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本能


 ふと、考えることがある。
稀に沸き上がるそれは、とても唐突に内側から裏を返す。

まるで、蛹が孵化するように。

「もしも、この手で触れるだけで貴方が死ぬのなら……。」

それは究極の欲求。
それは究極の探究心。
否、本能か。


 俺は俺の中の獰猛な家畜の存在を知っている。
だが、その家畜が獣となりこの体を飛び出した時、それを檻の中に戻す為の術を俺は知らない。

……だから怖くなる。
だから逃げたくなる。
だから──殺したくなる。






 月明かりに照らされる白い髪。淡い呼吸を繰り返す厚い胸元。色白というには余りにも生気のない肌に手を滑らせて、何も言わずその首に手を掛ける。その首筋に注射針を突き付けて──

「あ。」

間抜けな声が漏れる。
注射器を握っていた手首掴まれ、強く引かれる。
引き寄せられるように隣に倒れ込む。
シーツに染み込んだ恋人の匂いが鼻を突く。

「間抜けな声だな、ハルアキ。目は冷めたかよ?」

……同じこと考えてましたね。

「たく、楽園エデンの林檎は反吐が出るほど嫌な匂いだったっていつも言ってんだろ?」

「それ、あんまり伝わらないと思いますけど。」

注射器をホルスターの中に仕舞いながら、ため息をつく。

 と、

……柔らかいソレが唇だと気づくのに、またしても数秒を要した。小さく口を開くようにして甘受すれば、するりと入り込む熱を持った舌。温かいソレは、唾液を絡めながら歯列をなぞり、俺の舌を弄ぶ。

悔しいぐらい何もかも1枚上手のペテン師に、悔しいながらも酔い痴れてしまいそうになるのが憎たらしい。だから……

「ッ……イッテ……。」

血の味を残してするりと抜けていく彼の舌。
痛みに歪む姿態を見つめて、薄く笑う。

「懲りねぇなぁ、お前。」

だが、満更でもない顔でアザゼルは笑う。

「貴方の死は俺が贈りますから。」

「んじゃあテメェのはどうすんだよ。」

「……考えたことありませんでした。」

苦笑すると軽く小突かれた。

「俺を殺したらテメェも死ね。」

飾りのないストレートな台詞。
取り繕うつもりもない、まるで呼吸するかのような口ぶり。

嗚呼、惚れ直すとは、こういうことか。

「久しぶりに緊縛したいんですけど。」

「調子のんな疲れんだよこっちは。死なすぞ。」

苦い顔でアザゼルが言うのは縄酔いの事だろう。

「はは、プレイ中に死にかけてるじゃないですか。」

「テメェの鼻血の量なんか知るか!んなことよりテメェの性癖ハード過ぎて死ぬわ!」

「すいません。すごい気持ち良さそうにするんで。歯止めが」

「誰がっッ!!」

耳まで真っ赤にして怒る姿は、いつ見ても可愛らしくて。
普段の傍若無人ぷりから想像もできないような様相が。

「口布の上からキスしますね。」

「あのハルアキくん、恋人の了承得ないでハードなプレイはほぼレ○プじゃんよ?ていうかまた性癖が口から滑り落ちてますけど???」

「うん、やっぱり亀甲縛りは外せませんよね!」

「うん外してほしかったなぁ!てか声聞こえてる?ねぇ!」

「じゃあ海老反「ああああビーフシチュー用の肉ワインに漬けてたの忘れてたなぁ!!?」

焦りを滲ませた顔で飛び起きる恋人を愛おしく思いながら、逃げようとする恋人の首を捕まえる。

「ね、締められたいでしょ?」

甘い声で囁やけば、うっとりと塗れる青い瞳。

「もう、好きにしろ……」
 
今日は俺の勝ち。

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