天女戦記

 昨日は作兵衛くんと数馬くんと伏木蔵くんと委員会のことについて話し合った。
 そこで、会計委員会が困っているとの話を聞いた。各委員会には上級生が行方不明になったことで予算の変動が生じ、それを計算しているのだそう。
 
 ちなみに、会計委員会の顧問である安藤先生に了承済みだ。
 忍者の学校なのに、学園の予算を部外者に見せるのはどうかと思ったが……。先生が許可を出したのなら、まぁ、いっか。

「こんばんは、ここが会計委員会かな」

 日が沈み始めた夕方、食堂の手伝いが終わり、会計委員室に向かう。
 部屋に入ると、先に委員会は始まっていたらしく、青い忍び装束を着た一年生の忍たまが二人いた。

 私と目が合うがうとうとしながら筆を握る様子にもう睡魔が限界のようだった。

「本当に来てくれたんですか? 紗季さん!」

 左門くんは満面の笑みで迎え入れてくれた。


 左門くんが起きろと言いながら、一年生の二人を引き連れて私のところにやってきた。
 歩いてくるまでの足取りがふらふらしてる、大丈夫かな?

「乱太郎から聞きました。一年は組の加藤団蔵です」
「一年い組の任暁左吉です。あの、どのような御用で」

 二人とも、声がふわふわしていて魂が抜けそうな声をしていた。

「今日は会計委員会の活動を手伝おうと思って、その様子だと計算をしているみたいね早速、私もやるわ」

 やることといえば、どういう帳簿のつけ方かわからないので私がやるのは決算のミスがないかを確認し計算するくらいだ。

 帳簿を書いたほうがいいんじゃないのかって?
 今やり方を教わればむしろ活動が進まない可能性があるので、また時間のある時に教えてもらった方がいいだろう。

 パチン、パチと響き渡る音と、紙をパラパラとめくる音が部屋に響く。

 声はなく、静寂な空間だった。
 そして、驚いたことがある。
 それは、三人が使っているそろばんは金属製だったということだ。
 生まれてはじめてみたので、こんなものもあるのかと興味津々だったが、指の筋肉がなければ使いづらいだろうと思うが皆は難なく使いこなしている。

 そんな彼らをちらりと見ると、全員が目の下に隈をつくっていた。
 蝋燭も残り少ない。それほど時間が経っているのだろう。
 窓の外を見ると、灰色の雲から月が顔を出している。すっかり日付が変わっていた。

「ごめん、……団蔵君この文字はなんて読むのかな」

 先ほどから、団蔵くんの数字がどうしても読めない。団蔵くんは苦笑いしながらなんて書いてあるのかを教えてくれるか書き直してくれる。
 筆で書くって難しいから仕方ないか。
 いや、にしても読めん……。ところどころ、炭のつけすぎで字がつぶれてしまっている。
 まだ、子供だ。
 これからに期待しようと団蔵くんに炭を減らしてみてはどうかと提案すると、やってみますと応えてくれる。

「すみません、紗季さん」
「いいのよ、そろそろ休みましょうか、左吉君も眠たそうだし」
「いえ、まだ大丈夫です!」

 左吉くんも筆が動いてなかった。名前をよんだ途端、ガバッと机から頭を起こしたがそろばんが打てていない。多分もう限界ということだろう。

「左吉、団蔵ねてもいいぞ」

 左門くんはあとは明日また続きをやろうと、後輩二人を長屋にいくように促した。
 いえ、まだできますと言い、一年生の忍たまは部屋を出ていこうとはしなかった。

「じゃあ、少し休憩しましょうか。私は白湯を用意してくるからちょっと待ってて」

 三人ともまったく休む気配もないので、私は先に休憩をとることにした。
 布団と自分の持っている胡桃と白湯をもってこようと部屋を出た。
 沸かしたての湯を飲むと、体がじんわりと温まるような気がした。

 部屋に戻ると、まだそろばんと記帳を続けていた。左門くんにいたっては、居眠りすることなくまるで責め立てられているような表情で計算をしていた。

 休憩しようって言ったのに。
 でも頑張る姿を見てたら、なんだか叱るにしかれないな。

「ほら、飲みましょっか。体が温まるよ」
「ありがとうございます紗季さん……あち」

 お湯を一生懸命フーフーしてる団蔵くん、なんだかかわいい。
 左吉くんはちまちまと飲み、胡桃をつまんでいた。

「左門くんのも用意してあるから、食べたら少し仮眠しましょう」
「ありがとうございます」
「いいのよ、それにしてもこの帳簿はすごいわ。とてもわかりやすいのね」

 ふと、読んでいた帳簿を見る。
 わかりやすくてなんの予算であるかすぐ判別がついた。

 こんなことができるなんて、ぜひうちの国で働いていただきたいね。
 いったいこれは誰が書いたものなのか、隣にいる左門くんに聞いてみた。

「これは潮江先輩の書いたものです」
「そう、先輩が記帳したのね。すごいわ。先輩方はすごいのね」

「そうなんです。潮江先輩はいつも鍛錬だったり、委員会活動は辛いこともあります。
ですがご自身にも厳しいお方で、なにかをやるにしても私たちの前に立ち、率先して導いてくれるのです」
左吉くんが立ち上がって、得意げにいう。

「そうです、学園で一番忍者をしている方でもあります、10キロそろばんは重いですが……」

 団蔵君が自分の使っていたそろばんを私に渡してきた。
 確かにとても重い。油断して持てば落としてしまいそうだ。

「そう、だからなのかな」

「だからってどういうことですか」

 左吉君が私にたずねる。
 その言葉に私は笑って答えた。

「皆が一生懸命活動してるから。やり方を教えてくれた先輩たちはどんな人なのかなっておもってさ」

 ぽかんとした顔で、私をみる3人。言いたいことは伝わっていないみたい。
 また作業を続ける。
 しばらくすると、左吉君と団蔵君がまた、うとうとし始めた。しめたと思って肩に掛物をのせる。

「寒いでしょ?」

 本当にはやく寝たほうがいい。
 このままじゃ体調を崩してしまう。
 忍者の卵で体を鍛えていても、睡眠不足はよくない。
 しかも、先輩がいなくなってしまったという不安はどうこの子たちに影響するかわからないからね。
 ついに横になった二人、その頭を一撫でしても、起き上がる様子はない。

「よく寝てるね、そうだ今のうちに帳簿の書き方を教えて頂戴」
「はい、わかりました」

 左門君は一生懸命私にやり方を教えてくれる。
 わかりやすい説明とは、お世辞にも言えなかったが、一生懸命教えてくれる姿に対し私も頑張ろうと思えた。

「いざ初めから教えるとなると、難しいですね。本当に先輩方がすごいです」
「先輩方? もう一人いるのね」

「はい、田村先輩なのですが火器を扱うのが得意な先輩です。いろいろ思うところはありますが、会計委員会での活動中に寝ているところは一度も見たことはありません」

「わたしでも、うとうとしてしまう時があるんですが……」と、申し訳なさそうに苦笑いする。

「そんなに卑下しないで、はじめてのことなんてうまくいくはずがない。何事も経験だよ」

 元気づけようとそう声をかける。
 きっと、そんな先輩方のもとにいれば立派な人になれるだろう。

 また、作業を続けようとした左門くんにストップをかける。
 休もうって言っているのに……。

「じゃあ、左門くんも早く休もう」
「え、ですが」
「明日からまた少しずつやればいいのよ」

 ほらはやくと、私は左門君をふとんで横になるよう急かした。
 「あとで、起こしてください」と左門くんに言われたけど、起こすつもりなどない。
 自分の部屋に帰らせたいとのだが、気持ちよさそうに寝ているとどうも起こしにくい。私が見守っておけば、別に大丈夫だろう。

「やり方教えてくれたし、少し始めちゃおうかな」

 計算していると電卓が欲しくなるが、ないものに頼っても仕方ない。
 そろばんも上手な人なら電卓より早く計算できるともいわれてたからな。

「がんばってみますか」

 規則正しい寝息が聞こえる中、わたしは計算を続け帳簿をつける。
 もうやめようかと思ったとき、一つ問題がある

 そういえば、貸してる布団は私のやつだ。どうやって寝よう。

 仕方ないと思い、雑魚寝で寝ることにした。
 床が固いしひんやりとしていて寝るには最悪の環境だったが、忍たまの三人がよだれを出して気持ちよさそうな顔で寝ているのを見ると、ちっとも苦にならなかった。

 それにしても、私の布団で申し訳なかったな。臭くないかしら……。

 少し仮眠を取った後、私はあさの食堂の手伝いがあったため、音を立てないように部屋を出た。結局私はあまり寝ることができなかった。

**

 会計委員室に太陽の光が差し込む。太陽の光に気づいた神崎左門は目をこすりながら、ここが自分の部屋ではないことに気づく。

「まずい、寝てしまった。団蔵、左吉、もう朝だぞ。早く起きなければ授業に遅刻してしまうぞ」

 二人は慌てて起きる。まだ起きたばかりで意識が朦朧としている一年生二人の代わりに、神崎左門は布団をたたみ急いで各々自分の自室へと戻る。

 しかし、決断力のある左門は方向音痴なため、部屋に行くつもりが食堂に迷い込んでしまう。

「左門!昨日は部屋に帰ってこなかったな、また迷子になったかと思ってひやひやしたよ」

 富松作兵衛は左門を見つけるや否や、迷子にならないようすぐに手をつかむ。これがいつもの彼らの日常だった。

「三之助もだろ」と次屋三之助の裾を持つ、同室の富松作兵衛は思った。が、とりあえず会えたので良しとした。

早く食べようと誘い、左門は朝餉を受け取る。朝餉を渡された相手が紗季だったことに気づくとお礼を述べる。

「すみません、昨日はありがとうございました。」
「いいえ、まだ疲労は残ってると思うからゆっくり休んで。」

 左門は同室の待っている席に足を動かそうとしたが、先ほど畳んできた布団をどうするべきか困っていたことに気づく。

「お借りした布団はどうすればいいでしょう?」と聞かれ紗季は答える。

「お布団はそのままでいいよ。あとで取りに行くから。」

 左門は「そうですか、わかりました」と紗季に会計委員を手伝ってくれたことに対し感謝も伝えていたところだったが……

「布団ですか、忍たまと寝たのですか?」と近くにいた安藤が左門の後ろから声をかける。

「私が許可したのは、活動のみです。どういうことですか?」会計委員会顧問として安藤は紗季に詰め寄る。

そして、「寝た」という言葉に食堂にいた人の目線が自分に集まるのを紗季は感じた。

 天女は上級生の部屋に泊まったり、時に委員会が活動する部屋で上級生と一緒にいることがよくあった。先生も同じようなことが起こるのではないかと恐れているのだろう。

「はい、ですが私は布団を貸しただけなのです。確かに同じ部屋では寝ましたが、私は雑魚寝で……」

 紗季もわかっていた。この状況がまずいということに。それでも顔にはださず微笑んでいた。どう信じてもらえるかと、紗季は考えてはぐらかすように言葉を返していた。

「安藤先生!それは違います。紗季さんは手伝ってくれただけです。布団は我々3人で使いました」

この危機的状況で、助け舟を抱いてくれたのは会計委員会三年生の神崎左門だった。

「それは本当ですね。」

念押しされた左門は事実ですと負けじと言い返す。

根負けした安藤は今回だけですからねと、紗季に詰め寄るのをやめた。

「このことは、学園長先生に報告させていただきます。」
「わかりました。以後気を付けます。」

食堂をでるとき紗季は左門くんに小声でありがとう、と伝えた。左門くんは、控えめに頭を下げ、微笑みを浮かべていた。

その穏やかな笑顔に、紗季はほっとしたと同時に、少しだけ心が通じたような気がした。
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