一等星
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クリスが宿泊しているホテルに戻っていくと、りんとリョーマも病院に向かっていた。
冬の空は高く、日が暮れるのが早い。
月が徐々に顔を出していく光景を見上げながら、『楽しかったなぁ』とりんの口から思わず溢れていた。
リョ「そんなに?クリスの試合見ただけじゃん」
『すごく楽しかったよ?あと、マイクさんも可愛い人だったね』
リョ「…何処が。騒がしいだけでしょ」
楽しそうな兄の姿を見ることが、一番嬉しい。
それにリョーマがアメリカの寮に入っていた時のことも知れて、嬉しさが2倍になった。
全部伝えるのは恥ずかしい気がして、りんはぐっと我慢することにした。
『クリス、まだ日本にいてくれるみたいで嬉しいね』
リョ「………うん」
そこは素直に頷くリョーマに、ほんわかした気持ちになるりん。
マイクの話によれば、大会のスケジュールはかなりハードで、日本に着いてからもずっと練習詰めでろくに休憩時間も取れなかったらしい。
そんな中……クリスは監督の目を盗み、リョーマの見舞いに来てくれたのだった。
その事実をコソコソ話で聞かされた2人はというと、たとえ会う度に刺青が増えようとも、親友がとても愛らしいと思えた。
リョ「俺も……早くテニスがしたい」
リョーマの言葉に、りんは試合中の兄の表情を思い出す。
車椅子を押していた手をぎゅっと握り、『…うん。すぐ出来るようになるよ』とりんの瞳が切なく揺れた。
リョ「あ、そうだ。後ろの……りんにあげる」
『後ろの?』と車椅子に掛かっていた紙袋を手に取ると、リョーマはコクリと頷いた。
ずっと何かあるなぁとは気付いていたが、まさか自分へのプレゼントだったなんて…
りんは感動しながら中を開けると、そこに入っていたのはリース。
白く塗られた松ぼっくりや鈴やリボンがクリスマスらしく、『か、可愛い…っ』と一瞬にしてりんのツボに刺さった。
『お兄ちゃん!これ、もしかして作ったの…?』
リョ「…うん。なんか病院内で教室みたいなのやってて、暇だから参加した」
『(お兄ちゃんが…私の為に……)』
小さい子達に紛れながらリョーマが一生懸命に使っている姿を想像すると、だーっと瞳から涙が溢れ出る。
『う、嬉しい…ありがとう』とうっうっと泣くりんに気付いて、リョーマはくるっと車椅子の向きを変えた。
リョ「……泣き過ぎ。それに、俺の方が貰ってるんだけど」
りんがくれたブランケットは勿論、『メリークリスマス&ハッピーバースデーお兄ちゃんっ』と今朝も手編みのニット帽を貰っていたのだ。
今、妹のプレゼントを全て見に纏っている自分も相当どうかしている…と、リョーマは嬉し涙を流すりんを見つめた。
すっと腕を伸ばして涙を拭ってやると、ふわりと照れたような笑顔が返ってくる。
『お兄ちゃん帽子似合って良かったぁ。それね、白石さんとお揃いなんだよ』
リョ「うん………………………えっ?」
驚きのあまり、リョーマの白いニット帽がずれ落ちそうになる。
りんは可愛らしく微笑みながら、『今日届いてると思うけど…』と大阪にいる彼の姿を思い浮かべているようだった。
「…まさか同じ色じゃないよね?」と恐る恐る尋ねるリョーマに、『?うんっ白石さんは緑色だよ』と笑顔で返すりん。
リョ「(……何だ、心配して損した)」
事故にあって以降、りんが毎日自分に尽くしまくっているので(←内心嬉しい)白石との時間が減ってしまったのでは…?と頭の片隅で思っていた。
すっかり恋する乙女の顔になった妹を見れば、そんな心配は無用だったようだ。
ーー日が沈んでいくと、空には一際眩しい星が輝く。
リョーマはりんの背後ですぐにその星を見付けると、2つの輝きを重ねるように瞳を細めた。
『?お兄ちゃん、何で笑ってるの?』
リョ「…何でもない。早く帰るよ、白石さんに電話したいでしょ?」
『!?ふぇ?///』
からかうように口元を緩めてから、リョーマはさっさと1人で行ってしまう。
りんはぷるぷるとりんごのように真っ赤に染まった顔を震わせ、『待って、お兄ちゃん…!』と慌てて後を追い掛けた。
***
大阪の住宅街にある、お好み焼き"カエデ"。
店を貸切にした為に散々騒いでいたテニス部一同は、ぞろぞろと帰り支度を始めていた。
白「……あ、やっぱり金ちゃん寝てもうたわ」
白石はコートを羽織りながら、むにゃむにゃと口を動かして机に伏せている金太郎に気付く。
先程までケーキを頬張っていたというのに、まだ食べ足りないらしい。
「んん…ケーキ……」と寝言を呟く金太郎にふっと笑みを溢し、「ほら、行くで?」と身体を揺さぶった。
謙「あー多分金ちゃん起きないやろ。誰かおぶって行かな」
白「千歳は?」
小「千歳きゅんならさっき帰ったでぇ」
財「ああ、妹さんが遊びに来とるんでしたっけ?」
大柄な千歳がいないとなると……と、皆の視線は一斉に1人の人物に注がれる。
銀「…金太郎はんは、わしが送っていく」
小「いやーん!銀さんうちも送って欲しいわ〜」
ユ「な…!?小春は俺が責任持って送ってくで!」
「「「送り狼に気を付けてな〜」」」とふさげた口調で、銀におぶられた金太郎を送り出す白石達。
身体は大きくなっても中身は子供そのままの後輩に、皆は何処か安心していた。
小「あら?蔵リン、来た時も思ったけど、その帽子似合うやないの」
カーキ色に近い緑色のニット帽を被る白石は、カジュアルな格好も着こなしていた。
「あ、これ?」と帽子に触れた白石の顔が、ふんわりと嬉しそうな色に染まる。
白「今朝なぁ、りんちゃんから送られてきてん。手編みなんやで?ええやろー」
謙「手編み!?見えへん、すご!」
財「………さっむ」
幸せオーラ全開の男に対しての嫌味なのか、単純に冷え性だからか。
殆んどマフラーで顔を覆った財前は、ぶるりと身体を震わせながら「じゃ、お疲れ様です」と飄々と去っていく。
プレゼント交換で当たった大きなぬいぐるみを抱えて帰る姿に、「ぷぷ」と笑いを堪える皆。
財前がバッと振り返るとサッと一斉に顔を逸らし、「待ってぇうちが送るわ〜」と小春とユウジをお供に連れ帰っていった。
謙「じゃ、俺らもぼちぼち帰ろか?」
白「うん、あ…ちょお待って」
りんから携帯にメッセージが入っていることに気付いて、ぽちぽちと返信する。
すっかり彼女のことで頭を埋め尽くす白石を見て、謙也はふぅ、と肩を落とした。
謙「俺はもうちょい店の片付け手伝ってくわ。白石、先帰っててくれ」
白「え?」
ニッと笑う謙也に目を丸くしていた白石は、すぐに彼の気遣いだと察する。
「出戻ってくんなや」と紅葉の嫌そうな声を聞きながら、白石は「ふはっ」と吹き出してしまう。
謙也に感謝しつつ、ゆっくりと河原沿いの道を歩いて帰ることにした。
はぁ〜と呼吸する息は白く、冬の空へと消えていく。
白石はコートに突っ込んでいた手を取り出し、想い人へと電話を掛けた。
何コールか鳴ると、《はい!もしもし》と高くて優しい声が聞こえ、白石の口元は緩んでいく。
白「もしもし、白石蔵ノ介言いますけど、りんさんはおりますか?」
《え?あの、私がりんです》
白「え、今朝から何度掛けても電話が繋がらんくて、メッセージも返ってこんかった…あのりんさんですか?」
《…………!!》
意地悪く言ってしまうと、《うう…》と電話の向こうで涙目になっていることがわかった。
《はい……そのりんです……》
白「あ、そのりんちゃんやったんや」
《あのっ本当にごめんなさい、連絡出来なくて》
《白石さん、怒ってますよね…?》と電話越しの声が微かに震えている。
白石はふっと肩の力を抜くと、歩みを止めて河原に座ることにした。
白「冗談や。ごめんな…怒ってへんよ」
本当に腹は立てていない。ただ、クリスマスイブの日は白石にとって大好きな人の誕生日だから。
誰よりも早く、お祝いしたかったのだ。
白「怒ってへん………ただ、寂しかった」
呟いた声は自分でも驚くほど弱々しく、我ながら女々しいなぁと呆れる。
薄らと見えていた月が鮮明に浮かび上がっていく光景を眺めていると、《わ、私も…》と控え目な声が耳をくすぐった。
《白石さんに……抱き締めて欲しい》
「……ん?」と驚いて聞き返してしまうと、《あ、違くて…っ》とあわあわと戸惑う声が続いた。
《違くないけど、白石さんに会いたいって言おうとして…///》
白「(今すぐ抱き締めたい……!!)」
くうう…と苦しくなり、白石は心臓辺りを握り締めていた。
白「っあんなぁ、俺かてどんなに……」
《………?》
どんなにりんに会いたい、触りたいと毎日思っているか。
ずるすぎる。と顔が熱っていくのを感じながら、白石は帽子を深く被り直していた。
青春の1ページのように叫び出したい気持ちを抑え、「…プレゼントありがとう」と何とか言葉を絞り出す。
《いえっ無事に届いて良かったです》
白「ほんまに嬉しい。マフラーと一緒に毎日付けるな」
《えっ》
《マフラーも、付けてくれてるんですね》と嬉しそうに返すりんは、白石がどんなに大切にしているか知らないのだろう。
りんから貰ったものは勿論、言葉や仕草も……全部覚えている。
白石を冷たい風が包むと、高揚した身体の熱を覚ましてくれた。
白「最近は、越前くんの具合どう?」
『実は今日、外出許可貰えて…一緒にクリスの試合見に行ったんです』
白「そや、クリスくん来てるんやったな。どやった?」
リョーマの見舞いに行った時の話や、幼馴染の試合の話に耳を傾ける。
りんの楽しそうに弾む声を聞いて、胸の奥のかさぶたが剥がれていくような気がした。
白「(…………アカン)」
泥のように溜まっていくものが溢れてしまわないように、ぐっと無理やり蓋をする。
この河原にいると、りんと初めて想いが通じ合った日を思い出す。
優しい温もりに顔を埋めながら、「……りんちゃん」と声に出していた。
すぐに応えてくれるだけで、心臓の音がトクンと音を立てる。
白「15歳の誕生日おめでとう。生まれて来てくれて、俺と出会ってくれてありがとう」
「大好きやで」と伝えると、電話越しなのに相手の鼓動が聞こえるような気がした。
《え、えとっ》と慌てる声を聞いて、きっと今頃顔を真っ赤に染めてるんだろうなと笑みが溢れる。
《ありがとうございます。私も、あ……》
白「うん?」
もごもごと恥ずかしそうにするのを楽しそうに待っていると、《I……Love You》と甘い囁きが聞こえて。
「えっ」ともう一度確かめたくとも、ツーツーと電話が切れた音だけが耳に届いた。
それは、この場所でりんが告白してくれた時にくれた……チョコレートのメッセージだ。
りんも自分と同じように覚えていることが、こんなにも嬉しい。
白「(………こんなに、好きやのに、)」
押さえ込んでいた泥が、溢れ出す。
どんなにりんを好きでも、お互い想い合っていると感じていても。
リョーマとりんの絆には、永遠に敵わないのだろうか。
どんなに空気が汚れていても、月の光に邪魔されても、すぐに見付けられる……りんの一等星になりたいのに。
ーお兄ちゃん、お兄ちゃん…っ
病室で子供のように泣きじゃくっていたりんは、この世に兄しか存在しないかのように見えた。
あの時、本当は。白石はリョーマの無事を祈りながら、彼女の心を埋め尽くす存在が自分であればいいと………願っていた。
白「遠いなぁ……」
夜空に浮かぶ珠に届くように、手をかざしてみる。
2人で旅行した時に眺めたものより……欠けて見えることが悲しかった。