月夜
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ーーーりんが出掛けてから、家ではリョーマが遅めの朝食を取っていた。
リョ「(…絶対今日、母さんが作ったな)」
いつも和食中心である為、洋食好きの母が作った時はすぐにわかってしまう。
リョーマはもくもくと食パンをかじっていると、「ほあら〜」とカルピンが脚に擦り寄ってきた。
リョ「カルピン、食べてるからちょっと待ってな」
「ほあら〜」と返事するように鳴くカルピンに、つい顔が緩む。
菜「あら、リョーマさん。今日は部活行かないの?」
リョ「うん。もう3年は引退したし。でも桃先輩とストリートテニスしに行く」
テニス部で部長を務めていたリョーマは、先日引退したばかりだ。
新たに部長となった博生は、涙を堪えながらも「任せて下さい」と頷いてくれた。
明るく周囲を引っ張ることの出来る博生を部長に、落ち着いて周囲を見れる葉末を副部長に。
兄の桃城と海堂とは逆の配置となるが、リョーマは2人にならテニス部を任せられると確信していた。
リョ「(俺よりも、りんとの別れの方が惜しまれてた気がするけど…)」
リョーマと共に、りんもマネージャーを引退した。
最後の挨拶の時、「「「「りん先輩!大好きでした!!」」」」と一斉に大声で叫んだ部員達には、クールなリョーマも流石に驚いたものだ。
『 ありがとう。私も、皆のこと大好きだよ。またお兄ちゃんと試合応援しに行くね』
大きな瞳に涙を溜めながら、ふんわりと微笑んだりん。
部員全員に手縫いのイニシャル入りのスポーツタオルを渡し、(←俺は何枚も貰ったけど)
顔を真っ赤に染める部員や、堪え切れずに涙を流して嗚咽する部員達。
「りん先輩、写真お願いします…!」と最後は全員に写真を集られていて。
調子に乗ってハグをしようとした博生に、足蹴りをかましたのを覚えている。
リョ「…ご馳走さま。カルピン、こい」
「ほあら〜」と鳴くカルピンと縁側に行き、猫じゃらしで遊び始める。
肉球をふにふにと触って癒されているリョーマに、「はい」とお茶を差し出したのは菜々子だった。
リョ「ありがと」
菜「いえいえ。何だかりんちゃんがいないと静かね」
リョーマはずず…とお茶を啜りながら、「まぁね」と頷いた。
「寂しい?」と聞かれて、思わずそれを吹き出し掛ける。
内心動揺しながら菜々子を見ると、彼女はいつも通りの柔らかな笑みを浮かべていた。
菜「ふふ。朝食もりんちゃんが作ったものじゃなくて、がっかりされてたみたいだったから」
リョ「っ別に。そんなことないけど」
菜「"時間なくて作れなくてごめんね"ってりんちゃん気にしてたわ」
リョ「………ねぇ、わざと言ってる?」
「あら、バレた?」とクスクス笑う菜々子に、ムッと眉根を寄せるリョーマ。
"妹の作ったご飯が一番好き"という事実を、何故か周囲にバレていることが恥ずかしくて仕方ない。
リョ「(……寂しい、か)」
今のは、りんが泊まりで居ないことに対しての問いだろう。
それなのに…何故かもっと深い意味で聞いたのかと勘繰ってしまった。
リョーマの顔を見上げながら、カルピンが心配そうに鳴いていた。
***
桃「どーん!」
重みのあるダンクスマッシュを容赦なく相手コートに決める桃城。
反応が遅れてしまったリョーマは、桃城を悔しそうに睨みながら「…馬鹿力め」とボソッと呟いた。
桃「おい、今何か言ったか?」
リョ「別に。桃先輩は歳取っても体力だけは落ちなそうで良いっスね」
桃「人を体力馬鹿みたいに言うんじゃねぇよ…!」
リョ「(実際そうじゃん…)」
自分のことを理解していない桃城にふぅ…と呆れるリョーマ。
「年々生意気になっていくよな…お前は」と何故か桃城にも溜め息を吐かれてしまい、納得がいかない。
気付けば夕日が眩しい時刻となり、何ゲームも連続で試合していたことに2人は漸く気付いた。
桃「ほらよ、桃先輩の奢り。ありがた〜く飲めよ」
リョ「ポンタ1本で…あざす」
「普通にお礼言えねぇのか?」と嘆く桃城を無視し、グビッと冷たいジュースを喉に流し込む。
ベンチに座る桃城に合わせ、リョーマはフェンスに背を預けて隣に立った。
桃「そうそう、博生の奴寂しがってたぞ。憧れの越前部長が引退して」
リョ「博はりんに会いたいだけでしょ」
桃「まぁそれもあるな…」
リョーマのツッコミに考える間もなく、桃城は静かに頷く。
テニス部に入学した時、「兄ちゃん、天使っているんだな…」と宙を見つめながらぼやいていた弟のことは鮮明に覚えている。
桃城にとってもりんは可愛い妹のような存在だが、博生にとってもかけがえのない存在だったことは確かなのだ。
桃「まぁ、なんつーか…あれだ。弟が(色んな意味で)迷惑かけたな」
リョ「…ラーメンも桃先輩の奢りならチャラっスね」
桃「ったくしょーがねぇなぁ!!」
「くそー」と嘆きながらベンチにもたれ掛かる桃城に、リョーマの口元も緩んでいた。
桃「つか、お前身長もどんどん高くなるよな…俺抜かされてね?」
リョ「まぁ、成長期なんで」
桃「乾先輩に牛乳飲まされてた時期が懐かしいぜ」
「あったっスね」とリョーマも当時を思い出した。
部員の練習メニューを組んでいた乾に「越前は身長を伸ばそう」と言われ、毎日牛乳を飲んでいたのだ。
その時は気付かなかったが、りんも乾にお願いされ、栄養満点の献立を考えてくれていたらしい。
桃「また高校で鍛えてやるから覚悟しろよー」
桃城の何気ない言葉に、反応するのが遅れてしまう。
リョーマの様子を不審に思った桃城は、「どうした?」と首を捻った。
手元の缶ジュースに視線を落とすリョーマの横顔は、前に見たような気がした。
桃「………迷ってるのか?」
桃城の静かな問い掛けに、リョーマの頭が縦に揺れる。
凛としながらも寂しそうな色を滲ませた、前にアメリカに渡った時と同じ表情をしていた。
桃「まぁ…薄々そんな気はしてた。越前にはもっと広い世界が合ってるしな」
リョ「…………」
リョーマの性格を良く理解している青学テニス部は、彼ならいずれそうするだろうと感じていた。
桃「俺はお前ともっとテニスしたいけどなー」
リョ「ダブルスは絶対嫌っスよ」
桃「当たり前だろ!?あの悲劇をもう一度なんて御免だ!」
「あああ」と顔を両手で覆う桃城に、リョーマは「…すいません」と謝った。
青学の皆と全国を目指して戦った日々は、リョーマにとって間違いなく……かけがえのない財産で。
正直こんなに仲良くなれると思っていなかったし、まだまだ一緒にテニスをしたい気持ちもある。
また複雑そうに顔を歪ませるリョーマに、「なーに暗い顔してんだよ」と桃城は笑った。
桃「お前がプロになって、世界で活躍するの楽しみにしてんだからな」
リョ「……桃先輩、」
桃「それに、越前がぽやぽやしてる間に俺の方が強くなるかもしれねーしなぁ」
リョ「いや、それはないっス」
「あんだと!?」と桃城の手が伸びてきて、頭をくしゃくしゃにされる。
リョーマが不服そうに乱れた髪を直していると、桃城が静かに自分を見据えていた。
桃「迷ってるのは、りんが理由か?」
リョ「…っ」
言葉を飲み込むリョーマに、緊迫した桃城の表情がふっと緩む。
桃「…大切に想うのは、仕方ねーよな」
「仕方ねーよ」と溢す桃城の顔があまりにも穏やかなので、リョーマは何も言うことが出来なかった。
ー寂しい?
桃城と別れ、夕暮れの中を1人歩きながら、リョーマは菜々子に聞かれた言葉を思い出していた。
自分は……この先の未来、りんと離れることがきっと寂しいのだ。
リョ「…………」
道路沿いの公園の前を横切っていた時、ふと楽しそうにボールを投げて遊ぶ、小さな子供を見掛けた。
自然と幼い頃の自分とりんの姿が重なり、歩みが止まる。
ー大切に想うのは、仕方ねーよな
桃城の言葉を思い出して、リョーマは前髪を上げるように片手で目を隠した。
リョ「……想うのも、楽じゃないんスよ」
りんと一緒にいたい。
これ以上、離れていかないで欲しい。
言葉にしてしまうと、笑えないくらい我儘な本音がぽろぽろと溢れ落ちてくる。
雪のように積もっていく想いは、誰にも打ち明けることなく、いつの日か消えてくれるのだろうか。
「お兄ちゃん待って!」と響く声に視界を覆っていた手を退けると、先程の女の子が目の前を横切って行った。
「早く!置いてくぞー」
"お兄ちゃん"と呼ばれた背丈の変わらない男の子が横断歩道の向こう側にいて、女の子を呼んでいる。
女の子は順調に向かっていたが、ふと手に持っていたボールを落としてしまい……
拾おうと戻った時、パッパーと車のクラクションが鳴り響いた。
リョ「………っ!」
リョーマは気付いたら駆け出していて、女の子の体を腕で押していた。
代わりに自分の体が投げ出され、大きな車が目の前まで迫ってくる。
リョ「(………りん、)」
こんな時でも、悲しいくらい思い出すのは。
無邪気に『お兄ちゃんっ』と呼び、微笑む双子の妹の姿だった。
***
『?』
ふと、誰かに名前を呼ばれた気がして、りんは振り返った。
『(気のせいかな…)』
不思議な感覚になりながらも、ちゃぷんとお湯に浸かっていた脚を伸ばす。
広々とした温泉には数人の女性が浸かっていて、りんは露天風呂の方にいた。
さっきまでは他の人がいたもの、今は1人きりなので貸し切り状態だ。
『(…さっき、白石さん、わざと負けてくれたの?)』
白熱した卓球試合。
その真剣ぶりは、隣でほのぼのと卓球を打ち合っていた親子がポカーンと口を開けて見入ってしまうほどで。
ついにお互いがマッチポイントを向かえた瞬間、りんはラケットの面を少しずらして打ってしまった。
やってしまったと思ったが、何故か白石が打ち返した玉が、バウンドせずに通り過ぎていき……
白「っあーやってもうた!悔しいわ、」
『で、でも今の「りんちゃんほんま負けず嫌いやなぁ」
額の汗を拭いながら笑う白石。
「2人で卓球の全国狙えるんとちゃう?」と提案されて、りんは思わず聞きそびれてしまった。
そのまま温泉に向かい、こうしてホッと一息吐いた時に再び思い出したのだ。
『…どうしてだろう……』
"負けた方は勝った方の言うことを1つきく"
そんなルールを決めたのも彼だし、ずっと勝つ気満々でいたのに。
りんはモヤモヤした気持ちを抱えながら、体を温泉の湯に沈めた。