2部 忍術学園での生活
今日は起きて、食堂の手伝いをしている
昨日残っていた猪肉を、食堂のおばちゃんと干肉にしているところだ。
なんでも、上級生と天女の鈴蘭は食料も持って行ってしまったらしく、忍術学園の備蓄が少ないそう。ということなので、保存食を毎日少しずつ作っているんだそう。
干肉の作業をいったん終えたら、次は薪割りだ。
それを終えてから食堂のおばちゃんと一緒にご飯を炊く。
ご飯を食べながら、今日の予定を考えたりする。
そのとき、勝手口から食堂のおばちゃんを呼ぶ声が聞こえる。そっちへ向かうと忍たまが来ていた。いたのは萌黄色の忍者装束を身に着けている、三年生だった。その中には顔見知りの伊賀崎孫兵くん、次屋三之助くん、三反田数馬くんもいた。
食堂のおばちゃんに頼まれて、山に薪用の木をとりに行っていたようだ。
「紗季さん、おはようございます。何を作られているんですか?」
「ああこれ?干し肉だよ」
「これ、あのときの猪ですか?」
「そうだよ。猪の肉が余ってしまってね保存食にすることにしたんだ。そうだ、孫兵くんこれを」
と孫兵に小さな肉片を渡す。
「えっ、いいんですか?
「生物委員会で使うといいよ、見た感じ猛禽類とかもいて大変でしょう」
「はい、ありがとうございます」
孫兵は丁寧にお辞儀をしてその場を後にした。
他の忍たまも孫兵に続くように食堂を後にした。残ったのは私だけになった。
洗濯物を干し終え、ひと段落ついた。すると、食堂のおばちゃんがおにぎりをくれた。
「紗季ちゃんありがとうね、助かったわ」
「いえいえ、お役に立てて嬉しいです」
私はもらったおにぎりを片手に持ち、人の気配がないことを確認し、縁側でおにぎりを食べ始める。
食べながら、空を見上げる。青い空には雲一つない晴天だった。鳥が二羽連れ立って飛んでいるのが見えた。そして風が頬を撫でたかと思うとすぐに去っていった。
そんな様子をぼんやりと見つめながらおにぎりをほおばっていると、ドタバタと走る音が聞こえてきた。
「こっちだー!」
「うわっ」
走ってきた勢いのまま私は避けることもできず、そのままその少年を受け止めた。その衝撃は予想以上で、思わず後ろに倒れ込んでしまう。
「す、すみません!」
さっきの食堂で見た三年生彼は私に謝るとすぐに立ち上がる。私もあわてて立ち上がる。
「気にしないで、怪我はない? あれ、なんで縄なんか……」
その忍たまの体には縄が巻かれている。巻き付いてしまったのだろうかと取ろうとしたが、待ったの声がかかった。声の主は保健委員会の三反田数馬くんは肩で息をしている。
「やっと追いついた、紗季さんはそのまま縄を持っていてください。左門、会計委員室そっちじゃないよ」
「そうか! すまん数馬、気付かなかった!」
「影が薄いからって、忘れないでよ……! それより紗季さんお怪我は?」
「大丈夫だよ」
「それならよかったです。実は左門を連れて会計委員室に行こうとしたのですが、目を離したすきにどこかへ走って行ってしまって……」
話を聞くと、この神崎左門くんは決断力のある方向音痴だそうだ。
決断力というのはよくわからないが、方向音痴で全く真逆に走っていくこともあるそう。
……真逆、そんなこと実際にあるのか。いや、次屋三之助くんが山で迷子になっていたなぁ。数馬くんがいうことは事実なんだろう。
私は数馬くんに縄を渡して二人を見送った。
あと数口残っていたおにぎりを放り込む。自分の部屋に戻り、干していた布団を片付けて掃除をする。
今日はゆっくりできるなーと、夕飯の準備まで干したばかりのふかふかのお布団でお昼寝をすることにした。
夕食当番の時間通り、割烹着を身に着けおばちゃんの手伝いをする。
今日、子供たちに直接カウンターに立って注文を聞いた。食堂では裏で作業していることが殆どだったので、表立って手伝うのは初めてだ。忍たまの子たちや先生方からは、注文を聞くたびにじろじろ見られている気がする。
顔見知りの子たちからは、「紗季さん、お疲れ様です」などと、声をかけてくれる子もいる。
初日と比べ話せる人が増えたので、少し緊張が和らいできた。
忍たまの子より先生たちの目線の方が怖いんだけど……。学園長先生は私のことをなんて説明したんだろか。もう一度、学園長先生に確認しに行かないとな、と考えを巡らせながら皿洗いをしていた。
皿洗いが終わると、食堂のおばちゃんがお茶を出してくれる。
「紗季ちゃん、ありがとう。あなたがいると仕事が捗るわ」
「いえ、まだまだ慣れていないことだらけです。おばちゃんの教え方がお上手だからですよ」
「そうかしら」と上機嫌でお茶菓子を出してくれる。
忍たまや先生方もいないこの状況は私にとって好都合だ。
食堂のおばちゃんには申し訳ないが、学園長先生がどのように説明をしているのか、探りをいれてみようか。
「あの、どうして今日は私にカウンターにでることを頼まれたんですか。その、天女の鈴蘭のことがあって学園に突然女性が現れたら警戒すると思うので、あまり表立って動かないほうがいいと私は思うのですが……」
おばちゃんは、茶を啜りながら「そうねぇ」とこぼし少し考えた後話し始めた。
「たしかに。それでも、紗季ちゃんは学園長先生からの依頼で来てくれたのでしょう? 鈴蘭ちゃんとは状況が違うわ」
おばちゃんはそう言いながら、私の顔をみる。その瞳が優しく細められた気がした。
「今日三年生の子たちがあなたと話している様子を見て、悪い人じゃないことぐらいわかるわ。それに、保健委員会への夜食を持っていくのをお願いしたときも、委員会活動を手伝っていたと聞いたわ。あなたがきたことで、学園が回るようになってきたのよまわるようになってきたのよ」
「ありがとう」と笑顔で笑い返された。
そっか。忍たまや先生方は私を警戒していると思っていたが、どうやらそうでもないらしい。そのことはちょっとうれしいかも。
緊張していた肩の力がスッと抜けた気がした。お茶で喉を潤し、席を立とうとしたとき、おばちゃんは過去を懐かしむような顔をしていたが、それは一瞬のことだった。すぐに憂いを帯びた表情に戻ってしまった。おばちゃんの顔から笑顔が消え、悲壮感漂う顔をする。
「……鈴蘭ちゃんも、あなたと同じようにいい子だったのに。決して悪い子じゃないの。さっきの三年生たちとも仲が良かったのよ?」
「いい子だったんですか」
「ええ、そうよ。手際もよくってとても助かったの。年齢は13歳だけどしっかりした子でね。
何十人分の食事を作るのは大変なことだし、それを文句言わずに手伝ってくれてねぇ……。でもあるときから突然食堂に姿を見せなくなってしまって。ついに、上級生を連れて学園から出て行ってしまった」
「いまだに信じられないのよ」その言葉を最後に話は終わる。
お茶をご馳走になった後、一礼して長屋に戻る。
しかし、ん? と疑問が浮かんだ。
生物小屋を壊すのを命令したこと、学園の備蓄を奪ったこと、上級生を連れて行ったことから男を誑かす悪女なのだと思っていた。しかし、食堂のおばちゃんの発言は少し違う気がする。むしろ、天女の鈴蘭をまだ信じているというような口ぶりだ。
まてよ、確か伊賀崎孫兵くんも最初は動物たちにも優しかったと言っていた。
上級生だけを誑かしたいのであれば、下級生にかまう必要なんてなかったはずなのに……。
いや、上級生に嫌われないようにとか、点数稼ぎで委員会を手伝っていた可能性もあるのか……。
もはや、天女と呼ばれる女性の鈴蘭がなぜ、上級生を連れて忍術学園を出てしまったのかがよくわからない。
上級生からのハーレム状態になりたいのであればこの学園にいたほうが良かったろうに。
少なくとも、忍術学園の人の話では話を聞く限りは鈴蘭と呼ばれる少女は好印象だ。
上級生がいなくなった悲しさや不安も垣間見える。
しかし、優しかった少女が突如手のひらを返したような行動に対し、悲観と疑念と怒りが学園内にあることを強く感じたのだった。
まだまだ天女鈴蘭についての情報はないけれど、真相究明のためにはまずは忍術学園の生徒に話を聞く必要があるだろう。
昨日残っていた猪肉を、食堂のおばちゃんと干肉にしているところだ。
なんでも、上級生と天女の鈴蘭は食料も持って行ってしまったらしく、忍術学園の備蓄が少ないそう。ということなので、保存食を毎日少しずつ作っているんだそう。
干肉の作業をいったん終えたら、次は薪割りだ。
それを終えてから食堂のおばちゃんと一緒にご飯を炊く。
ご飯を食べながら、今日の予定を考えたりする。
そのとき、勝手口から食堂のおばちゃんを呼ぶ声が聞こえる。そっちへ向かうと忍たまが来ていた。いたのは萌黄色の忍者装束を身に着けている、三年生だった。その中には顔見知りの伊賀崎孫兵くん、次屋三之助くん、三反田数馬くんもいた。
食堂のおばちゃんに頼まれて、山に薪用の木をとりに行っていたようだ。
「紗季さん、おはようございます。何を作られているんですか?」
「ああこれ?干し肉だよ」
「これ、あのときの猪ですか?」
「そうだよ。猪の肉が余ってしまってね保存食にすることにしたんだ。そうだ、孫兵くんこれを」
と孫兵に小さな肉片を渡す。
「えっ、いいんですか?
「生物委員会で使うといいよ、見た感じ猛禽類とかもいて大変でしょう」
「はい、ありがとうございます」
孫兵は丁寧にお辞儀をしてその場を後にした。
他の忍たまも孫兵に続くように食堂を後にした。残ったのは私だけになった。
洗濯物を干し終え、ひと段落ついた。すると、食堂のおばちゃんがおにぎりをくれた。
「紗季ちゃんありがとうね、助かったわ」
「いえいえ、お役に立てて嬉しいです」
私はもらったおにぎりを片手に持ち、人の気配がないことを確認し、縁側でおにぎりを食べ始める。
食べながら、空を見上げる。青い空には雲一つない晴天だった。鳥が二羽連れ立って飛んでいるのが見えた。そして風が頬を撫でたかと思うとすぐに去っていった。
そんな様子をぼんやりと見つめながらおにぎりをほおばっていると、ドタバタと走る音が聞こえてきた。
「こっちだー!」
「うわっ」
走ってきた勢いのまま私は避けることもできず、そのままその少年を受け止めた。その衝撃は予想以上で、思わず後ろに倒れ込んでしまう。
「す、すみません!」
さっきの食堂で見た三年生彼は私に謝るとすぐに立ち上がる。私もあわてて立ち上がる。
「気にしないで、怪我はない? あれ、なんで縄なんか……」
その忍たまの体には縄が巻かれている。巻き付いてしまったのだろうかと取ろうとしたが、待ったの声がかかった。声の主は保健委員会の三反田数馬くんは肩で息をしている。
「やっと追いついた、紗季さんはそのまま縄を持っていてください。左門、会計委員室そっちじゃないよ」
「そうか! すまん数馬、気付かなかった!」
「影が薄いからって、忘れないでよ……! それより紗季さんお怪我は?」
「大丈夫だよ」
「それならよかったです。実は左門を連れて会計委員室に行こうとしたのですが、目を離したすきにどこかへ走って行ってしまって……」
話を聞くと、この神崎左門くんは決断力のある方向音痴だそうだ。
決断力というのはよくわからないが、方向音痴で全く真逆に走っていくこともあるそう。
……真逆、そんなこと実際にあるのか。いや、次屋三之助くんが山で迷子になっていたなぁ。数馬くんがいうことは事実なんだろう。
私は数馬くんに縄を渡して二人を見送った。
あと数口残っていたおにぎりを放り込む。自分の部屋に戻り、干していた布団を片付けて掃除をする。
今日はゆっくりできるなーと、夕飯の準備まで干したばかりのふかふかのお布団でお昼寝をすることにした。
夕食当番の時間通り、割烹着を身に着けおばちゃんの手伝いをする。
今日、子供たちに直接カウンターに立って注文を聞いた。食堂では裏で作業していることが殆どだったので、表立って手伝うのは初めてだ。忍たまの子たちや先生方からは、注文を聞くたびにじろじろ見られている気がする。
顔見知りの子たちからは、「紗季さん、お疲れ様です」などと、声をかけてくれる子もいる。
初日と比べ話せる人が増えたので、少し緊張が和らいできた。
忍たまの子より先生たちの目線の方が怖いんだけど……。学園長先生は私のことをなんて説明したんだろか。もう一度、学園長先生に確認しに行かないとな、と考えを巡らせながら皿洗いをしていた。
皿洗いが終わると、食堂のおばちゃんがお茶を出してくれる。
「紗季ちゃん、ありがとう。あなたがいると仕事が捗るわ」
「いえ、まだまだ慣れていないことだらけです。おばちゃんの教え方がお上手だからですよ」
「そうかしら」と上機嫌でお茶菓子を出してくれる。
忍たまや先生方もいないこの状況は私にとって好都合だ。
食堂のおばちゃんには申し訳ないが、学園長先生がどのように説明をしているのか、探りをいれてみようか。
「あの、どうして今日は私にカウンターにでることを頼まれたんですか。その、天女の鈴蘭のことがあって学園に突然女性が現れたら警戒すると思うので、あまり表立って動かないほうがいいと私は思うのですが……」
おばちゃんは、茶を啜りながら「そうねぇ」とこぼし少し考えた後話し始めた。
「たしかに。それでも、紗季ちゃんは学園長先生からの依頼で来てくれたのでしょう? 鈴蘭ちゃんとは状況が違うわ」
おばちゃんはそう言いながら、私の顔をみる。その瞳が優しく細められた気がした。
「今日三年生の子たちがあなたと話している様子を見て、悪い人じゃないことぐらいわかるわ。それに、保健委員会への夜食を持っていくのをお願いしたときも、委員会活動を手伝っていたと聞いたわ。あなたがきたことで、学園が回るようになってきたのよまわるようになってきたのよ」
「ありがとう」と笑顔で笑い返された。
そっか。忍たまや先生方は私を警戒していると思っていたが、どうやらそうでもないらしい。そのことはちょっとうれしいかも。
緊張していた肩の力がスッと抜けた気がした。お茶で喉を潤し、席を立とうとしたとき、おばちゃんは過去を懐かしむような顔をしていたが、それは一瞬のことだった。すぐに憂いを帯びた表情に戻ってしまった。おばちゃんの顔から笑顔が消え、悲壮感漂う顔をする。
「……鈴蘭ちゃんも、あなたと同じようにいい子だったのに。決して悪い子じゃないの。さっきの三年生たちとも仲が良かったのよ?」
「いい子だったんですか」
「ええ、そうよ。手際もよくってとても助かったの。年齢は13歳だけどしっかりした子でね。
何十人分の食事を作るのは大変なことだし、それを文句言わずに手伝ってくれてねぇ……。でもあるときから突然食堂に姿を見せなくなってしまって。ついに、上級生を連れて学園から出て行ってしまった」
「いまだに信じられないのよ」その言葉を最後に話は終わる。
お茶をご馳走になった後、一礼して長屋に戻る。
しかし、ん? と疑問が浮かんだ。
生物小屋を壊すのを命令したこと、学園の備蓄を奪ったこと、上級生を連れて行ったことから男を誑かす悪女なのだと思っていた。しかし、食堂のおばちゃんの発言は少し違う気がする。むしろ、天女の鈴蘭をまだ信じているというような口ぶりだ。
まてよ、確か伊賀崎孫兵くんも最初は動物たちにも優しかったと言っていた。
上級生だけを誑かしたいのであれば、下級生にかまう必要なんてなかったはずなのに……。
いや、上級生に嫌われないようにとか、点数稼ぎで委員会を手伝っていた可能性もあるのか……。
もはや、天女と呼ばれる女性の鈴蘭がなぜ、上級生を連れて忍術学園を出てしまったのかがよくわからない。
上級生からのハーレム状態になりたいのであればこの学園にいたほうが良かったろうに。
少なくとも、忍術学園の人の話では話を聞く限りは鈴蘭と呼ばれる少女は好印象だ。
上級生がいなくなった悲しさや不安も垣間見える。
しかし、優しかった少女が突如手のひらを返したような行動に対し、悲観と疑念と怒りが学園内にあることを強く感じたのだった。
まだまだ天女鈴蘭についての情報はないけれど、真相究明のためにはまずは忍術学園の生徒に話を聞く必要があるだろう。