妹愛
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日曜日、午後。
青学のテニスコートでは、ボールを弾く音がひっきりなしに響いていた。
海「おらぁ!一年もっと声出しやがれ!!」
左右に走らされる男子は、返事をするのが精一杯な様子。
新しいボールの入った籠を持ちながら、りんはその光景を呆然と見つめていた。
桃「海堂の奴、気合い入ってんなぁ」
『桃城先輩!』
頭を掻きながら隣に立つ桃城。
部長の海堂に比べ、副部長の彼はまだ優しく親しみやすいと、後輩からは人気があった。
桃「まぁ、こんだけ人数いたら仕方ねーか」
桃城はぐるっと周囲を見渡した。
部長の命令で素振りをさせられている一年生は、相当な数だった。
昨年の倍…とでも相応する人口密度である。
何故こんなに入部希望者が出たのか。
全国ナンバーワンの経歴は勿論のこと、他に理由を言うなら………
海「…次、コートに入れ!」
「はい…!」
散々走らされた一年生は、交代の合図と共にその場に崩れ落ちるように倒れた。
それを見かねたりんは慌てて駆け出す。
『だ、大丈夫!?』
「あ、はい……」
ゆっくり起き上がるその男子に、りんは用意していたタオルを差し出した。
『ナイスファイト。前回よりずっとボールに追い付いてるよ、すごいね!』
ふんわりとした、笑顔付きで。
一年生の男子はあっという間に顔を真っ赤に染め、その場に硬直してしまった。
ニコニコと話すりんをぼぅっと見つめている。
桃「(……落ちたな)」
その様子を見ていた桃城は、一人呆れたように息を吐いた。
彼もまた、りんファンの一人になるだろう。
マネージャーの存在を知らないで入部した者達は、休日の練習にだけ訪れるりんに驚愕していた。
それがまた越前リョーマの妹であると知れば、更に驚く。
最初は女子マネージャーに抵抗があった者も、今のように励まされたり微笑まれたりして……いつの間にか心を開くようになっていた。
テニス部の天使マネージャーと、噂が噂を呼び…着々と入部希望者を増やしていったのだった。
海「ちんたらしてんじゃねぇ!!」
さっきの一年生と同じように、容赦がない海堂。
彼にしてみれば、「恋愛なんかしてる暇ねーぞ」と言う意味も込められてるのかもしれない。
桃「(あそこにも不機嫌な奴がいたか…)」
三年生と試合をしてるにも関わらず、容赦なく必殺技をかますリョーマ。
試合を終えて歩き出した時、頭にタオルが投げられた。
桃「なーに苛ついてんだよ」
リョ「……別に」
ニッと笑う桃城を見てから、それを取り額の汗を拭く。
桃「ここ最近ずっとしかめっ面じゃねーか」
笑えと言うように頬を無理矢理上げさせられ、リョーマは「痛いっスよ」とその腕を慌てて振り解いた。
桃「よし!今日は俺が奢ってやるから、ハンバーガーでも食い行くかぁ」
リョ「いや、今日はちょっと、」
桃「何だ?デートかよ」
リョ「………」
からかって言ったつもりなのに、リョーマは言い返して来なかった。
だが桃城は気にすることもなく、
桃「(…心配することもなかったな)」
練習を終えた皆にタオルを配るりんと交互に見て、桃城は安心したように肩を落とした。
だがこの時、何故か全く嬉しそうじゃないリョーマに気付けなかった。
「「「お疲れさまでしたー!」」」
練習を終えた部員達に挨拶をしつつ、先に着替え終えたりんは部室の前で待っていた。
ガチャリとドアが開く。
桃「おーお待たせ!あ、これからデートなんだろ?お二人さん」
『デート?誰が…ですか?』
桃「へ?俺はてっきりりんとだと、」
二人の視線がリョーマに集まる。
それを受け、リョーマが口を開けようとした時、
「いたいた、越前くん!」
ぱたぱたという足音と共にやってきたのは…見るからに先輩だと察しがつく、女子生徒。
長い黒髪は緩く巻いていて、化粧もしてるのか…気の強そうな美人だった。
『(だ、誰…?)』
兄の知り合い?の女子の出現に、頭を混乱させるりん。
リョーマはそんなりんにゆっくり近付き、頭に手を置いた。
リョ「…今日、夕飯いらないから」
『え、う、うん…』
状況が理解出来ないまま頷く。
リョーマはその手を下ろして、女の先輩の元へ近付いていった。
その人は嬉しそうに笑いリョーマの腕を絡めたので、一同ギョッとする。
桃「…も、もしかして越前、デートって……」
まさかな…と半信半疑で尋ねるが、
リョ「…そうっスよ。付き合ってるんです」
思いの他あっさりとした返事に、再び衝撃が走る。
そのまま背を向け、二人は去って行ってしまった。
桃「……ゆ、夢か…?」
桃城は頬を引っ張ったり叩いたりしてみるが、痛みだけが虚しく残る。
『…………』
無言のまま、兄の背中を見続けるりん。
くらりと後ろに倒れそうになって…
桃「りん!大丈夫か!?」
咄嗟に桃城がキャッチし、りんは同時に気を失った。