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日常


 優雅なジャズの掛る昼下がりのそこそこ高級なレストランで二人は珍しく外食をしていた。
アザゼルは変装のつもりか、もみ上げも一緒に後ろに結わえ輪郭と耳元を晒しており前髪の分け目も少しだけ変えている。更に軍服ではなく、襟元にファーの付いた黒のライダースにVネックの白いTシャツを着ている。その正面にはメルトンスタンドコートにニットカーディガンを着た綾瀬春明が座っていた。

 アザゼルはソフトクリームにチョコプレッシェルの刺さったパフェを突きながら、目の前でピザを口一杯に頬張りながら口からチーズを引いている恋人の姿を眺めていた。と、フォークにこれでもかというほどパスタを大巻きにして口の中に入れる。脇目も触れず食事を堪能している恋人を眺めてアザゼルはショートケーキにフォークを入れる。



 久しぶりに休暇が取れて何をしようと考えていたところにアザゼルが提案をしてきたのだ。普段要らない飯を作って出してくるくせに、「ランチでも行こう」なんて言われたのはちょっと意外だった。だが、春明には気掛かりな事があった。

「食べないんですか?」

食事に誘ってきた張本人のアザゼルが春明の顔を眺めるばかりで、先ほどから口にしているのはパフェやケーキといったデザートばかりで肝心の料理は何一つ頼んでいない。テーブルに並んでいるのはサラダもパスタもハンバーグも全て春明のモノばかりだ。

「うん?......そもそも俺らはそんなに食事必要ねぇしな」

言いながらアザゼルはティラミスを口に運ぶ。

「俺はお前が美味そうに飯食ってる姿が見たかったんだよ。それで腹いっぱい」

その言葉に昔意外と大食漢だったことを引かれて疎遠になった彼女がいたことを思い出す。どうも普段の俺の容姿から想像できない行動だったらしい。少しだけ救われた気分になるのは気を許し過ぎだろうか。

「嫌いなものとかねぇの」
「甘過ぎるデザート......ぐらいですかね。......あ、あと糠漬けとイナゴは無理です」
「......甘党だと思ってたけど違うんだな」

最後の二つはピンと来なかったみたいだがアザゼルは意外そうな声を出してプリンアラモードに手を付ける。

「まぁ、昔は結構そうだったんですけどね。彼女に合わせてるうちに限度が......」
「お前の嫌いはほぼ元カノのせいだな」

その言葉に手が止まる。......確かに、断るのが面倒くさかったといえ彼女に付き合ううちに苦手がダメになったり飽きが来たことが多い。元々あまり周りのモノに興味がないから、女の趣味に何度も付き合わされてただ嫌いになったものもある。

「あー別にお前が悪いとかじゃねーから。俺も結構そういうのあるし」

アンタの場合は殆どセックスのことでしょ。

「まあでもお前今27だろ?それは歳のせいなんじゃね」
「なっ!」

反射的に声を荒げたが確かにそうなのかもしれない。確かダメになったのも最近......二年前とか三年前とかだ......。

「アレ?もしかしてショック受けてんの」
「......この歳になると歳の話題は男でもNGですよ」

本当にデリカシー無いなこの男。......まあでも後出しで一方的に逆上してくる女よりはマシだ。何が良いも何が駄目も何が欲しいも何が要らないもストレートに言ってくれるから変に勘繰ることもない。......まあ、その分口喧嘩が増えるんだけど。それも良いストレス解消かも。

「......あの、あんまりジロジロ見られると恥ずかしいんですけど」

ふと視線を感じて動きを止めるといつの間にかデザートを平らげたアザゼルが頬杖をついてこちらを見つめていた。見慣れない青の瞳にじっと見つられては流石にどきりとしてしまう。

「ああ、いい食べっぷりだったからさァ......あのパスタ大盛りだったのに大巻きでどんどん食ってくからさ。ホント気持ちいいぐれぇだわ」

見てて飽きない。そんな顔だった。

「......お前見てたら腹減ったかも。なんか食おうかな」
「っぷは」

その言葉に思わず噴き出して笑うと目の前の男は怪訝な顔をする。

「すみませんっ、あれだけ甘いモノ食べておいて今から食べるって......おかしくて」

笑いながら言うとアザゼルは口元を綻ばせて微笑む。

「もーらい」
「あっちょっと!それ俺のですよぅ!!」

不意をついて伸ばされた腕が手を付けていないピザの一枚を掴み上げて憎たらしい口の中へと吸い込まれていく。

「うま」

口元で切れたチーズをぺろりと舐め上げて笑う男にもう一度微笑んだ。




「はー......ご馳走様でした」
「おう」

やがて全ての料理を完食して息をつく春明にアザゼルはにっこり笑う。ピザを何枚かつまみ食いしたが、それ以外殆ど何も食さずに目の前の男の食いっぷりを見ていただけだというのにアザゼルはとても満足そうだった。

「この後どうします?」
「んー、春明は何したい」
「......そうですね。水族館、行きたいです」
「お前好きだよなァ、アレ」
「はい。お腹空いてると食べたくなってしまうので。今なら純粋に楽しめる気がするんですよ」

「じゃ、決まりな」と、立ち上がり際にチーズの匂いのする口にキスをして会計に向かったのだった。








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