偽りの恋人
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*跡部side*
言い返す言葉がすぐに出てこなかったのは、こいつの性格を知っていたからだけじゃない。
去年の夏、氷帝を全国の頂点に連れていけなかったのは事実だ。
端からそう見られても可笑しくない。
『跡部さんのこと、そんな風に言わないで…っ』
りんのこんな顔を見たのは、初めてだ。
跡「……………」
『本当にごめんなさい!』
あれから龍間や祖父が出て来てその場を落ち着かせ、俺とりんは会場から離れ別室にいた。
部屋に入るなり土下座するりんは、先程の威勢が嘘のようだ。
『跡部さんの婚約者さんに、私、あ、あんなに失礼なことを言ってしまって、』
跡「…顔上げろ」
『跡部さんや、ご家族の方にもご迷惑をお掛けしてしまって…本当に、本当に…っ』
跡「いいから上げろ」
少し苛立ちの混ざった声にビクッと飛び跳ねたりんは、ゆっくりと顔を上げた。
やはり、その瞳には涙が溜まっている。
俺はソファーから腰を上げ、床に正座するりんと同じくらいの目線になるようしゃがみ込んだ。
跡「家のことは心配する必要ねぇよ。城賀崎家(婚約者)は元々家が大きくしたようなもんだからな」
『で、でもさっきは…っ』
跡「あいつとの婚約は新しい事業を始める為、付いてきたオマケみたいなものだ。実際家と手が切れて困るのは向こうだろ。
…まぁ、あの女は勘違いしてるみたいだが」
恐らく、あの人の思惑だろうが…
それを聞いたりんはほっとしたのか、力が抜けたように頭を垂れた。
跡「…努力家で、優しいんだっけ?」
『!そ、それは!///』
バッと再び顔を上げたりんの顔は赤くて、ニヤリと笑うとそんな俺を見て焦ったのか、視線を逸らされた。
自分では気付かなくて、思ってもみなかったことを、
こいつは…見ててくれた。
嬉しかった。
跡「…ありがとな」
りんは一瞬目を丸くしてから、小さく頷く。
すぐにふわっとした笑顔になり、いつもの表情に戻った。
跡「俺は会場戻るけど、お前はここにいろ」
『え、でも…』
跡「返事、」
『はぃ…!』
ビシッと敬礼するりんに笑いを堪えながら、俺は襟を直して会場に足を向けた。
跡「龍間、少しいいか?」
龍「おー?偶然、俺も景吾に話があった」
来場者を見送った後、俺と龍間は(恐らくこの会場で一番広い)バルコニーに来た。
景色から背を向けて手摺に寄り掛かる俺に、龍間も同じようにして立つ。
跡「さっきは助かったな」
龍「気にしなくていーよ。あのお嬢はちゃんと送り届けたから」
「顔真っ青だったけど」と笑顔で言うこいつは…さすが、事業を任せられることはある。
跡「パーティーまで開いたんだから、しっかりやれよ」
龍「わかってるよ。そうゆう景吾は?高校卒業したら家、継ぐんだろ」
跡「そのつもりだが…お前もいるしわからねぇよ」
龍「じいさんは景吾景吾ってすっかり期待してんのに?あの人失神しちゃうよ」
龍間は高校も行かず、跡部財閥の事業に力を注いでいる。
まぁ小等部から飛び級レベルだったらしいから、問題はないのだろう。
だが、イギリスから日本に来て、中学、高校と好きなことをして来た俺があの家を継ぐ。
龍間は親の言う通り育ってきた真面目で頭のキレるやつだ。
継ぐのが嫌な訳じゃねぇ、ただ……
龍「俺、お前が社長とか本当に嫌だなー…人使い荒そうだし」
跡「…………」
龍「でもさ、俺は別に悪くないよ、景吾の下で働くの」
龍間はいつの間にか体を反転していて、外の景色を見つめていた。
驚いたように目を見開く俺に、ははっと吹き出すように笑ってきやがるこいつは…ツボに入ったらしいな。
龍「あ、そういやあの子、越前さんだっけ?何かきゅう…とか鳴き声したけど大丈夫?」
跡「…疲れたんだろ。普段怒らねぇからな」
叫んだ後…ふと我に返ったように辺りを見渡し、俺にもたれ掛かるように倒れたりん。
いっぱいいっぱいになって言葉を並べてたから、色々限界だったのだろう。
それを思い出したのか、龍間は再び笑い出す。
ツボ浅すぎだろこいつ。
龍「あの子さ、お前のこと好きなんじゃないの」
跡「だろうな」
龍「うわー自信「好きだろうけど、」」
それが交わることはない。
ないんだよ。
龍「お前……」
龍間が何か言おうとした時、俺の後ろを見て表情を変えた。
それに合わせるように振り向けば視線が合わさる。
「龍間、お祖父様が探してたわよ」
龍「本当ですか?それじゃね、景吾」
母親の姿を見て一礼し去って行く龍間は、顔だけ振り返りながら言った。
飄々としてるあいつでも苦手な人物がいるのだと思うと、口元が緩みそうになる。
「城賀崎様とは手を切ったわ」
跡「なら…良かったですね」
ふっと笑う俺を母親は目を細めて見る。
「知っていたのね」と何処か残念そうに肩を落とした。
跡「あなたが外国から帰郷して来ること自体可笑しいと思っていました。
…婚約者との関係を問い詰めれば、俺がこういう手を使うと知っていた。
そうすればあの女は必ず激怒して、婚約解消のついでに家と切れるとわかっていた。
全て母様の思惑通り。
違いますか?」
そこまで言って、改めてこの人の性格を思い知らされた気がした。
自分に正直で、欲しい物の為なら決して手段を選ばない。
一見物腰柔らかに見えるそうだが…頭の中では並みの人間では想像も付かない程考えて、動いている人だ。
「さすが私の息子ね。頭の回転が早いわ」
跡「あなたには敵いませんよ」
「…最近、良く笑うわね」
急な話の転換、唐突に指摘され返す言葉に困った。
「テニス部や…あの子のお陰かしら?」
少しだけ微笑んだ母親は1歩近付き、そっと俺の襟を整えた。
「あんなにちゃんと、見ててくれる子もいるのね」
ふわっとした香りが鼻を掠める。
小さい頃に嗅いだことのある香りを、ずっと忘れていた。
跡「……はい」
顔を正面から見て、この人の前で、久しぶりに笑った。
部屋の戸を開ければ、りんの姿がなかった。
奥に足を進め、窓際の大きなソファーに寝ている姿を確認してほっと肩の力が抜ける。
跡「……ふ、」
下に置いた手で頬を強く押し付けているせいか、片方のバランスが可笑しい。
そんな変な顔なのにスー…と気持ち良さそうに寝息を立てて眠るりん。
笑いが込み上げてくるのを抑え、ずれ落ちそうなブランケットを肩までかけてやった。
『………む…ぅ…』
鳴き声のような声を出してりんはそのまま寝返りをうつ。
こっちを向く体勢になり、今まで押し付けていた頬が赤くなっていた。
俺はしゃがむように足を付いて腕を伸ばし、その頬に優しく触れた。
跡「……あいつといて、幸せか?」
何故こんな言葉が出てくるのだろう。
眠っているやつに聞いても無駄だ。
自分に呆れながら気付かれぬよう頬を撫でていると、
ふわり、りんは口元を緩めた。
可笑しいだろ
こんなに
跡「……痛ぇ」
痛いなんて。
痛いなら、やめればいい。
声も姿も、見えないところに行けばいい。
頭ではわかってるんだよ。
安心するこの無防備な寝顔も、
見てるこっちまで微笑んでしまうような、笑った顔も、
すべてがあいつのものでもいいから。
報われなくていいから。
それでも、構わないから。
跡「傍にいてくれ…」
呟いた声は、情けない程弱々しかった。
本当は、俺が傍にいたいだけなのに。