優しい嘘
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*りんside*
合宿中最後の定期試験が終わり、校舎では解放感に満ち溢れた生徒達の声が響いていた。
私も皆と喜びを分かち合っていた1人だった……筈なのに、要先生から「図書館に本を返しておいて」と頼まれ、本の束を持って廊下を歩いている最中だった。
『(お、重い……)』
1人で持つにはかなり重くて、ヨロヨロと足元がおぼつかない。
『(先生ったら……返却期間ギリギリまで借りてるなんて、)』
いくら他の仕事があるからと言っても、これは流石に多過ぎるよ。
「手伝おうか?」と鳳さんが聞いてくれたのに、遠慮して断ってしまった自分が恨めしい…
そんなことを考えていると、重なった教材で見えなかった視界が、ふっと明るくなった。
『!』
跡「っ結構重いな、」
「何処に運ぶつもりだ?」と尋ねてくる跡部さんに、『図書館……です』と答えるのが遅れてしまう。
いきなりの登場に驚いたことと、眼鏡を掛けた姿がそうさせる原因で……
思わずぼおっと呆けてしまう私に、跡部さんは眉を潜めた。
跡「俺様に見惚れてんのか?」
『ふぇ!?違います…!!』
跡「…そんなに否定すんじゃねぇよ」
自由になった両手と首を使って横に降ると、跡部さんは暗いオーラに包まれていく。
そのまま歩き出したので、置いて行かれないように慌てて後を追った。
『あの…っ私1人で持てますので、』
跡「あーん?ぷるぷる震えてた奴が何言ってやがる」
正直、図書館にたどり着く前にばら撒いてしまう恐れがあったので、『えと、ありがとうございます』とお言葉に甘えることにした。
その返事に安心したような顔をして、跡部さんは歩調を緩めて隣を歩き始めた。
跡「…悩み事か?」
『えっ?』
跡「いつもより元気ねぇからな。尻尾も下がってる」
『し、尻尾?』
犬扱いされたことに反論する元気もなく、自分でもしゅんと落ち込んでいくのを感じた。
今一番気になるのは、お兄ちゃんと寿葉ちゃんのこと。
私が口を出すことじゃないし、いい加減お兄ちゃん離れしなきゃいけないこともわかってる。
『(……わかってる、のに)』
決意に逆らうように、気付くとそのことばかり考えてしまって。
普通の妹は、お兄ちゃんが誰を可愛いって思おうと、誰とお付き合いしようと、何とも思わないものなのかな。悲しくなったり、寂しくなったりしないのかな。
堪えるようにきゅっと唇を結ぶと、跡部さんは本を片手に持ち替え、余った方の手を私の頭に乗せた。
跡「まぁ、言いたくなったら吐き出すんだな。いつでも相談に乗ってやるぜ」
『…くだらないことでも、ですか?』
跡「?悩んでるなら、りんにとってはくだらなくねぇだろが」
乗せられた手がポンポンと動くと、自然と下を向いていた顔が上がる。
その撫で方は、お兄ちゃんが小さい頃からしてくれるものと良く似ていた。
心地良さを感じて思わず瞳を閉じる私に、「お前な……」と跡部さんは溜め息を吐く。
跡「俺が言うことじゃないが、キスされた相手に良くそんな無防備でいられるな」
『え?……………………………!!?』
"キス"という単語に、心の声が『そうだった!』と叫び出す。
その瞬間、一緒にいることが急に気まずくなって、カァアアと顔が赤くなっていくのを感じた。(←今更)
跡「言っとくが、(無意識だったとはいえ)俺は謝らねぇからな」
『!?ど、どういった意味でしょうか…?』
跡「さぁな。知りたかったら自分で考えてみな」
何故だか楽しそうな跡部さんにこれ以上詮索する勇気もなくて、『あ、もう着いたみたいです…!』と慌てて図書館の表札を指差した。
跡「ここでいいのか?中まで運ぶ『大丈夫ですっここまで運んでくれて、ありがとうございました』
早口で話し終えると、半ば無理やり跡部さんの手から本を受け取る。
流れるように深々と頭を下げてから、『で、では…っ』と自分でも驚く程のスピードで図書館に入っていった。
跡「…不自然過ぎだろ」
そう呟いた跡部さんが、笑いを堪えていたことは勿論知らずに。
***
黒「越前さん、次は隣のコートに行ってくれますか」
『は、はい!』
試合を終えた金ちゃんにタオルやドリンクを渡していた時、黒部監督にそう告げられた。
金ちゃんにバイバイを言ってから、小走りで指定されたコートへと向かう。
『(次の試合は確か……)』
ボールを弾く音が聞こえて、前を向いた瞬間…ドキリと鼓動が高鳴った。
そこには、汗を流しながらも相手選手の球を打ち返す白石さんがいたから。
「かっこいい~」
突然心の声を代弁されて、慌ててバッと振り返った。
寿「…って、どーせ思ってんだろ」
『寿葉ちゃん!』
た、確かにかっこいいって思ったけれど……ううん、毎日思ってるけど……
赤い顔でゴニョゴニョと呟く私を見て、寿葉ちゃんは何とも言えない顔をした。
聞いてもいいのかな…?とソワソワしていると、「ちゃんと渡したから」と先に話してくれた。
寿「…忍足さん、笑わないで最後まで読んでくれた。流石オイラが好きになった人だ」
『…寿葉ちゃん』
寿「まぁデートは断られたけどな」
『うん、うん。…………………えっデート?』
偶然その現場を不二先輩と見ていた私は、思わず聞き返してしまった。
『告白じゃなかったの??』
寿「こ!?そんな恥ずかしいこと書く訳ねぇべ…!」
じゃあ寿葉ちゃん、振られてはないんだ……
安心して『良かったぁ』と口から溢れてしまうと、「良くない!断られたんだべ!?」と怒らせてしまった。
同時に自分が手紙に書いた内容を思い出して、はたと動きを止める。
『(もしかして私……とんでもないことを書いちゃったんじゃ、)』
白石さんに触りたい。触って欲しいと思った気持ちに嘘はないけれど。
あんなに正直に書いてしまって、白石さんに引かれてたらどうしよう…(←今更)
『寿葉ちゃんも頑張って書くんだと思って、私…あんなこと…っ///』
寿「(この子、一体どんな恥ずかしいこと書いたんだ…?)」
あの手紙を見て、白石さんはどう思ったのかな。
知りたいけど知りたくないような不安でいっぱいになっていると、寿葉ちゃんが「あ、」と目線を上に向ける。
『?』と後ろを向いた瞬間、ぷにっと頬に指が当たる感触がした。
『!白石さん…っ』
白「こら。余所見してたやろ」
さっきまで試合をしていた筈の白石さんがいきなり後ろに立っているから、驚いて心臓が飛び出そうになった。
あわあわと慌てながらドリンクを渡す私に、白石さんは「おおきに」と笑いながら口を付ける。
その間に汗が冷えるといけないと思い、背伸びをしてタオルで顔を拭くお手伝いをしていると、腰を屈めてくれた。
白「りんちゃんにかっこええところ見せたろー思ったんやけど…どうやった?」
『!え、えと…』
ストレートに聞かれると恥ずかしいけれど、私は迷いなく顔を縦に振った。
『すごく、かっこ良かったですっ』
真剣な表情でコートに立つ白石さんはとてもかっこ良くて、誰よりも輝いていて。
相手選手に合わせた練習を影でしているところも、心から尊敬出来た。
白石さんは"つまらへんテニス"って言うけれど、基本に忠実になんて…きっと誰にでも出来ることじゃない。
真っ直ぐに見つめながら答えると、白石さんの顔がカァッと赤く染まった。
白「………っアカンわ」
『?』
白「自分で聞いといてなんやけど………めっちゃ照れる」
そう言って、タオルで口元を覆ってしまった白石さん。
その反応を間近で見ていた私の顔も、カァァアと赤くなっていった。
たった一言でこんなに喜んで貰えるなら……もっと、たくさん伝えたくなってしまう。
震える口を開けて言葉を続けようとしていると、白石さんと視線が重なる。
その瞳は何処か熱を帯びていて、甘い空気を感じ取ってしまった。
白「……………抱き締めたい」
『!!?///』
はぁ、と堪えるような溜め息と共に耳元で囁かれ、思わず身体が飛び跳ねた。
その時、『人前では恥ずかしいから駄目です…っ』と断る私と、『ぎゅっとされたいです!』と素直に頷く私が現れて。
頭の中で2人の自分が口論している間にも、白石さんの甘いオーラは更に加速していく。
私は覚悟を決めて、ぎゅっと目を瞑りながらゆっくりと顔を縦に振った。
『~~っど………どうぞ「良いわけあるか!!」
甘い空気をバッサリ切るように、声を大にして叫ぶ寿葉ちゃん。
ハッと我にかえる私を見て、更に呆れているようだった。
寿「…あんた、今日の仕事はもう終わりだろ?一緒に戻れば良いべ」
『!うん…!』
白「せやな、宿舎まで一緒に帰ろか」
2人して"なるほど"と言うような表情をしながら、寿葉ちゃんの提案に頷く。
自然に差し出された白石さんの手を取ると、じんわりと心が満たされていく気がした。
『寿葉ちゃん、ありがとうっ』
寿「…ふん。早く行った行った」
寿葉ちゃんはしっしっと追い払うような仕草をするけど、その気遣いが嬉しくて。
振り返ってお礼を言いながら、私は白石さんと一緒に歩き出したのだった。