1部 プロローグ
道に迷いながらではあるが、幾日ばかりかけて忍術学園に到着した。
周りに町や村はなく後ろには山が見える場所に、忍術学園はあった。立派な門構えと白壁で囲われたこの建物は、まるで武士の家や、どこぞの領主の館やかたといわれても、疑わないだろう。
門は閉まっている、とりあえず声をかけてみよう。
「すみません、私は大川殿の書状を受け取り参上いたした、上杉と申すものです」
門の向こうから「は~い」とおっとりとした声が聞こえてきた。
「上杉紗季さんですね、お待ちしていました。学園長先生の所へ案内しますね」
ついて行くと、竹林の中に立派な庵が見えてきた。「学園長先生は中にいらっしゃいますと」言われ、そのまま彼はどこかへ行ってしまった。
粗相のないように挨拶をしようと、廊下に正座した。肺に空気を送り話す。
「上杉紗季と申します。失礼いたします」
中に入ると、大川殿は笑っていた。
「そのようなへりくだった言い方をせんでもよいわ。して、人が来ぬよう、本題に入ろうかのお」
天女は未来から来たという女の子で、多少の妖術を使える事がわかった。そのせいで学園が混乱に陥ったという。
わたしと違うところは、ちゃんと忍たまの知識があるところなのかな。私は忍たまっていうアニメがあって、幼稚園とかにテレビで見ていたくらいだったから、出てくるキャラクターだってわからない。にしても、でも妖術ってなんのことだろう。
「上杉紗季よ、期待してるぞ」
「ご期待に沿えるよう、全力を尽くさせていただきます。それと、私が越後国ということは内密に願います」
「おぬしもぬかりないのう」
自分が大名なのは学園長先生くらいには、話してもいいだろう。まぁ、知ってるかもしれないけど。
けれど、この庵には私達二人の他に複数の人の気配があって、正直に話せるわけがない。誰が敵かも、私には見分けがついていないのだから。用心に越したことはない
「天井裏にいる皆様にも、内密にお願いします」
私は威圧をかけしばらく天井裏を睨みつけた。舐められては困る。こっちだって、そんなわかりやすい殺気を出されていれば、否応にもわかってしまう。
依頼を受けたのはこっちなのに、そんなに警戒するのは失礼じゃない。と、私のいらだちを天井に向けて、こちらからも釘を刺す。
「私は学園長先生の依頼として参りました。信じてもらうのは難しいかと存じますが決して間者ではございません」
部屋には沈黙が流れた。やがて学園長が口を開いた。
「おぬしらも出てきなさい、いつかは協力しなければならぬ」
天井裏から四人の男が出てきた。その中の一人は私の顔めがけて手裏剣を投げた。
顔を横に傾けよけることができた。それは障子に穴を開け、近くの竹に音を立て刺さった。
「危ないのでやめていただきたい。任務の前に負傷したくはありません」
私は目じりをつり上げて、棒手裏剣の飛んできた方を睨んだ。
投げたであろうその人は含み笑いをしながら、両手を挙げてもうやらないという意思表示をした。
にしても、本当に攻撃してきたじゃん。
物騒すぎるし、これで怪我でもしてたら実力不足と思われて、追い出されたところだったかもね。
「話を戻しましょう。私はいつから学園に入ればよろしいのでしょうか?」
「明日じゃ、それまではどこか泊まるところでも見つけてはくれぬかのお。今日は遅い、生徒に紹介もできぬのでな。学園側でおぬしの処遇について検討してみる必要がある」
なら、私はどこかで野宿でもしています。と提案しようとしたとき、包帯顔の忍びが話を遮った。
「大川平次渦正殿、わたしはこの女を信頼してはいません。ですので、一度タソガレドキに預からせていただけないかと存じます」
話を遮ったのは先ほど、棒手裏剣で私を狙ってきた男だった。
「おぬしたちの考えもわかるが……」
まぁ、この状況だったら信頼なんてできないだろうな。私が逆の立場だったら絶対拒否すると思うし。
「学園長先生、是非もなく当然のことです。依頼された大川殿の命に従うのみです」
学園長は唸って悩んだ末、私の処遇をひとまずタソガレドキに預けることと決めた。
「では、学園長先生今一度情報の確認をしたいのですが……」
「うむ、どこから話そうか――」
天女は山で倒れており、上級生が実習をしている際に発見されたそう。
血管が透き通るような細い腕、足はすらりと長く、彼女はまるで人形のような端整で桃色と白色の召し物を着る様は、この世のものではなかった、本物の天女であったと。
発見された当初天女はあばらが見えるほど痩せており、意識もなかったため忍術学園に運び込んだ。
上級生・下級生関係なく順番に世話をし、ようやく歩けるようになったころから忍術学園の仕事を始めたという。
初めはくノ一ではないかと考えられたが、忍術のことについて一切の知識がなかったこと情報がなかったということから保護という形で天女を受け入れた。
教員・生徒とも友好関係を築き、下級生ともうまくやっていたとのこと。特に三年生との仲が良く、生徒たちは姉のように慕っていた。名を鈴蘭という。その名のごとく鈴を転がすような声で生徒の名を呼んでいたという。
そして、ある日を境に天女は上級生の長屋にいる時間が多くなり、いつの間にか天女用の住まいが六年生の長屋近くに建設されていたということだ。
先生方からの話によると、天女は本当にこの世のものではないらしく、忍たまたちのことを知っていたと上級生に話しているところを聞いたそうだ。
上級生が天女と一緒にいる時間が多くなり授業にも出なくなり、そのことを注意しに行った教員に対して暴力をふるったのだという。
その出来事がきっかけか、天女は上級生になにかを命令し上級生の長屋を壊し、くノ一教室の物品を奪い去り六年生から四年生の生徒を引き連れて闇の中に消えてしまったのだという。
現在捜索しているが、忍術学園の安全のため先生方は大人数での捜索ができていないのが現状らしい。
「まだ捜索を始めてから日は浅く、情報は少ない。そこで、おぬしたちの忍者隊に依頼をしたのじゃ」
天女についての情報はうちの忍者隊でもあまりなく、それでも探すよう指示を出している。
「状況はわかりました。ひとまずは忍術学園内で情報を集めることに徹し、現在捜索されている先生方と交代し学園外の情報を集めるということでよろしいでしょうか?」
「うむ、それでは今より忍術学園に戻るまではタソガレドキ忍軍組頭、雑渡混奈門の命令を聞くように、以上じゃ」
「御指示を承りました。雑渡混奈門殿の命令を依頼主の言葉としてお受けいたします。それでは失礼いたします」
私は雑渡混奈門の後ろについていき、忍術学園を出た。待っていたかと言わんばかりに忍びが門前へ飛び出してきた。
「今より、このくノ一をタソガレドキ忍軍で預かることとなった。殺すことは私の命令に従わないのと同じだ」
雑渡混奈門はそういって、三人の忍びに指示をする。まるで軍隊のように返事をした。
殺すねぇ、そういってますけど、あなたさっき私めがけて手裏剣投げてきたじゃん!?
「私は先に城へ帰る。お前たちはそのあとでこい」
雑渡昆奈門は木に飛び乗ると、闇夜の林の中に消えてしまった。
彼らに追いかけようと、風呂敷の形を整えながら腰に巻き付ける。
「我々もそろそろ行こう」
先頭に立つ忍びは、声色的に壮年の男だろう、四十歳半ばだろうか。
私は三人の忍びの真ん中に入り、護衛のように囲われる。実際は、変なこといないようにって意味だと思うけどね。
しばらく進むと、山本は突然止まり、紗季に向け注意を促す。
「ここからは、タソガレドキ領に入る」
山本の忠告はなにかあったら牙を剥くぞ、という警告だろう。
タソガレドキ領に入ると、意識をしなくとも身が引き締まった。林の中から私を見張っている、それも何十人も。姿こそ見えないが、きっとタソガレドキ忍軍だろう。
私もなんとなくの情報で知っている。タソガレドキ忍軍はそこらの城より統率が取れているいわば組織だ。諜報力も武術も何もかもが私の抱えの忍者とは格が違うだろう。
この人数だと負けるな。変なことはしないほうがいいね、きっと。
そんなことで、おとなしくついて行くことにした。
「遅かったね、陣左、尊奈門。殿には取り次いであるから早く案内しといてね」
またわたしたちですか……と、目の前で話し合う二人。
またってことはいつもこうなのかな、苦労してるんだなぁ。
「いや、わたしが案内する。山本陣内という、よろしく頼む」
「わたしは上杉紗季と申します」
軽く挨拶をし、それ以降は無言だった。気まずいより、背筋がピンと張り緊張していたので無言が嫌だとかそういうのはない。
「殿の部屋はここだ、わたしはここで待っている。くれぐれも粗相の無いように」
殿様か……。なんか賄賂みたいなの渡した方がいいかな?
たしかここの殿様は戦好きだったような、機嫌とか損ねたら絶対まずいだろうな……。
いつか、武家の娘で自分が大名だとバレてしまう可能性もあるのだから、あまり刺激せずむしろ友好的な関係でいよう。
なんて、打算的な考えで山本さんに挨拶を交わす。
この世界に生まれてきてわかったことは、忍たまの世界であっても、戦で人は死ぬし、ある一つの言葉が命取りになることもある。領民を守るという立場があるなら余計に気を遣わねばならない。生き残るためにもだ。
「はい、越後国から参りました。上杉紗季と申します」
「入れ」
失礼いたします、と一声かけ部屋に入った。
「黄昏甚平衛様、このたび宿のないわたくしめに、慈悲のお心を分けてくださりうれしく思います」
「ほう、越後か南蛮の衣装が有名であるな」
かかった! よし! たしか新品の衣装が残っていたはず……。持ってきておいてよかった!
「左様にございます。……黄昏甚平衛様は南蛮衣装好んでいると耳にいたしました。気に入ってくださるかは別として、どうかお納めください」
紗季は自分が持ってきた荷の中から、木箱をさし出した。
好んでいるなんて、ほんとは聞いてなかったけど終わり良ければ全て良しだし。
「なんと……これは……」
「越後国では南蛮の市が多く見られるので、勿論御代はとりません」
「見事な深碧のカパじゃ、気に入った。礼がいらぬのなら、これからは貿易の相手としてみたいどうじゃ?」
「ありがとうございます。しかしながら、ここではできぬ相談であります。また詳しいことは後程……」
「うむ、さがってよいぞ」
部屋を出ると、山本陣内と呼ばれた忍者が廊下で私を待っていた。
「殿との話は終わったようだな。今日は寝泊まりする女中部屋に案内する。こっちだ」
「わかりました」
案内されているとき、床を見ると罠がいっぱいだ。やはり警戒はされているようですれ違う人がこちらを睨んでいるように感じてしまう。
これは自信の認知のゆがみだ。盛大な勘違いなんだと思うようにし、前をまっすぐ向き歩き続ける。
「上杉さんのことは、女中だと伝えてある。殿も含めてだ。くれぐれも怪しいことはしないように」
女中部屋に私は入った。部屋には一人、私を待っていたようだった。
「山本様から聞いた子ね。待ってて、すぐ案内するから」
部屋から出てきた女性は四十歳くらいの女性だった。その女性は細かく丁寧に教えてくれた。
「ここが台所だよ、酉の刻から作り始めるからね。今は……戌の刻くらいだから、もうとくにやることはないよ。
それじゃね」
そういってその女の人は行ってしまった。
すぐ作業に取りかかろうとしたが、の腹の虫がかすかに鳴った。
お腹すいた。なんか食べなきゃ。
腹の音を聞いて、衝動的に何かを口の中に入れたかった。すぐ目に付いたのはおひつだった。中にはまだほんのり暖かいご飯が入っていた。自分の風呂敷から使えそうなものを全て出した。だが……
ほとんど何もない……あるのはひびの入ってる卵と味噌、ねぎ、砂糖、酒……それなら肉無し親子丼にしてみようか?
時に一人でいるとき、記憶にある味を再現していた。あちらの世界で紗季は一人暮らしをしていたため、ありあわせのもので作る事には慣れていた。
「できた、――おいしい」
久しぶりの食事で立ったまま、食べてしまった。すぐに、使ったものを片付けた。
あ~、やっぱりおいしいよ。家の中で食べる安心感。お肉食べるのも久々すぎる~おいしかったぁ。
さっきの女性に言われた雑魚寝をするところに行くと、私以外全員寝ていた。
寝ようと思い、布団には入るがどうしても眠ることができない。
初めての場所すぎて安心できないというのもあるし、なんだかソワソワもする。
ちょっと体動かしたら眠れるかなぁと思って、いったん城外に出てみることにした。
私が忍びであると知っているあの4人に伝えたかったのだが、いなかったので女中として門番に許可をもらい城を出た。
よし!体動かすぞぉ。
でも、できるだけ早めに城に帰ろうと思い林の中へ走っていく。
「この場所はよさそう、あの木を的にしよう」
ただひたすらに、飛苦無という、苦無を投擲用に改良したものを、30メートル以上先にある木にむけ、ひたすら投げていた。
そして最後のを投げ終えて、的である木に走っていく。
「的に刺さっているのは二つ、他の木に当たってるのは三つか」
他のものは、周りの草むらに落ちていたり、木の枝に引っかかったりしていた。
この的中率じゃ、実践では使えないなと思い、へたりと木の根に腰を下ろした。
やっぱり、へたくそだ。
忍者に生まれなくてよかったなぁと心の底から思う。
本当のくノ一として生まれたなら、きっとすぐに野垂れ死んでいただろうと思う。
「ちょっと眠くなってきたかも」
そろそろ、寝れそうと思って重い腰を上げた時、人の気配を感じ取った。
誰? 只者じゃない……。すぐに城に戻っほうがいいかもしれない。
強敵ならタソガレドキに迷惑をかけてしまう、ここで、戦うしかないのかな。
右手には懐剣を持ち、左手はすぐ飛び道具を出せるよう懐にしまったまま。見渡しのいい場所に移動した。
気配は一つ。おそらく、男。1対1で勝てる自信はないのでどうにか奇襲を仕掛けたい……!
息を整え、気配のする場所めがけて走りこむ。そこにいたのは茶の忍び装束を纏う、タソガレドキの忍び。
組頭と呼ばれていたはず、そうか、この包帯だらけの大男がそうなのか。100人の忍者を統率する忍者。腕が経つともっぱら有名だ。
たしかに、こんな殺気を出されれば、おいそれ部下もしたがうと妙に納得していた。
「わたしは忍び組頭の雑渡混奈門だ。城外に出ていくものだから、つけさせてもらったよ」
いつから、私についていたの!? 全然気づけなかった……。
気配に気づかなかったことに対して、なぜ気付かなかったのか一人反省会をしていると、雑渡昆奈門は目の前に書状を出した。
「1枚はうちの城で使っている矢羽根の事について書いてある。念のためだ、あまり使いたくはないが……。もう1枚は大川様からの書状だが、なんと書かれているのか」
大男に渡された、2枚の紙の内、忍術学園から書状に目を通す。
「……要約しますと、わたしは事務員という名目で入れというご命令です」
「そうだな、事務員ならば下級生も怖がらずに済むかもしれない。計画は立てた、早く準備するほうがいいだろう」
「承知しております」
タソガレドキの組頭は城に戻ったが、私の足はその場に立ち竦んだままだった。
とりあえず、お咎めなしでよかったと思う。勝手に城を抜け出したようなものだからね。
こっそり城に戻り、体も疲れたのか、ようやく睡眠をとることができた。
次の日の朝、ほかの人が起きない時間におきてまたこっそりと城外へ出た。
城の外に出たところには、大男の組頭とその組頭と比べて、若い男の忍びが待っていた。
「お待たせしてしまい、面目次第もありません」
「いや、我々も今着いたところだ。私たちも忍術学園に行きたいのだが、やることがあるので先に向かうように」
「わかりました」
周りに町や村はなく後ろには山が見える場所に、忍術学園はあった。立派な門構えと白壁で囲われたこの建物は、まるで武士の家や、どこぞの領主の館やかたといわれても、疑わないだろう。
門は閉まっている、とりあえず声をかけてみよう。
「すみません、私は大川殿の書状を受け取り参上いたした、上杉と申すものです」
門の向こうから「は~い」とおっとりとした声が聞こえてきた。
「上杉紗季さんですね、お待ちしていました。学園長先生の所へ案内しますね」
ついて行くと、竹林の中に立派な庵が見えてきた。「学園長先生は中にいらっしゃいますと」言われ、そのまま彼はどこかへ行ってしまった。
粗相のないように挨拶をしようと、廊下に正座した。肺に空気を送り話す。
「上杉紗季と申します。失礼いたします」
中に入ると、大川殿は笑っていた。
「そのようなへりくだった言い方をせんでもよいわ。して、人が来ぬよう、本題に入ろうかのお」
天女は未来から来たという女の子で、多少の妖術を使える事がわかった。そのせいで学園が混乱に陥ったという。
わたしと違うところは、ちゃんと忍たまの知識があるところなのかな。私は忍たまっていうアニメがあって、幼稚園とかにテレビで見ていたくらいだったから、出てくるキャラクターだってわからない。にしても、でも妖術ってなんのことだろう。
「上杉紗季よ、期待してるぞ」
「ご期待に沿えるよう、全力を尽くさせていただきます。それと、私が越後国ということは内密に願います」
「おぬしもぬかりないのう」
自分が大名なのは学園長先生くらいには、話してもいいだろう。まぁ、知ってるかもしれないけど。
けれど、この庵には私達二人の他に複数の人の気配があって、正直に話せるわけがない。誰が敵かも、私には見分けがついていないのだから。用心に越したことはない
「天井裏にいる皆様にも、内密にお願いします」
私は威圧をかけしばらく天井裏を睨みつけた。舐められては困る。こっちだって、そんなわかりやすい殺気を出されていれば、否応にもわかってしまう。
依頼を受けたのはこっちなのに、そんなに警戒するのは失礼じゃない。と、私のいらだちを天井に向けて、こちらからも釘を刺す。
「私は学園長先生の依頼として参りました。信じてもらうのは難しいかと存じますが決して間者ではございません」
部屋には沈黙が流れた。やがて学園長が口を開いた。
「おぬしらも出てきなさい、いつかは協力しなければならぬ」
天井裏から四人の男が出てきた。その中の一人は私の顔めがけて手裏剣を投げた。
顔を横に傾けよけることができた。それは障子に穴を開け、近くの竹に音を立て刺さった。
「危ないのでやめていただきたい。任務の前に負傷したくはありません」
私は目じりをつり上げて、棒手裏剣の飛んできた方を睨んだ。
投げたであろうその人は含み笑いをしながら、両手を挙げてもうやらないという意思表示をした。
にしても、本当に攻撃してきたじゃん。
物騒すぎるし、これで怪我でもしてたら実力不足と思われて、追い出されたところだったかもね。
「話を戻しましょう。私はいつから学園に入ればよろしいのでしょうか?」
「明日じゃ、それまではどこか泊まるところでも見つけてはくれぬかのお。今日は遅い、生徒に紹介もできぬのでな。学園側でおぬしの処遇について検討してみる必要がある」
なら、私はどこかで野宿でもしています。と提案しようとしたとき、包帯顔の忍びが話を遮った。
「大川平次渦正殿、わたしはこの女を信頼してはいません。ですので、一度タソガレドキに預からせていただけないかと存じます」
話を遮ったのは先ほど、棒手裏剣で私を狙ってきた男だった。
「おぬしたちの考えもわかるが……」
まぁ、この状況だったら信頼なんてできないだろうな。私が逆の立場だったら絶対拒否すると思うし。
「学園長先生、是非もなく当然のことです。依頼された大川殿の命に従うのみです」
学園長は唸って悩んだ末、私の処遇をひとまずタソガレドキに預けることと決めた。
「では、学園長先生今一度情報の確認をしたいのですが……」
「うむ、どこから話そうか――」
天女は山で倒れており、上級生が実習をしている際に発見されたそう。
血管が透き通るような細い腕、足はすらりと長く、彼女はまるで人形のような端整で桃色と白色の召し物を着る様は、この世のものではなかった、本物の天女であったと。
発見された当初天女はあばらが見えるほど痩せており、意識もなかったため忍術学園に運び込んだ。
上級生・下級生関係なく順番に世話をし、ようやく歩けるようになったころから忍術学園の仕事を始めたという。
初めはくノ一ではないかと考えられたが、忍術のことについて一切の知識がなかったこと情報がなかったということから保護という形で天女を受け入れた。
教員・生徒とも友好関係を築き、下級生ともうまくやっていたとのこと。特に三年生との仲が良く、生徒たちは姉のように慕っていた。名を鈴蘭という。その名のごとく鈴を転がすような声で生徒の名を呼んでいたという。
そして、ある日を境に天女は上級生の長屋にいる時間が多くなり、いつの間にか天女用の住まいが六年生の長屋近くに建設されていたということだ。
先生方からの話によると、天女は本当にこの世のものではないらしく、忍たまたちのことを知っていたと上級生に話しているところを聞いたそうだ。
上級生が天女と一緒にいる時間が多くなり授業にも出なくなり、そのことを注意しに行った教員に対して暴力をふるったのだという。
その出来事がきっかけか、天女は上級生になにかを命令し上級生の長屋を壊し、くノ一教室の物品を奪い去り六年生から四年生の生徒を引き連れて闇の中に消えてしまったのだという。
現在捜索しているが、忍術学園の安全のため先生方は大人数での捜索ができていないのが現状らしい。
「まだ捜索を始めてから日は浅く、情報は少ない。そこで、おぬしたちの忍者隊に依頼をしたのじゃ」
天女についての情報はうちの忍者隊でもあまりなく、それでも探すよう指示を出している。
「状況はわかりました。ひとまずは忍術学園内で情報を集めることに徹し、現在捜索されている先生方と交代し学園外の情報を集めるということでよろしいでしょうか?」
「うむ、それでは今より忍術学園に戻るまではタソガレドキ忍軍組頭、雑渡混奈門の命令を聞くように、以上じゃ」
「御指示を承りました。雑渡混奈門殿の命令を依頼主の言葉としてお受けいたします。それでは失礼いたします」
私は雑渡混奈門の後ろについていき、忍術学園を出た。待っていたかと言わんばかりに忍びが門前へ飛び出してきた。
「今より、このくノ一をタソガレドキ忍軍で預かることとなった。殺すことは私の命令に従わないのと同じだ」
雑渡混奈門はそういって、三人の忍びに指示をする。まるで軍隊のように返事をした。
殺すねぇ、そういってますけど、あなたさっき私めがけて手裏剣投げてきたじゃん!?
「私は先に城へ帰る。お前たちはそのあとでこい」
雑渡昆奈門は木に飛び乗ると、闇夜の林の中に消えてしまった。
彼らに追いかけようと、風呂敷の形を整えながら腰に巻き付ける。
「我々もそろそろ行こう」
先頭に立つ忍びは、声色的に壮年の男だろう、四十歳半ばだろうか。
私は三人の忍びの真ん中に入り、護衛のように囲われる。実際は、変なこといないようにって意味だと思うけどね。
しばらく進むと、山本は突然止まり、紗季に向け注意を促す。
「ここからは、タソガレドキ領に入る」
山本の忠告はなにかあったら牙を剥くぞ、という警告だろう。
タソガレドキ領に入ると、意識をしなくとも身が引き締まった。林の中から私を見張っている、それも何十人も。姿こそ見えないが、きっとタソガレドキ忍軍だろう。
私もなんとなくの情報で知っている。タソガレドキ忍軍はそこらの城より統率が取れているいわば組織だ。諜報力も武術も何もかもが私の抱えの忍者とは格が違うだろう。
この人数だと負けるな。変なことはしないほうがいいね、きっと。
そんなことで、おとなしくついて行くことにした。
「遅かったね、陣左、尊奈門。殿には取り次いであるから早く案内しといてね」
またわたしたちですか……と、目の前で話し合う二人。
またってことはいつもこうなのかな、苦労してるんだなぁ。
「いや、わたしが案内する。山本陣内という、よろしく頼む」
「わたしは上杉紗季と申します」
軽く挨拶をし、それ以降は無言だった。気まずいより、背筋がピンと張り緊張していたので無言が嫌だとかそういうのはない。
「殿の部屋はここだ、わたしはここで待っている。くれぐれも粗相の無いように」
殿様か……。なんか賄賂みたいなの渡した方がいいかな?
たしかここの殿様は戦好きだったような、機嫌とか損ねたら絶対まずいだろうな……。
いつか、武家の娘で自分が大名だとバレてしまう可能性もあるのだから、あまり刺激せずむしろ友好的な関係でいよう。
なんて、打算的な考えで山本さんに挨拶を交わす。
この世界に生まれてきてわかったことは、忍たまの世界であっても、戦で人は死ぬし、ある一つの言葉が命取りになることもある。領民を守るという立場があるなら余計に気を遣わねばならない。生き残るためにもだ。
「はい、越後国から参りました。上杉紗季と申します」
「入れ」
失礼いたします、と一声かけ部屋に入った。
「黄昏甚平衛様、このたび宿のないわたくしめに、慈悲のお心を分けてくださりうれしく思います」
「ほう、越後か南蛮の衣装が有名であるな」
かかった! よし! たしか新品の衣装が残っていたはず……。持ってきておいてよかった!
「左様にございます。……黄昏甚平衛様は南蛮衣装好んでいると耳にいたしました。気に入ってくださるかは別として、どうかお納めください」
紗季は自分が持ってきた荷の中から、木箱をさし出した。
好んでいるなんて、ほんとは聞いてなかったけど終わり良ければ全て良しだし。
「なんと……これは……」
「越後国では南蛮の市が多く見られるので、勿論御代はとりません」
「見事な深碧のカパじゃ、気に入った。礼がいらぬのなら、これからは貿易の相手としてみたいどうじゃ?」
「ありがとうございます。しかしながら、ここではできぬ相談であります。また詳しいことは後程……」
「うむ、さがってよいぞ」
部屋を出ると、山本陣内と呼ばれた忍者が廊下で私を待っていた。
「殿との話は終わったようだな。今日は寝泊まりする女中部屋に案内する。こっちだ」
「わかりました」
案内されているとき、床を見ると罠がいっぱいだ。やはり警戒はされているようですれ違う人がこちらを睨んでいるように感じてしまう。
これは自信の認知のゆがみだ。盛大な勘違いなんだと思うようにし、前をまっすぐ向き歩き続ける。
「上杉さんのことは、女中だと伝えてある。殿も含めてだ。くれぐれも怪しいことはしないように」
女中部屋に私は入った。部屋には一人、私を待っていたようだった。
「山本様から聞いた子ね。待ってて、すぐ案内するから」
部屋から出てきた女性は四十歳くらいの女性だった。その女性は細かく丁寧に教えてくれた。
「ここが台所だよ、酉の刻から作り始めるからね。今は……戌の刻くらいだから、もうとくにやることはないよ。
それじゃね」
そういってその女の人は行ってしまった。
すぐ作業に取りかかろうとしたが、の腹の虫がかすかに鳴った。
お腹すいた。なんか食べなきゃ。
腹の音を聞いて、衝動的に何かを口の中に入れたかった。すぐ目に付いたのはおひつだった。中にはまだほんのり暖かいご飯が入っていた。自分の風呂敷から使えそうなものを全て出した。だが……
ほとんど何もない……あるのはひびの入ってる卵と味噌、ねぎ、砂糖、酒……それなら肉無し親子丼にしてみようか?
時に一人でいるとき、記憶にある味を再現していた。あちらの世界で紗季は一人暮らしをしていたため、ありあわせのもので作る事には慣れていた。
「できた、――おいしい」
久しぶりの食事で立ったまま、食べてしまった。すぐに、使ったものを片付けた。
あ~、やっぱりおいしいよ。家の中で食べる安心感。お肉食べるのも久々すぎる~おいしかったぁ。
さっきの女性に言われた雑魚寝をするところに行くと、私以外全員寝ていた。
寝ようと思い、布団には入るがどうしても眠ることができない。
初めての場所すぎて安心できないというのもあるし、なんだかソワソワもする。
ちょっと体動かしたら眠れるかなぁと思って、いったん城外に出てみることにした。
私が忍びであると知っているあの4人に伝えたかったのだが、いなかったので女中として門番に許可をもらい城を出た。
よし!体動かすぞぉ。
でも、できるだけ早めに城に帰ろうと思い林の中へ走っていく。
「この場所はよさそう、あの木を的にしよう」
ただひたすらに、飛苦無という、苦無を投擲用に改良したものを、30メートル以上先にある木にむけ、ひたすら投げていた。
そして最後のを投げ終えて、的である木に走っていく。
「的に刺さっているのは二つ、他の木に当たってるのは三つか」
他のものは、周りの草むらに落ちていたり、木の枝に引っかかったりしていた。
この的中率じゃ、実践では使えないなと思い、へたりと木の根に腰を下ろした。
やっぱり、へたくそだ。
忍者に生まれなくてよかったなぁと心の底から思う。
本当のくノ一として生まれたなら、きっとすぐに野垂れ死んでいただろうと思う。
「ちょっと眠くなってきたかも」
そろそろ、寝れそうと思って重い腰を上げた時、人の気配を感じ取った。
誰? 只者じゃない……。すぐに城に戻っほうがいいかもしれない。
強敵ならタソガレドキに迷惑をかけてしまう、ここで、戦うしかないのかな。
右手には懐剣を持ち、左手はすぐ飛び道具を出せるよう懐にしまったまま。見渡しのいい場所に移動した。
気配は一つ。おそらく、男。1対1で勝てる自信はないのでどうにか奇襲を仕掛けたい……!
息を整え、気配のする場所めがけて走りこむ。そこにいたのは茶の忍び装束を纏う、タソガレドキの忍び。
組頭と呼ばれていたはず、そうか、この包帯だらけの大男がそうなのか。100人の忍者を統率する忍者。腕が経つともっぱら有名だ。
たしかに、こんな殺気を出されれば、おいそれ部下もしたがうと妙に納得していた。
「わたしは忍び組頭の雑渡混奈門だ。城外に出ていくものだから、つけさせてもらったよ」
いつから、私についていたの!? 全然気づけなかった……。
気配に気づかなかったことに対して、なぜ気付かなかったのか一人反省会をしていると、雑渡昆奈門は目の前に書状を出した。
「1枚はうちの城で使っている矢羽根の事について書いてある。念のためだ、あまり使いたくはないが……。もう1枚は大川様からの書状だが、なんと書かれているのか」
大男に渡された、2枚の紙の内、忍術学園から書状に目を通す。
「……要約しますと、わたしは事務員という名目で入れというご命令です」
「そうだな、事務員ならば下級生も怖がらずに済むかもしれない。計画は立てた、早く準備するほうがいいだろう」
「承知しております」
タソガレドキの組頭は城に戻ったが、私の足はその場に立ち竦んだままだった。
とりあえず、お咎めなしでよかったと思う。勝手に城を抜け出したようなものだからね。
こっそり城に戻り、体も疲れたのか、ようやく睡眠をとることができた。
次の日の朝、ほかの人が起きない時間におきてまたこっそりと城外へ出た。
城の外に出たところには、大男の組頭とその組頭と比べて、若い男の忍びが待っていた。
「お待たせしてしまい、面目次第もありません」
「いや、我々も今着いたところだ。私たちも忍術学園に行きたいのだが、やることがあるので先に向かうように」
「わかりました」