愛結び
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謙「…………」
紅「…………」
一面が窓ガラスで囲まれた、別荘内のカフェ。
そこで朝食を取りながら、紅葉と謙也は正面に座る人物を観察していた。
紅「……なぁ、謙也」
謙「………何や」
紅「暗い、よなぁ」
謙「うん、暗いな」
コソコソと声を押し殺して話すが、それすらにも気付かないほど、
白「……………」
機嫌が、悪かった。
白石は頬杖を付き、窓からの景色を見つめていた。
その端正な顔に深く眉皺を寄せて、負のオーラを放っている。
そんな姿も絵になるところは流石だが。
紅「ったく…まだ仲直りしてへんの?今日で合宿最後なんやで?」
白石はぴくっと反応した。
あれから、りんとはお互いに話し掛けず仕舞いだった。
何処かですれ違ってもりんは気まずそうにして目を逸らすし、マネージャーとしては普通に働いているが、2人の様子が可笑しいことくらい周りはとっくに気付いていた。
気に入らないことと言えば、もう1つ。
『あ、おはようございますっ』
財「…ん」
健「おはよう」
朝から笑顔の小石川と、眠そうに欠伸をする財前が入って来たことに気付き、りんは駆け寄っていった。
『あ、財前さん寝癖…』
黒髪からピョンと跳ねている毛を見て、くすくす笑うりん。
財前は眉を寄せて、りんの髪をくしゃっと乱した。
『な、何するんですか…!』
財「うっさい」
ムーと頬を膨らませるりんに、財前はふっと笑う。
ハタから見たら戯れ合っているようだ。
その光景を遠くから見つめ、白石はあの時のことを思い出した。
゙あんたから…奪ったる゙
彼から宣戦布告された時を。
白「…好きにし」
緊迫した雰囲気が、一瞬和らいだ。
予想外の言葉だったのか、少しだけ目を見開く財前。
白「…俺も、確かめたいんや」
試すような真似はしたくないけれど。
視線を下に落とし、白石は砂浜を見つめる。
財「……冗談っスわ」
顔を上げると、財前は小さく笑い始めた。
意味がわからないと言う顔をしている自分が面白いのだろう。
財「人の女に手ぇ出すほど、暇やないんで」
「からかってすいませんでした」といつもの無表情で言うと、財前は背中を向け去って行った。
白石は暫くその背中を呆然と見つめ、やがて口元を緩めた。
白「…強情な奴やな」
きっと…とっくに気持ちに気付いているはず。
穏やかな海に視線を移して、あの子の姿が浮かんだ。
最後に聞いた、泣きそうな声。
取り残された後…泣いたのだろうか?
それを思うと、いてもたってもいられない。
けれど、
りんに触れる男、すべてに嫉妬する。
誰かを自分だけのものにするなんて、絶対に出来ないのに。
白「俺、可笑しいやろ……」
このままじゃ、真っ白な彼女を汚してしまう。
あの無垢な笑顔を…自分の色で染めて。
前髪をたくし上げるように、顔を手の平で覆った。
紅「…つまりは、嫉妬してしゃーない訳か」
試合中、弾かれるボールを目で追いながら、紅葉は溜め息を吐いた。
同じようにチームメイトの試合を眺め、フェンスを背もたれにした白石はゆっくりと頷く。
白「あんなかわええのに無防備なんて…アカン」
ハァ~と長い溜め息を吐き、前髪をくしゃっと触る。
紅「(惚気かい…)」
確か、喧嘩をしていたはずだ。
紅葉は呆れたように白石を見つめた。
紅「りんちゃんがそうなのは、あんたのせいでもあるんやない?」
白「え?」
紅「蔵がいつまでも手ぇ出さんから…男を美化してるゆーか、安心しとるんとちゃう?」
白石は何かに気付いたように、前髪から手を離した。
自分だけじゃない。
兄は勿論、身近な男は皆…りんをとても大切にしている。
まるで宝石のように大事に育てられて来たから、あんなに…おっとりとした性格なのだろうか。
紅「それに…りんちゃんな、蔵のことウサギみたいなんやって」
白「……は、」
思わず聞き返してしまった。
男の自分を?と瞬きを繰り返す白石の横で、ククク…と笑いを堪える紅葉。
紅「ほんまあんたのこと美化しとるで。ウサギさん王子」
ニッと笑顔を向けると、紅葉は試合を終えた皆の元へドリンクを配りに行ってしまった。
謙「どないしたん白石?次お前の番やで」
白「…謙也、俺ってウサギなん?」
謙「は?」
尋ねるその姿は、ウサギの耳がしゅんと垂れているようだった。