第2部 新天地
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翌日、目が覚めると目の前に鬼の顔があった。彼女は反射的に起き上がり後ずさった。
レウウィスは不思議そうに首を傾げた。
「どうした?怖い夢でも見たのか」
レウウィスはいつも通りの態度だったが、ヘルガはなぜ同じ毛皮の上にいるのか理解できなかった。レウウィスはゆっくりと立ち上がると伸びをした。ヘルガが戸惑う様子を見ると、ふわりとした笑みを浮かべた。
「昨晩は震えていたからね、君も温かい方がいいだろうと思って。迷惑だったかな?」
ヘルガは無理に笑顔を作ろうとし、何とか言葉を絞り出す。
「そ、そうですか…ありがとう、でも、驚きました」
レウウィスは一瞬、ヘルガの表情を見つめたが、すぐに再び伸びをしながら言った。
「驚くことはない。君が冷えないようにするのは当然だ」
ヘルガはその言葉に驚き、思わず口を開けたまま固まってしまった。まさかそれだけのことで自分がレウウィスと同じ寝床にいたとは思わなかったからだ。レウウィスの行動はあまりに自然だったので、ヘルガは彼の真意を知ることができなかった。
もうあまり考えない方がいい、今はこの状況を受け入れるべきだ。
「気に障ったか」
「いいえ……ありがとう」
ヘルガは素直に感謝の言葉を述べた。ヘルガは、その後ろ姿を見ながらレウウィスについて考えるのをやめようと決めた。この鬼の気まぐれに付き合うことにしようと心に決め、穴を出ると、彼に遅れないようにと歩き出した。しかし、レウウィスが歩く速度を落として彼女に並んだので、二人の間には微妙な距離が空いてしまっていた。二人は会話を交わすこともなく歩いた。
やがて森の出口が見えた時、ヘルガの足が止まった。
その先に広がる景色に目を奪われたのだ。
小さな湖だった。
太陽の光が水面をキラキラと輝かせており、湖を取り囲む木々の間からは青空が見え隠れしている。その光景は、まるで絵画のような美しさだった。レウウィスがその隣に立つと、ヘルガを見下ろして言った。
「綺麗な場所だろう?」
その言葉にヘルガは無言で答えたが、彼女の視線はまだ湖の方に向いたままだ。彼は、ヘルガが顔を輝かせているのが面白くなり、小さく笑うと、彼女の腕を掴んで引き寄せた。レウウィスの腕の中に収まったヘルガは、彼の行動に戸惑いを覚えた。
「どうしたんですか…」
ヘルガは不思議そうな顔をしながらレウウィスを見上げた。
「ここは、私の気に入った場所なんだ」
口から出た言葉は、自然と心の中に浮かんだものだった。彼女にこの場所の美しさを伝えたかった。それだけだと思っていた。だが、今、彼女が黙ってその美しい風景に目を奪われている姿を見て、レウウィスはまた違った気持ちを抱いた。
ヘルガは彼から逃れようとしたが、すぐに諦めた。抵抗しても無駄だと判断したのもあるが、それ以上に、この場所を壊したくなかった。そして、レウウィスからは殺意など一切感じなかった。彼の胸を背もたれにするようにして、頭をその温もりに預けながら、ヘルガはそっと呟いた。
「ここは、私の気に入った場所なんだ」
レウウィスの言葉は、静かに空気を包み込むように自然と漏れ出た。その美しさを彼女に伝えたい。ただそれだけのつもりだった。しかし、ヘルガがその美しい風景に見入る様子を目にすると、彼の胸の奥に何か得体の知れない感情が湧き上がった。
ヘルガはしばらくの間、腕をほどこうと試みたが、すぐに諦めた。抵抗しても無駄だと判断したのもあるが、それ以上に、この穏やかな空間を壊したくないという気持ちがあった。そして、レウウィスからは一切の敵意を感じ取れなかった。彼の胸を背もたれにするように頭を預けながら、ヘルガは小さな声で呟いた。
「……とても、素敵なところね」
その瞬間、ヘルガの心に浮かんだのは「安心感」に近い感情だった。こんなにも自然と肩の力を抜けたのは、生まれて初めてのことのように思えた。だが、完全に警戒を解くことはできない。それでも、このひとときの安らぎは何か特別なもののように感じられた。
青空が木々の間から顔をのぞかせ、そよ風が頬をかすめる。その穏やかな光景の中で、レウウィスはふと自分の胸に湧き上がる衝動を抑えきれなくなった。おもむろに、ヘルガを抱き上げる。
「きゃっ!」
ヘルガは驚きの声を上げたが、彼は気にする様子もなく、そのまま走り出した。突然の事態に彼女は反射的にレウウィスの首にしがみつき、服を強く掴んだ。森の中を駆け抜ける彼の速度は増していき、風が二人を包む。枝が頬をかすめ、葉が肩を叩くが、痛みを感じる余裕などなかった。
ヘルガは目を細めながらも何とか状況を把握しようと必死だった。やがて、レウウィスの速度が徐々に落ち始めるのを感じ取った。だが、ヘルガはまだ彼の首にしがみついたままだった。息を切らしながら、彼女は心の中で問いかけた。
――この人は、一体何を考えているのだろう?
**
ヘルガは戸惑いながらレウウィスを見上げた。彼の行動の意図がまったく読めず、不思議そうな表情を浮かべる。
森を抜けて視界が開けた瞬間、風に吹かれて草花がそよぎ、波打っていた。まるで、自分自身がこの森の一部になったような感覚が広がる。レウウィスは彼女をそっと地面に降ろし、肩を軽く叩いた。
「さぁ、帰ってきたよ。」
ヘルガは呆然としていたが、徐々に状況を理解し始める。また塔に戻ってきたのだという現実が胸に重くのしかかる。
――ガチャリ。
レウウィスは彼女を塔に置くと、扉を閉め、鍵をかけた。その瞬間、ヘルガの心に再び不安と恐怖が押し寄せた。塔の中の冷たい空気が彼女の肌に触れ、孤独感が一層強まる。
――また、檻の中。いつになったら自由になれるのかな。
食用児には自由がないという
ヘルガは塔の中で立ち尽くし、外の世界の自由を思い出しながら、再び閉じ込められた現実に向き合わなければならなかった。
**
数日後、レウウィスがやって来た。いつも通り扉をノックした後、返事を待たずに入ってくる。そして、ヘルガの姿を見て嬉しそうに笑いかけた。
「元気になったかい?」
レウウィスは、ヘルガがベッドに座るのを確認すると言った。その問いに対して、彼女がどう答えるか分かっていながら聞いている。レウウィスにとって、彼女の反応を見るのが楽しくなっていた。
「おかげさまで」
ヘルガは冷静に答えたが、その目には決意が宿っていた。レウウィスはその反応に満足げにうなずき、次の言葉を続けた。
「なら、もう戦えるね」
彼の言葉に、ヘルガは一瞬驚いたが、すぐにその意味を理解した。彼女は深呼吸をし、心を落ち着けるように努める。
「戦う……何と?」
レウウィスは微笑みながら答えた。
「私とだよ」
ヘルガは息を呑んだ。彼の言葉が持つ力強さと真剣さに圧倒される。彼女はレウウィスと向かい合い、その威圧感を改めて感じ取った。この人は強い――おそらく自分よりもずっと。だが、ヘルガはそのまま彼の視線を受け止めた。胸に残る警戒心と、それを超えたいという思いがせめぎ合う。
ヘルガはレウウィスの実力を見誤るほど愚かではなかった。しかし同時に、自分の力を信じてもいなかった。レウウィスを相手にどこまでやれるのか?その自信は全くと言っていいほどなかった。
でも、これでいいのかもしれないわ。
はからずしも、ヘルガはレウウィスからいろんなものをもらった。そして、どうせ自由になれないのならいっその事、檻の外で死ねるのなら、出荷以外の方法で死ねるのなら。
「ええ、分かったわ……」
その表情は、穏やかなものだった。
まるで、すべてを悟ったような様子で。
「では、ルールを決めようか」
「ルール?」
ヘルガの問いかけに、レウウィスは軽く笑った。
「君をここから森へ、逃がす。私を君を狩る。君は森の中からいかなる手段を使ってもいい、私を殺せば君の勝ちだ」
「ただし、もし私が君を仕留めたら」
その瞬間、レウウィスの気配が変わったのを感じた。まるで捕食者と対峙しているかのような緊張感を覚え、ヘルガの手が震え始めた。レウウィスはヘルガを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「私が君を喰らう」
ヘルガは思わず一歩後ずさったが、すぐに持ち直した。ここで引き下がっては、相手の思うつぼなのだ。それに、たとえどんな結果になろうとも、逃げてはいけないのだから。ヘルガは意を決して、まっすぐレウウィスを見返した。
「分かった」
「決まりだな」
レウウィスは、にっこりと笑うと、踵を返して扉に向かった。ヘルガは、その背中に視線を送りながら考えた。
――彼は、私のことを食べるつもりだろうか?
それとも別の意図があるの?
分からない。でも、とにかく今はチャンスだわ。
レウウィスは部屋を出て行くと、扉の前で振り返って言った。
「あぁそうだ、言い忘れていたが……」
ヘルガは緊張でごくりとのどを鳴らした。レウウィスは、その様子を見ながら静かに言葉を紡いだ。
「森には我々程ではないとはいえ、野良落ちの者がいる。気をつけることだ。もっとも、そんなものに食われてしまえばそれまでだが」
「ルールはいくつかあるが、基本は鬼ごっこに近い。鬼は私で、逃げる側が君というわけだ。森の中からスタートし、どれだけ私をまくことができるかが肝になる。制限時間はどちらかが死ぬまで続くが、君の場合は、私の攻撃を一度でも受ければ致命傷となる」
ヘルガにとっては絶望的な戦いになると思われたが、レウウィスは少し笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「ただし、公平を期すためにいくつか武器を用意した。君が使える武器だ」
レウウィスはそう言って、いくつかの武器をヘルガの前に並べた。それは剣、弓矢、小型の斧など、多様な種類が揃っていた。ヘルガはそれらの武器を見つめながら、どれを選ぶべきか悩んだ。
「どの武器を選ぶかは君の自由だ。うまく使いこなして私を倒してみせるといい。私は2日後君を狩りに行こう」
レウウィスの去ったあとの部屋の中で、ヘルガは一人考え込んでいた。レウウィスに勝つには、彼が想像できないような奇襲を仕掛けるしかないだろう。問題は、どうやって彼の不意をつくかだった。
レウウィスを撒くためには、なるべく広い場所に出る必要がある。ヘルガは、森の中に何かないか探し回った。
そして、彼女はついにその場所を見つけたのだ。木々の間からは、遠くのほうまで見渡すことができた。この場所ならば、どこから敵が来るのか一目瞭然だった。ヘルガは素早く周囲を確認すると、木の上に登り、待ち伏せした。
彼女の心には、レウウィスをどうやって倒すかという思いが渦巻いていた。彼女の手は震えていたが、その目には確固たる決意が宿っていた。
彼女は自分の力を信じ、全ての感覚を研ぎ澄ませた。
――私は、この戦いを終わらせる。
彼女の心には強い意志が宿り、その意志が彼女を支えていた。風が木々の間を吹き抜け、葉がざわめく音が彼女の耳に心地よく響いた。彼女の目は鋭く、全ての動きを見逃さないようにしていた。
**
「これは参ったなぁ」
レウウィスは、ため息をついた。森からは煙が立ち上っており、その煙が彼の視界を遮っていた。木々の間から見える煙は、明らかに何かが燃えていることを示していた。
「やれやれ、何が起こっているのだろうか?」
レウウィスは自問しながら、煙の方へと歩を進めた。彼の心には、不安と疑念が渦巻いていた。ヘルガが何かを仕掛けたのだろうか?彼は慎重に進みながら、周囲の音に耳を傾けた。
森の中は静まり返っており、風が木々を揺らす音だけが響いていた。煙の匂いが彼の鼻を刺激し、その中に微かに焦げた木の香りが混じっていた。鬼の嗅覚が人間より優れているからこそ、燃え墨のにおいがヘルガのにおいを隠す。ヘルガはその特性を知ってか知らずか、巧みに彼の追跡をかわすために使っていた。
「なるほど、こういう手を使うか」
レウウィスは微かに笑みを浮かべながら、その煙の中で何かを見つけようと目を凝らした。彼の心には、ヘルガがどこかに潜んでいるという確信があった。彼女の手際の良さに一瞬感心しながらも、彼の狩猟本能が刺激されていた。
「どこに隠れているんだい?」
レウウィスは低い声で問いかけながら、注意深く前進した。煙の中に一筋の影が見えた瞬間、彼の目が鋭くなった。彼はその影に向かって駆け出し、ヘルガを見つけるための一歩を踏み出した。
ヘルガは木の上から彼の動きを見守りながら、息を潜めていた。彼の足音が近づくたびに彼女の心臓が高鳴り、その音が自分に聞こえるのではないかと不安になるほどだった。彼女は、レウウィスが目の前を通り過ぎるまで待つことにした。彼女は息を整え、次の動きを慎重に計画していた。ヘルガは呼吸を殺し、彼の後ろ姿を見ながら、タイミングを図った。
「ヘルガ、君は優秀だね」
レウウィスはヘルガの頭上を通過しながら、低い声でつぶやいた。
「けれど、今回は相手が悪かったようだ」
「いいえ、作戦通りよ」
声を抑えながら答えた。
ヘルガは木の上から素早く降りると、事前に仕掛けておいた罠へと向かった。彼女は一連の計画を頭の中で再確認し、次の一手を慎重に考えた。
レウウィスが再び近づくと、彼女は素早く罠を作動させた。音もなく木々の間に仕掛けられたロープが彼の足元をすくう。
「小癪な」
レウウィスはそう言うと、体勢を立て直そうとした。
その隙をついて、ヘルガは斧を手に取りレウウィスの目を狙って投げる。しかし、彼も伊達に長く生きていない。
彼は反射的に首を曲げると、かろうじて斧を避けた。
「やるな、ヘルガ」
レウウィスは冷たい視線を送りながら、体勢を立て直した。彼の動きは俊敏であり、罠にかかっているにも関わらず、その威圧感は変わらなかった。ヘルガはその姿に一瞬驚きつつも、自分の決意を再確認した。
「まだ終わりじゃないわ」
彼女は、煙幕を投げつけた。その煙はあっという間に広がっていき、あたり一面を包み込んだ。ヘルガは素早く移動し、距離を取る。レウウィスは咳き込みながらも冷静に状況を判断しようとしていた。彼女の攻撃はまだ終わっていなかった。
レウウィスの視界が完全に塞がれると、ヘルガは彼の背後に移動し、思い切り飛びかかった。
後ろから気配とにおいを感じたレウウィスは爪を瞬時に伸ばす。
「捕まえたぞ!」
彼はそう言い放つと、振り向きざまにヘルガの体を捕まえようとした。しかし、彼女はいなかった。あったのは、グレーの外套だけであった。レウウィスはそれを拾い上げる。その刹那、彼が感じたのは鋭い痛みだった。彼の腕からは鮮血が吹き出し、傷口は焼けるような熱を帯びていた。煙の中から、ヘルガは銃を構えていた。彼女の手には小型の銃が握られており、その銃口からはまだ煙が立ち上っていた。彼女は煙玉を投げ込むと同時に走り出しており、レウウィスの不意を突いていた。
そして今度は逆の腕を狙い、撃ちこんだ。
レウウィスの右腕には大きな切り傷があり、そこからはおびただしい量の血液が流れ出ていた。銃弾はギザギザと返しとなっており、腕の再生を遅くさせる。肉を引き裂くように貫通し、骨まで到達しているように見えた。
レウウィスは、人間を狩るために長年その身を犠牲にしてきた。彼にとって、再生を阻む要因が存在することは決定的な弱みであった。
「なるほど、君は本当に強くなったな!これこそが私が求めていた戦いだ!だから、もっと本気で私を殺しに来てくれ!」
レウウィスは興奮を隠せなかった。彼は左腕をだらんと垂らしたまま、ヘルガを待ち構える。その瞳はまっすぐ彼女を見つめており、彼女の一挙一動を観察しようとしていた。
煙が晴れて視界がはっきりしてくると、レウウィスの動きは速くなった。彼の表情は笑みを浮かべていたが、目つきは鋭さを増していた。彼は、ヘルガを確実に殺すつもりであった。ヘルガが弓を構えたとき、彼女の体は宙に浮いていた。
「……っ!!」
彼女は必死で抵抗したが、無駄な努力に終わった。彼女の体は地面に叩きつけられ、肺の中の空気がすべて吐き出される。その衝撃に、彼女は一瞬意識を失いかけた。
「ぐ……う……」
彼女の体が鈍痛に包まれる中、目の前にレウウィスが降り立った。レウウィスは左手にヘルガを掴んで、右手の爪を伸ばし赤い雫を垂らす。
「君を甘く見ていたよ。これほどの強さだとは思わなかった」
レウウィスは微笑みながら、ヘルガの頬を撫でた。その言葉に嘘はなく、心の底から楽しんでいるようだった。
「だが、これで終わりだ。君の美しい顔をこれ以上見ることはできないと思うと寂しいね」
そう言うと、彼はヘルガの額に狙いを定めて、一気に貫こうとした。ヘルガは死を悟ったが、目を閉じなかった。
最後の抵抗かのように、小銃を発砲したのだ。しかし弾はレウウィスに当たることはなかった。
「外れたね。残念だ」
そこまでして生きようとする彼女の命をいざ、自身が奪わんとする高揚にレウウィスの息が荒くなり、口元が知らず笑みを浮かべていた。その笑い声は森の静寂を破り、彼の狂気が一層際立った。彼の目には異様な光が宿り、その視線は彼女を貫くようだった。
しかし、貫かれたのはレウウィスの方だった。彼の背に長身の剣が何本か刺さっていた。レウウィスは、何が起こったのか理解できなかった。彼の目には驚きと痛みが交錯し、その視線は一瞬で冷たくなった。
レウウィスは後ろを振り向いたが、そこには何もなかった。しかし、瞬時に理解した。先ほどの発砲はレウウィスを狙ったのではなく、彼の背後にある罠を作動させるためのものだったのだ。
「なるほど……君は本当に賢いな、ヘルガ」
彼は苦しげに言葉を絞り出しながら、微かに笑みを浮かべた。その笑みには狂気と賞賛が入り混じっていた。
「しかし、ヘルガ。私の勝ちだ」
レウウィスはそう言うと、ヘルガを握り潰そうと力を込める。しかし、彼女は悲鳴を上げることなく、その手から逃れようと足掻いた。
レウウィスの手から、じわっと血が滲む。彼はさらに力を込めていった。
ヘルガはその手をなんとか引き剥がそうとするが、その力は増すばかりである。彼女の指先は感覚をなくしていき、次第に痺れていった。
景色が歪み始め、その光景がぼやけていく。ヘルガは苦痛に耐えながらも歯を食い縛り耐えていたが、ついに意識を失った。彼女の体は地面に落ちたが、レウウィスはまだその手に掴んでいた。
「ヘルガ?」
ヘルガはピクリとも動かない。
その体は血まみれになり、レウウィスの両手は彼女の体液が付着していた。彼の手は赤黒く染まっており、その色は地面へと滴っていく。彼の目は見開かれており、呼吸は荒くなっていた。彼はしばらくそのままの姿勢でヘルガを眺めていた。
やがて、彼女が起きないと分かると自身の爪を引っ込め長い長い腕と指で彼女を抱き上げたのだった。