその場に倒れ込み、深い眠りに落ちていった。
ヘルガは先ほど倒れていた召使の鬼を安全なところへ運ぼうとすると、腕をはじかれてしまう。
「あんた、人間だろ、なんでこんなところに……」
フードは、外れており顔は丸見えであった。ヘルガは咄嵯に外套のフードを被り、彼女は離れた。
「おい、人間がいるぞ!早く来てくれ! こっちだ!!」
遠くの方で大きな声が聞こえた。まずいと、思ったヘルガは、ひとまず森へ逃げようとしたが、門で衛兵たちに捕まってしまった。
彼女は逃げ出そうとするも、拘束具によって手足の自由を奪われてしまい身動きが取れなくなってしまった。
ヘルガは諦めずに必死に抵抗する。すると、「抵抗するな!」という声とともに頬を叩かれた。
彼女は気を失い、連行されてしまった。
次にヘルガが目を覚ました場所は、牢獄の中であった。
薄暗い地下牢に鎖でつながれ、両手には頑丈な鉄の手錠をかけられている。
とりあえず、レウウィスが来るまで閉じ込めておくことにしたようだ。しかし、一口食べようとする鬼もいるが私が塔にいたこと、レウウィスがその塔に
ヘルガは薄暗い牢獄の中で、冷たい石の床に座りながら、頭を整理しようとした。
コンコン、とノックの音と共に扉が開くと、鬼の食事を持った鬼がやってきた。
「ほら、食事の時間だ」
そう言うと、私の前に皿を置いた。果物だった。ヘルガは警戒しながら果物を見つめていたが、何も起きないことを確認するとゆっくりとフォークを手に取った。そして、鬼の目付近に突き刺す。鬼は悲鳴を上げて倒れた。その鬼から、老いの面を奪い、鬼を牢屋に閉じ込め外に出る。階段を走り外に出ると、白い大理石の廊下に出てしまった。ヘルガは辺りを確認し、出口がどこにあるのか探し始めた。
この施設はどうやら地上部分ではなく地下に存在しているようだった。しばらく歩いていると、絞ったような唸り声が響く。部屋を覗くと何人かの鬼の召使が横たわっていた。欠損をしているのか、何が原因かはよくわからないがうまく再生ができずに、顔が歪んでいた。
このままではもう死ぬかもしれないと思った彼女は、傷ついた腕から血を鬼の口に垂らしたのだ。ヘルガの行動は一瞬の判断だった。鬼たちがヒトの体を維持するために人間を食べるのであれば、人間の細胞を少しでも混ぜてやれば再生能力が高くなるのではないかと考えたのだ。しかし、何人かに血を与えたことで、彼女は貧血気味になってきた。視界がぼやけ、足元がふらつく。
「大丈夫か?」
聞き覚えのある声だった。見上げると、レウウィスが数人の従者を連れて立っていた。
「……はい」
「君もずいぶん無茶をするね」
レウウィスは呆れたように笑みを浮かべ、彼女の手をつかむ。傷は腕だけかと尋ねると彼女は、こくりと肯いた。そしてヘルガはレウウィスによって面を取られ、衆目にさらされる。
周囲の鬼たちは彼女の姿を見て驚きの表情を浮かべた。
ヘルガの顔が明らかになると、囁き声が広がり、緊張感が一層高まった。
「レウウィス様、この人間は……?」
従者の一人が疑問を呈すると、レウウィスは落ち着いた声で答えた。
「この人間は私がここに連れてきた」
ヘルガはレウウィスの言葉に安堵を感じながらも、まだ完全に安心できるわけではなかった。彼の保護下にあることが示されても、周囲の目は冷たく、疑念の色が残っていた。
「さあ、彼女の傷を手当てしてくれ」
レウウィスは従者たちに指示を出し、手の拘束も外すよういに言った。
ヘルガを安全な場所へと連れて行くことを決めた。従者たちは一瞬のためらいを見せたが、すぐに命令に従い、彼女を支えるようにして歩き出した。
「……大公様、看守を気絶させました。申し訳ありません、今頃牢の中に倒れています」
ヘルガはレウウィスの言い分を理解すると、顔を伏せたまま小声で訴えた。
しかし、彼は微笑んで見せただけだった。その微笑みがどこか恐ろしく感じられた。
**
ヘルガは手当てされると、貧血で倒れてしまたっためベッドのある塔へ運ばれた。
彼女の手当てをした鬼がいうには、血液は足りており命には別状がないということだった。
意識は回復しておらず眠り続けている。ヘルガが目を覚ますまでに、彼女が何者か、どこから来たのかを召使に説明した。
召使たちは半信半疑だったが、人間が鬼を殺せるという事実に、彼女を危険視し始めた。しかし、レウウィスが私邸にヘルガを置くと言えば黙って従うしかないのだ。鬼の社会は弱肉強食である。強いものに従わなければならない。また身分社会であり、上流貴族のレウウィスに口出しはできないのだ。
従者を解散させると、ある一人の背の高く、ほっそりとした鬼が残った。この鬼は、この邸宅の執事で、1000年以上仕えていた。レウウィスが邸宅を殆ど空けている間に邸宅の管理をしていた男だった。
「大公様、おひとつお聞かせください」彼は恭しい態度で話しかけた。
「あの、人間は大公様にとってどのような存在なのでしょうか? 」
鬼の質問に少しの間、沈黙が流れた。
レウウィスは深く考え込むように視線を落とし、やがてゆっくりと口を開いた。
「彼女は人間だよ。共にいると、退屈することはまずない。人間を狩っていたあの頃までとはいかないが、楽しいのだよ」
レウウィスがヘルガのことについて話し終えると、鬼の執事は恭しく頭を下げ、静かに言った。
「大公様、あなたの言葉を胸に刻み、彼女を最善の方法でお世話いたします」
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ヘルガの傍にはレウウィスのペット、パルウィスが毛繕いをしながら寄り添っていた。
パルウィスはレウウィスの命令を受けて、ヘルガが起きそうになったら教えてくれと言われていたのだ。
ヘルガはうっすらと瞳を開くと、パルウィスはドアの隙間から、自身の主に伝えに行ったのだ。ヘルガが目覚めそうだと。ヘルガは自分が今どういう状況に置かれているのかを理解できなかったが、目の前にいる鬼は自分を見つめていた。
レウウィスは彼女の手を握ると、じっと見つめた。ヘルガの意識が覚醒していくのがわかると、彼は優しい声で問いかけた。
「気分はどうだい?」
ヘルガが答えようと声を出そうとしたが、うまく声が出なかった。レウウィスはそんな彼女の気持ちを察してか、水の入ったグラスを差し出した。ヘルガは一息で飲み干す。喉が潤うとやっと喋ることができるようになった。
「頭が痛いけれど……どうにか生きてるわ……」彼女は痛みに耐えながら話を続けた。
「ヘルガ、なぜあんなことをしたんだ? 」
何がというのは、どれの事だろうかとヘルガは出来事を遡る。看守を気絶させたことだろうか、軟禁されていた人間の存在が他の従者にバレて島たことだろうか、それとも人間の生き血で野良鬼をおびき寄せ、城壁を傷つけてしまったことだろうか。
全てが当てはまりそうなので、「わからない……」と答えたのだった。
レウウィスはそれを聞くと、大きくため息をついた。
そして、ベッドに腰かけるとヘルガの頬に手を当てた。ヘルガはびくりとして、その手から逃れようとしたが、レウウィスは離さなかった。
レウウィスの手は大きく温かく、どこか安心できた。
ヘルガは彼の手に顔を押しつけるように甘えた。するとレウウィスの笑みが深まり、その手がヘルガの髪を優しく撫でた。そして、その手が肩へと下り、彼女は再び身を震わせた。
レウウィスは彼女を抱きしめると、そっと耳元にささやきかけた。
「……おいたが過ぎたね」
いつもと、違うレウウィスの雰囲気に、ヘルガは体を強張らせた。
「……ごめんなさい」
ヘルガは小さな声でいうと、レウウィスは強く、乱雑に彼女を引き寄せた。
「私のものという自覚が少ないみたいだ」
ヘルガの服の中に彼の大きな手が入り込み、肌に触れた。冷たい手の感触に思わず身を引くが、レウウィスはの長い指は巻き付くように、彼女をしっかりと捕まえて放さない。
「やめて! なにをするの!」
ヘルガは必死に抵抗するが、鬼の力は圧倒的だった。彼女の体は簡単に押さえつけられ、彼の舌が首筋に這った。
レウウィスの吐息に体が熱くなり、抵抗する力が抜けていく。
彼は彼女の鎖骨を強く吸い上げ、赤い花を散らすと彼女の頬にキスをした。
ヘルガは性的接触など経験していない。
しかし、本からシスター養成学校の教育の知識から生殖行為がどのようなものかを知っていた。
恐らく、レウウィスは、いまその生殖行為をしようとしており、それがどのような意味を持っているのかを悟る。
ヘルガは必死に逃げようとした。しかし、レウウィスは彼女の両手をベッドに縫い付けるように押しつけた。ヘルガの体に馬乗りになると、レウウィスは片手をベッドにつけ、もう片方の手で彼女の頬を撫でた。
レウウィスの目が彼女を射抜くように見下ろし、その瞳の奥に熱い情欲が宿っているのが見えると、ヘルガは恐怖と羞恥で顔を赤く染め、涙を浮かべながら懇願した。
「お願い……! やめて……。こんなこと、間違ってるわ」
だが、レウウィスはヘルガの声を聞き入れず、彼女の体を覆う最後の一枚を取り去ったのだった。
**
レウウィスと交わった翌日、彼女は気怠さを感じながらもなんとか起き上がった。
昨晩の記憶はあまりなかったが、涙が止まらなかった。下半身の違和感が拭えず、シーツにも赤黒い染みが残っている。彼女はそれを見ていると、涙が溢れ、嗚咽した。
その日は食事もあまり食べられず、ただ涙を流し続けた。
「ヘルガ、君は私のものだ」
そう言うと、彼はヘルガに服を着せ、額に口づけをする。彼女はレウウィスが自分を愛してくれているとは感じられず、また、彼を恐れていた。
「レウウィス、なぜあんなことをする必要が?」
彼女は怯えながらも聞いた。
彼はヘルガの顔を見ると、目を細めた。
「君には理解できなかろう」
レウウィスは怒りに震えていた。今まで、散々、他の鬼との接触を最小限としてきたのにも関わらず、従者を助けるがため危険を晒したのだ。もし、ヘルガが死んでいたらと思うと、腸が煮えくり返るようであった。昨夜はその苛立ちをぶつけるように、レウウィスはヘルガを抱き寄せ、その体を貪ったのだ。ヘルガが嫌がってもお構いなしだった。
手荒い手段であったとは自覚しているが、仕方がなかったのだ。ヘルガは肉体的な攻撃を受けても、彼女の石賀は堅かった。ならば、精神的なダメージを与えたらどうなるだろうかと思い、実行したのだった。我ながら、狡猾なやり方だとレウウィスは嘲笑した。
「ヘルガ、君が悪いのだよ。私の言いつけを破り、塔を抜け出した。なぜ、野良鬼から召使を守ったのだ? 私への当て付けかね? 君の命は私のためにあるのだから、私の許可なしに勝手な行動は慎んでもらいたい」
彼女は彼の言葉を聞くと、俯いたまま答えた。
「でも、見逃すことなんてしたくなかったの」
そう、ヘルガはこの塔で暮らしている時、この邸宅で生活している彼らの楽しそうな声が聞こえている。娯楽のない、塔にとって彼らの声は、彼女にとって、心地よいものだったのだ。
レウウィスは首を横に振った。彼はヘルガの肩を掴むと、彼女の目を見つめる。
「君は人間なのだよ。胴体が二つと別れても平気ではないだろう?」
「でも……」
ヘルガは反論しようとしたが、口をつぐんだ。
ヘルガはレウウィスの言葉に、少し心を動かされたような気がしたが、首を振った。
「まだわかってくれないのか?」
そう言うなり、ヘルガは彼に強く抱きしめられた。しかし、ヘルガは諦めてはいなかった。背中に仕込んでいた武器を素早く取り出すと、レウウィスの喉元に当てる。
「自衛なら、できる。戦い方を教えてくれたのはあなたよ」
ヘルガは毅然とした態度で答えた。レウウィスは一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに笑みを見せる。そして、自分の首に押し付けられたナイフを気にする様子もなく、ヘルガを離すと立ち上がった。
「君には、この塔では満足できないということが分かった。ならば、邸宅に部屋を移せばよいのだ」
ヘルガがこの塔にいたのは、他の鬼の目から隠すため。バレてしまえば、ヘルガをこの塔に閉じ込める必要がない。側に置いて、監視していた方が楽である。
むしろ、この塔にいれば彼女は逃げてしまう可能性すらある。すでに彼女には武器もありこの世界の知識を与えてしまったのだから。これ以上ヘルガをここに置いておくのは得策ではない。レウウィスは冷たく、ヘルガに告げた。
「屋敷の中に1室部屋を用意した。今日からはそこに住んでくれたまえ。必要なものは召使に頼めば揃えてくれるはずだ。もう二度とこんなことはしないように」
「わかりました……」
ヘルガが静かに答えると、レウウィスはすぐにその場から立ち去った。