2部 忍術学園での生活

 今日は、忍術学園はお休みだ。
 ほとんどの忍たまが自宅に帰っている。
 学園は静かだ。
 木が、風に揺れて静寂なひと時を告げている。

 今は特に仕事はないが、学園長先生に呼ばれている。はて、何の用事だろうか。

 学園長の執務室に足早に向かう。
 戸を開けると、忍び犬のヘムヘムが迎えてくれた。

「お疲れ様、紗季さん。今日はお休みだから、のんびりしたいところではあるじゃろうが、安藤先生から会計委員の忍たまと寝ていたという話が合ってのぉ。詳しく聞かせてほしいのじゃ」
 
 あぁ、あのときのことか。
 会計委員会の帳簿をつけて、そのままみんなで同じ部屋でねてしまったという出来事。
 忍たまを誑かしたと勘違いされたことがあった、その話だろう。
 紗季は決してやましいことはしていないと、学園長先生にお伝えした。

「申し訳ありません、気持ちよさそうに寝ているとどうも起こしにくかったので、私が見守っておけば、問題ないと思いそのまま寝かせました」

 考えが至らず、申し訳ないと謝る。そんな私の姿をみて大丈夫じゃと声をかけられる。

「なるほど、先生方も警戒しておるのじゃ、許してほしい」

「学園長先生は、私のことをどのように説明したのでしょうか」
「わしの依頼でそなたを呼んだと説明をしたが……そなたの正体がばれてはまずいのではと思ってな」

「ご配慮ありがとうございます」

 そう言って、紗季は依頼主に敬意を表す。

「それにしても、なぜわが家に依頼をされたのでしょう? 父は恩人だと申しておりましたが」

 紗季は知らなかった。なぜ忍術学園がわざわざ上杉家に助けを求めたのか。

「なんじゃ、聞かされていないのか。それなら、ちと話すとしよう。あれはまだわしが天才忍者と謳われていた頃じゃった――」

 長話になるだろうと、ヘムヘムが茶菓子を用意する。
 紗季はヘムヘムに「ありがとう」と伝え、大川平次渦正の話にじっと耳を傾けるのだった。

 
 学園長の説明に驚き、物思いに耽ふけりつつも、茶を啜りながら話を聞いていた。
 ししおどしの音がリズムよく聞こえたことで、心落ち着かせ聞くことができたと思う。

 学園長がかつて天才忍者として名を馳せていた頃、父上が忍び衆の指導を求めてきたことが明らかになった。当時、越後には忍術に精通した者が不足しており、学園長はその依頼を引き受けた経緯を細かく語ってくれた。

 学園長がその依頼を引き受けた背景には、当時の事情が窺える。

「当時の忍び衆は今も生きているのか」
 
 学園長の問いに戸惑い、私は黙りこくってしまった。
 ここ数十年で多くの忍びは戦やら、内乱や任務中に死んでしまった。
 しかし、大川殿の伝えた忍術は細々と現在にも伝わっていると答えると、学園長は「そうか」とため息交じりに言った。

「忍者も、ずいぶんと少なくなってしまったようじゃな」

 私は肯定の意味をこめて頷いた。

「……とまぁ、話は戻るが、その任務の御礼にと頂戴したのがこれじゃ」

  学園長が取り出した書状は、忍術学園と上杉家の同盟を結ぶ意思を示すものだった。隠遁の父上が用意したもので、学園長がこれを使い、上杉家に助けを求められたことがわかった。
 
 なぜ、大名である自分がわざわざ行くよう父上がおっしゃたのか、その理由が明らかになった。私を行かせたのはこの同盟に署名をさせるためだった。
 この書状がある以上、父上は相当学園長先生のことを信頼しているようだ。なら、父上の気持ちに応えるべきだろう。

「学園長先生、いえ失礼仕ります。大川平次渦正様、この書状をみせたということは、正式に同盟をのぞんでいるということで間違いございませんか」

 書状を学園長に返す。学園長は驚いたような様子を見せ、頷く。その頷きを私は肯定と受け取る。
 私もその覚悟に応えるべきだと、深々と頭を下げた。

「ご紹介遅れて申し訳ございません。吾が父、實原さねはらより家督を受け継ぎ、いまは越後の大名である上杉紗季で御座います。父の遣いとして此度の依頼に心身を傾け、義務を果たして参ります」

 正体を明かすのが遅くて、申し訳なかった。また、父上が何も話していなかったことに戸惑いつつも、予想外の展開に驚きながらも、私はこの同盟の意味を理解し、心を込めて応じる覚悟でいた。

「驚かせることとなり、誠に申し訳ございませんでした」

 学園長は初めて私を大名として認識したようで、戸惑いの表情を浮かべた。

「驚いたのぉ、まさか大名であったとはご無礼いたしました。ですが、この同盟のお話はこちらとしては、心強いものとなりましょう」

 学園長の言葉に感謝の念が湧き上がる。学園長からは憤りなどのネガティブな感情は伝わらない。このような無礼を働いても、許された学園長の懐の広さを実感する。

 その気持ち対するためにも、父上の信頼と、学園長先生が託す期待。それらを背負って、私はこの同盟の一端として力を尽くすべきだ。
 
「これからもお互いの協力が必要となりますが、大川殿の望みが叶うよう、つきまして忍術学園に平穏な日々が戻るよう我々は誠心誠意努めてまいります。どうぞよろしくお願いいたします」

 学園長は微笑みながら頷いた。

「心強いですな。では、同盟の詳細について、改めて話し合いを進めましょうぞ」

 学園長の進行で、具体的な取り決めや進行について話し合いが進められた。
 この話し合いにより、忍び衆である部下たちの出入りが自由となった。

 しかし、条件として私の素性を忍術学園の先生にお伝えするということだったが、私は快く了承した。
 忍術学園の先生方とは話したことがあまりないが、忍術学園で教師をしているが元は忍び。最低限の守秘義務は守ってくださると思う。

 早速、学園の近くに来ていた部下たちを学園長先生の庵に呼んだ。
 庵に呼ばれた十数人の部下は、室内には入らず学園長先生の前で謙虚な態度を表すかのように、立ち止まり、跪く。
 私は彼らに同盟の成立とその条件について説明した後、私の正体を明かすことを伝えた。

「知っている者もいると思うが、この方こそ、われら忍び衆の師でもある、大川平次渦正様だ。上杉家として、誠心誠意仕えるのだ」

 私の呼びかけに、反論はない。
 ほとんどの部下が集まったので、忍び衆の頭より偵察の報告を聞く。
 学園長先生の庵に集まった忍び衆たちは、静かな緊張感が漂っている中、頭領が報告を始めた。

「まず、現在の情報収集についてですが、最近学園周辺で不審な動きがあったとの情報を得ています。忍び衆がその動きを追及しておりますが、まだ詳細は把握できておりません」

「そうか。慎重に行動せよ。それともう一つ、忍術学園と上杉家につながりがあることはまだ外部には漏らしてはならん。これは絶対だ」

 
 私は、忍び衆に頭領に向かい目を細める。

 私たちのことは知られるべきではない。近辺の城主に大名だと知られてしまえば、命を狙われる恐れもある。そうなれば、上級生の捜索どころではなくなってしまう。

 それに、ここは朝廷や、幕府も近い。私がここにいて、何を言われるかはわからない。できるだけ面倒ごとは、避けていきたい。

「それと――」

 忍び衆の頭領の報告に私は称賛を送った。
 天女のいる場所を突き止めたという。今は、部下を忍び込ませているというが、天女の周りは厳重な警備がされており、これ以上は困難であるという。
 学園長もその報告を聞き、「よくやった」と褒め遣わす。

「また、学園の安全には引き続き気を配ってくれ。大川殿も含め、我らの同盟はこれからが本番だ」

 学園長の厳しい表情に、頭領も頷きながら再び謙虚な態度を示した。

「承知いたしました。学園の安全を確保し、天女の情報と忍たまの上級生方の情報の収集をいたします」

 頭領の返事に続いて、他の忍び衆も一斉に頭を下げた。
 部下たちの返事が終わると、学園長は再び私に視線を向けた。

「まず、学園内への出入りが自由となりましたので、逐一こちらで部下たちに報告をさせるか矢文を飛ばせましょう」

 学園長は微笑みながら、「承知しました。部下たちの報告は随時お待ちしております。そして、何かお話があれば遠慮なくおっしゃってください」と答えた。

 それならと、私は部下たちをどこへ滞在させればいいかを相談した。
 ここらにきて一週間ほど経つが、今は宿屋や野宿をしてもらっている。これから先もこの状態であれば部下たちに申し訳がない。

 しかし、さきほど忍び頭領の報告より、忍術学園付近で、不思議な動きがあると言っていた。

 曲者が忍術学園を偵察しているという状態で、部下たちの出入りが多くなれば、同盟を勘づく輩が現れるかもしれない。

 そうなれば、忍術学園にも迷惑となり、危険になる可能性もあるのだ。

 学園内での部下たちの滞在先については、慎重に検討する必要がある。

 学園長と、あれでもない、こうでもないと話をしていると、なにやら部下たちが騒ぎ出す。

 何事かと声をかけると、曲者が現れたという。騒ぎを聞いた私は、急いで部屋の外に出る。

 その男は、部下たちの警戒網をかわし私の前に跪いた。
 顔見知りだった、男の名はタソガレドキの忍び組頭の雑渡昆奈門だ。忍術学園に味方をしているが、腹の中が見えない奴だ。

「今のお話、お聞きしておりました。我ら、タソガレドキが力になれるかと存じます」

 この男、いまなんと? 聞いていた?
 どういうことかと、学園長の顔を見ると我関せずといった態度で目をそらした。グルだったわけか。

「そうか、他国の者に助けられるのは少々申し訳ないが、忍たまたちの味方なら信じよう。しかし、その方は組頭であろう。他国の者の処遇をそなたの一存で決められることではないだろう」

 雑渡昆奈門は再び頭を下げた。

「申し上げる通りでございますが、しかしながら、忍び軍に関しては私の管轄にございます。殿にお話をお伺いすることは可能でございますぞ」
 
 雑渡昆奈門の言うことが確かであれば、部下を受け入れてくれるのは願ったりかなったり叶ったりだ。
 安全が保障できれば特に多くは望まない。

 しかし、他の領地に身を寄せることは人質のように扱われ、こちらに要求してくることもあるかもしれない。そのあたりの対策はあちらの出方次第で立てればいいだろう。

 さっそく、行商人へ変装しタソガレドキの忍者の監視下のもと、タソガレドキ領内に向かうことが決まった。
 しかし、私の部下である女のくノ一が食い下がった。

「いいえ、姫様。それは相手への礼を欠くこととなります。正式な装束でお会いするべきです」

 というので、私はタソガレドキ領の建物の一室をお借りし、女のくノ一たちに手伝ってもらい紺色の打掛姿となる。髪は後ろで軽く結び、襟の中に簪を忍び込ませる。自己防衛ができるようにだ。
 くノ一たちも侍女という体ていで入城することになった。

 雑渡昆奈門が忍者に関しては管轄内と述べたが、慎重に行動することは変わらない。

 タソガレドキは戦好きだと聞いているが、さてどう話していくべきか。
 城に入ると、天井裏や床下、そこかしこから監視されているとわかる。
 どうにも着物が床に引っ張られる気がして、足取りが重い。
 
 城内では慎重に歩きながら、周囲の動きに敏感に耳を傾けた。
 くノ一たちも冷静な態度で振る舞い、私もなるべく心を落ち着かせながら進んでいく。
 やがて、私たちはタソガレドキ城城主の黄昏甚兵衛様と対面することになる。

 ここの城主と会うのは2回目だが、あの時の私は小袖だ。私のことがわかるだろうか。

 黄昏甚兵衛様の広間に入ると、彼は威厳ある様子で座しており、忍者たちもその周りに配置されていた。
 私もくノ一たちと共に、恐れ多くも一礼してから話を始めた。堂々とした態度で座り、品格を示すようにしていた。
 くノ一である侍女たちも、私の傍に控えながら、警戒を怠らない。
 お互い挨拶も早々に本題に入り始めた。先ずは私から前段を切り出すことにする。

「タソガレドキの組頭殿から我が部下の宿を用意してくださるとお伺いした。黄昏甚兵衛殿はいかがお考えか?」

「確かにわが領地で受け入れることはできますが、これでも戦準備の予定がありますぞ、ただでというわけにはまいりませぬな」

 黄昏甚兵衛様は鷹揚に答えられると、部下に筆を持ってこさせている。そこに何やら書き込みをしている。私も書状の確認をしていると、目が飛び出そうだった。

 中々の量の金子をふっかけられてしまった。だが、正直これくらいで部下の安全を守れるならと了承をしようとしたが、同盟の書状には部下の安全はどこにもないし、私の正体を言いふらす暴挙に出る可能性もある。

「……承知いたした。用意いたします。なれば、もう一つお約束いただきたいことがございます」

 どうにかこちらに有利な状況を作ろうと侍女に「あれを」と言えば、2枚の書状を黄昏甚平の前に差し出す。

「そこに書かれている通りでございますが、この同盟が終わるとき部下の安全が保障されているのと、私たちのことを秘匿していただけるのであれば、礼としてうちの金山でとれる一部を差し上げます」

「……なっ!?」

 さすがの、殿様も驚いている。ここらの地域はあまり鉱石類はとれないことは、忍び衆の報告よりわかっている。南蛮衣装を着ている様子から、貿易もしていることだろう。
 
 金・銀は貿易での貨幣の代わりにもなるし交易で儲けることも出来る。
 黄昏甚平にとっては、喉から欲しいものだろう。

 彼らに丁寧に頭を下げた。
 そして、返事を待つために顔を上げるが、 なぜか沈黙の時間が流れた。

 黄昏甚兵衛様は少し考えるといい、部屋から出ているように言われる。私は侍女と共に、部屋を退出した。

 しばらくして、話し合いの結果が報告された。
 結果は、私の部下をタソガレドキの忍び組頭である雑渡昆奈門様が預かることだった。つまり、こちらの条件が受け入れられたわけだ。
 これにより、我々は部下の安全を確保できた。

「黄昏甚平様、こちらの要件を受け入れていただきありがとうございます。
それでは、円満にこの同盟が維持されるよう、こちらに一筆お願いします。こちらは黄昏甚平様のお控えとなりますので、ご確認ください。
同じ様式の物を私が持っておりますので、裏切りはできかねますのでお気を付けくださいませ」

 黄昏甚平が墨で丁寧に署名をする様子を見届け、一安心する。部屋を出る時に一礼する。
 城の外に出ると、外では既に我が忍び隊が待機している。

「姫様、終わったのですね」
「ああ、忍者に理解のある方であった。全員ここにいるか?」
「はっ、姫様のご命令のままに……」

「よいか、しばらくの間タソガレドキの領で過ごすこととなる。国を離れることは不安だろうが、勝手な行動は許さん。だが、なにかあればすぐ報告するように、私が対応をする」

「はっ……承知いたしました」
 
「このあとは、タソガレドキ忍軍の山本陣内殿が館に案内してくれるそうだ、ではよろしく頼む」

 山本陣内は、部下たちを引き連れどこかに行ってしまう。
 一方私はというと、黄昏甚平に食事に誘われたので、ともに食事をとることになった。

**

広間に足を踏み入れると、他の家臣達が集まっているものと思っていたが、部屋にいらしたのは黄昏甚平、ただおひとり。一対一での会食なのだそうだ。

「昆奈門から聞きましたぞ、まさかあのとき城に来たくノ一が貴殿であったとは……」
「身分を明かすつもりはありませんでした。どうぞご容赦を」

 赤い盃に注がれた酒を紗季は優雅に口に運びながら、会話が始まる。
 しかし、痺れ薬が仕込まれている可能性も考慮し、慎重に一杯だけを頂戴する。

ピリッとした苦みもない。毒は入っていないだろう。
食事もあらかた終え、雑談がはじまる。

「貴殿の率いる忍び軍は素晴らしいもので、心より感嘆しております。是非、我が国の者にも学ばせていただきたく存じます」

「いいえ、遠慮なくおっしゃられて。今回は異なる国の忍び軍が協力する場です。お互いに学び合い、切磋琢磨していきましょう。では、もう一杯どうぞ」

 そう言って、近くにいた小姓が酒を注ぎに来る。

 また酒か、仕方ないと思い飲むと水となっていた。
 どうやら、あまり酒を飲んでいないのを見抜いていたらしい。どのような思惑があるかわからないが、ありがたく頂戴することにした。


「貴殿の忍び軍における技術や戦術は、我が国においてもまさに見習うべきものです。忍び衆に何かお手伝いができることがあれば、お気軽におっしゃってくださいませ」

「光栄ですな。貴殿のお言葉、心より嬉しく存じます。お力添えを賜れれば幸いです」

 時折、華やかな笑みを浮かべながらも、忍びの鋭い気配が部屋中から覗かせる。これはただの歓談ではなく、慎重に相手を窺いながらの戦略的な交流だ。

話が進むと、蝋燭が必要になるくらい部屋は暗くなってきた。

「いやはや、遅く引き留めてしまいましたなぁ。昆奈門はおるか」

 黄昏甚平が手を挙げると、障子の向こうから「ここに」と声が発せられる。紗季をお連れするよう命じ、紗季も会談の場を設けてくれたことに対し、感謝の言葉をいい裾を持ち上げながらゆっくりと立ち去る。

 戻る途中も数人の家臣たちとすれ違っており、各々目上の客人として、礼を尽くしていた。
 もう、城中に私が大名であることが伝わったのだろう。
 身分を隠した以前とは違い、彼らの目は私を恐れているかのように見えた。

**
 城門を出れば、紗季の忍び衆の一人が待っていた。

 忍び衆の頭だ。
 その男は、鷲尾わしおと申しますと雑渡昆奈門に挨拶をする。

「何かわかったのか」

 紗季が聞くと、鷲尾は一歩前に出て話し始める。

「忍び衆の部下たちに命じて調べさせたところ、天女さまの居住としている屋敷が見つかったのです。こちらは書状でございます」
「そうか、よくやった。引き続き偵察を続けるよう。のちほどタソガレドキの忍び装束を渡す手配になっている。我らが同盟を組んでいると知られれば、近隣諸国がどのような対応をしてくるのかわからぬ、時期も悪いからな。よろしいか、タソガレドキの組頭?」

 紗季は雑渡に向かって、顔を向けると雑渡は短く頷いた。

「はっ、皆にもそう伝えておきます」

 部下が去った後、紗季は書状を読み、顎に手を当てる。

 忍び衆や学園の生徒たちの協力がありながら助け出すことができず無念な気持ちになりつつも、彼女が無事でいるのならば安堵した。
 今はただ無事であることだけを祈ることしかできないようだ。だが、もし何かあればすぐに助けに行かなければ。

「何と書かれているのでしょうか?」

 雑渡昆奈門は読んでいる書状に顔を近づける。紗季はちらりと彼に目をやり、読むように促す。

「ふーん……なるほど」

 書状から目を離し雑渡は納得顔で頷く。紗季はそんな彼が何を考えているのか分からず訝しんでいた。

 紗季は改めて書面に目を通す。眉を寄せ、雑渡に尋ねる。

「何か分かったんですか?」

 彼女は真剣な面持ちで言葉を投げかけたが、当の雑渡昆奈門はニヤリとして紗季の顔を見た。その顔は面白いものを見つけたような、そうまるで前世で見た子供の悪戯顔にそっくりだった。そんな表情に驚いたもののすぐに嫌な予感がした彼女は思わず眉間に皺をよせてしまった。

「忍たま上級生の顔を覚えている者を偵察につけるのがよろしいかと、うちの忍び衆は顔を認識していないので、上級生が安全かどうかはわからぬ。そこで、そちらからも何人か偵察に出してほしい」

「準備ができ次第、手配いたしましょう」

 雑渡と偵察の結果と忍術学園での状況を伝える。
 下級生の忍たまが、天女の鈴蘭が上級生にお茶を飲ませていたということを言うと、「そうか」と一言いうと、城の陰に紛れてしまった。

 部下に見送られ、タソガレドキ領の森を抜けていく。

 馬を走らせ、ひとりで帰っているが、誰かに狙われるようなことはない。

 私の正体がまだパしていないおかげだろう。

 無事に忍術学園に着き、今日のことを報告しようと思ったが既に学園長は就寝しているらしい。明日報告することにした。
**


解説



Q.なぜ黄昏甚平が金が喉から欲しいのかについて

A.ここでの金は金子ではなく。鉱石の金をさしています。
 主人公の治める土地の越後・佐渡には、金脈があったと言われています。
 佐渡というのは、新潟県の日本海に位置する島ですね。
 日本地図見ていただければ、ここか!となるかと思います。
 この金脈を利用して紗季は言い方悪いですが、金儲けしているというわけです。


 金をうまく活用すれば軍資金ともなります。
 銀に至っては、南蛮貿易の輸入品の対価として銀を払っていたともあります。時に、銀が輸出品として ポルトガルやスペインにいきました。
 銅にも使い道はあります。この時代は自国で貨幣を作っていたんですよね。なので銅があればお金作り放題だと簡単に思ってください。
 
 これはあくまで、考察なのですが作中では、タソガレドキ城城主の黄昏甚平は戦好きで、南蛮衣装を着用していたり、鉄砲を使っていますよね。
戦好きということは、戦をするには多大な費用が必要です。足軽や兵糧を用意するのもお金が必要だからです。だからこそ、軍資金ともなる鉱石(金・銀・銅)が欲しいと思うんですよね。

 鉄砲の入手方法は、資料によっても少し違うのですが国内で作られていたり南蛮貿易で輸入するなどあったようですね。南蛮衣装に関しては、生産していたとは聞いたことがないので輸入で手に入れるしかないですね。そのために、銀が必要になります。

 また、タソガレドキ忍軍には諸泉尊奈門、山本陣内、高坂陣内左衛門が所属する狼隊では火器・火薬を使うとあります。この火薬を作るときに使用される硝石。
 忍たま乱太郎のアニメでは、『アラビアの雪』『インドの塩』とも言われ、何話か忘れてしまいましたが福富屋のしんべヱのお父さんが忍術学園に納品しているというお話がありました。アラビア、インド。また乾燥地帯、中国でもとれたそうですよ。

 この硝石というのは、日本国内で天然のものは手に入りませんでした。なので、外国から手に入れるしかなかったそうです。なので、ここでも銀やお金が必要になってくるんですよね。

 まぁ、こんな考察交じりでタソガレドキは多分ほしいと判断したわけです。

※間違っている情報もあるかと思いますので、鵜呑みにしないようご注意ください。

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