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『お兄ちゃんお兄ちゃんっこれりんが作ったんだよ』
テレビゲームに夢中になっていた時、りんが上機嫌で部屋に入ってきた。
リョーマはテレビ画面から目を逸らして見てやると、その掌の中にはコロンとしたビーズの指輪がある。
リョ「……いいんじゃない?」
『えへへっ』
リョーマとりんが通うアメリカの小学校では、女の子達がビーズを使ってアクセサリーを作ることが流行っていた。
どうやら専用のキットがあるらしく、りんも先日、南次郎に買って貰ったばかりだ。
素っ気ないリョーマの言葉を聞いたりんの目は、途端にぱああと輝いていった。
『あのね、お兄ちゃんに付けて欲しくって』
リョ「え?」
リョーマが驚いたのは、このビーズの指輪には"意味"があることを知っていたから。
女の子がビーズで作った指輪を好きな男の子に見せて、それを指にはめて貰う。
どうやら良いものを作るというより、この最終的なイベントが大切らしく……
今日も指輪を握り締めた女子達が、クリスを遠巻きに見つめている光景を見たばかりだ。
リョーマが思い出している間に、『はいっ』とりんが自分の指を差し出していた。
『どうぞ、好きな指にっ』
リョ「……他の指ないじゃん」
器用に他の指を隠し、左手の薬指だけを差し出すりんにツッコまずにはいられなかった。
リョ「りん、意味わかってんの?」
『意味って?一番好きな人に付けて貰うって聞いたよ?』
リョ「……………」
いつだったか。お互いがもっと小さい頃、りんから『にいちゃのお嫁さんになりたい』と言われたことがあった。
小学生に上がったら流石に言わなくなったが、本気で言っているのか、単純に深く考えていないだけなのかわからない。
リョーマは溜め息を吐きながら、まだかまだかと待つ妹の手首を優しく掴む。
咄嗟に左手は良くないと判断し、右手の薬指にそれをはめた。
『?何で右なの?』
リョ「っ別に……こういうのは、本当は大人になってからするものだし、」
『!そ、そうなの?』
りんは首を傾げながらも、『確かにお母さんもお父さんも綺麗なのしてた…』とうんうんと納得している。
きっとりんは、大人になって"誰か"からちゃんとした指輪を貰うのだろう。
その姿を想像しそうになり、リョーマはぱっと手を離した。
『ありがとう。お兄ちゃん大好き!』
いつもは「はいはい」「もう知ってるから」と短く返すだけだが、満面の笑顔を向けるりんに言葉が出てこなかった。
りんが自分に向ける感情は全て好意的で、真っ直ぐで……酷く眩しい。
指輪をはめただけで喜ぶりんを、リョーマは何処か目を細めて見つめていた。
ふと、自分が深い海の底に沈んでいくのがわかった。
不思議と苦しくはなく、ゆっくりゆっくり……ただ静かに落ちていった。
目の前から、友人が、先輩達が、家族が。
テニスが消えていく。
最後にりんが残り、こっちを見ている気がするが表情がわからなかった。
もし……自分がここで死んだら、りんはどうなるのだろう。
リョ「(………きっと、泣くんだろうな)」
ひっくひっくと喉を詰まらせ、痛そうなくらい鼻と目を真っ赤に染めて、助けを求めるような声で。
りんの悲しむ顔は見たくないが、きっと白石が傍にいてくれる。
それでも、
リョ「(それでも……もう一度見たかった)」
『お兄ちゃん』と呼ぶ声を、あの笑顔を、温もりを、近くで感じていたかった。
何処にも力は残っていない筈なのに、リョーマは地上に向かって真っ直ぐに手を伸ばした。
***
白「りんちゃん」
山を下るバスの中。
外の景色も見ずに、ただ自分の手元を見つめるりんに声を掛けるのは緊張した。
『あ…ごめんなさい……何ですか?』
白「いや…新幹線の時間変えるやろ?心配やし、俺も一緒に東京行くから」
白石はそう言いながら、りんのくりっとした目元が赤く腫れていることに気付く。
今日は箱根の街を観光して帰る予定だったが、急遽、2人は朝一のバスで帰ることにしたのだ。
白「(…朝も全然食べてへんかったな)」
ーお兄ちゃんが、事故にあったって
昨夜。そう呟いた顔は蒼白で、白石はぽつり、ぽつりと静かに話すりんの言葉を呆然と聞いていた。
白「え?事故って……嘘やろ?」
『…緊急手術して、まだ意識が戻らないみたいで、』
まるで色を失ったかのように、すっとりんの瞳が小さくなっていく。
咄嗟に震える小さな体を抱き締めた白石は、『お兄ちゃん…』と呟く声を聞いて、ズキンと胸が痛むのを感じた。
白「(越前くんがこんな時に……俺ほんまに可笑しいやろ…)」
頭ではわかっていても、心は悲しいくらい正直だ。
白石は奥底のドロドロとしたものがこれ以上溢れてこないように、ぐっと唇を噛み締めていた。
『…あの、白石さん』
白「っえ?」
今度はりんがこちらを見つめていることに気付き、はっと我に返る。
見てるだけで辛くなる目を合わせながら、「どないしたん?」と尋ねた。
『私、1人で大丈夫ですよ』
白「………っ」
力なく微笑む顔を見て、咄嗟にりんの手を握っていた。
白「…………俺が、心配やから」
不安で堪らないと震える小さな手が、消えていかないように。
白石がぎゅっと強く力を入れると、冷たい掌に体温が戻っていく気がした。
白「大丈夫。きっと大丈夫やからな」
彼女の為に投げ掛けた言葉は、自分に向けたもののようだった。
***
昼頃に東京に着いた2人は、タクシーで病院に向かった。
受付で名前を言い、りんはドクンドクンと大きく鼓動を鳴らしながら病室までの道を歩く。
『……………』
昨夜から、「りん」と何度も兄が自分を呼んでいるような気がしていた。
その度に恐ろしい不安が頭を埋め尽くして、足元が見えなくなって。
『(………怖い、)』
会いたい筈なのに、同じくらいに会うのが怖い。
病室にたどり着くと、りんは震える手でドアノブに触れる。
ガラッと開けた時、真っ先に視界に入ってきたのは…………ベッドに横たわるリョーマの姿だった。
『…………………っ』
動かしている足が、進んでいるのか下がっているのかさえわからない。
酸素マスクをして、痛々しく包帯で巻かれた箇所を見た瞬間、りんの瞳から涙が溢れた。
『…………お兄ちゃん、』
名前を呼ぶと、抑えていた感情が一気にボロボロと溢れ出てくる。
目を閉じる兄の表情が人形のように静かで、それが怖くて堪らなかった。
『や…やだよ、嫌だよ…』
白「っりんちゃん、」
『起きて、お兄ちゃん』
『お兄ちゃん、お兄ちゃん…っ』と何度呼んでも、その口元は動かない。
やがて立っている力がなくなったりんは、崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。
兄に届けたいのに喉から出る声はどれも掠れていて、ちゃんと言葉になっているのかさえわからなくて。
『(神様、お願いです……)』
"お兄ちゃんを連れていかないで"
"大好きなお兄ちゃんをさらっていかないで"
だんだん呼吸が浅くなり、息をするのも苦しくなってきた時……「りん」と力強い声が聞こえた。
気付いたら南次郎が目の前にしゃがんでいて、りんの肩をしっかり押さえている。
南「リョーマはりんを置いていかねぇよ」
『……っどうして……』
南「そんなの、可愛い妹を放っておけないからに決まってんだろ?」
そう言い切る父の瞳も濡れているのがわかって、りんは『ごめんなさい』と呟いていた。
『ごめんなさい、お父さん……嘘ついて、出掛けて……だからお兄ちゃんが……っ!』
"白石さんともっと一緒にいたい"
そんな欲が出たから、きっと天罰が降ったのだ。
それは自分ではなく…かけがえのない双子の兄を奪うことなのだ。
南「………白石くん?どうして……」
りんの言葉を受けて、南次郎は白石がここにいる理由に気付いてしまった。
南「ーーー!!」
勢い良く伸ばした拳を、「あなた、」と止めたのは倫子の声だった。
倫「……それは違うわよ、りん」
「違うわよ」と自らもしゃがんで、りんの身体をふわっと抱き締めた。
漸く温もりを感じ取ることが出来たりんは、小さな子供のように声を上げ、只々泣き続ける。
南次郎はそんな2人を守るように抱き締めると、ふっとリョーマの気配を感じて面を上げた。
南「っ!リョーマ!!」
倫「リョーマ……!気付いたの!?」
リョ「………………っ」
痛みに顔を歪ませながら目を覚ましたリョーマは……りんの頭に手を伸ばそうとしていた。
『…………お、にいちゃん………?』
ふらりと立ち上がって見ると、その口元が「泣きすぎ……」とゆっくり動く。
『………おにいちゃん………起きた、の……?』
リョ「………起きるだろ、こんなにうるさかったら」
『ほんとに…ほんと……?ほんとなの?お兄ちゃん………っ』
うわあああと今度は嬉しくて声を上げて泣くりんに、目を丸くするリョーマ。
リョ「…………バカりん」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった妹の顔を愛おしそうに見つめ、安心したように目を瞑った。