天女戦記

 入門票にサインを書き、学園長の庵に向かった。庵には学園長と多くの人が、彼女を待っていた。
 黒い忍び装束を着た、明らかに子供ではない。あれは学園というのなら、教師陣とかなのだろう。

「待っておった。そこに座りなさい」

 私の席であろう、入り口近くに置かれていた御座に正座をする。

「はい、失礼いたします」

 私の姿を見たとたん、先生等はざわめきだした。そのなかでも一番の若い女性が言った。
 入るタイミング間違えたかしら……。

「学園長先生、こんな若い人に任せて大丈夫なんですか?」
「うろたえるでない、大丈夫じゃ。上杉紗季という、わしの知り合いの娘じゃ。上杉紗季殿わしから先生方に話しておくので、先に事務の仕事をするように」
「承知いたしました」
「山本シナ先生、くの一教室の部屋に案内してやってくれぬか?」

 山本シナと呼ばれた美人の女性はくの一教室案内するため、庵を出ていこうとしたので、急いで立ち上がり、あとを追いかけた。

「ここからが、くの一教室です。食堂とお風呂は忍たまの生徒と共同で使います。くの一の長屋は男子禁制なので、気をつけてください……ここがあなたの部屋です。荷物をここにおいて、後で学園長先生のところまでいらしてください」

「ありがとうございます」と、礼をいうと、山本シナ先生は白髪のおばあさんに姿を変えてしまった。

 突然の変装の技術に驚いた。
 身長も変わるなんて……、実年齢はおいくつなんだろう。

 部屋の床に荷物を置くと埃がふわっと舞う。
 あとで布団を干したり掃除をしないと、埃だらけの場所で寝ることになるな。
 しかも、掃除もされていない部屋に通すなんて客人としてあんまり歓迎はされていないみたい。

 こんな歓迎なら先が思いやられる……。はやく国に帰りたい。いや、我儘なんて言ってられないな。早く終わらせればそれでいいんだ。
 重い腰を上げてくノ一教室とやらに向かう。

 さっきの、態度から見て自分が大名で国の領主であることは気付いていないだろうと、仮説を立てた。

 もしかしたら、忍術学園の情報網で知っているかもしれない。
 話してない理由は、他の城主や大名や貴族に知られて暗殺や戦なんて仕掛けられても面倒なのであんまり公にはしたくない。

 にしても、なんで父上は私に忍術学園からの依頼を任せてくれたのだろう……。
 私がここに来ることで国は危険に晒されるかもしれないのに……。

 考えてたら、すぐ教室に着いた。
 中に入ると部屋には10人くらいのピンク色の忍び装束を着た少女たちが机の前に座っている。

「今日から皆さんと一緒に長屋で生活する上杉紗季さんです」
「しばらく、学園でお世話になります。事務員の上杉紗季です。よろしくお願いします」

 ブーイングがくることはないので、多分受け入れてくれたっぽい。
 くのたま教室の授業が始まるそうなので、忍術学園のまだ顔を会わせていない人に挨拶回りをすることにした。はじめに仕事場にもなる事務室に行ってみよう。

「上杉紗季です、失礼します」

 引き戸をひくと同時に、部屋からは紙が流れ出て、私の足下を埋め尽くす。
 私は茫然としてしまい、しばらく体が動かなかった。

「助かったー!」

 紙の中から頭を出したその男の人は、どうにか、廊下にほふく前進で出てきた。

「小松田さん? ですか?」
「あれ? 上杉さんじゃないですか、どうしてこんな所に?」

 私は今日から事務員として働くことになった経緯を話した。

「 そうなんですねー! これから、よろしくお願いします」

 柔らかい物腰で話す彼とは別に、どこからか、怒気を感じ取った。そして紗季は小松田への怒号を聞くことになる。

「小松田くん! 今日までに、各クラスに配る書類はどうしましたか!?」
「すっ、すみませーん、今からいってきまーす!」

 小松田は大急ぎでどこかへ走って行ってしまった。

「上杉さん、来ていましたか。私は吉野作蔵といいます。紗季さんには事務の仕事をお願いします。ですが、今日は特に休みはじめで仕事がないので、大丈夫ですよ。ここも小松田くんと片付けるので」

 簡単に事務員の仕事について聞いて話は終わった。
 次に食堂に向かう。食堂の中には、割烹着を来た女性が1人。

「こんにちは、事務員として働くことになった、上杉紗季です。今日からよろしくお願いします」
「紗季ちゃんね、学園長先生から聞いてるわ。学園の人たちの食事を作ってるのよ、よろしくね」

 食堂でも特にやることはないようで、今は何も考えず、学園内を歩いている。だが、大名という仕事柄か、学園の防衛や建物に目が向くのはもう病気かもしれないと思った。

 歩いていると水色の制服を着た、二人の少年が草の中に頭を入れたりしながらなにかを探していた。何を探しているのか不思議に思い、その二人に声をかけた。

「こんにちは」

 二人は知らない私に声をかけられ驚いた様子。そんなあたふたした状態に気付き、今度は丁寧に呼びかけてみようと思い、彼らの背丈に合わせしゃがんだ。

「急に声をかけて、ごめんなさい、今日から忍術学園の事務員として働くことになった、上杉紗季と言います。なにか、困ったことでもありましたか」

 自己紹介すると、二人も名前を教えてくれた。
 一年は組の夢前三治郎と佐武虎若というそう。

「えと、犬が逃げ出したんです。僕たちで捕まえようとしてもダメで……」
「生物委員会で飼育しているんですけど、朝小屋からいなくなっちゃってきっとおなかを空かせているはずです」

 それは大変だと、やることも特にないので手伝おうと声をかける。

「いいんですか? じゃあ僕たちこっちを探すのであっちの方をお願いします」

 とりあえず、こっちのほう進んでみるか。
 しばらく歩くと、足跡を見つける。犬のものだろう。
 その足跡について行くと、忍術学園の正門まで来てしまった。

 まさか、逃げちゃった!? 早く追いかけないと……。

 学園の外に出ようとしたが、その必要はなかった。
 
 犬は門の柱の影でじっとうずくまって、目をつむっていた。
 近づいても無反応で動く気配もない。まるで私のことなんて空気のように思っているように。

「今のうちに二人を呼んで来ないと……」

 でも、またどこか行ってしまうかもしれない。
 そうだ。 確か干し肉が少しあったはず。警戒して食べないかもしれないけどちょっとの時間は、肉につられてくれるかもしれない。
 狼の近くに数枚の干し肉を置いて、皆を呼びに行く。
 戻ってきたら、干し肉はなくなってた。

「この子で間違いないかな」
「はい、間違いないです!」

 犬が見つかって笑顔を見せる二人、しかし私たちは次の問題にぶつかった。
 どうやって、小屋まで連れていくかだ。
 縄を引っ張り立たせようとするが、犬は頑かたくなに動こうせず、グルグルと唸っている。

「この犬は、竹谷先輩が山で保護をしたので先輩に特に懐いているんです。そのせいか、僕たち一年生には触らせてくれないんです。今は伊賀崎先輩が世話をしているんですけど……」

「虎若、伊賀崎先輩は孫次郎と一緒に図書委員と虫食い文書の修補をしていらっしゃる。わざわざ呼びに行くのは、申し訳ないよ」

 ああそうか、だからか。どうして犬がここ正門で待っているかが分かった。
 この犬も寂しいとかよりも、恐ろしいのだろう。信頼できる飼い主がいなくなりこの門でひたすら主の帰りを待っているのだと。

「あなたは、竹谷先輩という人の帰りを待っているんだね。でも、虎若くんと三次郎くんが言ってたよ、おなかを空かせているだろうって小屋に帰ろう」
 
 犬は、目を開けたもののうるさいとでもいうように、そっぽを向く。
 説得するように、犬のそばにしゃがみこみ手を伸ばし、背をなでてやる。けれど、立とうとする気配がないので抱っこすることにした。

 「よいしょ、結構重いね」
 
 犬は抱き上げられるとは思っていなかったようで腕の中でじたばたしていたが、体に引き寄せ密着させると、観念したのか足で私のことを蹴ってくるのはやめてくれた。が、いまだにウーッと威嚇してくるし、犬の体は強張っている。
 
 そんなに嫌か。

 近くで見れば見るほど犬に見えない、むしろ狼に見える。まぁそんなに違いはないよね多分。
 
「おとなしくなったね。この子はどこに連れてけばいいのかな」
「こっちです」

 小屋の戸を開けると犬はとぼとぼとゆっくり小屋に入っていった。
 よく見ると、この小屋ボロボロだ。これじゃまた逃げちゃうんじゃないんだろうか。
 
「紗季さん、すごいです! 僕たちじゃ全然連れてこれなかったのに」
「はは、無理やり連れてきただけだから、ほらまだ私のとこ見て唸ってる。きっと三治郎くんの方が懐いてるよ」

 まだ怒ってる様子の犬を見て、三治郎くんと顔を向き合わせて笑う。
 そこへ、虎若くんともう一人が肉を持ってきた。肉を見た瞬間、唸るのをやめて肉にがっつく犬を見てまた三次郎くんとまた笑った。

 そこへ、また水色の制服を来た子が小走りでやってきた。

「見つかったんだね、よかったぁ。虎若、三治郎その方は?」
「事務員の……えと、上杉紗季さんだよ、ここまで連れてきてくれたんだ」
「はじめまして、一年い組の上ノ島一平です、これからよろしくお願いします」

つぶらな瞳を持つ少年が、一平くんか。覚えておかないと。一平くんは礼儀正しく頭を下げてくれた。虎若くんも三次郎くんも、まだ一年生なのにしっかりしてるなぁ。きっと大人になったらもっと頼もしくなるんだろうな。

「あの……紗季さんておいくつですか? 僕より年上ですよね?」

 ああそうか、私はこの子たちからしたら知らない人なんだもんね。でも、女性に年齢を聞くのは失礼じゃないかしらねぇ。

 ……まぁ、きっとこの子たちは純粋な疑問から聞いているだけだろうし。

「もう、三十は過ぎてるわ」
「えぇ!? 年上だとは思ってましたけどそんなに僕たちと年が離れてたんですね!」
「こら! 失礼だろ!」

 虎若くんが三治郎くんの頭を軽くポコンと叩く。三人はあわてて謝りだすが、特に気にしていなかったので別に構わないといったらほっとしていた。

 私も彼らに年齢を聞いたら、十歳ということがわかった。
 この時代なら、女性の初産は早い。なので、私の年齢なら、この子たちを産んでてもおかしくはないのだと思うと妙な気分だ。

 いや、この子たちから見ると、私は母親の年齢なのか。


 でも、紗季さんは大人っぽくて綺麗だからなぁとぼそっと呟いたのを私は聞き逃さなかったぞ。いくつになっても、若く見られるのは嬉しいねぇ。

「そうだ、紗季さん。僕たちこれから生物委員会で小屋の補修をするんです。もしよかったら手伝っていただけませんか」

「え? ああ、私はいいけど……」

 一平くんと虎若くんは嬉しそうにしながら作業に取り掛かる。三次郎くんは足りない道具を取りに行った。

 小屋の中を見るとやっぱりボロボロだ。早く直してあげたいんだろうなぁ。
 皆で小屋の補修をした。

「紗季さんのおかげで早く終わりそうです」

 一平くんは嬉しそうに言う。虎若くんも三次郎くんも私も作業を進めた。
 作業を進めていると、茂みから赤い蛇が顔を出す。

「うわぁ! マムシだ、みんな気を付けてっ……!」
「マムシ? あ!ジュンコだ」
「ジュンコ?」

一平くんが蛇の名前を口にすると、マムシは作業をしている3人に近づいていく。

「ジュンコっていうんだ。かわいいね」

 私が手を伸ばすと、警戒心が強いのかすぐに茂みに隠れてしまった。でもまた顔を出してくれたので今度は頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めチロチロと舌を出す。

 マムシが嫌がることなく大人しく撫でられている様子に二人は驚いていた。

「ジュンコが懐くなんて……」
「すごいです」

 二人は尊敬のまなざしで私を見る。
 別に私がすごいわけではないんだけど……。
 ジュンコを抱っこしていると、三次郎くんが思い出したように口を開いた。

「伊賀崎先輩きっと探しているだろうなぁ、早く伝えたほうがいいんじゃないのかな」
「そうだね、早く伝えないとね」
 

 そこへ、また一人水色の制服を着た忍たまがこちらへ向かってきた。

「ジュンコ! よかった、見つかったんだね」
 
 その忍たまは一平くんたちに声をかけると、私に頭を下げた。

「一年ろ組の初島孫次郎です、ジュンコを見つけていただきありがとうございました」
「忍術学園の事務員の上杉紗季です、見つかってよかった」

虎若くんが尋ねると、孫次郎くんは思い出したように話しだした。

「図書委員会の二年い組の能勢久作先輩とこれからの委員会活動についてお話しされてたの。多分もう少しで来ると思うよ」

 それから孫次郎くんも作業に加わった。ちなみにその間どこにも行くことがないようジュンコちゃんは私の首元に収まっている。
 噛まないとは思うけど、マムシなのでやっぱり怖い。

「あ、孫次郎」
「伊賀崎先輩!」

 孫次郎くんが駆け寄るとジュンコちゃんも首元から離れて、伊賀崎先輩の元へ向かう。
 忍たまの一年生も伊賀崎先輩に駆け寄っていく。

「ジュンコ! どこに行ってたんだ」
 
 伊賀崎先輩と呼ばれてる男の子は怒っている様子はなく赤い蛇を優しく抱き上げる。そして私の方を向くと、人が変わったようにキッと睨みつけてくる。

 え、なに!? 私なにかした?
 伊賀崎くんはジュンコちゃんを優しくなでると私を睨みつけたまま口を開いた。

「……どうか、あまりこちらに関わらないでいただきたい」

 どうして、こんなに警戒しているのだろう?
 いや、考えればすぐに思いつくことだった。忍術学園は天女という一人の少女によって狂わされたのだ。
 同じように突然やってきた女性を忌避するのは当然の考え方かもしれない。忍者の勉強をしているなら、なおさらだろう。

「あの、伊賀崎先輩! 紗季さんは僕たちが犬を見つけられなかったとき助けてくれたんです!」
「そうです、ジュンコを見つけてくれたのも紗季さんです!」

 虎若くんと三次郎くんが間に入って説明してくれると、伊賀崎先輩は少し驚いた顔をしたがすぐに元の冷静な顔に戻った。そして私に頭を下げる。

「ジュンコを見つけていただきありがとうございました。ですが、今までのこともありますので……そのすみませんでした。三年い組、伊賀崎孫兵です」
「上杉紗季です。伊賀崎くんがそう思うのも無理はありません。ご主人が見つかってよかったね、ジュンコちゃん」

 伊賀崎先輩に抱かれているジュンコちゃんに声をかけると嬉しそうに舌をチロチロと出す。その様子を見て伊賀崎くんも優しく微笑んでいる。

「ジュンコがこんなに懐くなんて……、そんなにこのひとがよかったのかい? ジュンコ」

 伊賀崎くんとジュンコちゃんのワールドが作られてしまう。伊賀崎くんがうっとりした目で見つめているのがみてわかる。

 その様子を見ると、本当に生き物を大切にしていることが伝わってくる。しかし、どうしたらよいか分からず立ち尽くしていたがそこへ虎若くんと一平くんが私を小声で呼ぶ。

「いつものことですから」
「しばらくしたら落ち着くので」

 四人とも慣れているのか特に気にしていない様子だ。私は苦笑しながらもその場から静かにフェーズアウトした。

「紗季さん、そろそろ食堂が開く時間なので戻りませんか?」

空を見ると、太陽が沈みかけている。
直すのに結構時間がかかったようだった。

「ごめんなさい、先に行ってて私もう少しだけここにいたいから」
「わかりました! お先に失礼します!」
三次郎くんと虎若くんは私に手を振り、一平くんにはお辞儀をされた。孫次郎くんも軽く頭を下げて四人の姿は遠ざかっていった。

「紗季さん、どうしてここに残ったんですか?」
伊賀崎くんはジュンコちゃんを抱いたままこちらに顔を向ける。私は少し考えた後口を開いた。

「すこし、話したいことがあったから。一年生にはどうも聞けなくって……」

「なら、僕の質問にも答えていただきます……あなたは、天女ではないのですね」
「違うよ。事務員だけど、これでも学園長先生からの依頼でこの学園に来たんだ。私の言葉を疑うなら、学園長先生に聞いてみるといいよ。それか先生も事情はご存じのはずだから」

 先生に至って、私は信用されているかは未知数だけどね。
 伊賀崎くんは先生方がご存じならと納得してくれたようだ。

「それで、話とはなんですか?」

「気になったんだ。どうして、生物小屋はこんなにボロボロだったのか。一年生は言わなかったけど焦げた跡だったりとか、明らかに人の手で壊した状態だったからどうしてこんなことになったのかと思って」

 尋ねると、伊賀崎くんは顔を曇らせた。そして、静かに口を開く。

「壊されたんです……天女が命令したのかはわかりませんが。壊したのは操られた先輩たち、僕たちはどうすることもできなかったんです」

「操られた……?」

「信じがたい話なのですが、先輩方はまるで僕たちの声が聞こえていなように小屋を壊していったのです。幻術の類いだと考えていたのですが……どうしてそうなったか、原因がわかりませんでした」

「はい、それに天女……いえ、鈴蘭さんは飼育している生物を大切に扱ってくれました。その人が小屋を壊すよう命令したのも信じがたいのですが実際に上級生を連れて行ったのは間違いがないんです」
 
 天女は鈴蘭というのか、なるほど。生き物を可愛がっていたならなんで壊させたのか……。

 伊賀崎くんをみると、悔しげに拳を握る。
 気丈にも涙は見せなかったが、全身が小刻みに震えていた。
 この状態で、天女について聞くのは酷なことだろうと思い、天女について聞くのはやめた。
 
「そっか、話してくれてありがとう」

 伊賀崎くんに別れを告げようとした瞬間、ジュンコちゃんが大きく跳ね上がると私の首元に巻き付いてきた。首元が少しくすぐったい。
 伊賀崎くんはジュンコ戻っておいでと声をかけているが、離れようとしない。
 
「紗季さん、一緒に食堂に行きませんか。またジュンコが離れてしまっては困りますので……」
 
 見かねた伊賀崎くんが言う。それに対し快く返事をした。

 学園内にある食堂は生徒たちも利用するようで結構賑わっていた。食堂を利用するのは初めてだったので、伊賀崎くんがいてくれて少し心強いかも。伊賀崎くんと同じものを食堂のおばちゃんに頼む。

 どこに座れば以下と思っていたら、先に来ていた虎若くんたちがこっちですと、案内してくれて席に着く。

 ご飯にみそ汁、魚に煮物に漬物と一般的な和食だ。

 私が食べ始めようとすると、ジュンコちゃんも満足したのかようやく首元から離れてくれた。ホッと一息ついて食事を続ける。

 ごちそうさまとお盆を持ち顔を前に向けると、伊賀崎くんと目が合った。ジッと私のことを見つめているのだ。

 「ど、どうしたの?」
「いえ……紗季さんって、女性だったんですね。……失礼しました」
「え?」

 確かに女だけど、どうしてそんなことを聞くのだろう? まさか、男に見えたのかな……。さっきはジュンコちゃんに気を取られていたし。
 私は髪の毛を頭巾の中に隠しているし、紅も塗っていないから男にも見えるだろうな。自分で言うのもなんだけど、顔の系統はかわいい系じゃない。そのあたりは仕方ないと思おう。

「もしよろしければ今度一緒に裏山に行きませんか? 生物委員でいつも行くんですけど……その一匹狼のジュンコが懐いているなら僕もあなたと仲良くしたいので……」

 裏山か、ぜひ行ってみたい。このあたりの土地にはあまり来たことがないので、どのような特性があるのか気になる。
 あとは、外に出れば、天女に関することがわかりかもしれないし。

「うん、よろしくお願いします」

 私はそう返事をした。伊賀崎くんは少し笑うと頭を下げた。

 生物委員の一年生はやったーと喜んでいる。
 しかし、その様子を見て、食堂にいる人は絶句していた。

「うそだろ、伊賀崎先輩が人間に興味を示すなんて……」
「明日は槍でも降るんじゃないか……?」
「もしかして、幻術にかかったんじゃ……」

 そんな会話が聞こえてきたが、全く興味を示さず生物委員は食堂を後にした。

 私は食堂にいずらくなり、急ぎ食事をとり、こそこそとその場を離れた。
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