一等星
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開腹手術をしてから意識を取り戻したリョーマは、すぐに検査することになった。
右腕と左足を骨折していたが、奇跡的にその他の部分はかすり傷で済んでいて。
大学から駆け付けた菜々子も加わり、全員でリョーマの目覚めを喜んだ……
『白石さん…っ』
待合室の長椅子に座っていた白石は、その声に顔を上げた。
はぁはぁと走ってきた息を整えながら、りんが温かいお茶のペットボトルを差し出している。
「あなた、病院は走らないでね!」
『!ご、ごめんなさい…っ!』
白「……ぷ、ははっ」
その懸命さと看護師に注意される様子に、思わず笑ってしまう。
恥ずかしさからカーと顔を赤くさせながら、りんはその隣に腰掛けた。
『あの、これ良かったら』
白「貰ってええの?」
コクコク頷くりんから、「ありがとう」と快く受け取った。
りんは白石を見つめながら、『…白石さん、本当にごめんなさい』と謝る。
『旅行のこと……家族に言ってなくて。それに、最後まで一緒に回れなかった』
光が戻った丸い瞳を、白石は静かに見つめ返した。
白「気にせんでええよ。言ってへんってことは…ちょっとびっくりしたけどな」
「ほんまに越前くんが無事で良かった」と小さな頭を撫でると、りんはきゅっと唇を結ぶ。
また泣いてしまうのかと思って顔を覗き込めば、『ありがとうございます…』と頬を緩めたので、白石はほっと安堵した。
倫「りん、」
『っお母さん』
タイミングを見計らったように声を掛けてきた倫子に、2人は揃って顔を向けた。
慌てて立ち上がる白石に、倫子は微笑んで会釈し返す。
『お兄ちゃんは?検査終わったのっ?』
倫「うん、大丈夫。でも1ヶ月入院することになったから、お父さんが家に帰って荷物まとめてくれるって」
母の話を真剣に聞いていたりんは、「りん、お兄ちゃんについててくれる?」と言われると同時に、大きく頷いた。
『あの、白石さ「うん、わかっとる」
すぐに申し訳なさそうに振り返ったりんに、白石は柔らかく微笑む。
白「…越前くん心細いやろうし、はよ行ってあげな」
その言葉に背中を押されたりんは、『また連絡します』とペコリと頭を下げた。
去って行く背中を見送っていた白石に、「ありがとう、りんと一緒に来てくれて」と倫子が声を掛けた。
白「いえ、あの…っ俺、謝らなアカンことがあって」
言いたいことを察したのか、倫子はふっと目を伏せる。
「少し話さない?」と長椅子に誘われると、白石は合わせるように座った。
白「……さっきまで、りんちゃんと一緒におりました」
病室で見たリョーマの姿……自分に掴み掛かろうとした南次郎を思い出すと、胸が苦しくなる。
「心配掛けてしまって、すみませんでした」と、白石は深く頭を下げた。
倫子はそんな彼を見据えながら、「…顔上げて、蔵ノ介くん」と呟く。
倫「私ね、少し嬉しかったの」
白「…え?」
予想もしなかった返答に困惑していると、倫子は静かに言葉を繋げた。
倫「りんは、小さい頃すごく甘えたでね。今でもお兄ちゃんっこは変わらないけど、私やお父さんにもべったりだった…」
白石はその話を聞きながら、双子の兄を失ったと思い、絶望していたりんの姿を思い出す。
きっと、あの時の彼女には誰の声も届かなかった。リョーマにしか……救えなかった。
ズキンと心が傷付いたのがわかって、白石はりんから貰ったお茶で喉を潤した。
倫「仕事の都合で日本に戻ることになったんだけど……私がね、アメリカでお友達と色々あって、悲しんでるりんを見ていられなかったのよ」
「それから、りんは自分の気持ちを我慢するようになった気がする」と、眉を下げながら語る倫子。
白「………………」
どんな時も自分のこと以上に人のことを考えて、泣いたり、喜んだり。
優しくて、純粋で、儚げで……強くいようと懸命で。
『白石さんっ』と花が咲いたような笑顔を見せるりんの顔が、白石の頭の中に浮かんでいた。
倫「…だからかな。あの子が嘘を付いてまで蔵ノ介くんと一緒にいたいって思ったことに、安心したの」
「親なのに変でしょ?」と眉を下げながら微笑む倫子に、白石は咄嗟に首を横に振っていた。
白「……俺も、もっと頼って欲しいって思ってます」
りんにたくさん甘えて欲しい。
早く大人になって、りんを自分1人で守れるようになりたい。
そう本音を吐き出してしまってから、ハッと気付く。
りんと良く似た目を嬉しそうに緩ませる倫子に、カァアと白石の顔は赤く染まっていった。
倫「りんのこと、これからも宜しくね」
白「はい………」
間接的にりんに告白したような気持ちになって、白石は赤い顔を隠すように頷いた。
***
『……う、ひっく、お兄ちゃんがこっち見てくれる………』
リョ「…………」
『うう……お兄ちゃんが、動いてる……』
リョ「…ねぇ、それいつまでやるつもり?」
素っ気なく返したつもりだったのに、『!お兄ちゃんだあ』とぶわっと涙を流すりんに、リョーマはハァと溜め息を吐くしかなかった。
りんが部屋に戻ってきてから、このやり取りを何回繰り返しているのだろう。
ちーんと鼻水をかんでは滝のように涙を流す妹の姿を見ていたら、車に轢かれた衝撃なんて忘れてしまいそうだった。
『お兄ちゃんと、もう…会えないんじゃないかって……会えなかったらどうしよって……怖かった……っ』
目と鼻を真っ赤に染めるりんを見て、ふっと肩の力が抜けていく。
リョ「(……同じじゃん)」
深い夢の中で見たりんと、今目の前にいるりんは全く同じ泣き方をしていて。
呆れながらも少し嬉しいと思ってしまう自分に気付いて、リョーマはふいっと顔を背けた。
『お、お兄ちゃん…?』
リョ「……笑って、欲しいのに」
ガーンとショックを受けていたりんは、その言葉に『え?』と目を丸くした。
声に出してしまったことに驚きつつ、「っだから…」とリョーマは言葉を探す。
リョ「もう泣くな。大丈夫だから」
またあの笑顔に会いたい。
そう強く想って……深い暗闇の底から、一筋の光を掴もうとしたのだ。
なのにずっと泣かれていたら困ると、リョーマは願うようにその小さな手を握った。
『…………っ』
りんはゆっくりと、繋がった掌の先をたどる。
涙の膜で滲まないように反対の手で瞼を擦ってから、リョーマの顔をしっかりと見つめた。
『うん……うん。もう、泣くのやめる』
『お兄ちゃん、おかえりなさいっ』と、花が咲いたような笑顔に戻るりん。
リョ「…うん。ただいま」
焦がれたものを見れたリョーマもまた、満足気に目を細めて微笑んだのだった。