第2部 新天地
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ヘルガは目を大きく開き飛び上がった。息遣いは激しいままであり、全身からは汗が噴き出していた。彼女の周りは暗く、その空間は静まり返っていた。心臓の鼓動がドクンドクンと音を立てているのが聞こえるほどだ。
ここはどこだろう?
彼女は自分の記憶を呼び起こそうとしたが、頭が割れるように痛み、思わず頭を押さえた。頭痛と共に襲ってきた吐き気を抑え込み、必死で思い出そうとする。すると、断片的にだが映像が浮かんできた。
「わたし、最後死んだんじゃないの?」
彼女は独り言のように呟いた。その答えを知る者はいない。ふと、彼女はあることを思いつき立ち上がった。彼女は壁に手をついて恐る恐る歩いてみた。壁を伝い階段を慎重に降りていくと、1階にはレウウィスがいたのだ。
「おや、目覚めたようだね。丸々3日は寝ていたよ」
「……なにをしているの」
ヘルガの声は震え、怯えた様子だ。そんな彼女を、レウウィスは面白がるような目で見ている。
「見てわからないかな。湯浴みの準備さ。君を喰らうための」
「君なら、土だらけの食材を食べるのか?」と聞かれ、ヘルガは「いいえ」と答えた。
彼にとっては、食材と一緒、綺麗な状態で食べたいってことね……。
ヘルガは自分が泥の付いている野菜か何かと同じだと理解したのだ。
「私は上で待っているから、準備ができたらおいで」
彼はそれだけ言うと、階段を上がって行った。
ヘルガは震える手で自分の体を見下ろし、状況を理解しようとした。周りは薄暗く、古びた石造りの部屋の壁が冷たい光を反射していた。彼女は無理やり立ち上がり、木の桶に近づいた。
水面には静かに波が立ち、湯気が立ち昇っていた。彼女はその湯に触れ、指先を沈めてみる。少しぬるめのお風呂だった。彼女は深呼吸をし覚悟を決めると服を脱ぎ始めた。
「……最後にお湯に入ったのは、第3農園 にいた時だったかしら」
ヘルガはため息を漏らしながら、懐かしそうに目を細めた。不思議と昔の思い出が蘇ってきたのだ。ママと呼んでいた飼育監との思い出や、農園 で暮らしていたかつての、家族たちのことを。湯船の中で、涙を流し終え、彼女は体を洗い始めた。すると、徐々に恐怖心も薄れてきた気がしたのだ。
ヘルガの体は汚れているわけではなかったが、丁寧に洗うことにした。髪を何度もすすぎ、泡を体に擦り付けていく。石鹸が泡立つ度に白いしゃぼんが浮く。
「最後くらい、綺麗でいたい」
彼女は心の中で呟きながら、体を洗い続けた。湯気が立ち昇る中で、彼女の心は少しずつ落ち着きを取り戻していった。彼女は自分の運命を受け入れる覚悟を決め、レウウィスの待つ部屋の戸を叩いた。
レウウィスはドアが開くと同時に振り向き、「来たね」と言った。
その瞳は獲物を見つけた獣のような眼差しをしていた。
彼は彼女の手を取りベッドへ導くと、扉を閉めて鍵をかけた。
彼は無表情で彼女の髪をすくように触りながら、顔を寄せた。彼女の鼻先に口を近づけ、頬に触れる。彼は何かを確かめるような動きで匂いを嗅いでいた。彼女の心臓は早く打ち、食べるのなら、どうか一思いに食べてほしいと彼女は願った。
やがて、ベッドにゆっくりと沈み込むと、レウウィスの鋭い牙が見えた。首筋に顔を埋め、牙を立ててくる。しかし、いつまでたっても痛みはやってこなかった。
「……」
彼は彼女を抱き締めるとそのまま横になった。
彼は黙って抱き寄せただけで、それ以上何もしてこなかった。ヘルガは戸惑いながらも、音無くしていたが、やがて「私を食べないの?」と聞くと彼は「食べて欲しいのかい?」と聞いてきた。
ヘルガは言葉の意味を理解することができなかったが、首を横に振って否定した。食べられたくはないと。彼はクスッと笑い、ヘルガの頭を撫でていた。
その時、彼は初めて仮面を取ったのだ。複数の目がヘルガの瞳の奥をみていた。
「君を食べれば、もうあのような狩りあいはできぬのだろうなぁ」
ヘルガはその言葉を理解できず呆然としていたが、ふと自分の体を見下ろすとレウウィスの手が、まるで蛇のように巻き付いてくるのがわかった。彼はその手を動かし、優しく愛おしむように、体全体を触れていった。
その手は背中や脇を這いずり回る。次第に、その手が腰から太股の内側へと降りていき、下着に手をかけようとしてくる。ヘルガは驚いて逃げようとしたが、彼によって阻まれてしまう。
「君は、本当に興味深い」
「な、なにするの!? 」
レウウィスは、そんな彼女の様子など気にせず、首元に噛み後を付け続ける。
やがて、鎖骨あたりに噛みつき、皮膚を引きちぎられた。あまりの痛さにヘルガは声を上げた。すると、レウウィスは満足そうに微笑んだ。
彼は再び彼女の首元に顔を埋めると、また、噛んで吸う動作を繰り返していった。
その間、彼女は身を震わせ、されるがままになっていた。
しばらく、ヘルガはただじっとしていた。クチャクチャと皮膚が傷ついて行く音に彼女は目を閉じ、耐えていたのだ。
そして、ようやく解放されたとき、彼は彼女に服を着せていった。
「ヘルガ、喰うといっただろう。君の血肉は、何度も味わいたくなるねぇ」
そう言って、レウウィスは血のついた歯を見せて笑っていた。
ヘルガは恐怖の余り動くことができず、固まっていた。彼の目線からは逃げられない。彼女は視線を逸らすこともできなかった。
彼はヘルガの肩を掴み、ベッドに押し倒すと覆い被さるようにして、耳を甘噛みしてきた。耳元でぴちゃぴちゃとなる音に背中がゾワッとし、ヘルガは悲鳴をあげそうになるが、手で口元を抑えることで何とか耐えた。
「おや、耳が切れているね。私がつけたのだろうか」
彼はその指先でヘルガの耳にできた切り口をなぞった。
その感触に彼女は思わず目を閉じた。
「それは、脱走で発信機を取り除くために……」
「ほう」
「食用児には追跡できるよう赤ちゃんの頃から埋め込まれるんです」
「私は農園ではそのように管理しているのだな」
「はい」
そうだった、食用児は農園が徹底的に管理しているのだったなとレウウィスは考える様子を見せると、彼女の手首を握りベッドに縫い付けた。
「しかしながら、君は既に農園のものだとはわかるまい」
見給えとばかりに彼は壁にかかる鏡を示した。レウウィスがかみついたのは食用児の認識番号 31264とが刻まれていた忌々しき箇所だった。
彼はそこを丹念に舐め上げると、牙を突き立て、肉を裂いた。
「あああぁあっ!!」
彼女は激痛に耐えられず叫び、涙を流す。それでも彼は行為を止めなかった。ヘルガが暴れないように、彼は体重をかけて抑え込む。
「正真正銘、君はもう私のものだ。他の誰にも渡さないよ。君は私のものだ」
ヘルガは痛みにより、既に気絶していた。
彼女はぐったりとしていて、反応がない。
レウウィスはその頬を撫でながら、ため息を吐いた。少しやりすぎてしまったようだ。しかし、彼女を手に入れることができてよかったと彼は思った。彼女が目を覚ましたら食事にしようか、と彼は呟く。
その前にすることがある。まずは消毒をしなければ。
以前、液体みたいなものでヘルガが処置をしていたことを思い出す。近くにあった水で拭き、その後ガーゼをあてていた。
血が止まったことを確認し、同じベッドで横になった。
なんとも、道具がなければ自分で血すらも止まられないとは、やはり人間は脆弱だ。
その証拠に、くぐもった声でヘルガが何かを言っているとレウウィス耳を澄ませる。
「ごめんなさい、私が死ぬべきだった……」
寝言を言った。夢でも見ているのだろうか。どんな悪夢なのだろうと彼は考える。きっとろくでもない内容に違いない。
「こんな楽しい玩具であるヘルガを死なせるわけがなかろう」
次は、彼女と何をして遊ぼうかとレウウィスはほくそ笑んだ。
**
朝起きるとヘルガは泣いており、目が腫れぼったかった。昨日の発現から、何か悪い夢でも見たのだろうとレウウィスは思った。彼が近づくと、彼女は体を強張らせた。彼はそんな彼女の頭を抱えるようにして抱擁した。
「すまない。昨日は無理をさせすぎた」と謝罪する。ヘルガは何も言わず、静かに涙を流し続けていた。
「ヘルガ」
名前を呼ぶと、彼女はびくりと震えた。そして、ぎこちなく口を開いた。
「……あなたは、関係ないのよ。大丈夫」
ヘルガの瞳が揺れた。昨日とは別人のようなかをしていると、レウウィスは直感的に感じたのだ。ヘルガは身を起こし、涙をぬぐう。そして、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。彼女は冷静さを装って話し始めた。
「不思議なの、すごく痛かったのに体の数字が無くなったら、すがすがしい気持ちになったの。まるで解放されたような」
あなたに、軟禁されているのにね、と苦笑いを浮かべた。
「それに、あなたとこうしていることが当たり前みたいになっている。おかしいわね」と笑った。
レウウィスはヘルガを見つめていた。まるで心ここにあらずといった様子だ。彼はヘルガを後ろから抱きしめたまま、動かない。彼は何も答えない。沈黙が部屋を満たしていた。ヘルガはそっと、レウウィスの方に顔を向ける。
彼はこちらを向いておらず、表情が見えなかった。何を考えているのだろう。彼はいつも無表情だからわからない。
ヘルガは、彼の顔に触れてみたくなった。レウウィスは拒まなかった。顔は皴だらけで皮膚は硬くなっていた。目の周りは窪んでいる。彼の長い長い年月を思わせるものだった。
「年老いた顔なぞ、醜いだろう」
「よくわからないわ、鬼の顔をこんな間近でみたのは、はじめてだもの」
「そうか」
ヘルガはこのままじゃ2度寝してしまうと言い、レウウィスの腕の隙間を潜り抜け、ベッドから出た。彼女はレウウィスと朝食をとりたいと言った。部屋を出ていくヘルガの服に視線を移すと、目を細めた。そして、おもむろに立ち上がって近づいてきた。
「君はまだ、この服を着ているんだね」
レウウィスはそう言うと、彼女が着ていたシャツを摘み、引っ張る。それはボロ布のようになり、所々ほつれて穴が空いていた。そして、襟ぐりは大きく開き、胸元や腹部の露出が目立っていた。
「詫びとして、布を持ってこさせよう」と囁いた。
「嬉しいわ、ついでといってはなんだけど糸もあったら嬉しいわ」
「軟禁されている立場で図々しいな」
レウウィスのその言葉にヘルガは目を丸くして驚くと、「それもそうね」と言って微笑んだ。レウウィスはそれを見て呆れたようにため息をつく。
ヘルガは手早く朝食の準備をする。といってもパンケーキに蜂蜜をかけただけなのだが。それを食卓に置くと、椅子に座った。向かい側にレウウィスも座り、ナイフで切り分けて口に運ぶ。それを見ると、彼女は少し恥ずかしそうな様子を見せた。
「食べ方が綺麗なのね」
「これでも王族だからな。して、これはなんて食べ物だ、柔いな」
「ああ、ええと、パンケーキっていうの」
「ほう」
「食材で、粉があったから作ってみたの、思っている以上に美味しくはならないのだけれど」
レウウィスにとっては、歯ごたえがないようで不思議な触感に戸惑いながら食べていた。味はフルーツで誤魔化しながら食べてるのだと彼女は、はにかんだ。
レウウィスがヘルガを見る目には明らかに変化が現れていた。
彼自身、こんなにヘルガが警戒を取ってくれるのなら早く農園の所有物という証拠を消していればよかったなぁと。そうすれば、彼女が逃げることなぞなかったのに。けれど、まるで逃げたウサギを捕まえるようで、悪くないと思ってしまったのだ。
彼女の仕草をじっと見つめ、何気ない会話にも相槌をうち、楽し気に聞いていたレウウィスは上機嫌であった。
**
一方、ヘルガはそのことに気づいていた。ヘルガも飼育監飼育監 となるため、心理学の勉強や、普段から周囲を観察することに長けていた。だから気づいたのだ、彼が自分を食用児ではなく、以前よりは人間扱いしてくれていることも。見下してみることが少なくなっ**。
しかし、ヘルガには懸念があった。自分はストックホルム症候群になってはないかと。ストックホルム症候群は、精神疾患の一つだ。誘拐された被害者が犯人に対して過度の同情を示すようになる症状のこと。
彼女は自分の感情が混乱していることに気づき、冷静に考えようとした。レウウィスの態度が変わり、彼が自分を食用児よりかは、ただの人として扱い始めたこと。しかし、それが本当に彼の優しさなのか、それとも自分が彼に対して情を抱いていてそう見えるだけなのか、判断がつかなかったのだ。
だめよ、彼の行動一つ、言葉一つ客観的に見なければ、批判的な見方をしなければと自分に言い聞かせた。
欺け、演技だ、心を鬼にして。私は、鬼の情など必要としていないのだと。
ここはどこだろう?
彼女は自分の記憶を呼び起こそうとしたが、頭が割れるように痛み、思わず頭を押さえた。頭痛と共に襲ってきた吐き気を抑え込み、必死で思い出そうとする。すると、断片的にだが映像が浮かんできた。
「わたし、最後死んだんじゃないの?」
彼女は独り言のように呟いた。その答えを知る者はいない。ふと、彼女はあることを思いつき立ち上がった。彼女は壁に手をついて恐る恐る歩いてみた。壁を伝い階段を慎重に降りていくと、1階にはレウウィスがいたのだ。
「おや、目覚めたようだね。丸々3日は寝ていたよ」
「……なにをしているの」
ヘルガの声は震え、怯えた様子だ。そんな彼女を、レウウィスは面白がるような目で見ている。
「見てわからないかな。湯浴みの準備さ。君を喰らうための」
「君なら、土だらけの食材を食べるのか?」と聞かれ、ヘルガは「いいえ」と答えた。
彼にとっては、食材と一緒、綺麗な状態で食べたいってことね……。
ヘルガは自分が泥の付いている野菜か何かと同じだと理解したのだ。
「私は上で待っているから、準備ができたらおいで」
彼はそれだけ言うと、階段を上がって行った。
ヘルガは震える手で自分の体を見下ろし、状況を理解しようとした。周りは薄暗く、古びた石造りの部屋の壁が冷たい光を反射していた。彼女は無理やり立ち上がり、木の桶に近づいた。
水面には静かに波が立ち、湯気が立ち昇っていた。彼女はその湯に触れ、指先を沈めてみる。少しぬるめのお風呂だった。彼女は深呼吸をし覚悟を決めると服を脱ぎ始めた。
「……最後にお湯に入ったのは、
ヘルガはため息を漏らしながら、懐かしそうに目を細めた。不思議と昔の思い出が蘇ってきたのだ。ママと呼んでいた飼育監との思い出や、
ヘルガの体は汚れているわけではなかったが、丁寧に洗うことにした。髪を何度もすすぎ、泡を体に擦り付けていく。石鹸が泡立つ度に白いしゃぼんが浮く。
「最後くらい、綺麗でいたい」
彼女は心の中で呟きながら、体を洗い続けた。湯気が立ち昇る中で、彼女の心は少しずつ落ち着きを取り戻していった。彼女は自分の運命を受け入れる覚悟を決め、レウウィスの待つ部屋の戸を叩いた。
レウウィスはドアが開くと同時に振り向き、「来たね」と言った。
その瞳は獲物を見つけた獣のような眼差しをしていた。
彼は彼女の手を取りベッドへ導くと、扉を閉めて鍵をかけた。
彼は無表情で彼女の髪をすくように触りながら、顔を寄せた。彼女の鼻先に口を近づけ、頬に触れる。彼は何かを確かめるような動きで匂いを嗅いでいた。彼女の心臓は早く打ち、食べるのなら、どうか一思いに食べてほしいと彼女は願った。
やがて、ベッドにゆっくりと沈み込むと、レウウィスの鋭い牙が見えた。首筋に顔を埋め、牙を立ててくる。しかし、いつまでたっても痛みはやってこなかった。
「……」
彼は彼女を抱き締めるとそのまま横になった。
彼は黙って抱き寄せただけで、それ以上何もしてこなかった。ヘルガは戸惑いながらも、音無くしていたが、やがて「私を食べないの?」と聞くと彼は「食べて欲しいのかい?」と聞いてきた。
ヘルガは言葉の意味を理解することができなかったが、首を横に振って否定した。食べられたくはないと。彼はクスッと笑い、ヘルガの頭を撫でていた。
その時、彼は初めて仮面を取ったのだ。複数の目がヘルガの瞳の奥をみていた。
「君を食べれば、もうあのような狩りあいはできぬのだろうなぁ」
ヘルガはその言葉を理解できず呆然としていたが、ふと自分の体を見下ろすとレウウィスの手が、まるで蛇のように巻き付いてくるのがわかった。彼はその手を動かし、優しく愛おしむように、体全体を触れていった。
その手は背中や脇を這いずり回る。次第に、その手が腰から太股の内側へと降りていき、下着に手をかけようとしてくる。ヘルガは驚いて逃げようとしたが、彼によって阻まれてしまう。
「君は、本当に興味深い」
「な、なにするの!? 」
レウウィスは、そんな彼女の様子など気にせず、首元に噛み後を付け続ける。
やがて、鎖骨あたりに噛みつき、皮膚を引きちぎられた。あまりの痛さにヘルガは声を上げた。すると、レウウィスは満足そうに微笑んだ。
彼は再び彼女の首元に顔を埋めると、また、噛んで吸う動作を繰り返していった。
その間、彼女は身を震わせ、されるがままになっていた。
しばらく、ヘルガはただじっとしていた。クチャクチャと皮膚が傷ついて行く音に彼女は目を閉じ、耐えていたのだ。
そして、ようやく解放されたとき、彼は彼女に服を着せていった。
「ヘルガ、喰うといっただろう。君の血肉は、何度も味わいたくなるねぇ」
そう言って、レウウィスは血のついた歯を見せて笑っていた。
ヘルガは恐怖の余り動くことができず、固まっていた。彼の目線からは逃げられない。彼女は視線を逸らすこともできなかった。
彼はヘルガの肩を掴み、ベッドに押し倒すと覆い被さるようにして、耳を甘噛みしてきた。耳元でぴちゃぴちゃとなる音に背中がゾワッとし、ヘルガは悲鳴をあげそうになるが、手で口元を抑えることで何とか耐えた。
「おや、耳が切れているね。私がつけたのだろうか」
彼はその指先でヘルガの耳にできた切り口をなぞった。
その感触に彼女は思わず目を閉じた。
「それは、脱走で発信機を取り除くために……」
「ほう」
「食用児には追跡できるよう赤ちゃんの頃から埋め込まれるんです」
「私は農園ではそのように管理しているのだな」
「はい」
そうだった、食用児は農園が徹底的に管理しているのだったなとレウウィスは考える様子を見せると、彼女の手首を握りベッドに縫い付けた。
「しかしながら、君は既に農園のものだとはわかるまい」
見給えとばかりに彼は壁にかかる鏡を示した。レウウィスがかみついたのは食用児の
彼はそこを丹念に舐め上げると、牙を突き立て、肉を裂いた。
「あああぁあっ!!」
彼女は激痛に耐えられず叫び、涙を流す。それでも彼は行為を止めなかった。ヘルガが暴れないように、彼は体重をかけて抑え込む。
「正真正銘、君はもう私のものだ。他の誰にも渡さないよ。君は私のものだ」
ヘルガは痛みにより、既に気絶していた。
彼女はぐったりとしていて、反応がない。
レウウィスはその頬を撫でながら、ため息を吐いた。少しやりすぎてしまったようだ。しかし、彼女を手に入れることができてよかったと彼は思った。彼女が目を覚ましたら食事にしようか、と彼は呟く。
その前にすることがある。まずは消毒をしなければ。
以前、液体みたいなものでヘルガが処置をしていたことを思い出す。近くにあった水で拭き、その後ガーゼをあてていた。
血が止まったことを確認し、同じベッドで横になった。
なんとも、道具がなければ自分で血すらも止まられないとは、やはり人間は脆弱だ。
その証拠に、くぐもった声でヘルガが何かを言っているとレウウィス耳を澄ませる。
「ごめんなさい、私が死ぬべきだった……」
寝言を言った。夢でも見ているのだろうか。どんな悪夢なのだろうと彼は考える。きっとろくでもない内容に違いない。
「こんな楽しい玩具であるヘルガを死なせるわけがなかろう」
次は、彼女と何をして遊ぼうかとレウウィスはほくそ笑んだ。
**
朝起きるとヘルガは泣いており、目が腫れぼったかった。昨日の発現から、何か悪い夢でも見たのだろうとレウウィスは思った。彼が近づくと、彼女は体を強張らせた。彼はそんな彼女の頭を抱えるようにして抱擁した。
「すまない。昨日は無理をさせすぎた」と謝罪する。ヘルガは何も言わず、静かに涙を流し続けていた。
「ヘルガ」
名前を呼ぶと、彼女はびくりと震えた。そして、ぎこちなく口を開いた。
「……あなたは、関係ないのよ。大丈夫」
ヘルガの瞳が揺れた。昨日とは別人のようなかをしていると、レウウィスは直感的に感じたのだ。ヘルガは身を起こし、涙をぬぐう。そして、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。彼女は冷静さを装って話し始めた。
「不思議なの、すごく痛かったのに体の数字が無くなったら、すがすがしい気持ちになったの。まるで解放されたような」
あなたに、軟禁されているのにね、と苦笑いを浮かべた。
「それに、あなたとこうしていることが当たり前みたいになっている。おかしいわね」と笑った。
レウウィスはヘルガを見つめていた。まるで心ここにあらずといった様子だ。彼はヘルガを後ろから抱きしめたまま、動かない。彼は何も答えない。沈黙が部屋を満たしていた。ヘルガはそっと、レウウィスの方に顔を向ける。
彼はこちらを向いておらず、表情が見えなかった。何を考えているのだろう。彼はいつも無表情だからわからない。
ヘルガは、彼の顔に触れてみたくなった。レウウィスは拒まなかった。顔は皴だらけで皮膚は硬くなっていた。目の周りは窪んでいる。彼の長い長い年月を思わせるものだった。
「年老いた顔なぞ、醜いだろう」
「よくわからないわ、鬼の顔をこんな間近でみたのは、はじめてだもの」
「そうか」
ヘルガはこのままじゃ2度寝してしまうと言い、レウウィスの腕の隙間を潜り抜け、ベッドから出た。彼女はレウウィスと朝食をとりたいと言った。部屋を出ていくヘルガの服に視線を移すと、目を細めた。そして、おもむろに立ち上がって近づいてきた。
「君はまだ、この服を着ているんだね」
レウウィスはそう言うと、彼女が着ていたシャツを摘み、引っ張る。それはボロ布のようになり、所々ほつれて穴が空いていた。そして、襟ぐりは大きく開き、胸元や腹部の露出が目立っていた。
「詫びとして、布を持ってこさせよう」と囁いた。
「嬉しいわ、ついでといってはなんだけど糸もあったら嬉しいわ」
「軟禁されている立場で図々しいな」
レウウィスのその言葉にヘルガは目を丸くして驚くと、「それもそうね」と言って微笑んだ。レウウィスはそれを見て呆れたようにため息をつく。
ヘルガは手早く朝食の準備をする。といってもパンケーキに蜂蜜をかけただけなのだが。それを食卓に置くと、椅子に座った。向かい側にレウウィスも座り、ナイフで切り分けて口に運ぶ。それを見ると、彼女は少し恥ずかしそうな様子を見せた。
「食べ方が綺麗なのね」
「これでも王族だからな。して、これはなんて食べ物だ、柔いな」
「ああ、ええと、パンケーキっていうの」
「ほう」
「食材で、粉があったから作ってみたの、思っている以上に美味しくはならないのだけれど」
レウウィスにとっては、歯ごたえがないようで不思議な触感に戸惑いながら食べていた。味はフルーツで誤魔化しながら食べてるのだと彼女は、はにかんだ。
レウウィスがヘルガを見る目には明らかに変化が現れていた。
彼自身、こんなにヘルガが警戒を取ってくれるのなら早く農園の所有物という証拠を消していればよかったなぁと。そうすれば、彼女が逃げることなぞなかったのに。けれど、まるで逃げたウサギを捕まえるようで、悪くないと思ってしまったのだ。
彼女の仕草をじっと見つめ、何気ない会話にも相槌をうち、楽し気に聞いていたレウウィスは上機嫌であった。
**
一方、ヘルガはそのことに気づいていた。ヘルガも飼育監
しかし、ヘルガには懸念があった。自分はストックホルム症候群になってはないかと。ストックホルム症候群は、精神疾患の一つだ。誘拐された被害者が犯人に対して過度の同情を示すようになる症状のこと。
彼女は自分の感情が混乱していることに気づき、冷静に考えようとした。レウウィスの態度が変わり、彼が自分を食用児よりかは、ただの人として扱い始めたこと。しかし、それが本当に彼の優しさなのか、それとも自分が彼に対して情を抱いていてそう見えるだけなのか、判断がつかなかったのだ。
だめよ、彼の行動一つ、言葉一つ客観的に見なければ、批判的な見方をしなければと自分に言い聞かせた。
欺け、演技だ、心を鬼にして。私は、鬼の情など必要としていないのだと。