天女戦記

 朝陽が忍たま学園に輝き、新しい一日が始まる。門の掃き掃除をしている最中、事務員である吉野先生から声をかけられた。

「おはようございます、紗季さん。今日も気持ちの良い朝ですね。」

 吉野先生は明るい笑顔で迎えてくれる。手を止めて、私もにっこりと笑顔で挨拶を返す。

「おはようございます、吉野先生。朝日が気持ち良いですね。」
「そうですね。それにしても、紗季さんの掃除はいつもきれいですね。」
「お褒めいただきありがとうございます。でも、これくらいのことはできる範囲でお手伝いさせていただきたいです」

 吉野先生は優しく微笑みながら言います。

「そう言っていただけると助かります。ところで、今日の午後予定は開いていますか。もし開いてれば今から事務室での作業を手伝っていただきたいのですが」
「はい、わかりました」

 石畳の上が綺麗になったのと、学園の正門が締まっていることを確認してほうきを片付けにいく。

 事務室に行くと、これでもかと積み重ねられた書類が机に置かれていた。

 その書類を、吉野先生に言われた通りに仕分けと適宜印鑑を押す簡単な事務作業だった。
 
「吉野先生、この用具委員会の活動についての資料はどこに仕分けるべきですか?」

「それは……私宛の書類ですね。用具委員会の顧問をしておりますので」

吉野作造先生が顧問なんだ。

「けれど、活動を見る限り今は停止しているようですが……」

「委員が三年生一人と一年生が三人ですからね。今までは上級生がいることで重い荷物なども運べたのですが……。私たちができることといえば、壁の修復や道具の整備くらいですね。紗季さんも見たかもしれませんが、上級生の部屋のあたりはまだ整備もされていません」


 上級生の部屋の辺りは整備されていない?
 今度確認しにいってみようか。なにか上級生と天女の鈴蘭を探す手がかりがあるかもしれない。

「今は下級生が使う場所だけを主に整備しています。運動場や教室の点検などですね」

 たしかに、忍術がくんを取り囲む白壁もひびが入ったり崩れそうで危ない場所もあったからなあ。手が回らないというのは、本当なんだろう。ほかの先生が不在にしていることが多い中で負担も増えたんだろうなぁ……。

「いったん作業を終わりにしましょうか。紗季さん、お茶にしましょう。先に休んでいてください。私は外にいる小松田君を呼んできますから。」

 吉田先生は、そのまま出て行ってしまった。
 
使ってもいい急須はこれかな。
 茶葉もいい香り。なんか、高そう……。いいのかな、これしかないけど。

 いつ、二人が帰ってくるかわからないので自分のお茶だけ先に淹れた。
アツアツのお茶に耐えながら飲んでいると廊下に人影が見えた気がした。扉はガラガラと開いた。服の色を見ると三年生の忍たまのようだ。

「三年ろ組の富松作兵衛です。吉野先生はいらっしゃいますか……あなたは?」

 やってきたのは、赤髪の男の子だった。

「事務員の、上杉紗季です。吉野先生はいません。けどすぐに戻ってくると思うよ。それまでここで待ってますか?」
「そうします」

 私はどうぞとお茶を出した。が、全く飲まないのでどうしてかと聞いてみた。

「あなたが、天女ではないことはわかっています。しかし……どうしても飲めません」
「そ、そう。無理しないで」

 お茶が苦手なのかな?
 じゃあこっちの茶菓子はどうかな?
 私は茶菓子も勧めたが丁寧に断られてしまった。
 
 よく考えればよくわかることじゃん。突然来た事務員が天女の鈴蘭のように委員会活動を手伝ってたら、また裏切るんじゃないかと考える人もいるだろう。
 
 気まずい。正体面ゆえ仕方ないのでが、警戒している彼に話を振りづらい。
 彼は私をじっと見据えている。お茶をズズッと鳴らせば、ごめん!と謝りたくなるほど。

 と心のなかで自問自答していたき吉野先生が帰ってきた。「全く、小松田くんは……」という口ぶりからなにかやらかしたんだろうと伺える。

「おや、富松くんではないですか。思い出しました。今日の委員会活動についてすね。申し訳ありませんが、私も自分の仕事が終わってないため手伝えそうにありません。代わりに……紗季さんにお願いします」

 え!?と驚く私。富松くんに至っては、目をチカチカとさせている。

 私が吉野先生に代わってあげたいけど、事務の仕事はまだ全然わかんないしな。
 はぁ〜……仕方ないか。といっても、この子私に苦手意識持ってますけど……。
 多分わかって私に頼んでますよね。吉野先生、もしかして腹黒ですか?

 わかりましたと言って事務室を出る。

 富松作兵衛くんに連れられ、用具倉庫へと向かっていた。用具倉庫には、壁には刀に箱には手裏剣だったり武具でいっぱいだ。

 こんなにあれば、小さな城一つくらい落とせそうだけどな。
やっぱすごいんだな、忍術学園って。

 この学園が立地的にも暗殺者や他の城主に狙われることは知っていたが、この倉庫を見るだけでも狙いたくなる。
 こんな大きな土地と武具、プラス忍たまたちも手に入れれば最高だろうね。

 でも、保管されている道具は手入れをされていないこと気付く。用具内にはいると錆びたにおいがした。
 手裏剣も一つ一つみると錆びていて、これじゃ使い物になるわけがない。

「……物の整理だけお願いしてもいいですか」

 やることと言えば、物品の確認に帳簿をつけていく。時折、富松作兵衛くんに武具の場所を聞くだけ。
 事務室にいた時は気まずかったが、今は室内と外で作業をしてるので、顔を合わせないので気が楽だ。

 さて、これで頼まれた在庫の確認は終わった。富松くんに報告しなと……

 いつの間にか富松くんは、外壁の修理を始めてて用具倉庫の前にはいなかった。
 さっきまで聞こえた、トンカチをたたく音が聞こえなくなって、心配で外に出た。

「大丈夫? 富松くん」

 何事かと思い、しゃがみこんでいた富松君に駆け寄った。大丈夫ですとってきたが、富松くんの爪はつぶれていて青紫になっていた。全然大丈夫には見えない。

「早く冷やさないと! おいで!」

 私の助けを嫌がる富松君を振り切って、医務室に私は走った。
 お姫様抱っこをしている状態で私は走った。青紫ってことは、骨折している可能性だって考えられる。早く手当てしないと、痕になることだってあるのだ。
 
 抱きかかえている間、富松君は顔を赤らめていた。てっきり熱も出てきたとばかり思っていたが、三年生と言えば、12歳だ。この子も思春期真っ盛りの男の子だったと知りごめんと心の中で謝り続けた。

「失礼しまーす!」

 戸を勢いよく引く。
 入ると、だれもいなかった。

 よかった、保険委員会の子供たちと手伝っといて!
 確か、布はこの棚で――。

 手を出すように言うと、富松くんは恐る恐る手を出した。
 切り傷があるな……。
 まずは、血を止めたいけど、その前に清潔にしなくちゃ。

「富松君、井戸に行ってくるからちょっと待ってて」

 できるだけ患部を清潔にするために、桶から手で水をすくい腫れている指にみずをかける。
 水分をふき取り包帯で止血を行い、少しでも冷やすために水で絞った布で指を包む。
 包帯が濡れるのは致し方ない。あとで取り換えればいい話だ。

 体温ですぐぬるくなってしまうの布を何度も新しく交換をする。

「あの、もう自分でできるんで……」
「そう? 痛みはどう?」
「まだ痛いですけど、大丈夫です」
「そう、包帯もう一度巻き直すから指かして」

 さっきあんなに痛がってたのに……、気丈にふるまう様子から、この子の大丈夫はどうも信用ならない。
 爪先は腫れているが出血はしてなさそうだから、あとは腫れが収まるのを待つしかないだろう。

「腫れてきたら私とか、保健の先生とかに伝えてね。私が信用ならないのなら、保健委員の三反田数馬くんに頼ればいい。骨折だったら早く処置したほうがいいから。なので、今日のところ、富松くんは委員会のお仕事お休みね。代わりにやっとくし吉野先生たちにもそう伝えておくから」

 富松君は唇をかみしめ眉間にしわを寄せながら目を伏せた。
 ちょっと言葉足らずだったかも。

「……富松君の仕事を取るわけじゃない。先生と相談しながらやっておくから。まだ物の場所だってわかっていないし。用具運ぶくらいはやっておくから今日は明日のために休みなさい」

 富松君は小さくうなずいたので、私は保健室を出た。吉野先生に報告しなくちゃ。
 そう思い、事務室に向かうと私は焦っていたのだろう。
 部屋に入った私を見て、何事かと目を丸くしていた。吉野先生に富松くんの事情を説明する。

「わかりました。私からほかの生徒や新野先生にも伝えておきましょう。紗季さんは片付けをお願いします。修理する物品はいくつかあると思うのでそれは入り口にわかるようにおいてください」

「わかりました」

 吉野先生の机上には、まだ終わっていない資料などが山積みとなっていた。
 吉野先生の顔には目の下に紫の隈があり、手伝いましょうか、と声をかけたが断られてしまった。

 遠目で見えたのは、授業資料だけでなく天女について行ったと思われる上級生の情報も書かれていた。

 天女が学園の内情を混乱させたのだから、同じことが起きないように私のような新参者に情報を見せるわけにはいかないか……。
 
 そう思い、それ以上は吉野先生には話しかけず、言われた用具委員会の仕事を終える。

 用具委員会の片づけを終えると、大丈夫と作業を続けようとした富松くんのことが気になり自分の部屋に帰る前に医務室に行く。

 医務室から、抜け出していないだろうか……?

 医務室に行くと、保健委員の当番であった、伏木蔵くんと数馬くんがいた。
 二人とも、私の声に気づき快く部屋に出迎えてくれる。

「お疲れ様です、紗季さん。何か具合が悪いんですか?」

 伏木蔵くんがやさしく尋ねる。

「いいえ、富松作兵衛くんの様子が気になって来たの」

「そうでしたか、作兵衛の指の腫れは引いてきましたよ、骨折もないみたいです」

 数馬くんも微笑みながら私に今の状態を伝えてくれる。

 そんな様子を見ていらだったのか、富松くんは声を荒げる。

「数馬、伏木蔵どうしておまえたちはこの人を信用するんだ!? いくら学園長先生からの依頼だからって急に信じられるはずがないだろう!?」

 富松くんの意見はごもっともだ。伏木蔵くんは一年生ながらまぁまぁとなだめていた。

「富松作兵衛くん、あなたの言っていることはごもっともね。でも安心して頂戴。わたしは学園長先生に頼まれている。つまり、期間限定よ。上級生の先輩方が帰ってくればここを出ていくことになると思うから、それまでよろしくということで……」

「本当に出て行かれるのですか」

 富松くんは怪訝そうに言う。
 富松くんの問いかけに対し、ゆっくりと頷き肯定をする。

 出ていくかどうかは、学園長先生と話していないのではっきりしていないが、これでも国の大名。戻る場所があるのだから、国に帰るのが当然だろう。

 まだ煮え切っていない富松くんを布団の上で寝かすよう、促し、茶を出す。しぶしぶ布団の中に入ってくれたが、お茶だけは嫌なようだ。

「事務室でもそうだったけれど、もしかしてお茶苦手? それなら、白湯にしましょうか」

「いっ、いえそういうわけじゃねえんですけど……ただ気になっていることがありまして」

 何か訳ありなのだろうか。
 富松くんは、何度か数馬くんに目くばせをしている。矢羽根だろうか。
布と布がこすれるような音が聞こえるばかりだ。

 話はついたようで、数馬くんが笑顔で頷くと富松くんは、安心しきったように話し始めた。

「実は、天女の鈴蘭はよく上級生の人とお茶を飲んでいたんです、それも毎日のように。おれも食満先輩と一緒に飲んでいました」
 
「そしてある日、食満先輩に委員会のことについてお聞きしに行ったときに、天女鈴蘭が……お茶になにかを入れるのを見てしまったんです。そのあと部屋に来た食満先輩は何の疑問なくその茶を飲んだんです!」

「あの、食満先輩が!?」
 
 数馬くんも、驚いている。そんなに驚くことだろうか?
 まぁ、忍者の学校だし上級生ならば、なにがはいっていることにも気づくだろうが、普段から優しくしてくれた人が盛るとは思わんだろう。
 私なら、そのまま飲むだろうし……。無理もない。

「だから、上級生がおかしくなった原因としてあの薬が原因なんじゃないかと思ってる! だから! あんたのお茶は口につけることができない……」

 富松くんがすみませんと、私に謝ってきた。

「いえ、こっちこそ富松君の気持ちを考えられず……ごめんなさいね」

 数馬くんは驚きと共感の入り混じった表情で富松くんの話を聞いていた。富松くんが口にできないお茶の理由を伝えると、数馬くんも、富松くんに謝罪することなどはないと伝えました。

 富松くん、いや作兵衛くんに悪いことをしてしまった。きっと、不安だったはずだ。自分の尊敬しているであろう先輩が怪しいものを飲まされている時点で口に何かを入れることすらトラウマになりかねない
 
 同学年の数馬くんもいるから、勝手に医務室を抜け出して委員会活動もできないだろう。安心だ。
 怪我をしてまで作業を続けようとするなんて、作兵衛くんの責任感に感心はした。だけど、私は大人だ。だからこそ、この子たちを守らねばならないのだ。
 

私は作兵衛くんの頭を撫でてしまいそうだった。が、私のことを警戒しているのに触れられたらどう思うかと考え空中にある手を引っ込める。

 どうやら、忍たまの子たちの頭を撫でてしまう癖があるようだ。
 養子の義虎のせいだろうか。どうしてもかわいく思えて撫でてしまいそうになる。
 いや、自分の自己満で触れるのはよくない……。気を付けないと。

「作兵衛くん、勇気を出して言ってくれてありがとう。このことは学園長先生にはお伝えしたの?」


 作兵衛くんは縦に首を振る。
 伝えているのなら、先生方が動いてくれるだろう。
 
「食満先輩にもお伝えしたのですがっ、様子がおかしかったのです」

 様子がおかしいって、どういうことなんだろう?
 様子ねぇ、と私が考えていると、今度は数馬くんが言葉を続けた。

「確かに、伊作先輩もおかしなところがあった。どこか遠くを見つめることが増えていて、話しかけても反応が鈍くなっていた。しまいには、君誰だったっけと何度言われたことか……」

「……数馬、それはいつもだろう」

 作兵衛くんは呆れた顔をする。数馬くんは、僕は影が薄くて忘れられることもあるけど、と慌てて取り繕った様子で言う。

「そっ、そうかもしれないんだけど。作兵衛もあったんでしょ!?」

 作兵衛くんはため息をつき小さな声で言う。

「あったさ、俺にも。さっきの話居戻りますが、委員会活動について聞きに行ったとき、なんと食満先輩は……忘れていたんです」

 忘れる? 委員会活動を!?
 ありえないだろう。記憶喪失とかになんなければそんなことには……。

 作兵衛くんは一様に真剣な表情を浮かべていた。

「これって、もしかして何かの影響を受けているんじゃないですか?」

 と伏木蔵くん提案すると、富松くんと数馬くんが同時に頷いた。
 伏木蔵くんはスリルとサスペンス~といいながら、顔を高揚しながらきらきらした目で先輩二人の話を聞いている。
 先輩二人は呆れて苦笑いをしているが、また真剣な面持ちに戻る。

「そうだよ。だからこそ、食満先輩が無自覚にそのお茶を飲んでいたんじゃないかと思うんです」
「じゃあ、そのお茶には何か影響があったってことか。でも、それはなんなんだろう?」
 数馬くんが疑問を呈すると、作兵衛くんは考え深い表情で答えました。

「食満先輩の忘却とか、他の上級生たちの変化。これって何かしらの術か薬が絡んでいる可能性が高いよね。薬なら新野先生に聞けばわかるかもしれない」数馬くんが提案すると、皆が頷く。

 術ねぇ、非現実的だけど。なにせ私はこの世界に生まれ変わった時点でありえない出来事だ。術とか薬とか言われてもどうしても私の中での信憑性は高くなる。

 いいことがきけた。さてと、私は邪魔だろうからそろそろお暇しようかなと腰をあげる。
 作兵衛君に安静にするよう念押しして、部屋を出た。

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