天女戦記

 翌朝、授業や演習が始まる前のこと。

 しばらくして静かな空気に包まれた中に足を踏み入れる。庵の中では先生方が集まり、学園長が静かに座っていた。

「紗季様、昨夜のタソガレドキとの交渉、どのように進展したのでしょうか」

 学園長にどこで、忍たまの子たちが聞いているかわからないので、敬語は外すように言い、は冷 静に報告を始めた。

「はい、学園長。昨夜、私はタソガレドキ頭に赴き、彼らとの交渉を行いました。結果として正式に、タソガレドキは同盟を結ぶこととなりました」

 先生方の顔には驚きと疑問の表情が広がる。同盟の決定は突然のものであり、その理由を知りたいと いう気持ちが先生方の中で渦巻いていることが伝わってくる。

 あとで、学園長にでも聞いてくれと思いながら報告を続ける。

「私としましては、もう少し忍たまの下級生に話を聞くことにします。上級生に飲ませたお茶というのがどうにも引っかかります。非現実的ですが、皆さんの話を聞く限り上級生の様子がおかしいこと裏付ける原因の一つになるかと…… それと天女の住まいを見つけましたので、偵察を続けてく方針です。報告は以上です」

 学園長は静かに頷き、私の報告を受け入れた。 先生方も真剣な表情でその続きを聞く準備をしてい るようだ。

「紗季 殿、貴重な情報に感謝する」

 学園長の冷静な声が庵に響き渡る。

 その後、緊急な対策会議が開かれ、次なる行動が協議された。

 先生方からも意見が相次ぐ。

「やはり、上級生に何かしらの異変があるのは確かですね」

「天女の住まいには何か関連性があるのかもしれません」

「下級生からの情報も大切です。 」

「学園の防衛体制も整える必要があるでしょう、生徒たちの安全を最優先に考えるべきです」

 会議内容に耳を傾け、出た議題には対応策を出し会議は終わった。



庵から出ようとすると、学園長に呼び止められた。

「すまんが、 学級委員長委員会の二人とお使いを頼まれてくれんか」

「あ、はい。わかりました」

お使い? とは思ったが、学園長のお願いを断るわけにいかないため素直に承諾した。
お使い内容は、二人の忍たまが知っているのだという。

一人は、一年い組の今福 彦四郎。 もう一人は一年は組の黒木庄左ヱ門というらしい。

二人とは校門前で落ち合うよう、学園長に言われ、待っていると、こちらに向かって歩いてくる二人の姿 を見つけた。

「お、お待たせしてすみません! 黒木庄左ヱ門です!

「一年は組の今福彦四郎と申します」

二人とも、礼儀正しく挨拶をする。

「こんにちは、今福くん 黒木くん。 私は事務員の 紗季 です。 学園長から、 お使いをお手伝いするよ う頼まれました。 どのようなお使いなんですか?」

「……いえ、甘味を買ってきてほしいとのことなんですが」

 聞くと、学園長先生によく頼まれるという。

 多分私にもついて行けというのは、この子たちの安全面を考えてのことかもしれない。

「わかりました、じゃあ早くいきましょうか」

「はい、僕たちが案内します」

 黒木庄左エ門が先頭に立ち歩く。

 けれど、前に進めど雑木林ばかりだ。

 一向に町へ着く様子がないことに、疑問を持った。

「彦四郎くん、庄左衛門くん、この道は通常の商店街への道ではないように感じるのだけれど。 学園長先生のお使いは、普通のお菓子の買い物ではないのかしら」と慎重に尋ねた。

 今福彦四郎がモジモジと、 言葉を濁していたが、 「こちらで合っています」 と庄左ヱ門くんは断言した。

「こちらで合ってます」の言葉に、少し驚きつつも、二人の言葉を信じて雑木林の中を進むことにした。 どんどんと厚くなる雑木林の中、 突然二人は止まって後ろを振り向いた。

どうしたのだろうかと、首をかしげていると二人は突如として、走り去ってしまう。

「えっ! ちょっと待って!」

 と叫び、追いかけるが二人の足は速い。見失うことはなくても、距離が離れる一方だ。
 しばらく走ると、二人の姿が確認できるところまで来たのでホッとするが、その瞬間に黒木庄左ヱ門と今福彦四郎の姿はどこにもなくなっていた。

今福彦四郎と黒木庄左エ門が急いで去っていくのを見て、 何か異変があるのかを感じた。 追いかける前に、慎重に状況を確認することが大切だと思い、注意深く周りを見回す。

雑木林の中には何も変わった様子はなく、静寂が広がっている。 しかし、 そこら中に罠だらけだということに気づく。

 周りを警戒しながら、 今福彦四郎と黒木庄左エ門が去った方向に進んでみることにした。 幸い、足跡はあったのでどこに行ったのかが分かった。

罠を踏んでしまうこともあったり、 投げ物が飛んでくることもあったが間一髪で避ける。

 誰がこんな仕掛けを作ったのか、 あの二人は大丈夫だろうか。

 そう思い、進んでいくと目の前の穴から気配を感じる。 恐る恐る覗くと今福彦四郎が穴の中にいた。

「えと、 彦四郎君大丈夫そう? 今助けるからね」

 縄を木に巻き付けて、軽く引っ張り固定されてることを確認し穴の中に降りていく。彦四郎にケガがないか確認するため体を調べる。どこもけがをしていないとわかり一安心した。

「あの、紗希さん」

 名前を呼ばれ視線を合わせる。

「助けていただきありがとうございます」

 静かにいう彦四郎に続けて私は聞いた。

「どこか痛いところはない?」と聞き、大丈夫ですという返事を聞くと安心感が強くなった。

「どうして、突然走り出したのかは後で聞くけど、早くここを出て庄左エ門くんを探さないとね」

 と優しく言うと

「そうですね」と小さく返事をした。

辺りを見回すが、庄左エ門の姿は見えない。彼も罠に引っかかってしまったのかもしれないと思うと、一刻も早く見つけ出さなければという思いが高まる。

 彦四郎を抱き上げて、穴の中から出た二人。出て着地すると、木の上から体を覆うであろう、布が落ちてきていた。
 彦四郎君だけでも思い、布のかぶらないところまで彦四郎君を 放り投げた。

 かぶさってきた布を外さんとしたが、なかなか持ち上がらない。どうやら布は濡れてなおかつ重しが付けられているようだ。

 胸元から、小刀を出し布を切ってようやく脱出した。

「彦四郎くん、怪我はない!? あれ、庄左エ門君戻ってきたのね」

 彦四郎君と庄左エ門君がいたことに安心したが、周りにはいくつか人の気配があった。この罠を仕掛けてきた敵だろうか。すぐ助けられるよう二人のそばで警戒をする。

「庄左エ門君、彦四郎君誰かがいるみたい。一度ここを離れましょう」

しかし、庄左エ門は妙に安心して「大丈夫です」と声をかける。

「もう十分でしょう。作法委員会の皆さん、出てきたらどうですか?」

 庄左エ門がそういうと、木の上からまるで驚かせにきたかのよう三人の少年が降りてきた。

 忍び装束を着ている、色的に三年生と一年生の二人だ。

「すみません、実はお使いというのは嘘です。学園長先生に頼んで紗季さんを試しました。天女じゃないかを確かめるために」

 まだ、疑っている子がいたわけか。
 どうりで、こんな人気のない道を通っていると思った……。 学園長先生よくぞこんな許可を……。

「すべて避けられたのでくノ一か何かなのですね」

 庄左エ門君が痛いところをついてくる。

「そうなの、これで学園長先生からの依頼ということを信じてもらえたかな」

 庄左エ門君ははい、と返事をした。

「にしても、紗季さん、罠に引っかかってくれませんでしたね」

 そういい、罠を片付けているのは知らない子だ。

「えと、あなたのお名前は?」
「一年は組の笹山兵太夫です。あちらで片付けているのは三年は組の浦風藤内先輩です。それで僕の隣にいるのが……」

「一年い組の黒門伝七です。綾部先輩をまねて落とし穴を掘ったのですが、悔しいですね」

 伝七くんは悔しいと言っているが、そんなことはない。慎重に歩いて観察をしないと落ちていただろう。ただ、他の矢だったり布をかぶせてこようとしたり罠だらけだったから、周りを警戒していただけだ。

「伝七くんそんなこといわないで。私も慎重に観察していたから落ちなかったの。それに、ほかにも罠があったから避けようとして、警戒心が強くなってたと思うから、穴に落ちなかっただけ。多分その先輩は……、うまく言葉にできないけど警戒心が弱くなる瞬間を考えてわなを仕掛けていたのかもね」

「えっ……と」

 言葉を返されると思っていなかったのか、何か言いたげにして。目を泳がせている。

 言いすぎてしまっただろうか、と私は伝七君の表情を見ると少し不安になった。

「伝七、素直にすごいって褒めたらどう?」

 藤内君に促される伝七君は、図星をつかれたのか、恥ずかしそうに顔を背けてしまった。しばらくして、はいと小さく返事をする伝七くん。私の様子を遠くから見ていた庄左エ門君と彦四郎君が近づいてきた。

「紗季さん、本当にすごいですね」
「いつのまにこんな罠がある場所が分かったんですか?」
一年生の忍たま三人とも、それぞれ褒めてくる。なんだかむず痒い気分だったが、うれしいことには変わりはなかった。

 木に仕掛けられていた罠の解体は終わった。あとは穴を埋めるだけだ。

「これは焙烙火矢、どうしてこんなところに」

 あの子たち、焙烙火矢を使うなんて……、ちょっと危険すぎるんじゃないか。
 焙烙火矢は、敵陣に投げ込み爆発させる道具である。一度爆発したら火薬と鉄の破片が周囲に飛び散り、被害が甚大なものとなる。

 戦場でよく使われる武器ではあるが、同時に扱いを間違えれば自滅してしまうものである。あの子たちも使い方を知らないわけではないだろうが、実際に使ってみるとなるとまた別問題だ。

「あ、紗季さん、その焙烙火矢こちらに」
「どうぞ。あ、でもその焙烙火矢は湿っていて、使えないみたいなの」

「それでもいいんです」と小声でいう藤内君は、微笑みながら焙烙火矢を持っている。

「その、焙烙火矢は大切なものなのね」
「はい、作法委員会の委員長であられる、立花先輩が作ったものです。あんまり使いたくはなかったんですが、先輩が作ってくださったものは威力は抜群なので仕掛けてみました」

「……それを、私にぶつけるつもりだったと、そういうことで合ってるかな」
「いえっ、ちが……くはないんですけど、光が強いものなので目くらまし程度のものなんです」

 藤内君は、必死になって弁解してくる。光が強いだけなら、ひるませるのが目的だったのだろう。

「いいすぎたね、ごめんね」と頭をポンポンとすると、藤内君は戸惑いながらも微笑んでいた。

 周りの風景は静まり返り、焙烙火矢の湿った匂いが手に残っていた。木漏れ日が穏やかに差し込み、罠のあった場所は今や穏やかな光景となっている。

「それにしても、何故私を信用することにしたの? よかったら、聞かせてくれる?」
「彦四郎を庇っていましたので、敵ではないかと」

「紗季さん、僕わざとあの穴の中にいたんです」と彦四郎が言う。

 この子もグルだったのね。
 私は大きくため息をつく。なんて子達なのかしら。でも、なんだか憎めない。

「藤内君は、この焙烙火矢をどう利用するつもりなの」とたずねる。

 すると、彦四郎が説明するように、言葉を発する。

「それはですね、木に埋め込んで危険地帯の目印として使います。会計委員会なら、立花先輩が作った焙烙火矢だとわかるので大丈夫でしょう」

 それ、他の委員会の生徒達にはわからないのではないかしら……。

 なんて、思いながら焙烙火矢を置く場所を決めたようで林の奥に足を踏み入れた藤内君の体が消えた。いや、下に落ちたというのが正しかった。

「まだ、落とし穴残ってたのかー。すみません、先輩大丈夫ですか」

 兵太夫君が、穴の中の先輩に声をかける。声を出さない先輩に焦ったのか忍たまの一年生がぞろぞろと集まる。
 私も穴の中を覗こうとすると、藤内君は「罠だ! 俺の近くに寄るな!」と叫んだ。私はその場を離れることができたが、忍たまの子たちは罠の中に次々と落ちるたり、縄に捕らえられ木に吊るされる罠に引っかかっていた。

「な、なんだこれー!」
「はやく、罠を切るんだ! 兵太夫!」

 上に吊るされていた兵太夫君は持っていた手裏剣を使って、縄を切った。

「うわぁ!?」
「大丈夫、そのまま体を丸めて落ちておいで!」

 兵太夫君が落ちてきたところを私がキャッチし、兵太夫君を抱えたまま今度は佐吉君の頭上の縄を切るために、木に登ると人の気配がした。
 藤内君が苦無を器用に使いながら、自力で穴から這い出たようだ。その姿をを確認して、木陰に隠れるよう指示を出すと、私も二人を抱き上げ、木陰に身を潜める。

息を潜めながら隠れる中、穏やかだった光景が一変し、木々の間に潜む者たちの存在が露わになった。その一瞬の間に、緊迫感が一気に広がる。三人の忍び装束を着た男が現れたのだった。

 その男たちをみた藤内君は飛び上がりそうな表情で、汗をかき始めていた。彼らの存在を察知したことがうかがえる。彼が知っているのは確かなようだ。

 彼らは新たな罠を仕掛け、穴の中にいた忍たま二人の顔面に布がかぶされ、口には布が押し込まれた。必死に抵抗はしているが、布によって視界を奪われ、喉元に詰まった布によって無力にされながら、逃れることのできない苦悶の中に置かれているだろう。一刻も早く助けなければ……!

 その様子を見ている兵太夫君と伝七君の体は震えていた。二人の恐怖がこちらにも伝わったのだろう。
 私は大丈夫だというように、二人の背中をさすっていた。

 もと来た道を戻っていった。

 彼らが後ろを向いた。今が二人を奪い返すチャンスだ。

「静かに……これから、あの二人を助け出すから、伝七君と兵太夫君はここで隠れているように」

「いいね?」と念押しすると二人は小さく頷いた。

 まずは、後ろを歩く男を頭を狙うことにした。

 てぬぐいを二つ折りにして中央に石を入れ遠心力で拾った石を飛ばす。
 男はうめき声もあげずに静かにその場に気絶した。
 籠から出てきた今福彦四郎を救出し、伝七君たちのところへ走るよう指をさすと、前を歩いていた彼らは仲間が気絶をしていたことに気づいたようで、こちらを確認するや否や武器を携えていた。

「動くな! さもなくば……」

 男は庄左エ門君を籠の中から出し、首に暗器を突きつけている。
 庄左エ門君から武器が見えていないことは幸いというべきか、庄左エ門君は動くことなくそのまま男の言うことを聴いている。

 その間にもう一人の忍びがじりじりと私に近づいている。

 下手に動けない、どう助けようか……!?

 その時、庄左エ門君を捕える者の手を手裏剣がかすめた。藤内君が投げた手裏剣が手に当たったのだ。
 この一瞬の隙に私は、もう一人の者を蹴り飛ばし、庄左エ門君の籠を奪い取った。

「くそっ……一時撤退だ!」

 三人は二手に分かれて逃げ出した。

 追いかけて、どのような!的で忍たまを攫おうとしたのかを白状させたかったが、今は子供の安全が第一優先だ。そして次にこの子たちの手当てだ。しかし、増援でも迫ってきては、私だけで守り切ることなど無理に等しいだろう。

 私たちは速やかに木陰から出て、学園に向かうことにした。歩き始めると、穴に落ちた彦四郎君と庄左エ門君の二人の歩き方が次第にふらついてきた。穴に落ちた際に足首を痛めてしまったようだ。

「藤内君、先頭にたって学園に走り抜けなさい。彦四郎君と庄左エ門君は私が抱いて行く。後ろは私が守るから安心して」

 私は微笑みながら言うと、藤内君は真剣な様子で頷いた。

そして先頭で歩ける一年生たちとともに学園に向かって駆け出した。
私は急いで庄左エ門君と今福彦四郎君を一人を背中で背負い、もう一人を腕に抱え、その後を追い始めた。

「もう少しでつくからね、大丈夫だよ」

 時折、声をかけながら歩みを続ける。

 子供と言えど、10歳なら30キロほどの体重はあるだろうか。当然足の歩みは遅くなっていく。
自分の息が荒く、頭巾の中から汗も垂れてきて、目に汗が入って痛い。

 そんな、私が運んでいる二人は、最初は痛みに耐えながらも笑顔を見せていたが、そのうちに私の腕の中で寝息を立て始めた。

 道中、忍びたちが再び現れることはなく、私たちは無事に学園に到着した。学園の門をくぐり抜け、一旦安堵の息をついた。

 門の前では新野先生が待っていてくれた。
 庄左エ門君と、彦四郎君を医務室に運び入れる。

「庄左エ門、彦四郎っ」

 医務室に着くや否や、乱太郎君が眠っている二人を心配そうに見ている。

「乱太郎、二人は眠っているだけだ。早く処置をしよう」

 数馬くんは、先輩として後輩の保健委員を纏め上げて、的確な指示出しをしていた。

「新野先生、先に到着した生徒が見当たらないようですが……」
「皆すでに簡単な手当てを受けています。紗季さんこそ、怪我はありませんか」
「怪我はありません。ただ……いえ、なんでもありません。私は学園長先生の所へ行ってまいりますので、失礼します」

 学園長の庵に到着すると、先客がいた。藤内君だった。

「事務員の上杉紗季です。報告に参りました」

 学園長は穏やかな表情で迎え入れた。

私は事件の概要を報告し、忍たまたちが不審な者に襲われたこと、そして私が彼らを救出した経緯を話した。学園長は真剣な表情で聞き入ってくれ、最後には頷いた。

「そうか、ありがとう。ところで、浦風藤内の話では、今日下級生たちを攫おうとしたのは、忍たまの四年生だったそうじゃ」

「四先生、なのですか……たしかに、背丈が私と同じか低いほどで青年だとは思いましたが……」

 なら、藤内君は、自分の通っている学園の先輩に手裏剣を投げたということだ……。どんな気持ちだっただろうか。

「学園長先生、私は明らかに下級生の忍たま狙いで動いていると思います。下級生だけで学園の外に出るのは危険かと……」

「紗季さんの言う通りです、作法委員会が仕掛けていない罠があり、一年生が罠の存在に気づかず引っかかりました」

 私たちの話を聞いた、学園長は深く考え込みながら言った。

「まずは安全面の対策を徹底し、生徒たちを守ることが最優先じゃ」

「一理あるでしょう。一先ず、下級生の安全確保と、学園の外には出ないようにするべきでしょう」

 学園長先生はうなずきました。

「反対意見も出るじゃろうが、外部への出入りを制限することにしよう。また、今回の件に関しては詳細な調査を行い、対処法を考える必要がありそうじゃ」

「承知しました、では失礼いたします」

 私は学園長先生の言葉を受けて退出しようとし、最後にもう一度頭を下げてから部屋を後にした。


――――――

ここで出てきた上級生は忍たまでも、落第忍者乱太郎でも名前がでてこないモブ忍者です。
そんなつもりで読み続けてください。では本編へ進みます。

――――――

廊下を歩いていると、学級委員長委員会の一年生が襲われそうになったということは広まっているはずだが、学園内は依然として静かだ。そして隣を歩く少年、藤内君の肩は依然として震えていた。

「藤内君、大丈夫?」と声をかけると、藤内君は驚いたように振り向いた。

「あ……う、うん、大丈夫です」

 藤内君の表情は不安そうだ。

 私は彼の肩を軽く叩きながら少し場所を変えようと提案をした。

「ちょっと場所を変えて話さない? 藤内君が安心できる場所で」

 彼の希望で作法室で話をすることになった。

 部屋に入ると、作法室は予想以上に異色の装飾で埋め尽くされていた。
 薄暗い灯りが生首フィギアやからくりの仕掛けを浮かび上がらせ、奇妙な雰囲気がただよっている。そして、この部屋にも何かしらの仕掛けがあるのだろうと思うが、今はそれどころではない。

 藤内君は深いため息をつき、話し始めた。

「紗季さん、先輩に向けて手裏剣を放ったあの時のことが頭から離れません。なんで僕はあんなことを……忍たま同士、仲間同士で……」と言葉が詰まるように続けた。

 部屋の雰囲気も相まって、藤内君の言葉が重く響く。作法室の奇妙な装飾が、彼の心の葛藤を一層引き立てているようだ。

「藤内君のおかげであのときは後輩の忍たまたちを助けることができたんだ。自分の身内に攻撃することは勇気がなければできなかった、よく頑張ったね」

 藤内君はうなずきながらも、まだ納得はしていないようで、顔を下に向けていた。

「辛かった?」と私が尋ねると「はい」と小さく返事をした。

「慕っていた先輩に攻撃することは、辛いことだろう。けれど、手裏剣はわずかに四年生の手をかすめただけだった。かすり傷の程度だっただろうね。日頃、手裏剣の練習をしていなければできなかったことだね」

 私は藤内君の肩を軽く叩きながら言った。藤内君の目から涙が頬を伝う。

「藤内君、君は自分の心の葛藤に正直でいいんだよ。それが君の強さだ」

 今度は藤内君の肩をそっと抱えると、目からはどっと涙があふれだした。藤内君はしばらく静かに嗚咽をこぼし、落ち着くまで私は背中を撫で続けた。しばらくして落ち着いたようで、小さな声で話し出した。

「後輩たちが助かってよかったと思います。でも、心の中で先輩を攻撃してしまったことが許せないんです。感情がぐちゃぐちゃで……もう何が何だかわからなくて」

 藤内君は私には顔を向けず、ただただ今の気持ちを吐露した。
 そして、藤内君には酷になるだろうと最初に言い、ある言葉をかけた。

「……藤内君、ここの先生方はどのような教えをしているかわからないが味方同士が戦うことなんてよくある。昨日の友は今日の敵ともいう。いざ戦うことは難しいが、外に出るとよくあることだよ」

「そうなのですか」と意外そうにしている彼に対して、私は微笑みながら、ゆっくり頷いた。

 そして、その気持ちを大事にしておくようにと伝えた、多分、その感情は今しか味わえないかもしれないから。

 私でも、何度か人を殺めている。裏切った腹心の部下だった者、家臣思いつくだけでも両手の指では数えきれない。私も何度も目の前の藤内君のように感情がぐちゃぐちゃになり、どう気持ちを落ち着ければいいかわからなかった。が、今となっては慣れてしまって、感情を乱すことはなくなった。慣れとは恐ろしいものだとはよく言う。

 藤内君も忍術学園を卒業し忍者を志すなら、この先同士を殺すことなど何度かあるだろう。きっと、何度も苦しんで道を選んでいくだろう。

 私は、そのことをわかっていながら、藤内君には告げずに「もう、大丈夫です」と言うまで、背中をさすり続けた。

「藤内君、少し落ち着いたみたいだね」
「はい! 少しですが、落ち着きました。こういうことを想定して、今後は予習に励んでいきたいと思います」

「予習」という言葉に困惑しながらも、

 「そう、抑えなくてもいいからね」

 藤内君の心意気の返しに合っているのかよくわからないまま、言葉を発しながら藤内君とは別れた。
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